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投稿日:2021年02月24日
「──リス! トワリス!」
肩を軽く揺すられて、トワリスは、はっと意識を浮上させた。
目を開けば、心配そうな顔つきのリリアナが、こちらを覗き込んでいる。
慌てて椅子に座り直すと、トワリスの膝から、ばさりと魔導書が落ちた。
どうやら、食堂で座って、魔導書を読みふけってある内に、居眠りをしていたようだ。
食堂は薄暗く、がらんとしており、トワリスとリリアナ、カイルの三人しかいなかった。
夜になれば灯るシャンデリアも、今は蝋燭が並ぶだけの飾りである。
今日は、朝から雪が積もったというので、子供たちは皆、外に飛び出していた。
だから、孤児院に残っているのは、数名の職員と、理由があって寒空には連れていけない子供たちだけだ。
こんなに静かな孤児院は、トワリスが来た日以来であった。
リリアナは、呆れ顔になった。
「トワリスったら、最近具合が悪そうね。お勉強を頑張るのは立派だと思うけど、無理をすると、身体を壊しちゃうわよ?」
「……うん、ごめん」
霞んだ目を擦りながら、落ちた魔導書を拾う。
少し怒った様子で眉をつり上げるリリアナに、素直に謝ると、トワリスは、魔導書を大事そうに抱えこんだ。
押し花を蘇らせるなどという、奇妙な魔術を経験してから、既に数日が経っていた。
あれ以来、少し魔術を使うことに慎重になっていたトワリスであったが、リリアナの脚を治せる方法がないか探ることは、やめていなかった。
魔術を学ぶ片手間でも、色々探って試してみることは、決して無駄にはならないと思ったからだ。
結果として、最近は寝る時間を削ることになっていたので、具合が悪いのではなく単純に眠いだけなのだが、そんなことを知らないリリアナは、トワリスのことが心配らしい。
寝不足なだけだから大丈夫だと伝えても、リリアナは、表情を曇らせるばかりであった。
トワリスが、懲りずにまた魔導書を読み始めようとすると、リリアナが、すかさず口を出した。
「ちょっと、人の話聞いてた? 無理しちゃ駄目だって言ってるのに」
むっとしたリリアナが、トワリスの頬をつねる。
トワリスは、リリアナの手を外すと、魔導書から目をそらさずに答えた。
「私は大丈夫だってば。少し寝不足なだけだよ」
「寝不足なだけ、って……」
頑として聞き入れようとしないトワリスに、リリアナが肩をすくめる。
深々と息を吐くと、諦めた様子で、リリアナは魔導書を覗きこんだ。
「そんなに夢中で、なんの魔術を勉強してるの?」
「それは──」
うっかり答えようとして、口を閉じる。
成功する確率の方がずっと低いのに、リリアナの脚を治せる方法を探しているのだ、なんて言うのは、なんだか無駄に期待させてしまいそうで、申し訳なかった。
わざわざ恩着せがましく、打ち明ける必要はないだろう。
リリアナは、しばらく返事を待っていたようだが、やがて、トワリスが何も言う気はないのだと悟ると、不機嫌そうにそっぽを向いた。
「言いたくないなら、もういいわ。私、魔術のことはよく分からないし。お勉強の邪魔もしない。行こ、カイル」
「…………」
刺々しい口調で言って、リリアナがカイルの手を握る。
彼女が怒ってしまったのは分かったが、誰かと喧嘩をした経験もなかったので、うまく引き留める言葉も出てこなかった。
こういうとき、自分が口下手であることが嫌になる。
リリアナたちは、食堂を出ていってしまうかと思われたが、それは叶わなかった。
リリアナが手を引いたにも拘わらず、カイルが動かなかったからだ。
「……カイル、どうしたの?」
問いかけてみるも、カイルはトワリスを見つめるばかりで、返事をしない。
あまりにも凝視されているので、思わず緊張して、トワリスもカイルの顔を見た。
こんなにまじまじとカイルを眺めたのは、初めてである。
カイルは、リリアナの手を振りほどくと、おぼつかない足取りで、トワリスの元に歩いていった。
そして、トワリスの手から魔導書を奪うと、何を思ったのか、突然それをトワリスに投げつけた。
「いたっ」
飛んできた魔導書が腹部に直撃して、思わず声をあげる。
カイルの腕力では、魔導書を完全に持ち上げることは出来なかったが、それでも、重量感のある魔導書が落ちてきたわけだから、それなりの衝撃があった。
トワリスが驚いて硬直していると、再び魔導書を投げようとしたカイルを止めたのは、リリアナだった。
「ちょっ、カイル、なにやってるの!」
慌ててカイルの腕を引き、トワリスから遠ざける。
リリアナは、カイルの顔を両手ではさむと、声を荒らげた。
「人の物を投げるなんて、駄目でしょ! どうしてそんなことしたの!」
「…………」
叱りつけるも、カイルはぶうたれた表情で黙っている。
カイルがリリアナに反抗的な態度をとるところなんて、今まで見たことがなかった。
リリアナは、険しい表情でカイルを睨み付けていたが、すぐにトワリスの方に振り返った。
「トワリス、大丈夫!? 痛かったでしょう、ごめんね!」
「う、うん……平気だよ」
腹を擦りながら、ひとまず魔導書を食卓に置く。
怒りというよりは、あの落ち着いたカイルが物を投げてきたことが意外で、トワリスは、首をかしげた。
「……カイル、私、なんかした?」
「…………」
カイルの目線に合わせて屈み、問いかける。
しかしカイルは、トワリスを見ることもなく、不機嫌そうな顔つきのままだ。
その表情が、すべてを物語っているようだった。
カイルはしばらく、無言でうつむいていた。
だが、やがて、トワリスを突き飛ばすと、食堂からとび出していった。
「カイル!」
急いで追いかけようと、リリアナが車椅子の車輪に手をかける。
しかし、突き飛ばされたトワリスのほうも、放っておけないと思ったのだろう。
振り返ったリリアナに、トワリスは、大丈夫だという風に手を振って、立ち上がった。
「……カイル、きっと怒ったんだよ。私がリリアナに冷たくしたから」
苦笑混じりに言うと、リリアナは瞠目した。
「冷たくって……確かにお互いむっとしちゃったけど、そんな、喧嘩したわけでもないのに」
「それでも、カイルにはそう見えたんだよ。多分、私が、お姉ちゃんをいじめる悪者に見えたんじゃないかな」
微笑ましそうに目を細めて、トワリスが言う。
するとリリアナも、呆れ半分、嬉しさ半分といった表情になった。
トワリスは、つかの間、口を閉じていた。
だが、ふと決心したように目線をあげると、リリアナに向き直った。
「……ねえ、カイルのことは、ヘレナさんたちに任せて、少し外で話せないかな」
リリアナが、ぱちぱちと瞬く。
窓から、雪がこんこんと降りしきる外を眺めると、リリアナは眉を下げた。
「話すのは構わないけど、外に行くの? 私、車椅子だから、雪道は歩けないわ」
トワリスは、微かに表情を和らげると、言った。
「私がおぶるから、大丈夫。さっき、何の魔術を勉強してるのかって、聞いたよね。それを教えるから、ちょっとの間、付き合ってほしいんだ」
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