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投稿日:2021年02月24日






 ハルゴン家の屋敷は、近くで見てみると、一層おどろおどろしい雰囲気を醸していた。
馬車の中から見た時は、想像より寂れているな、くらいにしか思わなかったが、いざ間近で見上げてみると、もはや曰く付きの幽霊屋敷にしか見えない。
アレクシアの言った通り、外門は錆びつき、まるで血の雨でも浴びたかのように変色していたし、木壁も所々腐り、こうして建っているのが不思議なくらい、屋敷全体が劣化している。
風が吹く度、不気味にざわめく森を背景に、幽静と佇むその姿は、異様な存在感を放っていた。

「……ねえ、ここ、本当に人が住んでるの?」

 雨を凌げる玄関口まで来ると、トワリスは、アレクシアに問うた。
至近距離で見れば見るほど、この屋敷には、人が住んでいるとは思えない。
人どころか、鼠一匹すらいないのではないかと疑うほど、この屋敷からは、生の気配がしなかった。

 屋敷を見回しながら、サイも、呟くように言った。

「ハルゴン邸は、本当にここで合ってるんでしょうか? どう見ても、無人の廃墟にしか見えないのですが……」

 湿った横風になぶられ、冷たい雨粒が外套に染み込めば、サイとトワリスが、思わず身体を震わせる。
外門同様、錆びて使い物にならない呼び鈴を見ていたアレクシアは、扉の取っ手に手をかけて、平然と答えた。

「合ってるわよ。資料に載ってた住所も、ここだったでしょう?」

「それは、そうですけど……。八年前の資料ですし、住人が引っ越したってことも、考えられるのでは。さっきアレクシアさんが言っていた、住人は中にいるっていうのは、実際に会ったって意味なんですか……?」

 持っていた長杖を握りしめ、サイが、気味悪そうに表情を歪める。
不審がるサイとトワリスには構わず、アレクシアは、取っ手を強引に押し引きすると、開かないことに苛立ったのか、今度は、思いっきり扉に蹴りを入れた。
すると、ぎしっと蝶番が嫌な音を立てて、勢いよく扉が開く。
呆気にとられた様子のサイとトワリスに対し、あら、と一言呟くと、アレクシアは、そのまま屋敷の中に足を踏み入れた。

「案外簡単に開いたわね」

 薄暗い室内を、アレクシアは、何の躊躇いもなく進んでいく。
人様の屋敷の扉を蹴破った挙げ句、そのまま無遠慮に中へと入って行ったアレクシアを、トワリスは、慌てて引き留めた。

「ちょっと、アレクシア! いくらなんでも、不法侵入はまずいよ!」

 咄嗟に腕を掴んで、アレクシアを引っ張る。
しかし、目前に広がる屋敷内の光景を見た瞬間、トワリスは、身体を硬直させた。
玄関口の先にある大広間の至るところに、ばらばらになった人間の手足や胴体、頭部などが、散乱していたのである。

「びっ、びっくりした……一瞬、本物かと思いましたよ」

 後から入ってきたサイの声で、トワリスは、はっと我に返った。
よく見てみれば、散っていたのは、本物の人間の身体の一部ではない。
白木や金属で作られた、人形用の部品だったのである。

 大広間、そして奥に並ぶ小部屋にも、その左右に設置された大階段にすら、人形の部品は所々に放置され、山積みになって捨てられている。
素材や完成度合も様々で、肩から掌の部分まで繋がっているものもあれば、指先だけの部品も落ちており、中には、塗装が終わっていないだけで、頭から爪先まで出来上がっているものもあった。
共通していたのは、そのどれもが、作り物と分かっていてもぞっとするくらい、精巧な見た目をしているということだ。

 ぎぃっと木の軋む音がして、風に揺すられた扉が、ひとりでに閉まった。
規則的な間隔で並ぶ窓には、雨の幕が波のように下り、流れる線状の影が、舐めるように人形たちをなぞっていく。
血の通わない、無機質で滑らかな彼らの表面には、それでいて艶かしく、人間のものとはまた違う、奇妙な生々しさがあった。

