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投稿日:2021年02月24日
ケフィの厚意に甘えて、三人は、隣り合う二部屋を借りることにした。
客間だけでなく、他の部屋も不気味な人形だらけなのではないかと内心警戒していたが、案内されたのは、板張りの殺風景な空き部屋だ。
少々埃っぽいが、部屋の両側には寝台が二つ用意してあり、床には分厚い絨毯が敷かれ、その奥には、暖炉まで設置されている。
ぱちぱちと音をたてて燃える炎の熱で、一日中雨に濡れて動き回った身体が、芯から暖まるようだった。
アレクシアと同室で休むことになったトワリスは、部屋に入るとまず、寝台の宮棚に荷物を置いて、中から宝珠を取り出した。
「……これ、返しておく」
無愛想な声で言って、押し付けるように、宝珠をアレクシアに渡す。
ラフェリオンがいた屋敷で、アレクシアが照明代わりに置いていったものだ。
アレクシアは、宝珠を受け取ると、満足げに言った。
「わざわざ取って帰ってきたのね。気が利くじゃない」
「…………」
アレクシアのことは無視して、トワリスは、黙々と荷物の整理を始める。
こちらを見ようともしないトワリスに、アレクシアは、おかしそうに眉を上げた。
「随分不機嫌ね。何か納得のいかないことでもあった?」
白々しいアレクシアの言葉に、沸々と怒りが湧いてくる。
しかし、ここで感情的になったら、彼女の思う壺だと気持ちを抑えると、トワリスは冷たく返した。
「自分の胸に手を当てて、考えてみれば?」
刺々しいトワリスに対し、アレクシアが瞬く。
それから、くすくすと笑うと、アレクシアは寝台に座って、すらりと長い脚を組んだ。
「なによ、私が貴女とサイを置いていったこと、そんなに怒ってるわけ? 貴女たちなら、あの魔導人形の相手が勤まるだろうと思ったからこその行動よ? 二人のことを信じてたの、分かる?」
「信じてたなんて、よくもそんな……!」
思わず声を荒げて、アレクシアを睨み付ける。
しかし、ぐっと唇を引き結ぶと、トワリスはそっぽを向いた。
散々わがままを言ってサイとトワリスを巻き込んだ挙げ句、囮扱いして、自分はとんずらするなんて、到底許しがたいことである。
だが、ここで説教をしたところで、アレクシアは反省などしないだろう。
彼女の言うことを真に受けるなと自分に言い聞かせ、何度目とも知れぬため息をつくと、トワリスは、荷物の整理を再開した。
「とにかく、明日こそはちゃんと働いてもらうからね。アレクシアが何をしたいのかは知らないけど、この任務の目的はラフェリオンの破壊で、それに私達を引き込んだのは、他でもないあんたなんだから!」
手元を動かしながら、毅然とした態度で告げる。
するとアレクシアは、尚もおかしそうに微笑んで、一つに結んでいた髪をほどいた。
「あら、協力はしてくれるのね。怒って帰るつもりなのかと思ったけれど」
「あんたに協力するんじゃない! 魔導師としてケフィさんを助けてあげたいし、ここまでの道程を無駄にしたくないだけ!」
興奮して、乱雑に荷物の口を閉じると、その衝撃で、荷物がずるずると宮棚から床に落ちた。
折角閉じた口が開いて、予備の剣やら、任務の資料やらが、ばさばさと地面に広がる。
トワリスは、腹立たしそうに息を吐くと、散らばった中身に手を伸ばした。
こんな些細なことでも苛々してしまうのは、なんだかんだでアレクシアの一挙一動に翻弄されてしまっている自分がいるからだろう。
自己中心的で我が儘、勝手で奔放、それがアレクシアだ。
それでも、まだ心のどこかで、任務を乗り越えたら多少は分かり合えるかもしれない、なんて思っていた。
だから、何のためらいもなく自分とサイを囮にしたアレクシアの行動に、思いの外落胆していたのだ。
アレクシアには本当に、心の底から、トワリスやサイを思う気持ちなんてないのだろう。
落ちた荷物を拾い集め、今度こそしっかりと口を閉めると、トワリスは、アレクシアと同じように寝台に腰を下ろした。
そして、鉛筆を取り出し、任務の資料に書き込みを始める。
今日、ラフェリオンについて気づいたことをまとめておきたいし、今後どう動くかも、決めておきたかったからだ。
