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投稿日:2021年02月24日





 旧王都シュベルテにある、魔導師団の本部に戻ると、案の定、恐れていた事態に陥った。
ゼンウィック常駐のメレオン・ザックレイの報告で、サイ、トワリス、アレクシアの三人が、虚偽の申請を出して、無断でラフェリオンの破壊に向かっていたことが、早々に露見してしまったのである。

 しかし、意外だったのは、その際にアレクシアが、サイとトワリスを騙して連れ出したのは自分だと、すんなり白状したことであった。
騙されていると気づいていながら、結局着いていったのは自己判断だったので、同罪にされても文句は言えないとトワリスは思っていたのだが、アレクシアは、一方的に自分に責任があるという風に、上層部に伝えたようだ。
おかげで、サイとトワリスは、数日間の謹慎処分を受けるだけで済んだのだった。

 謹慎処分を受けた日数分、卒業試験で、任務を受けられる期間が減ってしまったこと。
そして、本来は三人組で受ける卒業試験を、アレクシアを抜いた二人でこなさなければならなくなったので、他より条件的に不利な状態で、試験を続けることになった。
加えて、失格を免れたとはいえ、上官からの目が厳しくなったことは確かだったので、試験の全過程が終わっても、トワリスはしばらく、不安な日々を過ごしていた。
だから、どうにか合格できたことを上官から伝えられたとき、心の底から安堵した。
入団試験の時とは逆で、筆記試験の成績が上から数えて五番目だったので、その結果に助けられたのだろう。
サイも、流石というべきか、筆記試験で周囲と圧倒的な差をつけて首席だったので、合格であった。
正規の魔導師の証である、腕章とローブを手渡してくれた上官に、トワリスは、深く頭を下げたのだった。

 一方で、本当に自分は合格して良かったのだろうか、という罪悪感も抱いていた。
アレクシアは結局、不合格──つまり、今年の卒業試験受験の資格を剥奪されて、正規の魔導師にはなれなかったのだ。
規律を破ってしまった以上、仕方のない結果だと思うが、それならば、自分も不合格になるべきだったのではないかという気持ちが、ずっと心の中にあった。

 それこそ最初は、アレクシアの強引なやり方に腹が立っていたし、脅されて連れていかれたことに関しては、今でも納得がいっていない。
異端だの、気持ち悪いだの言われた時は、心底性格の悪い奴だと、腸が煮えくり返る思いだった。
それでも、きっと彼女にも思うところがあったのだろうと感じ始めたから、最後まで任務に付き合ったのだ。
途中で任務を放棄して帰ることもできたのに、そうしなかったのは、紛れもない自分の意思。
そのことを認めてしまうと、アレクシアだけに責任を押し付けるのは、なんだか気が引けた。
ずっとずっと、魔導師になるのが夢だったし、合格できたことは嬉しかったが、本当にこれで良かったのかともう一人の自分に問われると、正規の魔導師になったという事実が、心に重くのし掛かってくるのであった。

 ラフェリオン破壊の任務を終えた日以来、どこに行ってしまったのか、アレクシアを二月ほど見なくなっていた。
同期の中では女二人だけで、部屋も隣同士だったので、姿こそ見なくとも、不在かどうかくらいは分かるのだが、どの時間帯に様子を伺ってみても、アレクシアは自室に戻っていないようであった。
もしかしたら、魔導師になることは諦めて、故郷に帰ってしまったのかもしれない。
もう二度と、会えないのだろうか。
そんな風に思い始めていたから、ある日、アレクシアの部屋から話し声が聞こえてきたとき、思わずどきりとした。
アレクシアが、自室に戻っているのだ。

 聞こえてきたもう一人の声が、若い男の声だったので、なんとなく声をかけるのは躊躇われた。
しかし、この機会を逃したら、またアレクシアがいなくなってしまうかもしれない。
少しでいいから、もう一度話がしたい。
そんな思いが先立って、しばらくアレクシアの部屋の前をうろうろと彷徨っていると、不意に、扉が押し開かれて、中から黒髪の男が現れた。
見覚えのある鋭い顔つきに、赤を基調としたローブ──宮廷魔導師のジークハルト・バーンズだ。

 予想外の人物がアレクシアの部屋から出てきて、トワリスは、つかの間ジークハルトの顔を見つめたまま、呆然と立っていた。
入団試験でこてんぱんにやられて以来、話したことはなかったが、つい最近、歴代最年少で宮廷魔導師にまで上り詰めたことで有名な人物であったから、当然名前は知っている。

 訝しげに眉を寄せたジークハルトは、トワリスを一瞥したあと、部屋の中にいるアレクシアの方に振り返って、言った。

「……おい、客だ」

 不機嫌とも取れるような、低い声。
自分のことを言われているのだと気づいて、トワリスは、慌てて顔をあげた。

 遠慮がちに部屋の中を覗いてみれば、寝台の上に足を組んで座っているアレクシアと、ぱちりと目が合う。
アレクシアの部屋だから、派手な内装を想像していたが、実際は備え付けの寝台と文机しかなく、間取りは同じだが、トワリスの部屋以上に殺風景で生活感がなかった。

