トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日






  *  *  *


 天が一瞬、不気味な光を孕んだかと思うと、次の瞬間、腹に響くような凄まじい雷鳴が鳴り響いた。
ややあって、ざあざあと降り始めた雨が、激しく地面を叩く。

 サイは、慌てて馬車の窓を閉めると、向かいに座っているアレクシアとトワリスに、声をかけた。

「今夜は荒れそうですね。今朝までは晴れてたのに……。屋敷に、馬車を横付けしてもらいましょうか?」

 トワリスは、そうですね、と答えてから、窓越しに、雨に煙る木造屋敷を見た。
都市部から、遠く離れた山中にひっそりと建つ、質朴で古びたこの屋敷は、ハルゴン邸である。
かつて、稀代の人形技師として名を馳せたミシェル・ハルゴン氏が、生前も住んでいた屋敷だと聞いていたので、もっときらびやかな豪邸を想像していた。
しかし、目前のその屋敷は、見るからに老朽化し、寂れていて、まるで廃墟のような雰囲気を醸している。

 御者に声をかけようとしたサイに、アレクシアが、制止をかけた。

「待って。私が門を開けるように交渉してくるから、貴方たちはここにいなさい」

「えっ……」

 アレクシアの発言に、サイとトワリスが、同時に声をあげる。
驚いた様子で黙りこんだ二人を一瞥してから、さっさと外套の頭巾を被ったアレクシアに、サイは、申し訳なさそうに言った。

「あ、それなら、私が行きますよ。外、すごい雨ですし」

 言いながら、サイも頭巾をかぶる。
しかしアレクシアは、小さく鼻で笑うと、そのまま馬車から出ていってしまった。

 トワリスと顔を見合わせ、仕方なく、サイは被った頭巾を脱ぐ。
トワリスは、豪雨の中、ハルゴン家の屋敷へと歩いていくアレクシアの姿を見ながら、小さく息を吐いた。

「……なんか、アレクシアが自分から動いてるところを見ると、裏があるように見えますね」

「た、確かに……」

 苦笑して、サイが同調する。
普段のアレクシアなら、「貴方が行ってきなさい、私は寒いのも濡れるのも嫌よ」くらいは平然の言ってのけそうなものだ。
卒業試験を受ける三人組を作り、上層部に申請し、任務まで用意したのもアレクシアだが、その行動にも、おそらく裏がある。
雨に濡れてまで、馬車から出ていくなんて、これもただの親切とは思えなかった。

「……そういえば、トワリスさん。ちょっといいですか?」

 ふと向き直ったサイが、トワリスの方を見る。
ちらりと目を動かしたトワリスに、サイは、真面目な顔つきになった。

「実は……あのあと、少し調べてみたんですけど、魔導人形ラフェリオンに関する任務は、私たち訓練生に用意された案件の中には、含まれていなかったみたいなんです。どんな手段でアレクシアさんが魔導人形の資料を入手してきたのかは分かりませんが、おそらくこの任務は、正規の魔導師に当てたものなのでしょう」

 サイの言葉に、トワリスは眉をあげた。

「調べたって、どうやってですか?」

「過去十年分の記録や未解決事件の内容を、資料室で読みました」

「じゅ、十年分……」

 サイはさらりと答えたが、魔導師団が請け負った過去十年分の任務を調べるなんて、とてつもない作業量であったはずだ。

 魔導師団の本部には、任務に関する情報がまとめられた資料室が、三ヶ所存在する。
一つは、正規の魔導師が請け負う、一般の任務に関する資料が納められた大部屋で、何年も解決されていない困難な任務や、特殊な事例だと認められると、その案件は宮廷魔導師団のほうへと持ち込まれる。
逆に、正規の魔導師が請け負うまでもない、簡単な案件だと判断された任務は、トワリスたちのような訓練生に回されるのだ。

 その一室だけでも、平民階級の民家くらい四、五軒は入ってしまいそうな広さがある。
そこに所狭しと並べられた本棚の資料、十年分をここ数日で調べあげてしまったのだとしたら、サイの仕事の速さは、やはり流石としか言いようがない。

 トワリスは、深々と嘆息した。

「そう……。じゃあやっぱりアレクシアは、不正を働いてまで、魔導人形を破壊したい何かしらの理由があって、それに私たちを巻き込んでるってことですよね」

 サイが、こくりと首肯する。

「ええ。あんな任務が、訓練生の卒業試験に適用されるはずがないっていうトワリスさんの読みは、当たっていました。アレクシアさん、私たち三人が組むことは、本当に上に申請していたようですが、受ける任務に関しては、虚偽の報告をしたんでしょうね」

