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投稿日:2021年02月24日





 第一印象に違わず、話してみればみるほど、リリアナは明るく、優しい心の持ち主であった。
多少そそっかしい部分があったので、彼女に付き合っていると疲れることも多かったが、その無邪気な笑顔を見ていると、不思議と嫌な気はしなかった。

 日中は、相変わらず勉強ばかりしているトワリスであったが、出会った日からは、リリアナと一緒に過ごす時間も多くなっていた。
北方の小さな村で育ったというリリアナは、二年前に起きた大規模な山火事に家を焼かれ、その際に両親を亡くし、残された弟のカイルと共に、アーベリトに引き取られたようだった。
だが、そんな重い過去など微塵も感じさせないほど、リリアナは快活で素直な性格であったし、その火事で負った怪我が原因で、車椅子での生活を余儀なくされていたが、そのせいで周りに気兼ねさせるようなこともなかった。
リリアナはきっと、無邪気で子供っぽい反面、本当は誰よりも思いやりがあって、相手の感情を読み取るのが上手な子なのだ。
トワリス同様、東区の孤児院には来たばかりだと言っていたのに、あっという間に周囲と仲良くなってしまうリリアナのことは、純粋に尊敬できたのだった。

「へえー、じゃあトワリスは、将来は魔導師になりたいのね!」

「……うん」

 一体なぜ魔導書なんか読んでいるのかと問うてきたので、魔導師になりたいのだと答えると、リリアナは、感嘆の声をもらした。

「魔導師になりたいなんて、トワリスって頭良いのね。だって魔導師になるのって、すっごい大変なんでしょ? 試験受けても、大半は落ちちゃうって聞いたことあるわ」

「え、そうなの?」

 リリアナの言葉に、トワリスが瞠目する。
いつものように、昼下がりの中庭で、長椅子に腰かけていたトワリスの顔を覗きこむと、リリアナは、ぱちぱちと瞬いた。

「そうなの、って、知らなかったの? 魔導師とか、騎士を目指す人は、基本的に貴族出なのよ。お金持ちで、小さい頃から沢山勉強したり、戦う訓練を受けたりした人達が、毎年行われる試験に合格して、ようやく入団できるの。平民で、しかも女の子が目指すっていうのは珍しいことだし、入団したあとも、厳しい訓練は続くから、とっても大変なんだって聞いたことあるわ」

「…………」

 黙りこんだトワリスの顔が、徐々に青くなっていく。
リリアナは、はっと口をつぐむと、ぶんぶんと両手を振った。

「あ……ご、ごめんね! 脅かすつもりじゃなかったの! つまり、私が言いたかったのは、目指すだけでもすごいなってことで!」

「……ううん、いいよ。教えてくれて、ありがとう。……私、何も知らないから」

 トワリスは、読んでいた魔導書を閉じて、ぎゅっと抱え込んだ。

「魔導師になりたいって言っても、別に魔術が得意なわけじゃないんだ。ただ、女じゃ騎士団には入れないから、それなら魔導師になろう、って考えただけで……。むしろ、獣人混じりって、普通の人間より魔力量が少ないらしいし、正直なところ、向いてないんだと思う。そもそも、試験を受けるためのお金がないし、予備知識もないから、試験で何を問われるのかも分からないし……」

 溜めていた息を長々と吐き出して、トワリスがうつむく。
落ち込んだ様子のトワリスに、リリアナは、眉を下げて尋ねた。

「召喚師様は、何か教えてくれなかったの? トワリスって、ここに来る前は、サミル先生のお屋敷で暮らしてたんでしょ? 召喚師様なら、魔導師団で一番偉い人だし、何か知ってるんじゃないかしら」

 トワリスは、小さく首を振った。

「文字の読み書きとか、簡単な魔術は教わったけど、それ以外は聞いてないよ。何か教わってたとしたら、不正になっちゃうもん。それに、私が魔導師団に入りたいって言ったとき、ル……召喚師様は、女の子なのに危ないよって止めてきたから、別に私のこと、応援してくれてるわけじゃないんだと思う」

「まあ確かに、危ないっていうのは頷けるけど……」

 悩ましげに唸りながら、リリアナが腕を組む。
トワリスも、つかの間、暗い表情で下を向いていたが、やがて、ふと目線をあげると、その瞳に強い光を宿した。

「……危なくても、向いてなくても、とりあえず試すだけ試してみたいんだ。魔術は得意になれないかもしれないけど、私は獣人混じりだから、身体は頑丈だし、戦うこと自体は出来るようになると思う」

 ふと、レーシアス邸で、襲撃があった夜のことを思い出す。
襲ってきた刺客の刃を、トワリスは、確かに目で捉えることが出来ていた。
恐怖から顔を背けず、立ち向かっていけば、己の速さと力は、きっと通用するのだ。
トワリスは、そう確信していた。

 魔導書を抱く腕に力をこめて、トワリスは言った。

「……どんな形でも良いから、陛下や召喚師様に、恩返ししたいんだ。召喚師様の仕事は、国を護ることだって言ってたから、それならやっぱり、魔導師を目指すのが良いんだと思う。戦えるようになれば、確実に、召喚師様の力になれる」

 揺らがぬ瞳でそう語るトワリスを、リリアナは、しばらくじっと見つめていた。
ややあって、感心したように息を吐くと、リリアナは言った。

「トワリスって、本当に召喚師様のことが大好きなのね。召喚師様の話をするときは、表情がきらきらしてるもの」

 一瞬、虚をつかれたような表情で、トワリスが瞬く。
それから、微かに頬を紅潮させると、トワリスはこくりと頷いた。
 
「……うん」

 リリアナは、安堵したように肩をすくめると、くすくすと笑った。

「そんなに魅力的な人なら、私も召喚師様に会ってみたいわ。サミル先生とは何度もお会いしたことあるんだけど、召喚師様のことは、一度も見たことがないの。この孤児院でも、ユタとモリンは、召喚師様と実際に会って話したことがあるらしいんだけどね。本当に髪と瞳が銀色で、すごく綺麗な人だったって言ってたわ」

