トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日





 トワリスが言い返そうとすると、割って入ったサイが、アレクシアに尋ねた。

「先程、術式がないと言っていましたが、それはどういう意味なんです? あれだけの動きをする魔導人形です。膨大な量の古語が記された術式がないと、動くはずがありません。アレクシアさんは、この近くに術者がいて、ラフェリオンを直接操っていると仰っているんですか?」

 アレクシアは、つまらなさそうに嘆息した。

「しつこいわね、知らないって言ってるじゃない。近くに術者がいるのかもしれないし、あるいはどこか別の場所に、術式が記されているんじゃない? 少なくとも、人形自体には刻まれてないわ」

「でも、それじゃあ……」

 サイとアレクシアが話している間にも、ラフェリオンは瓦礫を踏み砕き、三人目掛けて突進してくる。
三人は、それぞれ別方向へ避けると、ラフェリオンから距離をとるべく走った。

 アレクシアの、術式がない、という言葉の真偽はともかく、ラフェリオンの破壊が絶望的であることは、事実であった。
冥鉱石の鎧の頑丈さ故に、物理的な攻撃はほとんど効かないし、海蜘蛛の牙から出来たと言う刃も、魔術さえ切り裂く魔剣のようなものだ。
海蜘蛛は、大海さえ食らう化物とされているが、アレクシアの放った雷撃を見事に切り捨てていたところを見る限り、その牙から鍛えられた剣には、対魔術のための効果が見込まれているのだろう。
加えて、問題はヴァルド族の眼球だ。
まだどれほどの能力を持っているのかは分からないが、ただ遠くが見えるだけではないらしい、というのは、サイもトワリスも勘づいていた。

 ラフェリオンは、つい先程まで、暗くて視界が悪い屋敷内でも、確実にトワリスたちを狙っていた。
まるで、屋敷の天井に目があって、ラフェリオン本体に目隠しをしようとも、トワリスたちの動きは完全に把握されているような──そんな、迷いのない動きだ。
その上ラフェリオンは、音が大きく鳴り響いた方に引き寄せられるわけでも、匂いを嗅ぎ取っていたわけでもなく、獲物だけを正確に認識し、状況を判断して、狙いを定めていたのである。

 思考を持たぬ人形のはずなのに、ラフェリオンは、一体何を以て敵だと判断し、襲いかかってくるのだろう。
仮に、人間以上の五感を有し、目の前にいる全ての生物を屠る機能が備わっていたのだとしても、ラフェリオンの動きを見ていると、思考を持つ生物を相手にしているような気分になる。
もし、そう思わせるような動きを実現させているのが、ヴァルド族の眼球だというのなら、これが一番厄介だ。

 そう易々といくわけがないとは思っていたが、暗闇の中や、轟音が鳴り響く中でも動けていたことを考えると、感覚を全て奪うというのも、骨が折れそうだ。
おまけに術式までないとなれば、打つ手はない。

 となれば、残るは結局、再起不能なまでにラフェリオンを木っ端微塵にする方法しかないが、それこそ不可能だろう。
剣撃も魔術も、冥鉱石で出来た身体と海蜘蛛の牙から出来た刃が有る限り、意味がない。
ラフェリオンを抑え込めるものなど──。

 そこまで考えて、トワリスははっと立ち止まった。
屋敷内を見回して、内壁には傷がついていないことを確認する。

 この屋敷は、ラフェリオンを長年閉じ込め、封印してきた屋敷だ。
内側からは決して出られないよう、魔術が施されているのだと、ケフィも言っていた。
柱や一階の天井などは、何の魔術も施されていないのか、戦っている内に崩壊してしまったが、実際、外に面する壁だけは、一切損傷していない。
思えば、昨日ラフェリオンが勢い余って壁に突撃したときも、壁は無傷であった。

(だったら──)

 トワリスは、腰にかけてあった鉤縄(かぎなわ)を手に取ると、サイに狙いを定めていたラフェリオンの胴体目掛けて、それを放った。
鉤縄程度、ラフェリオンにかかれば簡単に切り裂かれ、ほどかれてしまうだろうが、トワリスの目的は、拘束することではなかった。

