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投稿日:2021年02月24日





「まさか、アレクシアって……」

──刹那、氷の中なら抜け出したラフェリオンが、氷水を纏って三人に斬りかかってきた。
左足で踏み出したトワリスが、束ねた双剣を叩きつけるように振れば、殴打されたラフェリオンが、もんどり打って倒れる。
同時に、アレクシアとトワリスを庇うように立ったサイが長杖を構えると、竜巻の如く生じた風が、立ち込める蒸気を吹き飛ばした。

 立て続けて発生した風の渦が、突き立った氷塊を木端微塵に粉砕し、ラフェリオンを飲み込んで、破裂する。
濡れた床の水飛沫を跳ね上げ、そのままごろごろと転がったラフェリオンだが、やはり、損傷はどこにも受けていないようだ。
間髪いれずに、細かく散った氷塊をラフェリオンへと放つと、サイは、トワリスの方を一瞥した。

「トワリスさんは、アレクシアさんの守りに徹して下さい。足止めは、私がやります」

 ラフェリオンと対峙し、サイが長杖に魔力を宿す。
トワリスは、分かりました、と返事をすると、解除の紋様を紡ぐアレクシアを背後に、双剣を構え直した。

 術式の解除は、元の魔術を打ち消す魔法陣を作り出すことで完成する。
打ち消したい魔法陣を、正確に特定しなければならないのが困難な点だが、発動自体は、かなり簡単な魔術だ。
まして、“回れ”と一言しか記されていない術式の解除なんて、そう時間は要さないだろう。

 アレクシアの足下に、光の帯が走って、解除の魔法陣が形成されていく。
発動まであと少し──その間、サイは、ラフェリオンにひたすら魔術を放ち続けるつもりでいた。
破壊するとなると、ただ攻撃をしているだけでは効かないが、解除の魔術が発動するまでの時間を稼ぐだけならば、ラフェリオンの動きを止めているだけで十分である。

──その時だった。
突然、床に積み重なっていた人形の手が飛びあがり、サイの首に掴みかかった。
手首から先が欠如した、白木の掌が、凄まじい握力で首を締め上げてくる。
喉の奥を押し出されるような痛みが襲ってきて、サイは、ラフェリオンへの攻撃を中断せざるを得なかった。

 動き出した人形たちの腕は、一つではなかった。
サイを助けに行こうとしたトワリスの脚にも、無数の手が掴みかかり、巻きつくように集ってくる。
剣で斬りつければ、手は呆気なく切り捨てられたが、数が多すぎて、攻撃が追い付かない。
矢の如く、次々と掴みかかってくる人形たちの手は、サイとトワリスを地面に引きずり倒そうと、全身に取りついてきた。

 完全に身動きがとれなくなったサイとトワリスに、うなりをあげて、ラフェリオンが迫ってくる。
トワリスは歯を食い縛り、なんとかして絡み付く人形たちの手を引き剥がそうとしたが、握り締めてくる力は増すばかりで、びくともしなかった。

(アレクシア、早く……!)

 ラフェリオンの刃が、サイへと伸びる、その瞬間──。
アレクシアの足下に描かれたものと同じ魔法陣が、ラフェリオンの頭上に展開した。

「我、解約を命ず……逆しまに還りて、解き放ち、我が盟約を受け入れよ!」

 アレクシアの詠唱に呼応し、目映い光が魔法陣から迸って、ラフェリオンを飲み込む。
術式の刻まれた青い右目が、その瞬間、割れて飛び散ったところを、トワリスは確かに見た。

 鳥肌が立つような悲鳴と共に、ラフェリオンの身体が、分解され、ばらばらと砕け散っていく。
掴みかかってきていた人形たちの手も、力を失ったのか、気づけば、サイとトワリスを拘束するものはなくなっていた。
とうとう、ラフェリオンの術式の解除に成功したのである。

 しかし、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
不意に、ぐらぐらと屋敷全体が揺れ出して、三人は顔を上げた。
細かい飛礫が降りかかってきたかと思うと、既に半壊していた天井にひびが入り、崩れ落ちてくる。
激闘の衝撃か、あるいは、ラフェリオンの術式を解除したことが影響しているのか──屋敷が倒壊しかかっているのだ。

「脱出しましょう!」

 切迫した声で言って、サイが扉を示す。
彼に続き、トワリスとアレクシアも走り出したが、ふと振り返ったトワリスは、一拍遅れて走ってきたアレクシアの頭上に、大きな瓦礫が迫っていることに気づくと、咄嗟に踵を返した。

「アレクシア……!」

 床を蹴って跳ねあがり、アレクシアを突き飛ばす。
二人はもつれるようにして床に転がり、なんとか瓦礫の下敷きになることを回避したが、屋敷の崩壊はそれだけに留まらない。
天井の落下を皮切りに、ぎしぎしと嫌な音を立てて、柱や壁にまで亀裂が入り始める。

 気づいたサイが、すかさず結界を張ろうと手を伸ばすも、次の瞬間、崩れ落ちてきた瓦礫に視界が塞がれ、トワリスとアレクシアを見失ってしまう。
重々しい音を立てて降ってくる瓦礫の雨から、自分を守るので精一杯であった。

 視界が真っ暗になり、巻き上がった土埃が鼻をつく。
ぶつかり合い、砕けた瓦礫が地面に叩きつけられた轟音が響いたあと、一切の音が消えた。
静寂の後、思い出したように呼吸を再開すれば、木々のざわめきが聞こえ始めた。

 雲間から覗く太陽の光が、異様なほど眩しい。
直前で結界を張り、身を守ったサイは、完全に倒壊した屋敷を見渡すと、曇天の空を仰いだ。
同時に、高く積まれた瓦礫の一部が、破裂するように崩れたかと思うと、アレクシアが顔を出す。
彼女もまた、押し潰される寸前で、宝珠を使って結界を張っていたのだ。

 アレクシアは、自分に覆い被さるように倒れているトワリスを抱き起こすと、その頬を軽く叩いた。
すると、咳き込むように息を吸ったトワリスが、ぱっと目を開ける。
トワリスは、しばらく苦しそうに肩を揺らして呼吸していたが、やがて、ゆっくりとアレクシアの方を見ると、呟いた。

「……し、死ぬかと思った」

 二人は黙りこんだまま、少しの間、互いの目を見つめあっていた。
ややあって、サイが駆けつけてくると、アレクシアはトワリスの額を指で弾いた。

「筋金入りの馬鹿ね、貴女」

 呆れたように言って、立ち上がる。
助けてあげたのに心外だ、とでも言いたげな表情で、額を押さえるトワリスを見やると、アレクシアは、どこか安堵したように息を吐いたのだった。
 


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