 薄暗い室内で、トワリスはしばらくの間、人形たちを眺めていた。
しかし、ふと身動いだアレクシアが、すっと目を細めると、同時にトワリスも顔を上げた。

「アレクシア、どうしたの?」

「……来るわ」

 言い様、アレクシアが腰の革袋から、掌程の宝珠オーブを取り出した。
宝珠は、魔力を蓄蔵できる魔法具の一種である。
と言っても、主な使用目的は魔力の貯蔵ではなく、遠隔からの魔術の行使だ。
宝珠があれば、その場に魔導師がいなくても、蓄えられた魔力分の魔術を発動させることができるのである。

 アレクシアが宝珠を天井に向けて投げると、宝珠は眩い光を放ち、室内を照らした。
一気に視界が明るくなって、思わず目を閉じる。
刹那、どこからか、車輪が滑るような音が聞こえてきて、トワリスは、ぴくりと耳を動かした。

(近づいてくる……)

 凄まじい速さで迫ってくる駆動音に、トワリスは、腰に差している二対の剣──双剣に手をかけた。
一拍遅れて、サイもその気配に気づいたのだろう。
緊張した面持ちでトワリスと目を合わせると、長杖を構える。

──と、次の瞬間。
奥の扉が、突然破裂したかのように突き破られたかと思うと、何かが、目にも止まらぬ勢いでトワリスの目の前に迫ってきた。

 咄嗟に前に踏み込んで、避ける。
トワリスでなければ、到底反応できなかったであろう速さのそれは、そのまま一直線に壁に突っ込むと、車輪を動かして、ゆらゆらとこちらに向き直った。

 所々、地の金属が顕になった白皙はくせきと、肘から先に埋め込まれた刃。
乱れた金髪は、左半分が抜け落ち、頭皮がむき出しになっている。
透き通るような青い目だけが、爛々と光っているそれは、少女を模した、古い魔導人形であった。

 下半身はなく、腰から上を車輪のついた台の上に据え付けられた少女──魔導人形は、全身の関節から、ぎぃぎぃと不規則な駆動音を鳴り響かせながら、トワリスたちを見据えている。
すかさず任務の資料を取り出したサイは、一瞬それに視線をやってから、はっと息を飲んだ。

「もしや、これがラフェリオンでは……?」

 サイの呟きに、トワリスも瞠目する。
彼の言う通り、この少女が破壊するべきラフェリオンなのだとしたら、それは、トワリスの知っている魔導人形の姿とは、程遠いものであった。
魔導人形とは本来、娯楽のために作られた玩具に過ぎない。
せいぜい、飲み物や食べ物を運んだり、歌ったり、特定の問いかけに対して反応するくらいしか出来ないはずなのに、このラフェリオンとやらは、見る限り人殺しの道具だ。
少なくとも、腕に刃が仕込まれた魔導人形なんて、聞いたことがなかった。

 再び車輪を加速させると、ラフェリオンは、腕の刃ごと上半身を回転させて、トワリスに突進してきた。
剣を構えるも、すぐに手を引いて、横に避ける。
攻撃を防ごうにも、まるで竜巻のように回転する刃と剣を交えたら、腕ごと巻き込まれて、木端微塵にされるのが落ちだ。
動きを止めるためには、車輪を狙うのが有効だろうが、その車輪自体も鉄製のようなので、果たして斬撃が通ずるか分からない。

「ねえアレクシア、あれがラフェリオンなの!?」

 切迫した声で尋ねるが、返事は返ってこない。
先程まですぐ近くにいたはずのアレクシアが、隣にいないことに気づくと、トワリスは、慌てて周囲を見回した。
そして、広間の右側にある大階段を、足早に駆け上がっているアレクシアを見つけると、目を見張った。

