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投稿日:2021年02月24日
屋敷へと足を踏み入れると、中は思いの外暗く、じっと目を凝らさなければ、目の前にあるものが何かもよく分からぬ状況であった。
唯一の光源は、差し込む僅かな外界の光だけ。それも、汚れで曇った窓から入ってくるものなので、ほとんどないに等しいと言える。
トワリスは多少夜目も利くが、サイは手探りで進まねば足元も覚束無いほどで、目が慣れるまでのしばらくは、あまり動けなかった。
昨日訪れた時、アレクシアがそうしていたように、魔術で屋敷を照らしても良かったが、今そんなことをすれば、自分達の居場所をラフェリオンに教えるようなものだ。
今のところ、ラフェリオンがトワリスたちの元にやってくる様子はない。
未だサイが崩した天井の瓦礫に埋もれているのかとも思ったが、どうやらラフェリオンは、既に自力で脱出して、屋敷の別の場所に移動しているようだ。
二人は慎重にラフェリオンの気配を探ったが、暗い大広間には、黒々と沈む瓦礫の山と、無機質に散乱する人形たちの四肢しかなかった。
二人は、暗闇の中を一歩一歩、足場を確かめながら、屋敷の二階へと上がっていった。
大階段や上がった先の長廊下には、分厚い敷物が敷かれていたので、幸いなことに、足音はほとんど響かない。
しかしながら、板張りの床はひどく劣化しており、所々腐っていたので、いつ重みに耐えかねて崩れ落ちるか、分からないような状態であった。
二階の長廊下に並ぶ部屋は、大半が物置きのようで、大広間と同じように、人形の部品が溢れかえっている部屋もあれば、アレクシアが言った通り、本棚が並ぶ書斎のような部屋もいくつかあった。
ひとまず手近な小部屋に入ったサイとトワリスは、静かに扉を閉めると、ほっと息をついた。
それから、扉から光が漏れ出ないよう、微かな魔術で杖先に明かりを灯すと、サイは、古い本棚を見上げた。
「ぱっと見た感じでは、ラフェリオンの魔導書らしきものは見当たらないですね……」
光る杖先を、並ぶ本の背表紙に近づけ、サイがそっと囁く。
埃を払ってから、実際に本を引き出したトワリスは、頁をぱらぱらと捲りながら、眉をしかめた。
「……そうですね。ラフェリオンどころか、魔術に関係のあるものすらなさそうです。これ、ただの絵本ですよ」
古びて黄ばんだ絵本をサイに渡し、他の本も手にとってみる。
だが、本棚に並ぶ本の大半は、ラフェリオンに関する魔導書などではなく、絵本や図鑑といった、子供向けの本ばかりであった。
「この屋敷は、ハルゴン氏が工房代わりに使っていたとケフィさんが仰っていましたが、これだけ子供向けの本が揃っているということは、お子さんと暮らす場所でもあったんですかね。魔導書は、別の部屋にまとめられているんでしょうか」
長杖を壁に立て掛けると、他の本の中身も物色しながら、サイが言った。
トワリスも、同様にそれぞれの本の内容を確かめながら、答えた。
「そもそも、魔導書が必ずこの屋敷にあるとは限りませんよね。ハルゴン氏がラフェリオンについて記した魔導書があったとして、それが紛失してしまったことも考えられます。ケフィさんも、あるとしたらこの屋敷にある可能性が高いって言っていただけで、実際に見たとは仰ってませんでしたし……」
サイは手を止めると、トワリスの方に向き直った。
「それはもちろん、魔導書が絶対に見つかるとは思っていませんでしたが……」
言いながら、サイは再び長杖をとり、部屋全体を照らすように高く掲げた。
「ただ、この屋敷の二階には、何かあるんじゃないかと思ってるんです。だってほら、昨日この屋敷に来たとき、アレクシアさんが真っ先に二階に上がっていったでしょう? 彼女にどんな意図があったのかは分かりませんが、目的もなく二階に行ったとは考えられません。だから、何かあるのかな、と……。あくまで、推測ですけど」
