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投稿日:2021年02月24日





 山荘に戻ると、迎え入れてくれたケフィは、傷だらけの三人の姿を見て真っ青になった。
傷だらけと言っても、軽く足を捻挫していたり、打ち身や切り傷を負っただけで、大したことはなかったのだが、最後に屋敷の崩落に巻き込まれたせいで、全身薄汚れ、団服もぼろぼろになっていたため、重傷に見えたのだろう。
ケフィは、今すぐ町医者を呼ぶべきだと主張したが、すぐに発つからと言って、三人は遠慮した。

 報告のために、再びあの人形だらけの客間へと招かれ、ラフェリオンの破壊に至るまでの経緯を説明すると、ケフィは、案外冷静な態度で、その話を聞いていた。

「そうですか……術式の解除を。でも、魔導書は見つからなかったんですね。すみません、あの屋敷にあるかも、なんて不確かなことを言ってしまって」

 申し訳なさそうに頭を下げるケフィに、サイは首を振った。

「いえ、ケフィさんが謝ることではありません。見つからない場合も想定していましたから、大丈夫ですよ。ただ、結局なぜラフェリオンが、小さな術式一つであんな複雑な動きをしていたのか、分からないんですよね。あのあと、完全に破壊されたラフェリオンを調べて、他にも術式が刻まれていないかと探しましたが、やはり何の術式も彫られていませんでした。ハルゴン氏が何か特別な技術を持っていたのか、それともあの屋敷自体に、ラフェリオンを動かす別の秘密があったのか……」

 ぶつぶつと呟きながら、サイは何やら真剣に考えを巡らせている。
よほどラフェリオンの秘密を暴きたいのだろう。
サイは、屋敷を離れてから、ずっと上の空であった。

 ただ、実際、ラフェリオンが一体どのような原理で動いていたのかという問題は、トワリスも気になっていた。
サイのように、知的好奇心から気になっているというよりは、単純に不安だったのだ。
術式の解除には成功したものの、何故ラフェリオンが動いていたのか明らかにできていない以上、果たしてあの“回れ”という術式が、本当に原動力だったのか不明である。
となると、いつまたラフェリオンが動き出すかも分からないし、完全に根本を絶ち切れたという確証がないので、漠然とした不安が残る。

 トワリスは、持っていた荷物の中から、分厚い革袋を引っ張り出すと、ケフィの前に出した。

「破壊には成功しましたが、ラフェリオンにはまだ未知の部分が多いです。この袋には、壊したラフェリオンの部品の一部が入っています。これを魔導師団に持ち帰って、調べても大丈夫ですか?」

 ずっしりと重い、ラフェリオンの身体の一部が入った革袋。
一部と言ったのは、文字通り、全ては回収しきれなかったためだ。
崩壊した屋敷の瓦礫の中から、粉々に砕け散ったラフェリオンの残骸を集めきるのは、容易ではなかったのである。
特に、あの術式が彫られていた青い眼球は入手したかったのだが、見つからなかった。
解除した瞬間か、あるいは屋敷が崩壊した時に、砕け散ってしまったのかもしれない。

 ラフェリオンの残骸を見せると、ケフィは、微かに目を細めた。
しかし、すぐに笑みを浮かべると、快く頷いて見せた。

「構いません。僕の手元に残しておいても、仕方がありませんしね。もしそれが皆さんのお役に立つというのなら、どうぞ持っていてください」

 とぽとぽと音を立てて、温かな匂いを纏った紅茶が、カップに注がれていく。
ケフィは、紅茶を淹れながら、日が傾き始めた窓の外を一瞥すると、尋ねた。

「すぐに発つと仰っていましたが、今日中に行かれるのですか? ラフェリオンとの戦いで、お疲れでしょう。昨日皆さんがお使いになった部屋はそのままにしておりますので、一晩くらい、泊まっていかれませんか?」

 ケフィの申し出に、トワリスは、迷った様子で口ごもった。

「お気持ちは嬉しいのですが、私達、なるべく早く次の任務に行きたくて……」

 それを聞くと、ケフィは残念そうに眉を下げた。

「そうですか。もうすぐ日も暮れますし、お礼も兼ねて、おもてなしさせて頂こうと思っていたのですが……お急ぎなら、しょうがないですね。せめて、出発までの間は、ゆっくりしていってください」

 ふわりと湯気の舞う紅茶をそれぞれに差し出して、ケフィは微笑む。
サイとトワリスは、有り難くそれを受け取ると、息を吹き掛けて、飲みやすくなるまで紅茶を冷ましていた。
だがその時、不意にアレクシアが、長椅子から立ち上がったかと思うと、あろうことか、淹れたての紅茶を、カップごと向かいに座るケフィに投げつけた。

 橙赤色の液体が、勢いよくケフィの頭に降りかかる。
床に落下し、ぱりんと音を立てて割れたカップを見ながら、ケフィは驚いた様子で、硬直していた。
ややあって、トワリスも長椅子から腰をあげると、アレクシアを睨み付けた。

「ちょっと! 何やってるのさ!」

 カップを投げつけたアレクシアの腕を掴み、怒鳴り付ける。
しかしアレクシアは、そんなトワリスの手を振り払うと、ケフィを見下ろして言った。

「貴方の淹れた紅茶は、不味くて飲めたものじゃないわ。熱すぎたり、ぬるかったり、味だって、昨日からろくなものじゃなかった。自分が淹れた紅茶、今ここで飲んでみなさいよ」

 まるで挑発するような口調で言って、アレクシアは鼻を鳴らす。
狼狽えるサイとトワリスには目もくれず、ぐいとケフィに顔を近づけると、アレクシアは言い募った。

「ああ、もしかして飲めないのかしら。飲んだところで、味も温度も分からない。ねえ、そうなんでしょう?」

 ケフィの夜色の瞳が、微かに揺れる。
アレクシアは、机を踏みつけて身を乗り出すと、不敵な笑みを浮かべた。

「……本物のラフェリオンは、貴方ね?」


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