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投稿日:2021年02月24日





 眉を寄せると、トワリスも扉の方へと歩いていった。

「開かないんですか?」

「……ええ。ここは一度、逃げて体制を立て直すべきかと思ったのですが……。この屋敷自体も、どうやらただのおんぼろという訳ではなさそうですね」

 屋敷内を見回しながら、サイが答える。
トワリスは、折られずに済んだ双剣の片割れを、すっと鞘に納めた。

「あの人形……勿論意思はないと思いますが、知能はあるみたいでした。ただ突進してきているように見えましたけど、少しずつ、刃の向きとかその可動域が、変わっていたんです。多分偶然じゃなくて、私の動き方を見て、徐々に攻撃の仕方を変化させていったんじゃないかと」

 サイは、真剣な顔で頷くと、顎に手を当てた。

「学習能力があるってことですか……ハルゴン氏の最高傑作と言われるだけありますね。かなり古そうに見えましたが、機能は、私たちの知る魔導人形より、遥かに優れているようです。原動力となっている術式も、目に見えるところにはなさそうでしたから、停止させるのも容易ではないでしょう。完全に破壊しきるか、解体して調べるしかありませんが……」

 言いながら、サイは悩ましげに目を閉じた。

 魔術で動く魔導人形には、その身体のどこかに、術式が刻まれているはずであった。
術式とは、その魔術を発動させるための陣や呪文のことで、魔導人形に限らず、術者がその場にいなくても働き続ける魔術には、必要不可欠なものだ。
例えば、アレクシアが近くにいないにも拘わらず、彼女の魔力に依存して、室内の照明代わりになっている宝珠にも、術式が彫られているし、術者のいないところで宿主を蝕む呪詛なんかも、術式を使った魔術の一種である。
つまり、制作者であるミシェル・ハルゴンが亡くなった現在でも、動き続けているラフェリオンには、その身体のどこかに、術式が存在するはずなのだ。

 術式さえ解除できれば、ラフェリオンの動きを止められる。
しかし、その術式が目に見える場所にない以上、サイの言う通り、二度と動けないように破壊しきってしまうか、ラフェリオンを解体して術式を探すしかない。

 先程までの戦いを思い出しながら、トワリスは、サイに向き直った。

「破壊すると言っても、ラフェリオンには、私が魔力を込めた剣でも全く刃が立ちませんでした。見た目からして、それほど重量があるようには見えませんでしたし、何より、あの速さで動いてましたから、そこまで硬くて重い金属で出来ているとは思えません。とすれば、あの頑丈さは、魔術によるものである可能性が高い。何か魔術がかかっているんだとしたら、物理的に壊すっていうのは、現実的じゃないと思います」

 サイは、こくりと頷いた。

「そうですね……私も、そう思います。ラフェリオンの力は、未知数です。破壊したところで、必ず無効化できるとも限りませんし、術式を解除した方が、方法としては確実でしょう。術式が描かれているであろう場所も、大体検討はつきますしね」

 瞬いたトワリスに、サイは、にこりと微笑んだ。
そして、自分の背をトワリスに向けて、言った。

「身体の中で、一番平らで大きくて、魔法陣が描けそうな場所といったら、背中でしょう? 歌ったり、単調な動きをするだけの魔導人形なら、小さな魔法陣でも稼働するでしょうが、ラフェリオンほど複雑な動きをする魔導人形には、きっと多くの命令式が入り組んだ、巨大な魔法陣が必要になるはずです。それが刻印されているとなると、おそらく背中か、次いで腹、あとはあの車輪がついていた台座、そのあたりが考えられます」

「なるほど……」

 感心した様子のトワリスに、サイは肩をすくめた。

「まあ、そんな推測をしたところで、実際に術式を暴けなければ、意味がないんですけどね。ラフェリオンが見た目以上に軽いとすれば、表面は金属製だったとして、中身は空洞になっているんじゃないでしょうか。その内側に術式が彫られているのだとすると、それを表に出すのは、簡単ではありません。まずは、ラフェリオンの動きをどう止めるか、です。今みたいに瓦礫の下敷きにしたり、氷漬けにすれば、なんとか動きは止められるかもしれませんが、それだと結局、本体を調べることはできませんし……」

 ぶつぶつと独り言のように言いながら、サイが、瓦礫の方に身体を向ける。
同じように黙考していたトワリスは、やがて、きゅっと拳を握ると、口を開いた。

「……ラフェリオンの動きは、私が止めます」

 サイが瞠目して、トワリスを見る。
トワリスは、腰の剣を示すと、はっきりとした口調で言った。

「剣を車輪につかえさせたら、一瞬ですが、ラフェリオンの動きを止められました。さっきは失敗しましたけど、もう一度、車輪を壊せないか試してみます。車輪自体は硬そうでしたけど、車軸と車輪の繋ぎ目は、他の場所に比べれば脆いと思うんです。だから、そこを狙って──」

「そんな、危険ですよ!」

 トワリスの言葉を遮って、サイが首を振る。
サイは、トワリスの左手を握ると、心配そうに眉を下げた。

「だって先程は、それで右腕を痛めてしまったんでしょう? 左腕まで痛めちゃったら、どうするんですか! 痛めるどころか、大怪我を負うかもしれません」

 トワリスは、戸惑ったように一歩下がった。

「いや、でもそれ以外に方法が思い付きませんし……。大丈夫ですよ、私、普通より頑丈ですから」

「駄目です! トワリスさんにやらせるくらいだったら、私がやります!」

「そうは言っても、多分私の方が足速いですし……」

 よほどトワリスの身を案じているのか、これまでにない強い口調で、サイが食い下がってくる。
しばらくは、そんな二人の言い合いが続いていたが、やがて、扉の向こうから微かな足音が聞こえてくると、サイとトワリスは、同時に振り返った。

