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投稿日:2021年02月24日





 沈黙を破ったのは、アレクシアであった。

「悪いけど、私達が組むことはもう申請しちゃってるから、今更覆せないわよ。私のことを嫌うのは構わないけど、組んだ以上、協力はしてもらうわ。卒業試験、合格したいでしょ?」

「…………」

 トワリスの肩に手をおいて、その耳元に顔を寄せると、アレクシアが囁く。
黙ったまま手を払ってきたトワリスに、くすりと笑うと、アレクシアは、部屋の扉に手をかけた。

「じゃ、そういことだから。お願いね?」

 それだけ言うと、軽やかな足取りで、部屋を出ていく。
アレクシアの後ろ姿を見送ったトワリスは、疲れた様子で寝台に座り込むと、静かに言った。

「……ごめんなさい。感情的になって、怒鳴ったりして」

 サイが、ぶんぶんと手を振る。
ちらりとアレクシアが出ていった扉のほうを見て、トワリスに視線を戻すと、サイは、穏やかな声で答えた。

「いえ……トワリスさんは、アーベリトに住んでいたんですもんね。故郷を悪く言われたら、そりゃあ、腹も立ちますよ。考えは人それぞれで良いと思いますが、さっきのアレクシアさんの発言は、確かに不謹慎です」

「…………」

 おそらくサイは、トワリスのことを慰めようとしてくれているのだろう。
項垂れているトワリスに、サイは、矢継ぎ早に付け足した。

「あ、私は! アーベリトが王都になって、良かったと思ってますよ。アーベリトが治めてくれなきゃ、ハーフェルンとセントランスで争いになっていたかもしれないですし、当時は、シュベルテの王宮内でも不幸が重なって、混乱していましたしね。状況が状況でしたから、どんな結果になっても、何かしら不満は出たんじゃないでしょうか。それでも、アーベリトが治めたことで、なんだかんだ一番穏便に済んだんじゃないかなと、私はそう思います」

 態度こそ落ち着いているが、サイの言葉の端々には、トワリスに対する気遣いや、元気付けようとする懸命さが伺えた。
少し表情を和らげると、トワリスは、小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます。すみません、なんだか気を遣って頂いて」

 サイは、首を左右に振った。

「いえ、本心ですよ。人を救うために一生懸命になれる街なんて、素敵じゃないですか。理想は理想でしかない、なんて言いますが、目指さなきゃ、叶えられるものも叶えられません。召喚師様のことも、私はきっと、思いやりのある方なんだろうなと思ってます。賛否両論ありますけど、リオット族を解放したのも、アーベリトの活動に加担したのも、きっと根底には、優しさがあったんだろうなと」

「…………」

 サイの声を聞きながら、トワリスは、ほっとしたように眉を下げた。
本心だったとしても、トワリスを慰めるための詭弁だったとしても、サイの言葉は、とても嬉しいものであった。

 アレクシアのように真っ向から否定されたのは初めてであったが、実際、シュベルテに来てから、アーベリトや召喚師に対する批判的な意見を聞くことが多かったのだ。
シュベルテの人々からすれば、アーベリトは、王都としての誇りを奪っていった成り上がりの街、という印象が強いようであったし、召喚師ルーフェンについても、決して支持的な意見ばかりではなかった。
王権をアーベリトに移したことは勿論、リオット族を引き入れたことによる利益の独占権を、一部の商会に認めているような現状に対して、根強く反発している者が多かったからだ。

 街によって、その地域によって、様々な意見、思想を持っている者がいるのは、当然のことだ。
しかし、トワリスが思っていた以上に、アーベリトは風当たりの強い立ち位置にある。
アーベリトに来たこともないような人間の意見など、いちいち気にする必要はないのだと思いつつも、それでも、かつてアーベリトに身を置いていた者としては、否定的な意見を聞くというのは、やはり気分が良くないのだった。

