トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日
静寂を破ったのは、山荘に近づいてくる足音であった。
とんとん、と扉を叩く音が聞こえてきて、一同が、はっと振り返る。
誰が訪ねてきたのか、トワリスたちも、ラフェリオンも、まるで検討がつかなかった。
アレクシアが出るように顎で指すと、ラフェリオンは、話を中断させて立ち上がった。
そして、部屋を出て廊下から玄関に向かうと、扉を開けずに、声を潜めて尋ねた。
「どちら様ですか……?」
「魔導師団、ゼンウィック部隊の者です」
扉を隔てて、すぐに返ってきた答えに、ラフェリオンが目を丸くする。
客間に身を隠し、そっと様子を伺っていたトワリスたちも、思わぬ訪問者に、動揺が隠せなかった。
こちらを振り返ったラフェリオンに、アレクシアが目配せをすれば、ラフェリオンは、ゆっくりと扉を開ける。
すると、立っていたのは、一人の魔導師の男であった。
紋様の入った黄白色のローブ──ここ一帯を担当し、常駐している正規の魔導師だろう。
男は、魔導師の証である腕章を提示してから、冷静な口調で言った。
「ケフィ・ハルゴンさんでよろしいですね? 先ほど貴方の所有されているお屋敷から、膨大な量の魔力を検知しました。お伺いしたところ、お屋敷は完全に倒壊……それもつい先程の出来事のようです。あそこには、魔導人形ラフェリオンが封じられている……そのように伺っております。もし人形が逃走を謀ったのならば、早急に対処せねばなりません。屋敷の倒壊に、何か心当たりは?」
男の問いかけを聞いて、トワリスとサイは、ぎくりと身を凍らせた。
本来、任務で遠方に出向く際は、事前に魔導師団の本部から、その地域の常駐魔導師に連絡がいく。
しかし今回の任務について、アレクシアはやはり、上層部に虚偽の申請を出していたのだろう。
つまり、ゼンウィック常駐の魔導師たちは、トワリスたちがラフェリオンを破壊しに来たことなど、全く知らなかったのだ。
そんな状況下で、異様な魔力量が検知されたとなれば、事件性ありと判断されて、駆けつけられてもおかしくはない。
アレクシアは素知らぬ顔をしているが、これは、見つかれば只では済まない事態である。
落ち着いてはいるが、どこか威圧的な男の態度に、ラフェリオンは、焦った様子で答えた。
「その……魔導師団の方に、ラフェリオンの破壊をお願いしたのです。屋敷は、その過程で倒壊してしまって……」
「お願いした? シュベルテで直接ということですか?」
疑わしそうに眉を寄せた男に、ラフェリオンが、次の言葉をつまらせる。
彼も、相当動揺しているのだろう。
ラフェリオンからすれば、今ここでトワリスたちが出ていって、「こいつが本物のラフェリオンだ」と男に告発されることが、何より恐ろしいはずだ。
どうすべきか考えあぐねていると、不意に、傍らで蒼髪が動いた。
こつこつと靴を鳴らして、アレクシアが廊下に出ていってしまう。
咄嗟に止めようとしたトワリスを無視すると、アレクシアは、男の前に立ちはだかった。
「あら、貴方、中央部隊にいたメレオンじゃない? 久しぶりね」
ラフェリオンが、驚いてアレクシアの方を見る。
男は、一瞬ぎょっとして瞠目したが、こほんと咳払いすると、アレクシア、そして渋々出てきたサイとトワリスを順に見遣って、顔をしかめた。
「なんだ……お前たちは? 何故訓練生がこんなところにいる?」
アレクシアは、さらりと蒼髪をかきあげた。
「それはこちらの台詞よ。しばらく見ないと思ったら、こんなど田舎に飛ばされていたの? どうせ本部で何かやらかしたんじゃ──」
「そっ、卒業試験です! その、屋敷を倒壊させたのは、私達なんです。申し訳ありません。魔導人形ラフェリオンとの交戦中に、魔術を使って……!」
サイが、アレクシアの言葉を慌てて遮る。
男は、見たところ三十半ばくらいの年で、正規の魔導師の中でも、決して階級の低い身分には見えない。
無断で任務に赴いただけでも問題なのに、アレクシアの失言で男の機嫌を損ねては、事態は更に深刻化するだろう。
男は、値踏みするようにサイを眺めて、眉根を寄せた。
「卒業試験? そんな連絡は受けていない。第一、ラフェリオンの処遇については、現在宮廷魔導師団に委託していたはずだ。訓練生ごときが受けて良い案件ではない」
「そ、そうなんですか? おかしいですね……。伝達が上手くいってなかったんでしょうか……ははは」
苦し紛れに言いながら、サイが苦々しく笑う。
しかし、そんな彼の努力も虚しく、アレクシアはサイの足を踏みつけて黙らせると、男に向き直った。
「嘘なんてついてどうするのよ。ほら、この通り……ラフェリオンは、私たちの手で粉々にしてやったわ」
トワリスから偽物のラフェリオンの残骸が入った革袋を奪い取り、床に落とす。
男は、一層怪しんだ様子で革袋を一瞥すると、アレクシアを見た。
「これを、お前たちが? 本当にラフェリオンを破壊したというのか? 信じられん……我々にも任せては頂けなかった任務だぞ」