「ちょっと、どこいくの!」

「そいつの相手は頼んだわよ!」

「はあ!?」

 ラフェリオンの標的が、トワリスとサイに向いているのを良いことに、アレクシアは、脇目も振らず屋敷の二階へと上がっていく。
まんまと囮にされたことは分かったが、この状況でラフェリオンから目をそらす訳にもいかず、文句を言うことも、追いかけることも叶わなかった。

 またしても襲いかかってきたラフェリオンの攻撃を、素早く横に跳んで、回避する。
しかし、避けた瞬間、ラフェリオンの刃の軌道が、微かに変わった。

「────!」

 頬すれすれの位置を、刃が掠めていって、思わず背筋が冷たくなる。
速いが、見切れぬほどではないと思っていたラフェリオンの動きは、決して単調なものではなかった。
ラフェリオンもまた、トワリスの動きを見切り始めていたのだ。

 このまま避けているだけでは、いずれ仕留められるのは、トワリスたちのほうだろう。
相手は、疲れも痛みも知らぬ魔導人形だ。
時間を稼ぐだけならば、こうして足止めをするだけでも良いが、ラフェリオンの破壊が目的である以上、何かしら打って出る策を練らなければならない。

 トワリスは、歯を食い縛ると、次いで迫ってきたラフェリオンの刃を、地面に仰向けに滑って避け、回転する車輪と台の繋ぎ目に、剣を突き立ててみた。
金属同士がかち合い、火花が散る。
車輪のの隙間に剣がつっかえ、つかの間、動きを止めたラフェリオンであったが、しかし、次の瞬間──。
耐えきれずに剣が折れ、車輪はその破片を巻き込みながら、再び回り始めた。

「──っ!」

 剣の砕けた衝撃が、右腕の骨にまで響く。
一瞬怯んだ隙に、素早く方向転換したラフェリオンは、トワリスを突き刺そうと、刃を垂直に持ち上げた。

 避けなければ、と思ったが、低い姿勢からすぐには起き上がれなかった。
咄嗟にラフェリオンを蹴り飛ばそうと、脚に力を込めるも、間に合わない。
浮かぶ宝珠の光を弾きながら、振り下ろされた刃に、死を覚悟した時──。

「伏せて!」

 サイの声と共に、すぐ側で、激しい爆発音が聞こえたかと思うと、ラフェリオンが勢いよく吹き飛んだ。
ややあって、二発、三発と爆発が続くと、崩れてきた天井の瓦礫が、ラフェリオンの上に降り注ぐ。
次々と落下してくる瓦礫は、土埃を巻き上げ、互いを砕きながら積み重なると、あっという間にラフェリオンを飲み込んでしまった。

 間近で爆発が起こったので、トワリスは、しばらく動けなかった。
伏せていたお陰で、目立った怪我は負わなかったが、少しの間、目と耳が使い物にならなかったのだ。
駆け寄ってきたサイに抱き起こされてから、トワリスは、ようやく立ち上がった。

「トワリスさん! 大丈夫ですか? すみません、ラフェリオンが動き回ってる間は、どうにも狙いが定められなくて……」

 心配そうに顔を覗きこんで、サイが尋ねてくる。
トワリスは、髪や身体についた土埃を払いながら、小さく首を振った。

「いえ、助かりました。……ありがとうございます」

 痛めた右腕を擦りながら、トワリスは、静寂した瓦礫の山を見つめた。
今のところ、下敷きになったラフェリオンが動き出す気配はないが、何しろあの機動力だ。
いつ瓦礫を撥ね飛ばして、また襲いかかってくるか分からない。

 同じく瓦礫の方を警戒しながら、入ってきた扉に近づくと、サイは、取っ手に手をかけた。
だが、すぐにでも壊れそうな見かけに反し、取っ手はぴくりとも動かない。
アレクシアが、蹴り一つで開けていたのが、嘘のようだ。


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