 トワリスは、つかの間目を閉じて、呟いた。

「……そう……確かに規模は小さいですけど、アーベリトは、暖かくて、優しい街なんです」

 それから、微かに頬を緩めたトワリスを見て、サイも微笑む。
サイは、椅子に座り直すと、トワリスに尋ねた。

「トワリスさんは、もし正規の魔導師になれたら、アーベリトでの勤務を希望するんですか?」

 トワリスは、こくりと頷いた。

「そのつもりです。そもそも、私が魔導師になろうと思ったのは、アーベリトのためだから」

 はっきりと答えると、サイが、感心したように吐息をこぼした。

「かっこいいですね、そんな風に目標があって。私なんか、家の事情で魔導師になろうとしているだけですから、そういうの、少し憧れます」

 トワリスは、微苦笑を返した。

「目標って言っても、叶うかどうかは分からないですけどね。アーベリトは、基本的に他の街の人間を入れようとはしないし……」

 かつて、外部の力は借りないと、頑なに断言していたルーフェンの言葉を思い出す。
あの時は、トワリスも世情を理解していなかったから、ルーフェンの心の内なんて知る由もなかったが、今なら、あの言葉の意味が分かる。
事実、シュベルテにはアーベリトを良く思っていない者が多いし、トワリスがシュベルテにきて、五年経った現在でも、アーベリトは、ルーフェンの言葉通り、王宮内には決して余所者を入れない街であった。

 通常、従属する意思さえ見せれば、どの街にも、シュベルテから派遣された魔導師が常駐しているものだ。
セントランスのような巨大な軍事都市は別として、多くの街や村は、小規模な自警団が存在するくらいで、戦力を持たない場合が多い。
故に、サーフェリアの忠義者であり、国全体の守護を勤めるシュベルテの魔導師団が、各地に派遣され、その街や村を守っているのだ。

 アーベリトも例外ではなく、小さな自警団がいるだけの街だ。
アーベリトの場合は、前領主アラン・レーシアスの代で発表された、遺伝病の治療技術に疑義が唱えられたことで、その信頼が地に落ち、実質旧王都シュベルテとも疎遠になったので、常駐の魔導師も立ち入っていないようであった。
しかし現在は、召喚師ルーフェンとリオット族によって、アーベリトの医療技術の正当性は証明されていたし、何より、アーベリトは王都なのだ。
王都ともなれば、国の中心地としてその規模を拡大せざるを得ないし、当然、相応の戦力を持たねばならない。
──にも拘わらず、現状アーベリトは、元々存在していた自警団だけで戦力を賄っている状態である。
いざ内戦が起こった際は、シュベルテが力を貸すことになっているとはいえ、王都の守護を果たすのが小さな自警団のみというのは、歴史上異例の事態だろう。
それでも、そんな事態がまかり通ってしまっているのは、一重に“召喚師がアーベリトにいる”からだ。
召喚師がいるというだけで、周囲への脅しになるし、そもそも、サーフェリアの軍事の総括を行っているのは召喚師なので、そのルーフェンが他からのアーベリトへの干渉を認めないと決めている以上、誰も口出しができない。
トワリスも、そんな危うい体制で大丈夫なのだろうか、と心配になる反面、アーベリトに対して、敵意を持っている人間を引き入れるのが危険であることは確かなので、ルーフェンのやり方に異議を唱えることなど出来なかった。

 とはいえ、完全にアーベリトが身内だけで国を治めているかと言えば、答えは否だ。
どういった基準でサミルやルーフェンが人材を選んでいるのかは分からないが、特に政治に関する知識が深い者は、他所からアーベリトに引き入れられることもあるようであった。
軍政についてはともかくとして、政務に関しては、アーベリトの人間だけではどうにもならなかったのだろう。
となれば、魔導師としてアーベリトの力になりたいというトワリスの夢も、望みがないわけではない。
特にトワリスは、五年前まではアーベリトで暮らしていたわけだから、その名前を聞いて、サミルたちに警戒されることはないはずである。