「それは、確かにそうですね」
サイの方を向き、トワリスも同調して考え込む。
そういえば、囮にされた怒りで考えもしなかったが、アレクシアはあの時、何故二階に駆け上がっていったのだろうか。
この任務はラフェリオンの破壊が目的であり、そのラフェリオンが目の前にいたというのに、アレクシアはこちらには目もくれず、一直線に二階に向かっていった。
まるで、以前からこの屋敷の構造を知っていたかのように──。
顔を合わせれば言い争いをするばかりで、結局アレクシアの真意が分からないままだが、彼女は、一体何を目的に動いているのだろう。
トワリスたちに対して非協力的ではあるが、なんだかんだで、この任務に誰よりもこだわっているのは、他でもないアレクシアである。
質問したところで、彼女が素直に心の内を明かすとも思えないし、最終的な目標はラフェリオンの破壊なのだろうと思い込んでいたので、それ以上の詮索はしていなかったが、ラフェリオンにさえ目もくれていなかったとなると、いよいよアレクシアの動機が謎である。
そうして、アレクシアとのやり取りを思い出していると、不意に、扉の外から車輪の回る駆動音が聞こえてきて、トワリスは、身体を強張らせた。
同じく身構えたサイが、素早く杖先の光を消す。
二人は屈み込むと、息を殺して、じっと近づいてくる駆動音に耳を傾けていた。
(──ラフェリオン……!)
いっそ、討って出るべきかと目で訴えると、サイは、小さく首を振った。
「……一度やり過ごしましょう。攻撃を仕掛けるのは、他の部屋も調べてからにするべきです」
吐息のような小さな声で囁かれて、トワリスは、こくりと頷いた。
正直、ラフェリオンに見つかるかもしれないというこの緊張感の中、あるかも分からない魔導書を探して、屋敷内を巡り続けるのは、精神的に参ってしまいそうだ。
しかし、一度見つかってしまえば、もう逃げられないだろうと考えると、サイの言う通り、今はまだ身を潜めているべきなのかもしれない。
トワリスは、無意識の握りこんでいた剣の柄から、ゆっくりと手を離した。
やがて、遠ざかっていく車輪の音が聞こえなくなると、サイとトワリスは、詰めていた息を吐き出した。
「良かった……気づかれなかったみたいですね」
安堵したように言って、サイが立ち上がる。
扉一枚を隔てて、すぐそばを通っていったので、もしラフェリオンが優れた嗅覚や聴覚を持った人形だったなら、気づかれていたかもしれない。
やはり標的を視覚認知している可能性が高いな、と考えながら、トワリスも肩を撫で下ろした。
サイは、そろそろと手を壁に沿わせながら扉の方に向かうと、取っ手を探り出して、振り返った。
暗くてよく見えないのだろう、トワリスがいる方向とは、少し違う場所を見つめている。
「この部屋には魔導書はないようですから、別の場所を調べたいところですが、ラフェリオンがいつ、また巡回してくるかもしれません。危険ですから、トワリスさんは少しここで待っていてください。もし何かあったら、合図をしますので」
「えっ」
サイの言葉に、トワリスは顔をしかめた。
「何言ってるんですか。それこそ危険です。私なら夜目も利きますし、一緒に行った方が良いですよ。二人で探して、もし途中でラフェリオンに見つかったら、私が足止めしますから、その間にサイさんが魔導書探しを続けてください」
サイは、とんでもない、という風に首を振った。
「いや、それは危ないですよ! 昨日から言っていますが、足止めなんて、トワリスさんにさせられません」
「なんでですか! それじゃあ私が着いてきた意味がないでしょう。私だって魔導師ですよ。私の方が動けるんだから、私の方が適任です」
「で、ですが……」
