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投稿日:2021年02月24日





 翌日、その日一日の講義や訓練を終えると、アレクシアとサイの二人が、トワリスの部屋に来ることになっていた。
圧倒的に男が多い魔導師団の寮では、男は大きな共同部屋を、女は小さな一人部屋をもらえることになっている。
卒業試験について話し合うなら、三人だけで話し合える女部屋がいいだろう、ということになったのだ。

 同じ一人部屋なら、アレクシアの部屋でも良いはずなのだが、トワリスの部屋にすることは、アレクシアが勝手に決めた。
別に、自室に誰かを招き入れること自体は構わないが、そういったアレクシアの一方的で強引な態度が、どうにも気に食わない。
挨拶をしてまだ一日しか経っていないが、卒業試験が終わったら、もう関わりたくないと思うくらいには、トワリスは、アレクシアのことが苦手であった。

 部屋には、必要最低限の物しか置いていないので、寝台と文机、小さな衣装箪笥くらいしかなかった。
それでも、一応軽く部屋を片付けながら、二人のことを待っていると、約束の時間から半刻も過ぎた頃に、アレクシアたちはやってきた。
アレクシアに連れられてきた男──サイ・ロザリエスは、金髪を右耳上で編み込んだ、細身の男であった。
同期の中でも一目置かれている存在なので、もっと高圧的な雰囲気の男かと思っていたが、サイは、存外控えめで、物腰の柔らかい男であった。

「はじめまして。サイ・ロザリエスと言います。よろしくお願いします」

 少し照れ臭そうに、サイが手を差し出してくる。
かなり想像と違う、弱々しい声だったので、トワリスも驚いたが、同じように自己紹介して、軽く手を握ると、サイは、安堵したように表情を緩ませた。

「挨拶は終わったかしら? 本題に入るわよ」

 自分の部屋でもないのに、トワリスの寝台に堂々と腰を下ろすと、アレクシアが話を進める。
その高慢な態度に、ため息をこぼしつつ、遠慮するサイに椅子を勧めると、トワリスは文机に寄りかかった。

 持ってきた書類をぺらぺらと振りながら、アレクシアは、口早に言った。

「既に伝えてあると思うけれど、私達はこれを受けるから。いいわね?」

 言いながら、アレクシアが、書類をぱらぱらと地面に放る。
床に散らばった書類は、トワリスが昨日目を通した、『魔導人形ラフェリオンの破壊』に関する資料であった。

 トワリスは、眉間に皺を寄せた。

「いいわねって、何決めつけてるのさ。どの任務を受けるか話し合うために、今日は集まったんでしょう?」

 アレクシアは、トワリスを小馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。

「話し合うとは約束したけれど、譲歩するとは言ってないわ。文句でも反論でも聞いてあげるけど、最終的には、私の希望を通してもらうから」

「なっ……」

 あまりにも自分本意な言い分に、返す言葉も失ってしまう。
トワリスは、文机から立ち上がると、アレクシアに詰め寄った。

「そんなの、納得できるわけないだろ。私達と組みたいっていうなら、一人で勝手に話を進めるの、やめてよ」

「だから、文句でも反論でも、聞いてあげるって言ってるじゃない。別に、トワリスが卒業試験として他に受けたい任務があるなら、それに付き合ってあげても構わないわよ。ただし、魔導人形の破壊には、絶対に協力してもらうけれどね」

 声を荒げたトワリスを、アレクシアは、怯むことなく見つめ返す。
トワリスは、いらいらした様子で言い募った。

「私は、別に受けたい任務があるわけじゃない。でも、こんな八年も解決していない任務、何が起こるか分かったもんじゃない。私は、もっと確実性のある任務を、慎重に選ぼうって言ってるんだよ」

「それは慎重なのではなくて、臆病って言うのよ?」

 挑発するようなアレクシアの言葉に、頭にかっと血が昇る。
再び声を荒げようとして、しかし、すうと息を吐いて怒りを抑えると、トワリスは、静かに尋ねた。

「……アレクシアは、一体何を企んでるのさ。魔導人形の任務に、どうしてそんなにこだわってるの? 訳を話してくれるなら、協力しようって気にもなるけど、一方的に話を押し通されると、あんたが私達を巻き込んでやろうって画策してるように思えるよ」

