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投稿日:2021年02月24日
翌朝、寝台から起き上がると、既に部屋にはアレクシアの姿がなかった。
夜明け少し前に、彼女が着替えて出ていったことには気づいてはいたが、言い争ったばかりで、なんとなく声をかけづらかったので、そのまま見送ったのだ。
軽く身支度を整えただけで、荷物は置きっぱなしだったので、直に帰ってくるだろう。
そう予想していたが、トワリスが外出準備を終え、サイと合流する頃になっても、アレクシアは戻ってこなかった。
ケフィが用意してくれた朝食を食べ、山荘を出ると、外は曇天であった。
太陽が一番高くなるはずの時分だというのに、分厚い雲のせいで、辺りはぼんやりと薄暗い。
それでも、霧も無く雨が降っていないだけ、昨日よりは視界が開けていると言えよう。
昨夜、鬱蒼とした獣道を通ってきたと思っていたが、よく見れば、ケフィの山荘の周囲には、人の手が入ったと思しき広い山道が、一本通っていた。
ラフェリオンの屋敷へと続く山道を下りながら、アレクシアがいないのは今朝からだと告げると、サイは、大して驚いた様子もなく、苦笑いを浮かべた。
「まあ、仕方ないですよ。勿論、アレクシアさんにも協力してもらえたら嬉しいですが、彼女を頭数に入れて計画を立てたら、また痛い目を見そうですからね」
長杖で、山道に飛び出した枝葉を避けながら、サイは穏やかな口調で言った。
本当は、昨夜のアレクシアの不遜な態度を、もっと悪く言ってやろうかと思っていたが、サイの落ち着いた振る舞いを見ている内に、そんな気は失せてしまった。
サイも、アレクシアの言動には呆れているようであったが、彼はどちらかというと、アレクシアに対して怒りを示すよりも、トワリスをなだめる方向に気を遣ってくれているようだ。
二つ年上とはいえ、サイのそんな大人びた対応を見ていると、いつまでも憤慨している自分が、少し子供っぽくて恥ずかしかった。
急な山道をしばらく下ると、昨日、トワリスたちが馬車でやってきた山間の通りへと出た。
ここを更に下っていけば、ラフェリオンのいる屋敷へとたどり着く。
長い間、黙々と歩いていたトワリスとサイであったが、ある時、ふと顔をのぞきこんできたサイが、神妙な顔つきで尋ねてきた。
「……あの、大丈夫ですか?」
何のことを言われているのか分からず、微かに首を傾げる。
サイは、言いづらそうに口淀んでから、わずかに俯いて続けた。
「なんだか、元気がないように見えたので。アレクシアさんに、何か言われました? それとも、昨日の怪我が痛むとか……」
トワリスは、はっとしてサイの方を見た。
いつまでもアレクシアの悪口を言うのも気が引けたので、黙っていただけなのだが、どうやら元気がないと勘違いされてしまっていたらしい。
慌てて首を振ると、トワリスは右手を開いたり、握ったりして見せた。
「いや、全然。右腕もほとんど痛くないですし、なんともないです。もう戦えます」
ついでに、折れた双剣の片割れの代わりに持ってきた、予備の剣を示す。
それでもサイは、まだ心配そうな顔つきで見てくるので、トワリスは話題を変えた。
「そんなことより、ラフェリオンを破壊する方法、色々考えてみたんですけど……やっぱり、ケフィさんの言っていた魔導書を見つけて、術式を解除することに賭けるのが、一番良いんじゃないかと思うんです」
サイの表情が、さっと真剣なものに切り替わる。
トワリスも、真面目な顔で前を見据えると、歩きながら言葉を継いだ。
「ほら、動きを止めるだけなら、可能じゃないですか。昨日みたいに、瓦礫の下敷きにするなり、氷漬けにするなり、なんなら、私が足止めするのでも構いません。その間に、どうにかラフェリオンの術式に関する手がかりを、屋敷の中から探し出すんです。これが一番安全で、有効な方法だと思います。魔導書が見つからなかった場合は、また別の方法をとらないといけませんけど……」
眉根を寄せると、トワリスは、再びサイを見上げた。
昨夜は結局、アレクシアと喧嘩をしたせいで、何の作戦も考えられなかったのだ。
中途半端に書き込んだだけの任務の資料も、戦闘の邪魔になるかもしれないからと、ケフィの山荘に置いてきてしまった。
ここは素直に、頭の切れるサイを頼るのが良いだろう。
サイは、トワリスの意図を汲んだ様子で考え込むと、ぽつりと呟いた。
「昨日、ケフィさんに頼んで、ハルゴン氏が手掛けた魔導人形についての魔導書をいくつか読んだんですけど……。ラフェリオンって、おそらく構造的にはかなり原始的な造りなんですよ」
「原始的、というと?」
サイは腕まくりをして、自分の皮膚を確かめるように触りながら、言い募った。