 鉤縄が胴体に巻き付いたことを確認するや否や、ラフェリオンが抵抗するよりも速く、トワリスは、思い切り鉤縄を引いた。
ぐうんとラフェリオンの身体が宙を舞って、放物線を描く。
そのまま一歩踏み出し、全力で投擲すれば、ラフェリオンは、凄まじい勢いで壁に向かって飛んでいった。

 蹴り飛ばしてみて実感したが、唯一弱点としてあげるところがあるとすれば、ラフェリオンは、それほどの重量は持たないことであった。
トワリスよりは重いが、それでも勢いさえつければ、鉤縄で釣って投げ飛ばすくらいは可能だ。

 長年ラフェリオンを封じ込めてきた屋敷の壁ならば、おそらくどのような攻撃にも耐えうるし、ラフェリオン本体よりも頑丈である。
自分よりも硬いものとぶつかれば、いくらラフェリオンとて、無事ではいられないはず──。

 そう踏んでの行動だったのだが、ラフェリオンが壁に激突した、その時。
予想外の出来事が起こった。
如何なる攻撃にも耐えるはずの壁は、ラフェリオンがぶつかった瞬間、激しい物音を立てて突き崩れたのだ。

「えっ!?」

 渾身の力で叩き付けられたラフェリオンは、そのまま壁を突き破って、外に投げ出される。
ぐっと腕を持っていかれたトワリスは、咄嗟に鉤縄を離そうとしたが、慌てて握り直した。
もし手を離したら、ラフェリオンという危険な魔導人形を、野に放つことになってしまう。

 木片と土埃を巻き上げながら、勢い余って地面を滑っていくラフェリオンに引っ張られ、トワリスも外に放り出される。
鉤縄を引いて、ラフェリオンを屋敷内に引き戻そうとも思ったが、自分でも身を投げ出すくらいの勢いで投擲したので、踏ん張りがきかなかった。

 反射的に身を丸めると、宙で反転して、トワリスは背中から地面に着地した。
受け身を上手くとれたことと、柔らかい土の上だったことが幸いして、背中にかかった衝撃は大したものではなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
跳ねるように立ち上がると、トワリスは、すぐさまラフェリオンに向かい合った。

 まさか、魔術が施されているはずの屋敷の壁が、ラフェリオンを投げつけたくらいで破れるとは計算外であったが、とにかく、このままラフェリオンが下山して、周辺の村や街を襲うなんてことがあろうものなら、大惨事になる。
今すぐ、ラフェリオンを屋敷の中に引き戻さねばならない。

 素早く体制を整えたトワリスは、しかし、目の前のラフェリオンの様子を見て、思わず眉をしかめた。
全力で蹴り飛ばしても、魔術で吹っ飛ばしても、すぐに起き上がっていたあのラフェリオンが、地面に突っ伏したまま、ぴくりとも動かないのだ。

 まるで打ち捨てられたガラクタのように、両腕を投げ出し、力なく土の上に横たわっている。
拍子抜けして瞬いたトワリスは、そっとラフェリオンに近づくと、足で仰向けにひっくり返して、その顔を覗きこんだ。

(急に動かなくなった……。どうして……?)

 剣を構えたまま、じっとラフェリオンの全身を見回す。
壁に激突した時に、思惑通り損傷して動かなくなったのかとも思ったが、見たところ、ラフェリオンは傷一つついていない。
屋敷から出たら、停止する仕組みになっているなんて聞いていないし、そもそもそんな仕組みになっているなら、この屋敷にラフェリオンを閉じ込めておく必要なんてなかったはずだ。

 ラフェリオンの金髪はぼさぼさで、肌も鉄がむき出しになっているが、かつては美しい少女の姿を模していたのであろう。
兵器と言うには似合わぬ、線の細い少女の面影が、その鉄塊にはあった。

 顔を見つめていたトワリスは、ふと、ラフェリオンの右目に違和感を覚えると、その場に屈みこんだ。
よく目を凝らさなければ見えないが、ラフェリオンの青い瞳の表面に、針で削ったような細かな傷がついている。
それが、何を表しているのか気づいたとき、トワリスは、はっと息を飲んだ。

(術式……!)

