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投稿日:2021年02月24日





 アレクシアは、目を伏せると、小さくため息をついた。

「……エイデンは既に裁かれたわ。禁忌魔術の行使を、人形技師ミシェル・ハルゴンに強制した罪でね。世間には、罪人としてではなく、殉職として公表されたことは気に食わないけれど、しょうがない。仮にも魔導師団長ともあろう者が、禁忌魔術に手を出したなんて、良い恥さらしだもの」

「じゃ、じゃあ、この件の黒幕は……」

 震える声でトワリスが確認すると、アレクシアは、淡々と答えた。

「前魔導師団長、ブラウィン・エイデンよ。彼は、ヴァルド族を始めとする多くの民を惨殺し、その遺体を使って、ハルゴン氏に魔導人形ラフェリオンを作るように命じた。エイデンの愚行を暴いた魔導師団は、その隠蔽に躍起になったわ。だって、法を守るべき魔導師団の長が禁忌に手を染めるなんて、とんだ笑い話だもの。だから、一連の真実を知るエイデンとハルゴン氏をこの世から葬り、事件をなかったことにした。そして次に、禁忌魔術によって産み落とされた魔導人形ラフェリオンを、破壊しようとしたのよ。禁忌魔術が関与しているという事実は伏せ、制作者が死に、扱える者がいなくなってしまった暴走殺人兵器だと、情報を偽装してね。当の本人は、偽物を作って、上手く逃げ回っていたようだけれど」

 ちらりと横目にラフェリオンを見て、アレクシアは言い募った。

「手に負えなくなった魔導人形の破壊なんて、それだけ聞けば、重要性は然程ないもの。未解決のまま月日が経てば、やがて風化し、そんな任務の存在自体忘れられていくわ。ラフェリオンを破壊して、魔導師団の過ちを隠滅できるなら、それが一番確実だけれど、世間から忘れられて、結果なかったことになるなら、それもまた良いでしょう。少なくとも、ラフェリオン、貴方はそうなることを一番望んでいた。……まあ、私が掘り返してきたんだけどね?」

 ラフェリオンは、しばらくの間、鋭い目付きでアレクシアを睨み付けていた。
しかし、やがて微かに息を吐き出すと、平坦な声で言った。

「……僕を、破壊するんですか?」

「…………」

 アレクシアは、何も答えずに、ラフェリオンを見据えている。
ラフェリオンは、沈痛な面持ちで頭を下げた。

「……見逃してください。僕はただ、ここで静かに最期を迎えられれば、それでいい。どうせ僕は、直に壊れます。僕の中に残る先生の魔力は、あと僅か……それが尽きて動けなくなるまでは、生きていたいのです。……僕は、ケフィ・ハルゴンに、人形を送り続けなければならない」

 アレクシアは、ぴくりと眉を上げた。

「……ケフィ・ハルゴンとは一体何者なの? ハルゴン氏には、本当に孫がいたと?」

 ラフェリオンは、首を横に振った。

「いいえ。僕は外見年齢を考えて、孫を名乗っていただけです。本物のケフィ・ハルゴンは、小さい頃に病で亡くなった、先生の娘さんです。元々先生は、娘さんのために人形作りを始めたんです。あの世に一人ぼっちで、話し相手がいないのは可哀想だからと、ご自分で作った喋る人形や、買ってきた絵本やお菓子、あらゆるものを毎日燃やして、亡くなったケフィ・ハルゴンに送っていました。この部屋にある人形も、すべて、先生が娘さんのために作ったものです」

 思わずぎょっとして、トワリスは、部屋中に並べられた膨大な量の人形を見回した。
同時に、あの偽物のラフェリオンがいた屋敷に、子供向けの絵本が置かれていたのを思い出す。
生涯かけて魔導人形を作り続け、その名を世に馳せたミシェル・ハルゴンの原動力は、我が子への強い想い──見方によっては、異常とも取れるような、甲斐甲斐しい執着心だったのかもしれない。

 ラフェリオンは、落ち着いた態度で続けた。

「僕を作ったあと、先生は言いました。沢山の犠牲を出し、禁忌魔術まで犯した自分は、きっと娘と同じところへは逝けないだろう、と。……だから、代わりに僕が、壊れるそのときまで、先生の作品を娘さんに贈るんです」

 口調は穏やかだったが、その奥に意思の強さが伺えるような、真っ直ぐな言葉だった。
トワリスは、躊躇いがちに尋ねた。

「じゃあ貴方は、ハルゴン氏が亡くなってからずっと、この家で人形を燃やし続けていたんですか?」

 ラフェリオンは、悲しげに表情を歪めて、トワリスを見つめた。

「どうしてそこまでするのかと、そう思うでしょう? 僕も不思議なんです。死んだ人間に捕らわれて、何年も何年も……。そんなことを続けたって、きっと意味はないのに。それでも僕は、先生と同じように、故人に想いを馳せたいんですよ。先生にとっては、僕なんて作品の一つに過ぎなかったのかもしれないけれど、僕にとっては、先生は父親のような存在だったし、先生の娘は、姉のような存在だったのです。……理屈では語れません。人形なのにおかしいと、自分でも思います。でも、多分僕は、亡き先生の意思を継ぎ、ケフィ・ハルゴンに向けて人形を送り続けることで、自分の心を慰め、生にしがみつく自分に価値を見出だしているんです。……この気持ち、本物の人間である貴方たちなら、分かるのでしょうか?」

 すがるような、不安定な光を宿したラフェリオンの瞳を見て、トワリスは口を閉じた。
ラフェリオンは、本物の人間よりも、ずっと純粋なのだろう。
人の心は揺れ動くし、変わるものだ。
それがどんなに強い思いであっても、やがて時が経てば、忘れていってしまう。
けれど、人の手で作られたラフェリオンは、そうではないのかもしれない。
身体も心も、作られたその時のままで、一度抱いてしまった気持ちが薄れていくことはなく、永遠に純粋で、不変の執着や忠誠を持っているのだ。
それは美しいことのようにも感じられたが、ひどく残酷で、悲しいことのようにも思えた。

 ラフェリオンはうつむくと、再度頭を下げて、呟くように言った。

「僕は、魔導師は嫌いです。ですが、復讐しようだなんて考えていませんし、僕にはもう、戦って人を傷つけられる力も残っていません。息を潜めて暮らし、誰にも知られることなく、ここで朽ちます。……だから、どうか見逃してください」

「…………」

 頭を上げようとしないラフェリオンに、サイとトワリスは、ただ黙って立ち尽くしていた。
トワリスは、ちらりと横目でアレクシアを見たが、彼女もまた、無表情でラフェリオンを見つめている。
怒りにも悲しみにも染まっていないその表情からは、何も伺えなかった。

 トワリスにはもう、ラフェリオンを破壊しようという意思はなかった。
今後人を傷つけるつもりはないというラフェリオンの言葉は、嘘ではないように思えたし、彼の心情を知って尚、任務を優先させるほどの非情な選択は、トワリスには出来なかったのだ。
しかし、アレクシアがどんな決断をするかは、まだ分からない。
この任務の結末を決めるのは、トワリスでもサイでもなく、アレクシアであるべきだ。
もしアレクシアが、それでもラフェリオンの破壊を望むというなら、それを止める権利も、トワリスにはない──。


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