 錆びた蝶番の擦れる音がして、ゆっくりと扉が押し開かれる。
先程、どれだけ試しても微動だにしなかったはずの扉が、いとも簡単に開いたかと思うと、現れたのは、黒髪の青年であった。

「あっ、良かった、こちらにいらっしゃったんですね」

 ほっとした顔で言って、青年が持っていた洋灯を翳す。
年の頃は、トワリスと同じ、十代後半といったところだろうか。
まるで夜空を閉じ込めたような、青や紫が入り交じった黒い瞳が印象的な、整った顔立ちの青年であった。

「あの、どちら様ですか……?」

 サイから手を引いて、トワリスが尋ねると、青年は、軽く会釈をした。

「僕は、ケフィ・ハルゴンと申します。ミシェル・ハルゴンの孫です」

 次いで、トワリスたちの背後にある瓦礫の山を一瞥し、すっと目を細めると、ケフィは口早に言った。

「とにかく一度、この屋敷を出ましょう。僕の家にご案内します。フィオールさんも、そこにいますから」

 屋敷でラフェリオンと戦っている内に、いつの間にか雨は上がり、空は夜闇に包まれていた。

 案内されたケフィの家は、ラフェリオンのいた屋敷から少し離れた山奥にある、こじんまりとした山荘であった。
一人で暮らすには大きいが、屋敷と呼ぶには小さい、質素な木造の家だ。
それでも、廃墟のような屋敷から逃げ出してきた身の上では、いくらか豪勢に見えた。

 トワリスの痛めた右腕を手当てしてもらい、軽く自己紹介を済ませてから通されたのは、ずらりと人形が並ぶ、まるで子供部屋のような客室であった。
人形といっても、魔導人形ではない。
動物を象った物や、人型のものまで、種々様々な普通の人形が、部屋の至るところに、大量に並べられているのだ。

 動くことも喋ることもない、ただの布製のぬいぐるみや、木で出来たからくりの玩具が大半であったが、長椅子の周辺や調度品の上、果ては床の上にまで人形がぎっしり並べられているので、かなり異様な光景だ。
流石は人形技師の孫の家だ、とも言えるが、この分だと、他の部屋にも大量の人形が飾られているのだろう。
そう思うと、何とも言えない不気味さを感じるのだった。

 人形に気をとられていたが、ケフィに示された長椅子を見ると、優雅に紅茶をすすりながら寛ぐ、アレクシアの姿があった。
目があった瞬間、サイとトワリスは、はっと顔をひきつらせたが、アレクシアは、いつものように艶然と微笑んだだけであった。

「遅かったじゃない。随分手間取ったのね」

 トワリスとサイを見捨てて、自分はさっさとどこかに消えたくせに、まるで何事もなかったかのような態度で、アレクシアが言う。
怒鳴ってやりたい気持ちを抑えて、トワリスは、ぶっきらぼうに返した。

「……アレクシアは、どうやってあの屋敷から抜け出たわけ? 扉、開かなかっただろ」

 紅茶を置いて、アレクシアは、ふふっと笑った。

「どうやってって、貴方たちと同じ、外側から開けて助けてもらったのよ。あんな物騒な人形がいる屋敷、長居は無用でしょ。助けてもらったついでに、連れが二人、まだ屋敷にいるからって説明して、ケフィに貴方たち二人を迎えに行ってもらったの。感謝してちょうだいね?」

「…………」

 全くもって反省の色が見えないアレクシアに、怒りを通り越して、呆れを覚える。
ケフィがいる手前、今は言い争うのをやめようと言葉を飲み込むと、トワリスは、アレクシアから目をそらした。

「ケフィさん、扉を開けて下さって、ありがとうございます。本当に助かりました」

 サイが丁寧に頭を下げると、ケフィは、にこやかに首を振った。

「いえ、ご無事で何よりでした。あの屋敷には、ラフェリオンを封じ込めておくために、内側からは扉が開かないよう魔術が施されているのです。普段は誰も近づかない場所ですから、今日、たまたま僕が外出する日で、良かったですよ」

 ケフィに促されて、アレクシアの向かいの長椅子に、トワリスとサイが座る。
ケフィは、アレクシアの隣に腰掛け、二人分の紅茶をカップに注ぎながら、淡々と続けた。

「フィオールさんから、大体のお話は伺いました。皆さんは、魔導師様なんですよね。ラフェリオンを破壊するために、シュベルテからお越し下さったのだとか……」

「はい。魔導師と言っても、まだ訓練生なので、頼りないとは思いますが……」

 サイが、遠慮がちに答える。
ケフィは、サイとトワリスの前にも紅茶を置くと、目元を緩ませた。

「そんなことはありません。以前も、高名な魔導師様がいらっしゃったのですが、結局、ラフェリオンを鎮めることはできませんでした。その後、魔導師団から何の音沙汰もなくなったので、てっきりもう見捨てられたものかと思っていましたが……こうして、皆さんが来てくださって、とても嬉しいです」

 年に似合わぬ落ち着いた口調で、ケフィはそう言った。


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