「…………」

 真意は分からないが、いよいよアレクシアの悪事が明確になってきて、トワリスは、眉をひそめた。

 今回の任務が、サイの言う通り訓練生に回された案件ではないのだとしたら、アレクシアは、正規の魔導師が利用する資料室から、何かしらの手段で魔導人形ラフェリオンに関する資料を盗み出してきた、ということになる。
正規の魔導師どころか、八年も未解決な上、前魔導師団長も放棄したような任務だったわけだから、下手をすれば、宮廷魔導師に当てられたものである可能性だって高い。

 資料室の資料は、ある程度任務の種類によって整理され、区分けされているが、管理部でもない一介の訓練生が、あの膨大な蔵書の中から、特定の任務の資料を見つけ出すなんて、かなり骨の折れる作業だったはずだ。
それをアレクシアは、本来立ち入れないはずの資料室に侵入して、他の魔導師に見つからないよう、短時間で行ったというのだろうか。
それとも、受ける任務自体はどんなものでも良くて、ただ難しい任務に挑戦したかっただけだったのか。
確かに、訓練生の身の上で、宮廷魔導師当ての任務を成功させたら、良くも悪くも注目はされる。
あのアレクシアが、そこまでして周囲からの評価を得たがっているとも思えないが。

 悶々と考えを巡らせていると、サイが、神妙な面持ちで尋ねてきた。

「……どうしますか? トワリスさん、外れますか?」

 トワリスが、顔をあげる。
少し不安そうに目を伏せると、サイは続けた。

「今なら、まだ間に合うと思います。基本的に申請内容の変更は難しいでしょうが、アレクシアさんに強引に誘われたんだって上層部に言えば、もしかしたら、組の決定を取り消してくれるかもしれません。後々、無断で魔導人形破壊の任務に当たったことを、処罰されることもないでしょう。……引き返すなら、今かと」

 サイの言葉に、トワリスは、意外そうに瞬いた。
それから、雨の降りしきる外を再度一瞥すると、微苦笑した。

「……それ、言うなら、もっと前に言うべきだったんじゃないですか。もうゼンウィックまで来ちゃったんですよ?」

「あ、それは、その……」

 サイが、困り顔で口ごもる。
トワリスは、少し呆れたように笑った。

 旧王都シュベルテから、ハルゴン邸のある東部地方ゼンウィックまで、馬車で片道三日ほどかかる。
魔導師団が呈示した、卒業試験に費やせる期間は約一月。
その期間内に、より多く、より難しい任務をこなしていかなければならないというのに、今から何もせずにシュベルテに戻ったら、このゼンウィックまでの移動時間が、全て無駄になってしまう。
魔導人形の破壊に付き合う気がないなら、トワリスだって、最初からアレクシアに着いてこなかったし、そんなことは、サイとて分かっているはずである。
それでも彼が、引く返すなら今だと口添えしてきたのは、やはり、トワリスがアレクシアにひどく反発していたことを、気にしているからなのだろう。

 サイは、少し気弱な面はあるものの、噂通りの優秀な魔導師で、かといって傲ることもない、勤勉で気配り上手な性格の持ち主であった。
そんな彼のことを、トワリスは素直に尊敬できたし、サイもまた、トワリスと組めたことを喜んでいるようであった。
だが、その一方で、顔を合わせる度に睨み合うアレクシアとトワリスに挟まれて、居心地の悪さも感じているようだった。
サイは度々、本当にアレクシアと組んで良かったのかと、トワリスを気遣って尋ねてくるのだ。

 トワリスは、穏やかな声で言った。

「……サイさんは、なんだかんだで、アレクシアに協力するつもりなんですね」

 サイは、少し視線をさまよわせた後、小さくうなずいた。

「協力、というか、興味があるんです。あの有名な人形技師、ハルゴン氏の造形魔術は、見事なものだったと聞いていますから。それに、今引き上げたら、チームも解散しなくちゃならないでしょう? 私は、トワリスさんと組んでいたいので……」

「…………」

 まっすぐ言葉を投げ掛けられて、一瞬、返事が出てこなくなる。
サイは、生来の人たらしなのか、時折こうして、直球な言葉を恥ずかしげもなく述べてくる。
別段意味はないのだと分かっていても、いざ面と向かって言われると、なんだか胸が落ち着かない。

