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投稿日:2021年02月24日





 アレクシアの口車に半強制的に乗せられ、任務の存在自体、半信半疑の状態でやってきたが、どうやら当事者には歓迎されているようだ。
相変わらずアレクシアは胡散臭いし、ラフェリオンも想像以上に手強そうではあるが、人助けに繋がると思えば、多少はやる気も出てくる。
少しぬるめの、柑橘系の香りの紅茶を一口含むと、トワリスも、ケフィに向き直った。

「あの、根本的な質問なんですけど、ラフェリオンとは、一体なんなんですか? 魔導師団に保管されていた資料には、詳しいことはほとんど書かれていませんでしたし、私も人形に詳しいわけではないのですが……。ラフェリオンは、明らかに一般的な魔導人形とは、性質が違いますよね?」

 ケフィは首肯すると、長椅子に深く座り直した。

「仰る通りです。僕も、祖父の人形作りの技術に関しては、そう多く語れる訳ではないのですが、ラフェリオンは、元々軍用に作られた魔導人形でした。身体を構成する部品、その一つ一つが特殊で、かつ強力な魔術がかけられています。人形というよりは、人殺しの兵器、と言った方が良いでしょう」

「兵器、ですか……」

 眉を寄せて繰り返したトワリスに、ケフィは、再度頷いた。

「如何なる衝撃も通さないとされる、冥鉱石を鍛えて作った皮膚。遥か遠方の景色も見通せるという、ヴァルド族の眼球。水をも切り裂くことで知られる海蜘蛛の牙から作られた、二対の仕込刀……他にも、様々な部品を継ぎ接ぎ、祖父が長い年月を費やして完成させたのが、名匠の最高傑作にして遺作と謳われる、魔導人形ラフェリオンです」

 それから、ふと表情を陰らせると、ケフィは言い募った。

「ラフェリオンは、完成して間もなく、一四八〇年に起こったシュベルテと西方カルガンとの戦に、持ち出されました。しかし、敵味方の判別もなく殺戮を繰り返すその残虐性故に、扱いきれないと判断され、数年の後、祖父の元に返されました。ただ、その頃は既に、祖父は人形技師を引退していましたし、使わなくなった軍用人形など、側に置いておく理由はありません。それで、工房代わりに使っていたあの屋敷に、ラフェリオンを封じ込めたのです」

 ケフィの話に相槌を打ちながら、サイは、首をかしげた。

「なぜ破壊せずに、あの屋敷に閉じ込める方法を取ったんですか? ラフェリオンが返ってきた時、ハルゴン氏はまだご存命だったんですよね? 人形技師を引退なさっていたといえ、制作者なら、ラフェリオンの術式の解除方法も当然ご存知でしょうし、わざわざ封じ込めるよりも、壊してしまった方が、安全で手っ取り早かったのではありませんか?」

「それは……」

 一瞬言葉を止めて、ケフィが口を閉じる。
それから、どこか困ったように笑むと、ケフィは懐かしそうに続けた。

「……祖父は、とても優しい人だったんです。作った人形には、一人一人名前をつけて、我が子のように可愛がっていました。ラフェリオンも、例外ではありません。だから、そんな破壊するなんて、考えられなかったんだと思います……。晩年も、戦の道具としてラフェリオンを作ってしまったことを、祖父はひどく後悔していました。私は、どうしてこんな残酷な道を、あの子に強いてしまったのだろう、と」

「…………」

 祖父とのやりとりでも思い出しているのか、ケフィの顔には、何かを愛おしむような、暖かい色が浮かんでいる。
まるで、ケフィもラフェリオンを大切に思っているような──そんな表情であった。

 トワリスは、サイと顔を見合わせてから、控えめな声で尋ねた。

「あの……私たちがラフェリオンを破壊したら、おじいさんの意向に背くことになってしまいますが、大丈夫ですか? 暴走する魔法具を放置しておくことは、大変危険です。でも、おじいさんだけじゃなくて、貴方もラフェリオンをそっとしておきたいと言うなら、無理に壊そうとも思いません」

 ぴくりと眉をあげて、黙っていたアレクシアが、トワリスを睨んだ。
勝手な発言をするな、とでも言いたげな目付きである。
しかし、アレクシアがなんと言おうと、亡きミシェルやケフィの気持ちを無視してまでラフェリオンを破壊するのは、魔導師としての本懐に反している。
例え当初の目的とは違っても、依頼人や当事者の望む形に事態を納めることこそが、魔導師の仕事なのだ。

 ケフィは、少し驚いたように目を見開いた後、柔らかく微笑んだ。

「そんなことを魔導師様に言われたのは、初めてです」

 それから、小さくうつむいて、ケフィは首を振った。

「……ありがとうございます。でも、いいんです。どうか、ラフェリオンを壊してください。確かに、封じることには成功していますが、ラフェリオンを扱える人間がいないのは事実です。祖父が亡くなってから、ハルゴン家は、物騒な人形を作る気味の悪い一族だと、世間から白い目で見られるようになりました。結果的に僕は、祖父の名前を伏せ、隠れるように暮らすことを強いられています。……正直、こんな息苦しい生活には、うんざりなんです。祖父を否定するつもりはありませんが、僕はもう、ハルゴンの名を背負っていたくないのです」