アレクシアは、軽く鼻を鳴らした。
「ふーん、よっぽど期待されていなかったのね。訓練生にも負けるんだから、こんなど田舎の常駐魔導師に格下げされた理由も頷けるわ」
とんでもないアレクシアの発言に、サイとトワリスが、頭を抱える。
案の定、ぴきりとこめかみに青筋を浮かべた男は、アレクシアを怒鳴り付けた。
「お前、舐めてるのか! 訓練生の分際で……!」
あと少しでも気に触れるような発言をすれば、男は殴りかかってきそうな剣幕である。
しかし、アレクシアは引くどころか、今度は突然、男に身体を密着させると、その唇に、人差し指を押し当てた。
「お前じゃないわ、アレクシア・フィオールよ。私のこと、忘れちゃった訳じゃないでしょう?」
男の顔が、ぴくっと引き攣る。
しなやかで細い指を頬に回し、物憂げな表情になると、アレクシアは首を傾けた。
「私にくれた手紙、今もとってあるわよ。貴方、顔に似合わず詩的で情熱的な文章を書くんですもの。当時、まだ十五だった私に、あんな熱烈な言葉を囁いていたなんて、あの焼きもちやきの奥様にばれたら大変ね?」
まさかの展開に、その場にいた全員が目を見張る。
アレクシアは、艶やかに微笑んで見せた。
「……ああ、あれって、奥様じゃないほうだったかしら? あの、黒髪のほうは」
含みのある言い方に、どんどん男の顔色が悪くなっていく。
アレクシアは、身体を離すと、偽ラフェリオンの残骸が入った革袋を男に渡して、ひらひらと手を振った。
「信じられないって言うなら、それはあげるわ。好きなだけ調べればいい。でも、魔導人形ラフェリオンを破壊し、この事件を解決したのは、他でもない私達よ。……ね、そうでしょ?」
そう言って、アレクシアが視線をやれば、ラフェリオンが弾かれたように顔をあげる。
ラフェリオンは、緊張した面持ちで、しばらくアレクシアのことを見つめていた。
だが、やがて、心の底から安堵したように表情を緩めると、こくりと頷いた。
「……ええ、そうです。本当に……ありがとうございました」
アレクシアは、目を細めると、再度男の方を見て、笑みを深めた。
「そういうことだから、私達は一度本部に戻るわ。……じゃ、奥様によろしくね? このど変態野郎」
脅しとも取れるような台詞に、革袋を持って棒立ちしていた男の顔が、みるみる真っ赤になった。
反して顔面蒼白になっていくトワリスとサイを置いて、アレクシアは、さっさと扉から出ていってしまう。
男は、ぶるぶると拳を震わせると、アレクシアに向かって叫んだ。
「覚えていろ! お前、卒業試験に合格できるなんて思うなよ……!」
聞こえているはずなのに、アレクシアは、軽快な足取りで山道を下りていく。
怒り狂う男の魔導師に、数えきれないほどの謝罪をすると、サイとトワリスも、急いでアレクシアを追いかけたのだった。
麓の街まで降りると、定期便の馬車に乗って、トワリスたちは、シュベルテへの帰路についた。
道中、上官の怒りを買ってしまったことと、戦闘からくる疲労とで、サイとトワリスはげっそりとした顔になっていたが、アレクシアだけは、妙にすっきりとした顔をしていた。
「……アレクシアは、これで良かったの?」
揺れる馬車の中で、不意にトワリスが尋ねると、アレクシアは、何でもないかのように答えた。
「何が? ラフェリオンを見逃して良かったのかって話?」
頷くと、アレクシアは鼻で笑った。
「いいんじゃない、別に。大体、あそこでメレオンに、実はこのケフィ・ハルゴンがラフェリオンの正体だ、なんて明かしたら、手柄を横取りされかねないじゃない。苦労したのは私達なのに、そんなの御免よ。だったら、ラフェリオンの思惑通り、あの偽物を本物に仕立てあげて、任務を成功させたのは私達だって本部で闊歩した方が、良い気分じゃない?」
「いや、そうじゃなくて……」
首を振ると、トワリスは、ため息混じりに返した。
「……ラフェリオンの目は、アレクシアの……誰か大切な人の目だったんじゃないの?」
トワリスの隣で、何やら考え込みながら窓の外を眺めていたサイも、アレクシアに視線を移す。
つかの間、言葉を止めていたアレクシアであったが、やがて、肩をすくめると、どうでも良さそうに答えた。
「そんなお涙頂戴な展開は、何もないわよ。第一、仮にそうだったとして、どうしろって言うのよ。ラフェリオンから目玉を抉りとって、持って帰れって言うの? 嫌よ、気色悪い。私にそんな趣味はないわ」
はっきりと言い放って、座席の上にふんぞり返ると、アレクシアは、ぽつりと呟いた。
「……ただ、今までどうしていたのか、少し気になっていただけよ」
沈みかけた夕日を見て、アレクシアが、眩しそうに目を細める。
相変わらずの高飛車な態度に、トワリスは、呆れたように息を吐くと、言及するのを諦めた。
滑らかな街道を、馬車の車輪が、からからと音を立てて滑っていく。
外の景色を映し出す、その蒼い瞳は、夕日の蜜色を垂らしたような色に染まっていた。
- 50 -
🔖しおりを挟む
👏拍手を送る
前ページへ 次ページへ
目次選択へ
(総ページ数148)