 トワリスは、肩をすくめてから答えた。

「いいですよ、私も付き合います。ここまで来て引き返すのは、時間が勿体ないですし、チームを解散したいなんて言ったら、上層部に色々と勘繰られそうですから。今のままアレクシアを説得して別の任務に向かうのは、骨が折れそうですしね……」

 トワリスが、はあ、とため息をつく。

 本当のことを言うと、結局他に組む相手が見つからなかった、というのも大きな理由の一つであった。
アレクシアといがみ合っている内に、当然、周囲の訓練生たちもチームを作っていたから、今更トワリスと組んでくれそうな人間なんて、見当たらなくなってしまったのだ。
あぶれた挙げ句、度々同期と揉め事を起こしていたことをアレクシアに密告されるよりは、現状に甘んじた方が得策と言えるだろう。

 落ち込んでいる様子のトワリスを見ながら、サイが、不意に真面目な顔つきになった。

「……ただ、アレクシアさんに関しては、やはり信用しない方がいいかもしれないですね」

 驚いたように瞬いて、トワリスがサイを見る。
アレクシアが信用ならないのは、トワリスとて十分承知していることであったが、こんな風にサイが悪口を言っているところを見るのは、初めてだったのだ。

「この任務が、それだけ危険ってことですか?」

 問えば、サイは顎に手を当てて、考え込むような仕草をした。

「……それもありますけど、彼女、何を考えているのか、いまいち読めないじゃないですか。ラフェリオンの破壊に私達を巻き込みたいのかと思いきや、わざわざアーベリトを貶して、トワリスさんを怒らせていたでしょう? 本当に私達に協力してほしいなら、本意じゃなかったとしても、私達の機嫌をとるはずだと思いませんか?」

 あ、と声を漏らして、トワリスは頷いた。

 アレクシアは、悪知恵が働くという意味で、かなり頭の良い女だ。
そんな彼女が、頻繁にトワリスを煽るような真似をして、関係を悪化させるなんて、確かに考えづらいことであった。
嘘でも友好的な態度をとって、サイやトワリスが快く協力するような状況を作り出した方が、アレクシアにとっては、都合が良いはずなのに。

 珍しく眉根を寄せ、サイは言い募った。

「なんというか、妙な余裕を感じるんです。助力を求めてきた割には、私達が反発してもおかしくないような態度ばかりとって……。まるで私達が、最終的にはアレクシアさんに協力すると、確信しているような──」

 その時だった。
まるでサイの言葉を遮るような勢いで、がらりと馬車の戸が開く。
サイとトワリスが振り返ると、そこには、全身ずぶ濡れになったアレクシアの姿があった。

「……あ、おかえりなさい。大丈夫ですか? 身体を拭いたほうが……」

 言いながら、サイが手拭いを探そうと、荷物の中を漁る。
しかし、そんなサイの申し出は無視して、アレクシアは言った。

「錆び付いていて、外門はうまく開かなかったわ。馬車じゃ入れないから、ここからは歩いて行きましょう」

 怪訝そうに顔をしかめると、トワリスは尋ねた。

「うまく開かなかったって……屋敷の人は? 開けてくれなかったの?」

 雨水の滴る蒼髪をかき上げ、濡れて重たくなった外套を絞りながら、アレクシアは、ちらりと笑った。

「住人は、屋敷の中よ。門を開けるのにわざわざ外に呼び出して、お互い濡れる必要はないでしょう? 問題ないわ、歓迎はしてくれているから」

「そう? なら、いいけど……」

 語尾を濁して、トワリスは、サイと目を合わせる。
雨の中、屋敷の者を外に呼び出す必要はない、という気遣いは頷けるが、そもそも、人が住んでいるのに、外門がちゃんと機能していないなんてことがあるのだろうか。
サイも、アレクシアの意図を図りかねた様子である。

 アレクシアは、濡れた外套の頭巾をかぶり直すと、鬱陶しそうに雨粒を手で払いながら、再び馬車に背を向けた。

「ほら、行くわよ。さっさと準備なさい」

 アレクシアに急かされて、サイとトワリスも、自分達の外套を手に取った。
疑問を感じながらも、それぞれ外套を纏うと、二人は、激しい雨の中に降り立ったのだった。


- 37 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数148)