黙々とラフェリオンを破壊するための思索に耽っていると、着々と寝入る支度を始めていたアレクシアが、ふと尋ねてきた。
「何をやってるのよ?」
一瞬だけアレクシアの方を見て、再び文面に目を落とす。
ここで無視をするのは、流石に大人げないかと思い直すと、トワリスは、静かな声で返した。
「……明日の計画を書いてるの。ケフィさんの言っていた魔導書を探しだして、術式を解除できればそれが一番良いけど、不測の事態なんていくらでも考えられるし、ラフェリオンを破壊できそうな方法をいくつか考えておかないと。アレクシアも、案出して」
アレクシアは、途端に興味を失った様子で、形の良い眉を歪めた。
「嫌よ、なんで私が。頭を使うのはサイが得意でしょうし、そんなの明日になったら考えればいいじゃない。私たちはさっさと寝ましょ」
「無鉄砲に突っ込んでも、また失敗するだろ。寝るのは計画の目処がたってから!」
あえて資料からは目は離さないまま、ぴしゃりと言い放つ。
すると、長いため息が聞こえて、アレクシアが呆れたように言った。
「……本当に貴女って堅物ね。噂には聞いていたけど、想像以上だわ。いつも眉間に皺を寄せて……そんなんだから貴女は不細工なのよ。野蛮で不細工って、女として終わりね」
「ぶさっ……」
まさか貶されるとは思わず、トワリスが顔を上げる。
絶句した後、ぱくぱくと口を開閉すると、トワリスはかっとなって言い返した。
「ア、アレクシアこそ! 人の弱味につけこんで、利用して嘲笑って……! その上、嘘をついて屋敷に引き入れて、私とサイさんをラフェリオンの囮に使うなんて、信じられない! 今回は私が軽く腕を痛めたくらいで済んだけど、下手をしたら死んでたかもしれない! 女がどうとかいう以前に、アレクシアは、人間として最低だよ……!」
衝動的に立ち上がって、アレクシアを怒鳴り付ける。
同時に、しまった、と焦って、トワリスは口をつぐんだ。
あれだけ相手にするなと自分を諌めていたのに、アレクシアの下らない言い種に、つい反論してしまった。
これからまた口汚い応酬が始まるのかと思うと、正直うんざりである。
トワリスが想像以上に噛みついてきたので、驚いたのだろう。
アレクシアは、つかの間押し黙っていたが、やがて、意地の悪い笑みを浮かべると、軽蔑したような口調で言った。
「貴女が人間を語るの? 獣人の血が混じった、異端のくせに」
どくりと、心臓が脈打つ。
まるで冷水のようなアレクシアの言葉に、血が昇って熱くなっていた頭が、すうっと冷える。
どう言い返してやろうかと考えていたが、そんな言葉は、喉の奥でしぼんで消えてしまった。
アレクシアは、肩をすくめた。
「貴女の母親、奴隷商に飼われていた女獣人なんですって? その分じゃ、父親もどうせ、泥水をすすって生きてきた最底辺の奴隷なんでしょうね。獣と汚物がよろしくやって、異端の貴女が生まれたってわけ。気持ち悪いわね?」
「…………」
トワリスは、何も言うことができず、ぎゅっと唇を噛んだ。
これは、いつもの言い争いだ。
売り言葉に買い言葉、感情的になりがちな自分を、アレクシアは面白がっているだけなのだ。
そう分かっているのに、アレクシアが獣人混じりに対し、気持ち悪いだなんて感情を抱いているのだと思うと、彼女の蒼い瞳が、急に恐ろしくなった。
トワリスは、掠れた声で返した。
「……私だって、好きでそんな風に生まれたわけじゃない」
アレクシアがふっと目を細める。
つまらなさそうに息を吐くと、アレクシアは、呆れたように言った。
「ふーん、じゃあ普通の人間に生まれたかったということ? 自分が異端で惨めだということは否定しないのね」
「…………」
トワリスは、アレクシアの視線から逃げるように俯くと、ぎゅっと拳に力を込めた。
「なんで、そんな言い方するのさ。私が獣人混じりだからって、アレクシアには何の迷惑もかけてないだろ。大体、異端だとか、気持ち悪いとか言うけど、そっちが先に声をかけてきたんじゃないか。ラフェリオンの任務を一緒にやろう、って。私も、サイさんも、沢山納得がいかないことあったのに、今まで誰のために協力してきたと思って──」
「誰のため? 自分のためでしょう?」
言葉を遮られて、トワリスの顔が強張る。