 剣を持ち変え、反転させると、ラフェリオンの目を狙って突き下ろす。
ラフェリオンに斬撃など効かないことは分かっているが、今まで、直接眼球を狙えたことはなかった。
しかし、ラフェリオンの動きが止まっている今なら、確実に仕留められる。

 トワリスの剣先が、ラフェリオンの瞳に届く──その直前。
突如、ラフェリオンの刃が翻ったかと思うと、トワリスに襲いかかった。
すんでのところで剣の角度を変え、刃を受け止めるも、咄嗟のことに体制を崩したトワリスは、力負けして屋敷内に吹っ飛ばされる。

 反射的に床に剣を突き立て、どうにか壁に激突するのは避けたが、踏ん張った拍子に、軽く足を痛めたらしい。
すぐに体制を立て直そうとしたトワリスであったが、右の足首に痛みが走り、うめいて膝をついた。

 自分が突き破った壁の穴をくぐって、凄まじい速さで、ラフェリオンの刃が向かってくる。
標的を仕留めることしか頭にないのか、ラフェリオンが街や村の方へと行かなかったのは幸いだったが、足を痛めた以上、今後ラフェリオン速さについていくことは難しいだろう。

 接近してくる刃に、痛みを覚悟した、その時だった。
不意に、視界の端が光ったかと思うと、横合いから、鋭い冷気が迸った。
次々と顕現した氷塊が、ラフェリオンを飲み込もうと、槍の如く床から飛び出してくる。
ラフェリオンは、素早く進路を変え、避けようとしたが、氷塊の形成される速さには追い付かず、次の瞬間には、氷漬けになった。

 詠唱なしでは──いや、詠唱したとしても、ここまでの魔術を使える者は、魔導師団の中にもそう多くはないだろう。
トワリスは、つかの間呆けたように目の前の氷塊を眺めていたが、やがて、ゆっくりと立ち上がると、魔術を行使したであろうサイの方に、右足をかばいながら向き直った。

「トワリスさん! ご無事ですか!」

 息を切らせて、サイが走り寄ってくる。
アレクシアは、嘆息しながら歩いてくると、氷漬けになったラフェリオンを一瞥してから、トワリスを見た。

「貴女、一体何を考えているのよ。屋敷の壁に風穴開けちゃって……これじゃあ、あの人形を閉じ込めておけないじゃない」

 心配して手を貸してくれるサイに対し、アレクシアは、呆れた様子で肩をすくめる。
むっとして言い返そうとしたトワリスであったが、厄介な状況にしてしまったのは事実なので、大人しく謝罪した。

「……ごめん。長年ラフェリオンを封じていた屋敷の壁だし、ぶつけたら、ラフェリオンが負けて壊れると思って……」

 アレクシアが何かを言う前に、サイが口を出した。

「実際、そうなる可能性はありましたよ。投げ飛ばして壁にぶつけるなんて、トワリスさんじゃなきゃ、試せなかった方法だと思います。大丈夫ですよ、予定通りラフェリオンを破壊すれば、解決する話なんですから」

「…………」

 気持ちは有り難いが、慰めようとしてくれているのが丸分かりの言葉である。
いたたまれず黙っていると、アレクシアが無情にもとどめを刺してきた。

「術式もない、攻撃も効かない、この状況でどうやって破壊するのよ。あの人形は、屋敷に封じたままでいようと思っていたのに……。貴女が壁をぶち壊してしまったせいで、私達、この屋敷から出られなくなったわよ。逃げたら、きっと穴を通って追いかけてくるもの、あいつ」