「ハルゴン氏の作品には、人間とそっくりの見た目の魔導人形も、沢山あったんです。作り物であることには変わりないんですが、骨格や筋肉の役割をする部品があって、皮膚も、動物の皮などを使って忠実に再現していたそうです。見た目どころか、動きまでしなやかで、まるで本物の人間のようだと評価されていたんだとか。そういった作品に比べると、ラフェリオンは粗い造りをしているというか、いわゆる人形らしい、単純な姿をしているように見えます」
ラフェリオンの姿を思い浮かべて、トワリスは、微かに目を大きくした。
言われてみれば、経年により劣化していることを差し引いても、ラフェリオンは、台座に人形の上半身が取り付けられているだけの、古い型の人形であった。
兵器としての性能や、かけられた魔術の強さは、他とは比べ物にならないくらい強いのであろうが、見た目だけで言えば、ハルゴン氏の最高傑作と聞いて拍子抜けしてしまいそうなぼろさだ。
顎に手を当てると、トワリスは、納得したように言った。
「確かに……そうですね。こう言っては失礼ですけど、造形には力を入れていないように見えました。素人の私でも、なんとなく、どんな造りなのか、分かってしまうような……」
サイは、こくりと頷いた。
「同感です。それで、昨日一通り動きを見て、考えていたんですけど、ラフェリオンは、腕の刃ごと上半身を回転させて、斬りつけてくる場合が多かったですよね。あの攻撃を仕掛けてくる時は、必ず移動している時でした。つまり、車輪の動きと上半身の回転は、連動している可能性が高い。車輪と上半身、その両方が取り付けられている台座の中には、歯車かなにかが設置してあって、車輪が動き出せば、同時に上半身も回転する仕組みになってるんじゃないでしょうか」
「じゃあ、例えばあの台座部分を完全に氷付けにしてしまえば、少なくとも車輪と上半身の回転は止まる、ってことですよね。ついでに腕も封じられれば、刃も振るえなくなる」
サイの言葉に誘導される形で答えて、トワリスは、ぱっと表情を明るくした。
トワリスと目が合うと、サイも、どこか嬉しそうに返事をした。
「的確に台座と腕を狙わないといけないので、魔術の正確性は問われますが、この方法が成功すれば、ラフェリオンに近づかずに動きを止められます。部分的に凍らせるだけなので、上手くいけば、術式が彫られているであろう背中、あるいは腹部を調べられるかもしれません。あとは、ラフェリオンに攻撃が一切通じなかった場合を考えましょう。昨日も話しましたが、ラフェリオンには、何かしらの防御魔術がかかっている可能性があります。表面の金属は、冥鉱石という非常に硬度の高い石を鍛えて作ったのだとケフィさんも仰っていましたし、魔術すら一切通じない、という事態も十分考えられるでしょう。ですから、こういうのはどうですか。動き自体を封じるのではなく、感覚を封じるんです」
流れるような口調であらゆる対策案を出しながら、サイが、ぴんと人差し指を立てる。
彼の一言一句を聞き逃さないように耳を立て、サイが言わんとしていることを汲み取ると、トワリスは、あ、と声をあげた。
「つまり、ラフェリオンに私達を認識させないってことですか?」
サイは、大きく頷いた。
「そうです。ラフェリオンが、何で私達を認識しているのかは、まだ分かりません。視覚か匂いか、それとも音か、あるいは全部か……。何にせよ、それらを奪ってしまえば、本体を壊さなくても、動きは止まるはずです。ラフェリオンだって、所詮は人形。標的を検知できなければ、静止するしかないのではないでしょうか」
自分では考えられないようなことを、難なく思い付いてしまうサイの話を聞いている内に、トワリスは、だんだんと心が弾んでくるのを感じていた。
今から命がけの戦いに出るというのに、心が弾むなんておかしいと自分でも思うが、こんな風に仲間と話し合って、作戦を立てていると、いかにも自分が魔導師らしいことをしているような気がして、わくわくするのだ。
この高揚感は、座学を受けているときや、訓練をしているときでは、決して感じられない。
助けを求める依頼人がいて、共に任務を遂行しようとする仲間がいてこそ、感じられるものだ。
三人組で卒業試験を受けることになってから、アレクシアに巻き込まれ、危険な目にも遭ったが、一方で、こうしてサイと接点を持てるようにもなったわけだから、悪いことばかりではなかったかもしれない。
トワリスは、サイを見上げると、はきはきとした口調で返事をした。
「確かに、その方法なら幅が広がりますね! 目や鼻、耳にあたる部分を、壊せるなら壊すのが手っ取り早いですし、壊せなくても、他に音や匂いを出して私達の気配を誤魔化すとか、いくつでも対策のとりようがありますし」
「ええ。ラフェリオンの場合は、視覚認知の可能性が高いでしょう。一応、他の可能性も考えておいた方が良いとは思いますが、わざわざヴァルド族の眼球を使用したと記録しているわけですから、視覚認知していないなんてことは考えづらいですからね」
トワリスにつられたのか、サイも、どことなく微笑ましそうに顔つきを緩める。