 リリアナの言葉に、トワリスは、ぱっと表情を明るくした。
まるで自分のことを褒められたかのように、照れたように笑むと、トワリスは返した。

「優しい人だよ。私のことも、助けてくれたんだ。それだけじゃなくて、忙しいのに、いろんなことを教えてくれたし……」

 興奮したように話すトワリスに、リリアナも目を輝かせる。
頬に手をあて、夢見心地にうっとりと目を閉じると、リリアナは言った。

「そういうのって、とっても素敵ね。いいなぁ、私にも、かっこいい王子様が現れないかしら……」

「王子様? 召喚師様は、王族じゃないよ」

 すかさず突っ込んできたトワリスに、リリアナは、おかしそうに答えた。

「違う違う、本当の王子様ってわけじゃなくて、自分にとっての運命の相手ってことよ。女の子には、必ず運命の糸で結ばれた、かっこいい王子様が現れるのよ。そして出会った瞬間、二人は恋に落ちるの!」

「そ、そうなの……?」

 うきうきとした顔つきで話し始めたリリアナに、トワリスが一歩引く。
すると、リリアナは眉を寄せて、不満げな声をあげた。

「あーっ、ひどい! トワリス今、私のこと馬鹿にしたでしょ!」

「い、いや、馬鹿にしたわけじゃないけど……。ていうか、私のは別に、恋とか、そういうのじゃないし。ただ私が、一方的に召喚師様に憧れてるだけで……」

 ぼそぼそと口ごもりながら、トワリスが目を伏せる。
リリアナは、車椅子から上半身を乗り出すと、妙に誇らしげに言った。

「恋かどうかも分からないなんて、トワリスってばお子様ね! いいもん、私が先に、かっこよくて優しくて、強くて頼り甲斐のある王子様を見つけて、証明するんだから。カイルだってじきに、誰よりも素敵な王子様に成長するに違いないわ。そうしたら、ちゃんと運命の女の子を迎えに行くのよ。分かった、カイル?」

 突然話の矛先を向けられても、カイルは、顔色一つ変えない。
リリアナの車椅子に寄りかかって、大人しく座り込んでいたカイルは、ちらりとこちらを見ただけで、なにも言わなかった。

 時々、いるのかいないのか分からなくなるほど、カイルは静かな子供であった。
最初は、二歳児ってこんなものなのだろうか、なんて思ったこともあったが、孤児院の同じ二歳児たちを見る限りは、そんなことはない。
他の子供たちは、すぐ泣くし、すぐ騒ぐし、何に対しても嫌だ嫌だと駄々をこねるのが常だ。
それに比べてカイルは、基本的にリリアナのそばで落ち着いていることが多かったし、泣いているところも見たことがなかった。
姉であるリリアナのほうが、よっぽど騒々しいし、幼いと言っていい。

 トワリスは、苦笑した。

「カイルがいなくなったら、リリアナ、寂しくて泣いちゃうんじゃないの?」

 それを聞くと、リリアナは眉をあげて、ふんぞり返った。

「あら、失礼しちゃう! そりゃあ確かに、カイルがいなくなっちゃったら寂しいけど、それで泣いたりなんかしないわよ。泣くとしたら、嬉し涙だわ。カイルが誰かと結ばれたら、私はお姉ちゃんとして、喜んでお祝いするんだから!」

 力説するリリアナに、トワリスは苦笑を深めた。

「そうかな。お祝いしたあと、やっぱり寂しいわーって、絶対泣きついてくると思う」

「なによ、トワリスったら生意気!」

 ぷっと頬を膨らませると、リリアナがトワリスを睨み付ける。
リリアナの緑色の目を睨み返して、その膨らんだ頬を摘まむと、ぶふっと音がして、リリアナの口から空気が抜けた。
二人は、そのまま睨みあっていたが、ややあって、同時に吹き出すと、けらけらと笑い合った。

 乗り出していた上半身を戻すと、リリアナは、トワリスから目線を外して、言った。

「でも本当に、私たち、これからどうなるのかしらね。十年後、二十年後……どこで、何をしているんだろう? それこそ、さっきの話に出てきたような、素敵な王子様が現れて、その人のお嫁さんになってるのかな、なんて……時々、考えたりするわ」

 リリアナにしては珍しい、静かな口調。
トワリスは、リリアナの声音が急に暗くなったような気がして、首をかしげた。

「……リリアナ、どうしたの?」

「…………」

 問いかけても、返事はなかった。
前を向いたまま、ふわりと微笑すると、リリアナは口を開いた。

「トワリスは、きっと大丈夫ね。毎日、こんなに頑張ってお勉強してるんだもの。試験にも受かって、立派な魔導師になって、召喚師様の右腕になってるわよ」

 リリアナらしい、前向きな言葉だ。
けれど、その言葉のどこかに、寂しさのようなものが含まれているように感じて、トワリスは瞠目した。

「……リリアナ?」

「私、応援してるね」

 トワリスの言葉にかぶせるように、リリアナが告げる。
その視線の先には、中庭を駆けずり回る、孤児院の子供たちの姿があった。

 強く蹴りあげられた球が、ぽーんと弧を描いて、宙を飛ぶ。
わっと声をあげて、跳んでいった球を追いかける子供たちを、リリアナは、羨ましそうな瞳で、じっと見つめていた。


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