 ちらりと目線でラフェリオンを示して、アレクシアが言う。
その時、はっと目を見開くと、トワリスはアレクシアの肩を掴んだ。

「あっ、そう、あったの! 術式!」

「……は?」

 アレクシアが、怪訝そうに顔をしかめる。
サイは、驚いたように瞠目した。

「あったって、見たんですか?」

 トワリスは、真剣な顔つきで頷いた。

「至近距離でよく見ないと分からないくらい、小さな術式だったんですけど、ラフェリオンの眼球に、古語が彫られていたんです。一言、“回れ”って」

「“回れ”……?」

 繰り返し呟いて、サイは眉根を寄せた。

「それは……おかしいですね。ラフェリオンは、まるで思考力さえ持っているようにも思えるくらい、複雑な動きをする魔導人形です。“回れ”というのは、恐らく車輪にかけられた魔術の元となる術式なんでしょうが、それだけでは、前に進むことと、車輪の動きと連動しているであろう、刃の回転くらいしか出来ないはずです。例えば、動く標的を狙えとか、魔力を察知したら避けろとか、そういう細かな命令が沢山与えられていないと、あんな動きは出来ないはず。もっと巨大で、入り組んだ術式でないと……」

 考え込むサイを見てから、トワリスは、再び氷塊に取り込まれたラフェリオンを見つめた。

 サイの言う通り、ラフェリオンの原動力となる術式が、回転する動作を促すだけのものというのは、不可解であった。
あれだけの動きをさせるなら、もっと多くの指示を書き込んだ術式が必要である。
だからこそ、それを書き切れるだけの背中や腹部に、術式が彫られているだろうと予測していたのだ。

 アレクシアは、すっと目を細めると、トワリスに顔を近づけた。

「……今の話、確かでしょうね? 見間違えではなくて? 至近距離で見ないと分からない、と言っていたけれど、どうやってあの人形に接近したの?」

 疑っている、というよりは、確信を得たがっているような言い方であった。
トワリスは、アレクシアを見つめ返すと、こくりと頷いた。

「見間違えじゃない。屋敷の外に飛び出したとき、原因は分からないけど、ラフェリオンの動きが一瞬だけ止まったんだ。その時に、はっきりと見たよ。ぱっと見ただけじゃ、小さな傷が眼球に入っていただけのようにも見えたけど、近くで見たら、確かに“回れ”って書いてあった」

 アレクシアの目が、徐々に見開かれていく。
勢いよくラフェリオンの方へ振り返ると、ややあって、アレクシアは唇で弧を描いた。

「そういうこと……ようやく見つけたわ」

 ぐっと拳を握って、アレクシアが呟く。
次いで、サイとトワリスの方を向くと、アレクシアは言った。

「予定変更よ。私がイカれ人形の術式を、解除するわ。貴方たち二人は、時間を稼いでちょうだい」

 宝珠がふわりと浮かんで、アレクシアを守るように取り囲む。
術式の解除に備え始めたアレクシアに、サイは、納得のいかない様子で声をかけた。

「ちょっと待ってください。トワリスさんのことはもちろん信じていますが、そもそも、前提としておかしいです。あの目は、ヴァルド族という一族の眼球なのでしょう? つまり、作り物ではなく本物の眼球です。どうやって術式を彫ったっていうんですか?」

 その時、何処からか、水がぽたぽたと滴り落ちるような音が聞こえてきた。
徐々に視界が白み始め、屋敷の中に、蒸気が立ち込めていく。
一同が顔を上げれば、蒸気の発生源は、凍りついたラフェリオンであった。
ラフェリオンが、自らを発熱させて、己を閉じ込める氷塊を溶かそうとしているのだ。

 はっと顔を強張らせたサイとトワリスに対し、冷静な顔つきで振り返ると、アレクシアは、冷たい口調で言った。

「あの人形の目は、ただの硝子玉よ。あれは、ヴァルド族の眼球に似せた偽物に過ぎない。それだけは、最初から確信していたわ。ヴァルド族の瞳は、あんな安っぽい青じゃないもの」

 白く煙る視界の中で、アレクシアの透き通るような青い瞳だけが、確かな色を持っているように見えた。
青く、それでいて、その奥底には明媚な夜空が広がっているかのような、深い深い蒼色。

 どうしてそんなことを知っているのか、と問おうとして、トワリスは、はっと口をつぐんだ。
静かな怒りと、悲しみの色を宿したその瞳が、全てを物語っているような気がしたのだ。


- 45 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数148)