口ごもって、サイが眉を下げる。
トワリスは、むっとした表情でサイを睨んだ。
あくまでこちらを気遣って言ってくれているのだろうと分かってはいたが、これではまるで、全く頼られていないように感じてしまう。
確かに、サイの方が魔術も使えるし、頭も切れるが、実際にラフェリオンの動きを見切って戦えるのは、自分の方だという自信がトワリスにはあった。
困った様子のサイに近づき、その手を重ねて取っ手を握ると、トワリスは言った。
「もういっそ、二手に分かれて魔導書を探しましょう。どの道、ラフェリオンに見つかるのは時間の問題だと思うんです。だったら、多少慎重さには欠けますが、手分けをして探した方が──」
トワリスが言いかけた、その時だった。
刺すような鋭い気配を察知して、トワリスは、咄嗟にサイの腕を掴んだ。
サイを引いてトワリスが地面を跳んだのと、扉を突き破って二本の刃が飛び出してきたのは、ほとんど同時であった。
ラフェリオンが、扉ごとトワリスたちを切り刻もうと、突進してきたのである。
一回転して着地し、体制を崩したサイの前に立つと、トワリスは姿勢を落として、素早く抜刀した。
そして、双剣を一本に束ねると、ラフェリオンの車輪の[#ruby =輻_や#]の隙間を狙って、思い切りそれを突き立てた。
杭のように刺さった双剣に阻まれ、ラフェリオンの車輪と上半身の回転が止まる。
トワリスは、急停止してつんのめったラフェリオンの後頭部に、思い切り肘を落とすと、今度は落ちてきたその顔面に、渾身の膝蹴りを食らわせた。
「────っ!」
ぐるんっと回ったラフェリオンが、後方にひっくり返る。
仰向けに倒れたラフェリオンを、間髪入れずに蹴り飛ばせば、ラフェリオンは、双剣を車輪に引っかけたまま吹き飛び、部屋の外へと投げ出された。
真っ向勝負に出ていたら、きっと昨日の二の舞になっていただろう。
扉に突進してきたことで、ラフェリオンの動きが鈍った一瞬を狙ったからこそ、双剣を折られずに、車輪と刃の回転を止めることができたのだ。
「魔導書を探して!」
それだけ言うと、トワリスはラフェリオンを追撃した。
ラフェリオンが本来の速さで攻撃を始めれば、また防戦一方になってしまう。
そうなれば、体力勝負になってくるので、こちらが圧倒的に不利だ。
長廊下に飛び出すと、外へと弾き出された双剣をすぐさま拾い上げ、トワリスはラフェリオンと対峙した。
ラフェリオンは、破壊された扉の残骸を巻き込みながら横転していたが、すぐに車輪を一転させて起き上がった。
先程のトワリスの膝蹴りで、塗装が剥がれたのか、ラフェリオンの顔面の大部分は、地の金属が剥き出しになっている。
しかし、本体には何の毀傷も受けていないようで、厄介な俊敏さも機動力も健在だ。
やはり、物理的に破壊しようというのは、難しいだろう。
仕留め損ねた獲物を逃がすまいと、再びラフェリオンが刃を回転させながら、トワリスに迫ってくる。
反射的に避けようとしたトワリスであったが、咄嗟に双剣を束ねると、その刃を受け、力任せにラフェリオンを弾き返した。
金属同士が食い合う鈍い音が響いて、痺れるような痛みが両腕に走る。
ラフェリオンの攻撃を受け止めるということは、高速で斬りつけてくる二本の刃を、力付くで停止させるということだ。
束ねてみたところで、真っ向から食らえば、いつまた双剣が折れるともしれないし、その前に、衝撃で腕が使い物にならなくなる可能性もある。
だからといって、ラフェリオンの斬撃を避け続ければ、こちらの消耗が著しい。
時間稼ぎをしている間に、サイが魔導書を見つけて、ラフェリオンの術式を解除できるなら良いが、そんなに都合良く事が運ぶとも思えない。
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