二人は、顔を見合わせて頷いたが、トワリスは、ふと口を閉じると、何か思い出したように言った。
「そういえば、そのヴァルド族って聞いたことがないんですけど、具体的にはどんな特殊な一族なんでしょう。ケフィさんは、遠くの景色まで見渡せる眼球も持っているって仰ってましたが、それって、単純に視力が異常に発達してるってことなんでしょうか」
サイなら知っているかと思い、尋ねてみたが、答えはすぐに返ってこなかった。
ラフェリオンに使われているという、冥鉱石も、海蜘蛛の牙も、なんとなく聞いたことのある材であったが、ヴァルド族の名前だけは、聞いたことがなかった。
特に地方には、数えきれないほどの独特の文化を持った少数民族が存在しているというが、サーフェリア中の守護を勤める魔導師団では、そういった地理的な情報は全て把握しているはずだ。
まして、魔導人形の素材にも使われるような、特別な目を持つ一族ならば、魔導師団が認識していないことはないだろう。
だから、ヴァルド族という名前を聞いたとき、少し違和感を覚えたのだ。
単に忘れていただけかもしれないとも思ったが、本当に、全く聞いたことがなかったのである。
サイも、トワリスと同じく、ヴァルド族に関しては何も知らなかったのだろう。
少し黙りこんだ末、サイは首を横に振った。
「さあ、ヴァルド族の名前は、私も今回初めて聞いたので……。昨日、ケフィさんにも聞いてみましたが、彼らはもう絶えてしまった西方の一族なので、記録もほとんど残っていないそうですよ。知る人ぞ知る、一部の地域に伝わる伝承みたいな存在なんでしょうね」
あまり興味がないのか、それだけ言って、サイは肩をすくめる。
ラフェリオンを破壊するために、集められる情報ならしっかりと把握しておきたいところだが、記録もないのであれば、調べようがない。
だから、サイの反応が薄いのも、当然と言えば当然なのだが、トワリスの中では、何かが引っ掛かっていた。
ヴァルド族が、魔導師団にも知られていないような存在だったというなら、何故ハルゴン氏は、そんな未知の一族の眼球を、魔導人形の材に使おうなどと思い付いたのだろう。
逆に言えば、名匠とはいえ、ただの人形技師に過ぎないハルゴン氏が知っていたヴァルド族の存在を、何故魔導師団は、把握できていなかったのだろう。
あるいは把握していて尚、扱わない理由が何かあったのか──。
かつて滅んだ一族で、訓練生の耳には入らないような些細な存在だったと言われてしまえばそれまでだが、魔導師に教え込まれる知識の中には、既に絶えて、歴史の波に埋もれていってしまった一族の史実も多くある。
だからこそ、サイもトワリスも、ヴァルド族について何も聞いたことがないというのは、奇妙な感じがしたのだった。
話しながら通りを下っていくと、ようやくラフェリオンのいる屋敷が見え始めた。
大雨は去ったものの、日は照っていないので、半分腐りかけたような屋敷の壁からも、むっと湿った木の臭いがする。
靄のかかった微風がたちまじり、背後の木々をざわざわと鳴らせば、その不気味な揺らめきは、まるでトワリスたちを手招いているようにも見えた。
サイは、屋敷から醸される気味の悪い空気を払うように、溌剌と口を開いた。
「よし、じゃあ作戦を確認しましょう! まず屋敷に入ったら、ラフェリオンとの交戦は極力避けて、二階に上がりましょう。アレクシアさんが昨日言っていた魔導書のある部屋を探して、ラフェリオンに関する文献を探すんです。運良くそれが見つかって、ラフェリオンの術式解除の手がかりが掴めれば、万々歳です」
汚れと蔦に覆われ、全く中の見えない二階の窓を指差して、サイが言う。
トワリスも、同じように屋敷を見上げてから、サイの方に視線をやった。
「分かりました。それで、もし魔導書が見つからなければ、ラフェリオンの車輪の動きを止める、あるいは感覚を封じる、どちらかの方法を試すんですね」
サイは、深々と頷いた。
「はい。もし、どの作戦も駄目だった場合は、また出直しましょう。無駄に戦い続けても、こちらが消耗してしまいます。ケフィさんに、もし私達が夕刻になっても戻らなかったら、また外側から屋敷の扉を開けてほしいとお願いしておきました。危険なので、アレクシアさんがいれば、彼女に扉を開ける役目を任せるように伝えてありますが、どちらにせよ、夕刻になれば誰かしらが来てくれるはずです。そうしたら、どうにかラフェリオンを外に出さないようにして、屋敷から脱出しましょう」
気合いを入れるように、ふうっと深呼吸すると、二人は、同時に屋敷へと近づいていった。
そして、互いに目で合図しあい、そっと扉に手をかけると、すぐそばにラフェリオンがいないかどうか、気配を探った。
押した扉の軋む音が、やけに大きく聞こえる。
二人は、もう一度目を合わせて頷き合うと、息を潜めて、扉を押し開いたのだった。
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