 そう言って、ケフィは寂しげな表情になった。

 実際、ミシェル・ハルゴンの名を巷で聞くことは、最近ではほとんどなくなっていた。
亡くなったせいかと思って、それほど意識もしていなかったが、もしかしたら、身内しか与(あずか)り知らぬところで、玩具作りではなく兵器造りに着手し、失敗して、結果その名声を落とし込んでいたのかもしれない。
見たところ、ケフィはこの山荘で一人で暮らしているようだ。
この孤独な生活の原因が、祖父だというならば、彼にも思うところがあるのだろう。

 トワリスは、ケフィの目を見て、深く頷いた。

「分かりました。ケフィさんがそう仰るなら、私たちは、ラフェリオンを壊します」

 ケフィの夜色の瞳が、微かに動く。
わずかに視線を落とした後、ケフィも頷いて、トワリスを見つめ返した。

「……はい。よろしくお願いします」

 サイは、少し身を乗り出して、ケフィに尋ねた。

「破壊するにあたって、お聞きしたいことがあるのですが、ケフィさんは、ラフェリオンに刻印されているはずの術式のことをご存知じゃありませんか? 術式じゃなくても、何か弱点とか、そういったものがあれば教えて頂きたいのですが……」

「術式、というと……人形に彫る、あの魔法陣のことですか?」

「ええ、そうです」

 ケフィは、思案するように俯くと、しばらく黙りこんでいた。
しかし、ふと顔をあげると、何かを思い出したように立ち上がって、部屋の本棚から、一冊の魔導書を引っ張り出してきた。

「これ、ラフェリオンのものではないと思うのですが……」

 言いながら、魔導書を広げて、ケフィが卓の真ん中に置いてくれる。
ぱらぱらと頁をめくって目を通すと、サイは、途端に目を輝かせ始めた。

「魔導人形の造形魔術に関する魔導書ですか? すごい、初めて見ました……!」

 生き生きとした声音で、サイは食い入るように魔導書を見つめている。
一方、アレクシアはあまり興味がないのか、ちらりと横目に見ただけで、長椅子から動こうとしない。
トワリスも、読んでみたい気持ちがあったが、夢中になっているサイを引き剥がすのも申し訳ないので、ひとまず話を進めようと、ケフィに向き直った。

「この魔導書に、魔導人形の術式のことが書かれているんですか?」

 問うと、ケフィは首肯した。

「はい、おそらく。僕は魔導師でもなければ、古語も読めないので、詳しいことは分からないのですが、祖父は、魔導人形を一体作る度に、その作り方や過程を、魔導書として形に残していました。だからラフェリオンにも、その作り方が記された魔導書が、どこかにあると思うんです。この家では見たことがないので、多分、あちらの屋敷の方に……」

 窓の外に見える、ラフェリオンが封じられた屋敷の屋根を一瞥して、ケフィが答える。
すると、今までずっと黙っていたアレクシアが、初めて口を開いた。

「そういえば、屋敷の二階に、魔導書が大量にしまいこまれた込まれた小部屋があったわね。あるとしたら、そこじゃない?」

 ケフィの目が、微かに動く。
サイは、表情を明るくすると、はきはきとした口調で言った。

「良かった、じゃあその魔導書さえ見つかれば、ラフェリオンを無効化できますね! あんな精巧で複雑な動きをする魔導人形が、一体どんな術式で構成されているのか、すごく気になっていたんです! 嬉しいな、まさかハルゴン氏の書いた魔導書まで読めるなんて……」

 いつもの穏和な態度から一変、興奮した様子で捲し立てながら、サイは、渡された魔導書を次々とめくっていく。
魔術が好きで、ハルゴン氏の造形魔術に興味があるからアレクシアに協力した、と言っていたのは、本当だったのだろう。
周囲の反応など一切気にせず、夢中になって魔導書に目を落とす姿は、玩具を目の前にはしゃぐ子供のようであった。

 そんなサイの変わり様を、最初は驚いたように見つめていたケフィであったが、やがて、微笑ましそうに眉を下げると、柔らかい口調で言った。

「僕は皆さんのように、魔術を使って戦うことはできませんが、出来る限りのことは協力させて頂きますので、なんでも言ってくださいね。ひとまず今晩は、この家に泊まって下さい。もう夜も更けてきましたし、空き部屋ならいくつかありますから」

 言いながら、淹れ直した紅茶を、ケフィは三人の前に出してくれる。
その気遣いに礼を述べながら、トワリスは、再び外の夜闇を見つめた。

 卒業試験には期限があるし、出来ることなら、すぐにでも再度ラフェリオンの元へと向かいたいところだ。
しかしケフィの言う通り、今は夜更けだし、トワリスとて痛めた右腕を回復させなければならない。

(今日のところは、大人しく休むか……)

 ふうっと息を吹きかけて、熱い紅茶を一口、口に含む。
ふと見れば、黙りこんでいたアレクシアも、紅茶を手に取っていた。

 カップから立ち上る湯気が、ふわりと舞って空気に溶けていく。
アレクシアは、どこか遠くを見るような目で、その様をじっと見つめていた。


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