アレクシアは、トワリスの顔を見つめると、にやりと笑って続けた。
「淫蕩でずる賢いと有名なアレクシア・フィオールが可哀想だから、協力してあげたんだって。そう言いたいから、貴女はここまでのこのこ着いてきたのよ。魔導師団内で浮いてる女同士、異端同士、傷の舐め合いでもすれば仲良くなれると思った? それとも、哀れな女に手を差し出せば、居場所のない惨めな自分を正当化できるとでも考えたのかしら。私に脅されたからとか、ケフィ・ハルゴンのためだからとか、色々と理由をつけて、貴女は仕方なく協力するふりをしていただけなのよ」
トワリスは、顔をしかめると、首を横に振った。
そして、睨むようにアレクシアの顔を見ると、はっきりと否定した。
「違う。そんなこと、思ってない。……どうしてそんな、ひねくれた見方をするの。確かに私は、アレクシアの言う異端なのかもしれないし、同期内でも浮いた存在だから、これを機に誰かと仲良くなれればとか、そういうことも、少しは考えたよ。だけど、アレクシアを利用して自分を正当化しようとか、そんなこと思ってない。この任務を受けるのだって、今でも正直反対だよ。でも、私が同期の男共を蹴り飛ばしてたって、アレクシアに密告されたら困るし、他に私と組んでくれそうな相手も、結局見つからなかったし、何より、例え卒業試験には不向きな任務でも、ラフェリオンを破壊することで誰かが助かるならいいなって、心からそう思ったから、協力しようって思ったんだよ」
「…………」
トワリスが言い終わっても、アレクシアは何も答えなかった。
黙って、しばらく探るようにトワリスの目を見つめていたが、やがて、小さく嘆息すると、冷めた口調で言った。
「あっそ、まあいいわ。貴女が偽善者だろうと、筋金入りのお人好しだろうと、そんなことはどちらでも構わない。私は、ラフェリオンを破壊できるくらいの力を持っていそうだから、貴女とサイを選んだの。だから下手な詮索なんてしないで、貴女たちはただ、あの魔導人形の相手をしていればいいのよ」
トワリスの眉間の皺が、深くなる。
怒りを堪えるように拳を震わせると、トワリスは、吐き捨てるように答えた。
「……意味わかんない。言ってることが滅茶苦茶だよ。要は、協力はしてほしいけど、アレクシアには干渉せず、ひたすら黙って言うことを聞けってこと?」
アレクシアは、ふふっと微笑んだ。
「ええ、そうよ。貴女たちは、私の勝手な我が儘に付き合ってくれれば、それでいいの」
言い返そうとして、口を閉じる。
トワリスは、アレクシアと目を合わせることなく、ただ悔しそうに俯いていた。
そんなトワリスを、アレクシアは、どこか退屈そうに眺めていたが、ややあって、ぐっと伸びをすると、革靴を脱いだ。
「……悪いけど、私疲れてるから、もう寝るわよ。おやすみ。貴女も早めに寝なさいよ」
そう言って、燭台の灯りを消すと、アレクシアはさっさと寝台の中にもぐってしまう。
真っ暗になった室内で、アレクシアが寝入ってしまってから、トワリスもようやく寝台に身を預けた。
思えば、こんな風に貶されるのが怖かったから、無意識に人付き合いを避けてきたのかもしれない。
今回、面と向かって“異端”だなどと言ってきたのが、たまたまアレクシアだっただけで、他の誰かに同じことを言われる可能性だって、十分にあった。
周囲からそういう目で見られていることには、とっくの昔に気づいていたのだ。
気づいていたけれど、その程度で傷ついたりはしないとか、気にする必要はないとか、必死にそう思い込もうとしていた。
もちろん、サミルやルーフェン、リリアナのように、優しい言葉をかけてくれる人達だっている。
そのことを分かっていても、「獣人混じりだから、それがなんだ」と、胸を張って言えない自分が、ひどく情けなかった。
今更泣いたりなんてしないが、本当は、涙が出るほど悔しかった。
まだ正規ではないものの、自分の肩書きは、獣人混じりの子供から、魔導師に変わることができたと思っていたのに、結局先行するのは、気持ちの悪い混血という印象なのだ。
そのことが、とても悔しかったし、とても悲しかった。
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