トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日





 アレクシアの発言に、サイとトワリスが瞠目する。
アレクシアは、ケフィの胸ぐらを掴みあげると、きつい口調で続けた。

「ずっと、私達のことを見ていたんでしょう? ……その、ヴァルド族から奪った眼球で。貴方が造り上げた偽物のラフェリオン相手に、私達が苦戦をする様は、見ていてさぞ面白かったことでしょうね? でも残念。見えるのは、貴方だけじゃあないの」

「…………」

 掴んでいた胸ぐらを、ぱっと放す。
まるで放心したように、呆然と長椅子に身を預けるケフィを見て、アレクシアは、口許を歪めた。

「昨日、あの屋敷に侵入した私達を見つけた貴方は、魔導師がまたラフェリオンを破壊しに来たのだと気づいて、焦った。けれど貴方は、あえて私達を助け、協力する振りをして、わざわざ情報を偽装し、あの偽物のラフェリオンを壊すように仕向けたのよ。殺すより、私達にラフェリオンを破壊したと思い込ませて、魔導師団に任務完了の報告をしてもらったほうが、都合が良かったんでしょう。そうすれば、今後二度と、ラフェリオンを追おうとする者はいなくなるから」

 アレクシアは、身を戻して立つと、ケフィを見下ろした。

「あの偽ラフェリオンが、“回れ”だなんていう簡単な術式一つで動いていたのも、紐解けば単純な話よ。如何に標的を追い、仕留めるのか……全ては貴方が直接見て、接戦を演じるように動かしていただけなんですもの。術式は、術者がいない場合には必要になるけれど、直接術者が魔術を行使しているなら、必要ないわ。私が術式を解除したとき、サイやトワリスに掴みかかっていった、あの人形たちの手も、貴方が直接操っていただけ。屋敷には、ラフェリオンを封じるための魔術が施されているなんて話も、全て私達がラフェリオンを破壊するという筋書きを完成させるための、作り話なんでしょう? あの偽物のラフェリオンは、言ってしまえば、本物のラフェリオンの操り人形で、私たちは、まんまと貴方が用意した舞台の上で、踊らされていたってわけ」

「…………」

 ケフィは俯いたまま、一言も発しない。
サイは、おずおずと長椅子から立ち上がると、緊張した面持ちでアレクシアを見た。

「ま、待ってください、アレクシアさん。今の話だと、その……ケフィさんが、あのラフェリオンを魔術で動かしていた、と言うことなんですよね? でも、あの場にケフィさんはいなかったじゃないですか」

 アレクシアは、肩をすくめた。

「だから言ったじゃない。こいつはヴァルド族の目で、私達のことを見ていたのよ。確かにあの屋敷には、ケフィ・ハルゴン──いえ、ラフェリオンはいなかった。でも、どこにいようと、こいつにとっては、私達の動きなんて丸見えなの。ヴァルド族の目は、壁を何枚隔てようと、その先の景色を見渡すことが出来る。つまり、標的を目で捉えさえすれば、この場で魔術を使うのも、山一つ向こうで魔術を使うのも、同じことなのよ」

 アレクシアの蒼い瞳が、鋭い光を宿す。
サイは、信じられないものを見るような目でケフィを一瞥し、再度アレクシアに視線を向けると、震える声で返した。

「しかし……ケフィさんは、どう見たって……人間にしか……」

「…………」

 ケフィは、相変わらず長椅子に腰掛けたまま、沈黙を貫いている。
ケフィが人間にしか見えないと動揺するサイの気持ちは、トワリスにもよく分かった。
見た目が人間そっくりだとか、複雑な会話のやり取りや動きが出来るとか、そういった次元の話ではないのだ。
細かく繊細に変化する表情も、眼差しも、声色でさえ、人間のそれとしか思えない。
触れずとも柔らかな熱が伝わってくるような、そんな人間らしい温かみが、ケフィからは感じられるのだ。

 アレクシアは、皮肉めいた口調で言った。

「だから傑作なんでしょう、貴方は。ラフェリオンがハルゴン氏の最高傑作と謳われた所以は、強力な造形魔術によって制作されたからでも、類稀な戦闘能力を持っているからでもない。人間と同じ、感情というものを持っているから……。そんなところかしら」