 魔導師団では、基本的に上司の命令に従って各地を巡ることになるが、上位の成績を修めて正規の魔導師になれば、任務地の希望を聞いてもらえることもある。
だからトワリスは、アレクシアなどという怪しい女に利用されようとも、卒業試験でどうにか成果を残す必要があるのだ。

 サイは、トワリスの詳しい事情なんて知るはずもないが、アーベリトに就くのが難しいことは、理解しているのだろう。
応援するように拳を握って見せると、サイは言った。

「大丈夫ですよ、トワリスさんなら。きっと、アーベリトに行けます」

 柔和な笑みを浮かべて、サイが頷く。
トワリスは、もう一度礼を言うと、ぎこちなく笑みを返した。
それから、サイのほうを向くと、ふと思い付いたように尋ねた。

「そういえば、サイさんは、どうしてアレクシアの誘いに乗ったんですか? あんな怪しい任務、私達みたいな訓練生の元に下りてくるわけないし、彼女が一体どこからあの資料を入手してきたのかも、疑わしいところです。こんな変な話に乗らなくても、サイさんなら、他に組む相手がいたでしょう?」

「それは……」

 うつむくと、サイは口ごもりながら答えた。

「私は、その……トワリスさんと、一度話がしてみたくて……」

 意外な答えが返ってきて、ぱちぱちと瞬く。
サイは、少し照れたようにうつむいた。

「アレクシアさんに、話を持ちかけられたとき、三人目はトワリスさんを誘うつもりだと聞いて、それで、話に乗ったんです。私一人じゃ、なかなか話しかけにいく勇気も出なかったものですから……。す、すみません! なんか気持ち悪いですよね! 別に、変な意味はないんですけど……!」

 慌てた様子で弁明してから、サイは続けた。

「ずっと、努力家な方だなぁと思って、見てたんです。勉強熱心だし、訓練場にも、いつも最後まで残ってるし……」

「…………」

 魔導師団に入ってから──いや、生まれてからと言っても過言ではないが、こんな風に人から褒められたのは初めてだったので、トワリスは、なんだかむず痒い気持ちになった。
レーシアス家にいた頃だって、新しいことを覚える度に皆が褒めてくれたが、それはやはり、何も出来なかった子供に対しての褒め言葉だ。
勿論、それだって当時は嬉しかったのだが、サイのように、一人の人間として見られた上で認めてもらえると、違う喜びが湧いてくる。

 嬉しかったけれど、それを素直に表に出すこともできず、トワリスは、どこかぶっきらぼうに返した。

「……それは、私が人より不器用だからですよ。魔導師団に入団するまで、魔術どころか、文字の読み書きすらろくに出来なかったんです。人より出遅れてる分、頑張らないと」

「えっ、じゃあ、入団試験の勉強は、独学で?」

 サイが、驚いたように瞠目する。
微かに視線を動かすと、トワリスは、控えめな声で言った。

「まあ、一応。ほとんど、腕力にものを言わせて、合格したような気もしますけど……」

 サイの目が、ぱっと輝いた。

「尚更すごいじゃないですか。小さい頃から私塾に通ったり、魔導師にみっちり仕込まれても、落ちる人が沢山いる入団試験ですよ。それを独学で通過して、今も成績上位で在り続けてるんですから、それで不器用なんて言ったら、嫌味になっちゃいますよ」

 無愛想な態度をとっているのに、サイは、そんなことは全く気にしていない様子で、賞賛してくれる。
まるで子供のような澄んだ目で見つめられて、思わず苦笑すると、トワリスは、おかしそうに肩をすくめた。

「貴方に褒められるほうが、嫌味に聞こえちゃいますよ。よく噂になってますよ、貴方は天才だって」

 サイは、ぱちくりと目を瞬かせると、恥ずかしそうにはにかんだ。

「私は、ただ魔術が好きなだけで、あとは言われないと何もできない、意気地無しなんですよ。目標があって、自分の意思で頑張る皆の方が、よっぽど……」

 言葉を切って、それからトワリスの方に向き直ると、サイは言った。

「試験、頑張りましょうね」


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