 真剣な面持ちのトワリスに対し、綽々とした笑みを浮かべると、アレクシアは答えた。

「あら、そう思ってもらって結構よ。だって、その通りだもの」

 折角友好的に話を進めようとしているのに、アレクシアは、そんなトワリスの心中など、全く察する気はないようだ。
ぐっと拳を握って、トワリスは眉をつり上げた。

「そんな風に言われて、はいそうですかって協力するわけないだろ!」

 一層声を大きくしたトワリスに、アレクシアは、やれやれといった風に首を振る。

「あーやだやだ。獣人混じりってやっぱり野蛮ね。大きな声で吠えないでくれる? 耳が痛いわ」

「この……っ」

 煽ってくるようなアレクシアの態度に、トワリスの耳が逆立つ。
いよいよ殺気立ってきたトワリスを、慌ててサイが止めに入った。

「ま、まあまあ! 落ち着いてください、二人とも! 折角組むことになったんですし、仲良くしましょうよ、ね?」

 二人の間に割って入って、サイがトワリスを宥める。
サイは、戸惑った様子で二人を交互に見たあと、アレクシアに向き直った。

「あの……アレクシアさん。僕は、その魔導人形の任務、受けても構いません。三人一組になるように命じられたってことは、三人でうまく協力しなければ、成し遂げられないような難しい任務であればあるほど、評価に繋がると思うんです。だから、その任務が長年未解決だとか、そういったことは、特に気にしません。……ただ、トワリスさんの言うように、僕も、貴女がその任務に拘る理由を知りたいです。理由を知っておけば、こちらとしても協力しやすいですし、もしアレクシアさんが、書類に書かれている以上のことをご存知なら、それも教えて下さい。情報が多ければ多いほど、任務の成功率だって高くなりますから」

 サイの言葉に、トワリスが同調して、アレクシアを見る。
アレクシアは、面倒臭そうに黙っていたが、やがて、小さく息を吐くと、ぽつりと呟いた。

「……私の親友がね。以前、その任務を受けて、死んだのよ」

 トワリスとサイが、同時に目を見開く。
アレクシアは、微かに目を伏せると、静かに話し始めた。

「何が起きたのかは分からない。けれど、遺体すら戻らなかったの。だから、仇をとりたいのよ。そして、一体なにが原因で彼が命を落としたのか、私のこの手で突き止めたいの」

 アレクシアの真剣な眼差しから、トワリスも目をそらせなくなる。
しかし、ふと手をあげると、サイが不思議そうに問うた。

「え、でもこの任務を受けたのって、殉職されたエイデン前魔導師団長が最初で最後ですよね。アレクシアさん、前魔導師団長と親友だったんですか?」

「…………」

「…………」

 一瞬、部屋が沈黙に包まれる。
ややあって、ぺろりと舌を出すと、アレクシアが言った。

「あら、嘘だってばれちゃった?」

 なんとなく分かっていたのか、サイが、呆れたような笑みを浮かべる。
トワリスは、アレクシアの胸倉を掴むと、がくがくと揺らした。

「この期に及んで嘘つこうなんて、ふざけるのも大概にしなよ!」

「なによ、一瞬じーんと来てたくせに」

「来てないっ!」

「ま、まあまあ! 落ち着いて!」

 サイが再び割って入り、アレクシアからトワリスを引き剥がす。
アレクシアは、トワリスに乱された胸元を整えると、上目遣いにサイを見つめた。

「いやね、まさか任務の受任者を調べたの? 細かい男って嫌いよ、私」

「す、すみません……。気になったもので、つい……」

 困り顔でアレクシアから目をそらし、サイが謝罪する。
アレクシアは、さらりと髪を掻き上げると、その毛先を指に絡ませた。

「まあでも、つまりはそういうことよ。この魔導人形の件は、前魔導師団長が挑んで、失敗した挙げ句、お蔵入りにして八年も放置されていた問題の事件なの。厄介な上に、魔導師団の後ろめたい過去まで絡んだ、面倒くさーい任務に違いないわ。だから、首席合格者である貴方たちに、こうして頼んでるんじゃない。優秀な貴方たち二人なら、解決できるかもしれないでしょ?」