 サイとトワリスが、強張った顔でケフィを見る。
ややあって、ケフィはゆっくりと顔をあげると、冷めた目でアレクシアを見上げた。

「……仰っている意味が、よく分かりませんね。僕がラフェリオン? そんな証拠、どこにあるっていうんです?」

 アレクシアは、唇で弧を描いた。

「あの人形が、ラフェリオンの偽物だってことには、最初から気づいていたわ。だってあの安っぽい目は、どう見てもヴァルド族の眼球ではなかったもの。だから私は、ずっと本物のラフェリオンを探していたのよ」

 アレクシアの言葉に、トワリスは目を見開いた。
思い起こしてみれば、偽物のラフェリオンに全く興味を示さなかったことも、やたらと単独行動をとっていたことも、アレクシアが本物のラフェリオンを一人で探していたのだと考えれば、合点が行く。

 笑みを深めて、アレクシアはケフィを見つめた。 

「貴方を疑い始めたのは、私が、あの屋敷に魔導書の並んだ部屋がある、と言った時。魔導人形のことも魔術のことも分からない、なんて顔をしていたけれど、貴方は、そんな部屋が存在しないことを知っていた。だから私が、魔導書の並んだ部屋を見た、と言ったとき、貴方は微かに視線を泳がせたのよ。動揺の仕方まで人間らしいなんて、正直信じられないけれどね」

 次いで、アレクシアは目を細めた。

「他にもあるわ。トワリスが屋敷の壁を破った時、一緒に投げ出された偽物のラフェリオンの動きが、一瞬止まったの。そうよね?」

 アレクシアの視線を受けて、トワリスが首肯する。
ケフィが本物のラフェリオンだというアレクシアの言い分が、徐々に真実味を帯び始め、トワリスは、無意識に拳に力を込めていた。

「どんな攻撃を受けても、びくともしなかったあのイカれ人形が、ほんの一瞬でも動きを止めた。……考えてみて、すぐに分かったわ。ヴァルド族の目は、標的を追える訳じゃない。あくまで、ある一定の空間を見渡せるだけ。つまり、屋敷の内部に視線を定めていた貴方は、突然屋敷の外に飛び出したトワリスたちが視界から外れて、見失ったのよ。偽物のラフェリオンに、次の動きを指示できなかったの。これは、あの偽物のラフェリオンが、自ら標的を認知して動いていたわけではない証拠よ。そして、遠隔からの操作を可能にしていたのが、術式の力ではなく、ヴァルド族の眼球を持った者──つまり、本物のラフェリオンだったという証拠でもある」

 アレクシアが言葉を切ると、ケフィは、微かに息を吐いた。

「……答えになっていません。術式一つで動いていたとは考えづらいから、直接操っていた何者かがいるのだろう、と判断するのは、些か早計ではありませんか? 少なくとも僕は、あの屋敷に封じた人形が、ラフェリオンなのだと祖父から聞いていました。単に貴方たちが、表面的に見えやすい、眼球に刻印された術式しか調べられなかったというだけのことでしょう。あの人形を解体したら、二つ目、三つ目の術式が見つかったかもしれません。それに、仮にあの屋敷にいたのが偽物で、その偽物を操っていたのが、本物のラフェリオンであったのだとしても、今のフィオールさんのお話は、ラフェリオンの正体が僕だという証拠はならないはずです。この周辺には他に人が住んでいませんから、僕を疑いたくなるお気持ちもお察ししますが」

 ケフィの夜色の瞳が、アレクシアを射抜く。
アレクシアは、その瞳を見つめ返すと、わざとらしく眉をあげた。

「そうね、解体して調べたわけじゃないわ。眼球の術式を解除したら動かなくなったから、あの術式が原動力だったと判断したに過ぎない。確かに、決定的とは言えないわ。ただ──」

