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投稿日:2021年02月24日






 沈黙を破ったのは、ロンダートだった。

「……雑魚って言いますけど、宿舎を見張っていた自警団員は……。俺の、仲間は……一人、殺されました」

 声を震わせながら、ロンダートは言った。

「俺達は、アーベリトを守る自警団だ。だから、こんなの言い訳にしかならないのかもしれないけど……。俺達は、全員、召喚師様みたいに強いわけじゃない。魔術だって使えない奴等が多いし、最近は、ずっと休みもなく警備についてて、皆、疲れてる。アーベリトが王都になって嬉しいし、陛下や、召喚師様のことを、支えたい気持ちはあります。……でも、身体が追い付かない。すみません……限界なんです、俺たちの力量じゃ」

「…………」

 ロンダートの言葉を、ルーフェンは、しばらく無表情で聞いていた。
冷たく鋭利な銀の瞳に射抜かれて、ロンダートの全身に、じっとりと嫌な汗が流れる。
しかし、ゆっくりと息を吐いたルーフェンが、目を閉じ、再び開けると、その瞳の色は、元の落ち着いた色に戻っていた。

「……ごめん。今のは、俺の失言だった。王都という地位を奪取した以上、必ずその台座を崩そうと狙ってくる輩が出てくる。でも、そんな事態に、アーベリトの人達は慣れていない。今回、侵入者に気づけなかったのは、俺の落ち度でもあります。犠牲が出ていたなら、尚更……」

 ルーフェンの肯定的な言葉に、緊張が切れたように、ロンダートが身体の強張りを解く。
だが、そんなことには一切気づいていない様子で、ルーフェンは言い募った。

「屋敷に、俺が結界を張ります。そうすれば、人の出入りを完全に把握できる。今回みたいなことは、二度と起こさせない」

「…………」

 ルーフェンの提案に、しかし、サミルは頷かなかった。
ロンダートと同じく、ルーフェンの雰囲気が戻ったことに安堵していたサミルだったが、少しの逡巡の末、真剣な表情になった。

「……いいえ。シュベルテに、応援を頼みましょう。魔導師の派遣をお願いすれば、私達の負担も、少しは軽くなるはずです。こういった犠牲者が出るような事態が起こりうるのだという自覚が、私にも足りませんでした」

 ルーフェンが、はっと顔をあげる。
サミルに詰め寄ると、ルーフェンは強い口調で言った。

「そんなことしたら、危険です! シュベルテには、アーベリトが王権を握ったことを妬む奴等が大勢いる。その中から人を招き入れようなんて、わざわざ敵を懐に入れるようなものです!」

 サミルは、もう一度首を振って、諭すように返した。

「ルーフェンの言い分も、分かります。ですが、現状の人手不足を見過ごすわけにもいきません。このままでは、アーベリトが疲弊していくだけです」

「俺がどうにかします……!」

 食い気味に言って、ルーフェンはサミルを見つめた。

「シュベルテの力なんか借りなくても、俺が、アーベリトを守ります。自警団の分も、不足な面は全て、俺が、なんとかします」

「…………」

 何を言えば良いのか迷った様子で、サミルが押し黙る。
苦しげに眉を寄せ、ルーフェンの肩に置いた両手に力を込めると、サミルは弱々しく言った。

「……この数月、君には、色んな面でアーベリトを支えてもらっています。でも、全てを背負い込もうなどと思わないでほしい。私は、君の負担も減らしたいのですよ。アーベリトを守るためとはいえ、こんな、こんな……人殺しのような真似を、させたくはないのです」

 足元の死体を一瞥してから、ルーフェンの頬についた返り血を、サミルが親指で拭う。
ルーフェンは、つかの間苦々しい顔つきになって、言葉を止めていたが、やがて、顔を背けると、吐き捨てるように告げた。

「別に……もう、慣れました」

 瞬間、サミルの顔が、さっと強張る。
聞きたくなかった一言を、ついに突きつけられてしまった。
そんな表情であった。

「……慣れたって、なにを言ってるのですか」

 動揺した様子で、一歩離れると、サミルはきつい口調で言った。

「こんなことに、慣れてはいけません。以前、言ったではありませんか! 殺しを良しと思うことだけは、あってはならない。人の死を悼む気持ちは、絶対に忘れてはなりません、と」

「良しだなんて思ってません。だけどこれは、誰かがやらなくちゃいけないことだ!」

 言い放って、サミルに向き直る。
ルーフェンは、ぐっと拳を握った。

「……サミルさんは、甘いんだよ。その甘さが、きっと沢山の人を救ってきて、今のアーベリトを作ってる。俺だって、そんなアーベリトの雰囲気が、好きです。……でも、それだけじゃ駄目なんだ。この先もずっと、今のアーベリトで在り続けるなら、それを阻むものを、誰かが斬り捨てなきゃいけない。……その役は、俺が適任だと思う」

「…………」

「シュベルテは、色んな思惑が交錯している街だ。協力関係を結んでいるからといって、裏切られないとは断言できないし、領主であるバジレットの権力が、必ずしも臣下に及んでいるとも限らない。シルヴィアだって、また何か仕掛けてくるかもしれない。……俺は、ずっとシュベルテにいたから、分かるんだ。あの街は、簡単に信用しちゃいけない……。サミルさんが人を信じ、助けることでアーベリトを形作るなら、俺は、人を疑い、斬り捨てることで、アーベリトを守ります。召喚師には、それを成せるだけの、絶対的な力がある」

 ルーフェンの物言いに圧倒された様子で、サミルが口を閉じる。
決して、シュベルテで燻っていた頃のように、召喚師の責務に縛られて言っているわけではない。
ルーフェンは、自らの意思で、アーベリトの影の部分になろうとしている。

 サミルは、額に手を当てると、消え入りそうな声で返した。

「そのような、悲しいこと……。私は、頷けません。シュベルテで、日に日に弱っていく貴方を、私は助けたかった。だから、ルーフェンをアーベリトに呼んだんですよ。君にそんな辛い役目を負わせるために、アーベリトを王都にした訳じゃない」

 ルーフェンは、静かに返した。

「……悲しいことでもないし、辛い役目だとも思ってません。アーベリトを守れるなら、俺は、なんだってやります」

 大きくなったサミルの目を、ルーフェンは見つめ返した。

「俺は、こうなることを、覚悟していました。アーベリトを王都にしたときから……いや、それよりも前から、ずっと……。だって、俺とサミルさんが選んだのは、そういう道だから」

「…………」

 ルーフェンはしばらく、悲しげに歪むサミルの顔を、じっと眺めていた。
しかし、やがて、ふいと目をそらすと、サミルに背を向けた。

「……残党がいないか、見てきます」

 それだけ言って、ルーフェンは足早に去っていく。
長廊下の角を曲がって、ルーフェンの姿が見えなくなると、サミルは、大きく息を吐いた。

「私も、分かっています。分かっていますが……」

 独り言のように呟いて、苦しそうに目を閉じる。
そんなサミルの肩に手を置いて、ダナが口を開いた。

「サミル坊、おぬしも疲れとるんだろう。こんな襲撃があった後じゃ。明日も忙しくなるだろうし、少し休んできたほうがいい」

「…………」

 サミルとダナのやりとりを眺めながら、トワリスは、その場に立っていることしかできなかった。
ぼんやりとした月明かりが照らす中、ロンダートは、呆然と転がる死体を見つめている。

 どこかで、見えない亀裂が入る音を、トワリスは聞いたような気がした。


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