 胡散臭い笑みで、アレクシアが二人の顔を覗きこむ。
トワリスは、不機嫌そうな表情のまま、低い声で返した。

「……魔導師団の後ろめたい過去って、なに?」

「さあ? でも、八年も誰も手を出してないってことは、単に解決困難ってだけじゃないはずよ。魔導師団の上層部が、臭いものに蓋をしたって考えるのが、普通じゃない?」

 アレクシアの言葉に、確かにあり得ない話ではないと、内心納得する。
しかし、それを表には出さず、うんざりしたように息を吐くと、トワリスは腕を組んだ。

「……アレクシアが、とにかくこの任務をどうにかしたいっていうのは、よく分かったよ。でも、やっぱり簡単には頷けない。魔導師団があえて手を出していない案件なら尚更、私達みたいな訓練生が、軽い気持ちで関わっちゃ駄目だと思う。未解決の事件を放っておくのは、確かに良くないと思うけど、私達、まだ正規の魔導師でもないんだよ?」

 アレクシアが、片眉をあげた。

「だからこそよ。正規の魔導師になってからじゃ、しがらみが多すぎる」

「だったら、せめて上の人に聞いてからにしようよ」

「その上の人間が腰抜けだから、この案件は放置されてきたんでしょう?」

 はっきりとした口調で言われて、トワリスが口を閉じる。
アレクシアは、寝台から腰をあげると、トワリスに顔を近づけた。

「いい? 魔導師団なんてのはね、頭の沸いた無能な連中ばっかりなの。まともな奴なんて、ほんの一握りだわ。特に上層部は、地位と権力に目が眩んだくそじじいばっかり。期待するだけ無駄ってことよ」

「…………」

 アレクシアが不快そうに眉を歪めたので、トワリスは、驚いたように瞠目した。
こちらがどれだけ怒っても、真面目な話をしていても、鼻で笑ってふんぞり返っているのがアレクシアだ。
こんな風に強く反論してくるなんて、珍しいことのように思えた。

 顔つきを引き締めると、トワリスは、アレクシアに言い返した。

「……じゃあ、召喚師様に相談してみよう。忙しい人だから、時間はかかっちゃうかもしれないけど、魔導人形の件を見直すようにお願いしたら、きっと魔導師団を動かしてくれるよ」

「はあ? なんであんな奴に。召喚師なんて、馬鹿の筆頭じゃない」

 アレクシアがそう言うと、トワリスの顔が、ぴくりと強張った。
だんだん、ただの言い争いでは済まなくなってきて、サイが口を出そうとしたが、アレクシアは、畳み掛けるように続けた。

「だってそうでしょう? アーベリトに強引に王権を移すなんて、愚の骨頂よ。あんな街、平和を唱えて仲良しこよししているだけの街じゃない。路頭に迷ったガキを拾って、自己陶酔しているだけで王都が勤まるって言うなら、今頃世界中のみーんなが笑顔よ?」

 トワリスの瞳が、徐々に怒りを帯びてくる。
ぐっと拳を握ると、トワリスは大声をあげた。

「いい加減なこと言わないで! 陛下や召喚師様に助けられた人は沢山いるし、アーベリトは良い街だよ!」

 まるで、トワリスが牙を剥くのを面白がるように、アレクシアが口端をあげる。
鼻で笑うと、アレクシアは言い募った。

「それしか能がないから、問題だって言ってるのよ。結局人間は、強者に従い、弱者を貪る生き物なの。頭ん中がお気楽でお花畑なアーベリトなんて街に、いつまでも頭を垂れるほど私達は従順じゃないし、そんな街に王権を移した国王も召喚師も、ただの愚か者だわ。王都が移った途端、シュベルテで反召喚師派であるイシュカル教徒たちの勢いを増したのよ。それが、その証明じゃない?」

 言い返そうとして、口を閉じる。
トワリスは唇を噛むと、ふいとアレクシアから目を反らした。

「……もう、いい。私、あんたと組むの、やめる」

 怒りを抑え込んでいるのか、トワリスの語尾が震え、掠れている。
アレクシアは、微かに目を細めた。

「何かしら? よく聞こえなかったわ」

 トワリスは、鋭くアレクシアを睨むと、吐き捨てるように繰り返した。

「あんたと組むの、やめるって言ったの! 召喚師様やアーベリトの皆が、どんなに頑張ってるのか知りもしないくせに、そんな風に貶す奴なんかと組みたくない!」

「…………」

 再び、静寂が三人を包み込む。
サイは、どうにかして二人を止めなければと右往左往していたが、一体何と言って止めれば良いのか、分からないようだった。


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