 アレクシアは、艶然と微笑んで、言葉を継いだ。

「術式が眼球に刻印されていたなんて、よく知ってるわね? 私は、術式が一つだけだった、としか言っていないけど……?」

──瞬間。
怒り任せに振り上げられたケフィの拳が、大きな音を立てて、机を叩き割った。
衝撃で落ちたカップが、紅茶を吐き出しながら、ごろごろと床に転がっていく。
しゅぅっと蒸気のような息を吐いて、凶暴な光を目に宿したケフィは、ぎろりとアレクシアを睨んだ。

「謀ったな、この女……!」

 ケフィの凄まじい変貌に、思わずサイとトワリスがたじろぐ。
黒に近い夜色だった彼の瞳が、いつの間にか、アレクシアと同じ透き通った蒼色に変わっていることに気づくと、トワリスは、訝しげに問うた。

「まさか、本当に貴方が……?」

 ラフェリオンは、トワリスに目を移すと、眉を歪めた。

「……そりゃあ、疑いたくもなるでしょうね。そうですよ、僕が、魔導人形ラフェリオンだ。……でも、とても人形には見えないでしょう? 僕は、人形であって、人間だから」

 木端微塵になった机の残骸を踏みつけ、ラフェリオンは、ゆらりと立ち上がる。

「……僕はね、人間の死体から出来てるんですよ。大勢の死体をかき集め、継ぎ接いで作った……この脚も、腕も、内臓も眼球も、全部! 選ばれた人間を殺して奪ったものだ」

 サイが、顔色を真っ青にした。

「殺して、奪った……? ラフェリオンを作るために、人を殺したっていうんですか……? 一体、何のために……?」

 ラフェリオンは、皮肉っぽく笑うと、自分の掌を見つめた。

「人為的に、優れた人間を作ることができるのか、試そうとしたんですよ。人形は所詮、指示通りにしか動けぬ玩具です。でも僕は違う。優秀な人間の身体、能力を生まれつき持ち、思考し、学ぶことができる……。けれど、この身体は成長しないし、感覚もない。死ぬこともない。魔力がある限り動き続ける、不完全な人の形をしたものです」

 サイは、信じられないものを見るような目で、ラフェリオンの全身を眺めた。

「で、ですが……人形だろうが、兵器だろうが、貴方は生きているではないですか。死体を材料に、貴方のような人形を造り上げるなんて……そんな方法が、あるというのですか」

 ラフェリオンに代わり、アレクシアが、忌々しそうに答えた。

「あるわけないじゃない。……死んだ人間の身体で、生きた人形を作るなんて。ハルゴン氏は、禁忌魔術に手を出したのよ」

「出したんじゃない! 出さざるを得なかったんだっ!」

 アレクシアの言葉に被さるように、ラフェリオンが怒鳴る。
わなわなと唇を震わせ、額に手を当てると、ラフェリオンは悔しげに言葉を絞り出した。

「先生は……ミシェル・ハルゴンは、脅されたんだ。十年ほど前、魔導師団の団長を名乗る男に、思考する人形作りに協力するよう言われ、拒めば殺すと脅迫された。だから何としても、魔導人形ラフェリオンを完成させなければならなかった。多くの罪なき命と引き換えに、禁忌魔術に手を出すことになろうとも!」

 それから、力が抜けてしまったように、長椅子にがっくりと腰を落とすと、ラフェリオンは、アレクシアを見上げた。

「……フィオールさん、貴女は何故魔導師なんてやっているんです? 貴女が最初からお見通しだったように、僕にも分かっていましたよ。貴女は、ヴァルド族の生き残りなんでしょう。それなら貴女だって、被害者のはずだ。恨む相手が違う。貴女の同胞を狩り、眼球を奪い、そしてミシェル・ハルゴンを脅して僕を作らせたのは、魔導師団の人間です」

「…………」

 眉を寄せて、トワリスがアレクシアを見る。
やはり彼女は、ヴァルド族だったのだ。
偽物のラフェリオンと交戦していた時から、薄々勘づいてはいた。
誰も見ていなかったはずなのに、トワリスが度々同期の魔導師たちと揉めていたことを知っていたのも、サイとトワリスが、なんだかんだでアレクシアに協力するつもりであることを確信していたのも、術式が偽物のラフェリオンにはないと言っていたのも、全て、ヴァルド族の眼があったからだと思えば、説明がつく。


- 48 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数148)