 トワリスは、アレクシアとジークハルトを交互に見ると、一歩その場から引いた。

「あの……お取り込み中だったら、すみません。都合が悪ければ、出直しますが……」

 控えめな声で言うと、表情を険しくしたジークハルトに対し、アレクシアは、おかしそうに笑った。

「あら、そう? 気を遣わせて悪いわね。二人きりでお取り込み中だから、後でもう一度来てくれるかしら?」

「誤解を招くような言い方をするな。何も取り込んでない」

 アレクシアのからかうような口ぶりに、ジークハルトが眉をしかめる。
ジークハルトは、アレクシアを睨むと、ため息混じりに言った。

「お前、ふざけるのも大概にしろ。誰のお陰で除名されずに済んだと思ってる。少しは軽口を控えて、反省したらどうだ。また留置所に送られても、今度は助けてやらんぞ」

 留置所──。
その言葉に、トワリスは耳を疑った。
もしやアレクシアは、今まで留置所で拘留されていたのだろうか。
卒業試験の受験資格を剥奪されるどころか、まるで罪人のように拘置されていたなんて、正直信じがたい。
確かに、規律違反は犯した。
しかし、たかが訓練生が無断で任務に出たくらいで、これといって大きな問題を起こしたわけでもないのに、除名や拘置しようだなんて、いくらなんでも重罰すぎる。

 トワリスは、顔色を変えると、ジークハルトに詰め寄った。
 
「今の、どういう意味ですか? アレクシア、今まで留置所に送られていたんですか?」

 アレクシアの顔が、珍しく気まずそうな表情に変わる。
黙ってしまった彼女を一瞥すると、トワリスは、ジークハルトに向かって続けた。

「……ラフェリオンの件が原因ですか? 確かに、そのことに関しては、身勝手な行動ばかりして、本当に申し訳ありませんでした。ですが、私たちはあくまで、卒業試験の一環として、魔導師の職務を果たそうとしただけです。アレクシアが拘束までされる理由が分かりません……!」

 思いがけず刺々しい口調になってしまって、トワリスは慌てて口を閉じた。
別に、アレクシアの処分を決定したのはジークハルトではないだろうし、口ぶりからして、彼はむしろ、アレクシアのことを助けてきてくれたようだ。
それなのに彼を責める謂れはなかったのだが、つい熱くなって、口走ってしまった。

 アレクシアは、少し驚いたように目を丸くして、トワリスを見ている。
一方のジークハルトは、すっと目を細めると、冷静な口調で答えた。

「魔導師団の上層部からすれば、目を瞑ってはおけなかったということだ。自分達が何に手を出したのか、分かっているか? 前魔導師団長、ブラウィン・エイデンが禁忌魔術を犯そうとしたことは、魔導師団が必死になって隠蔽した過ちだ。それをお前たちは掘り返して、暴いた。訓練生にそんなことをされては、黙っていられないだろう」

「…………」

 うつむいて、トワリスは、ぐっと唇を噛んだ。
今回トワリスたちが挑んだのが、ラフェリオンの件でなければ、こんなに大事にはならなかっただろう。
規律違反をしたとか、そんなことは端から重要視されていなかったのだ。
魔導師団にとって都合の悪い真実に触れてしまったから、アレクシアは処罰されたのである。

 同時に、任務に赴く前、アレクシアが言っていた言葉が、ふと脳裏に蘇った。

──魔導師団の上層部が、臭いものに蓋をしたって考えるのが、普通じゃない?

 単なる憶測かと思っていたが、やはりアレクシアは、全てを知っていたのだ。
知っていたけれど、独力ではどうにもならないと分かっていたし、魔導師に昇格してからでは、自由に任務に出られることなんてないだろうから、卒業試験という機会を利用して、サイとトワリスを巻き込んだ。
反面、深く関わらせるべきではないとも思っていたから、なかなか事情を話そうとはしてくれなかったのかもしれない。
結果的に、真相の断片をトワリスたちは知ってしまったが、それでも、アレクシアが主犯は 自分だと明かしてくれたお陰で、サイとトワリスは、何も分からず丸め込まれただけだと思われている。
上層部が、トワリスたちの合格を黙認したことが、何よりの証拠だ。

 トワリスは、拳をぎゅっと握ると、ジークハルトを見上げた。

「……納得がいきません。都合の悪いことを暴いたから、アレクシアが悪者になるんですか? そんなのおかしいです。私も、詳しい事情は知りません。だけど、アレクシアはむしろ、魔導師団が助けてあげるべき立場だったんじゃないんですか? ハルゴン氏だって、そうです。彼はずっと、ブラウィン・エイデンに禁忌魔術を使うよう脅されて、苦しんでいた。手をさしのべるべき、被害者だったんです。それなのに魔導師団は、助けるどころか、事実を隠蔽したいばっかりに、ハルゴン氏を亡き者にした。……悪者は、どっちですか」

 言ってしまってから、トワリスは、自分の手が微かに震えていることに気づいた。
それが、怒りから来るものなのか、怯えから来るものなのかは、分からなかった。

 こんなことを宮廷魔導師であるジークハルトに言ったら、アレクシアだけじゃなく、トワリスも真実を知っているのだと、上層部に明かしてしまうようなものだ。
そうしたら、合格取り消しどころか、アレクシアと同じように、処罰を受けさせられるかもしれない。

 それでも、言ってやらねばと思った。
念願の魔導師になれて嬉しかったし、規律違反をしたことは本当なので、多少の罰を受けるのは仕方がないものと納得していた。
けれど、臭いものの蓋を開けられたからという理由で、理不尽な目に遭わせられるというなら、話は別である。


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