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投稿日:2021年02月24日
ジークハルトは、長い間黙って、トワリスのことをじっと見つめていた。
トワリスもまた、目をそらさずに、ジークハルトのことを見つめ返していたが、内心、何を言われるだろうかと気が気ではなかった。
入団試験を受けたときと同じ、強い光を宿した、漆黒の瞳。
ジークハルトの目には、相手を捕らえて離さない、強く鋭い意思が宿っている。
しかし、不意に目を閉じたかと思うと、ジークハルトは、僅かに纏う空気を和らげて、言った。
「……全くもって、その通りだな」
思いがけず肯定的な答えが返ってきて、ぱちぱちと瞬く。
ジークハルトは、一つ息を吐くと、トワリスに向き直った。
「一応弁解しておくが、人形技師のミシェル・ハルゴンを葬った連中は、前団長ブラウィン・エイデンに加担する魔導師だったんだ。魔導師団が事件を隠蔽しようとしたことは事実だが、証拠隠滅のためにハルゴン氏を殺害しようとしたのは、魔導師団の総意だったわけじゃない。禁忌魔術をハルゴン氏に強制した挙げ句、自分達の悪行が暴かれそうになったからといって、関係者を片っ端から亡き者にしようとしたのは、言わばエイデン派の人間たちだ。そしてそいつらは、後々魔導師団の方で見つけ出し、ちゃんと裁いている。……アレクシアが、お前たちにどんな説明をしたのかは、知らんがな」
ちらりとアレクシアの方を見てから、ジークハルトは続けた。
「ついでに言えば、魔導人形ラフェリオンの正体は、現状俺とお前たちしか知らない。上は、気の急いたアレクシアが、手柄欲しさに宮廷魔導師団宛の案件を盗み出し、サイとトワリス両名を巻き込んで、結果ラフェリオンの破壊に成功したと思っている。つまり、今いる魔導師団の幹部も、大半が“ラフェリオンとは、ハルゴン氏が禁忌魔術によって生み出した強力な魔導兵器”であり、それはお前たちが破壊したものと信じこんでいる。……そもそも、事件発覚以降、姿を眩ましていた魔導人形が、実は感情と思考を持っていて、自分の偽物の情報を流して逃げ回っていたなんて、そちらの方が真実味に欠けるしな。魔導師団にとって都合が悪かったのは、禁忌魔術によって生まれた人形がいる、ということよりも、その禁忌魔術に前魔導師団長が関わっていた、ということだ。ようやくその真実が過去のものになろうとしているのに、今更深追いして、本物のラフェリオンの正体を暴き追おうとする者もいないだろう」
ジークハルトの静かな声色に、ささくれ立っていた心が、徐々に落ち着いていく。
身体の強張りが少しずつ解けていくと、トワリスは、ほっと胸を撫で下ろした。
「そう、なんですね……良かった」
気が抜けたような返事が、思わず口をついて出る。
それでも、未だ浮かない顔つきのトワリスに、ジークハルトは尋ねた。
「……失望したか?」
質問の意図が分からず、眉を寄せる。
ジークハルトは、険しい表情のまま、付け足した。
「ハルゴン氏を殺害したのがエイデン派の人間だったとはいえ、魔導師団が、被害者の保護よりも事件の隠蔽を優先したのは事実だ。ラフェリオンの件だけじゃない。魔導師団には、こういった黒い噂なんて、いくらでもある。口では国の平和を守るだなんだとほざいても、その実、自分の体裁を守るので精一杯な連中なんて、魔導師団には五万といる。馬鹿馬鹿しいだろう」
トワリスは、目を見開いて、ジークハルトの顔を見つめた。
この言葉が、ジークハルトの本音なのかどうか、彼の動かない表情からは、何も伺えなかった。
本音のようにも思えたし、逆にトワリスの心を探られているような気もする。
けれどそれは、魔導師団への忠誠を確かめられている、というよりは、純粋にジークハルトが、トワリス個人へとしている問いかけのように思えた。
トワリスは、目を伏せると、ぽつりと本音を溢した。
「……馬鹿馬鹿しい、とは思います。貴族出だとか、平民出だとか、男だとか女だとか、普通じゃない生い立ちだとか、そんなどうでもいいことばかり気にする人に、沢山出会いました。自分の立場を守るためだけに、他者を踏みにじって、騙して、嘘の上塗りをして……そういうのって、本当に下らない。でも、現に私たちも、嘘をつきました。魔導師としての選択をするなら、禁忌魔術で作られたラフェリオンを壊すべきだったのに、そうしなかった。そして、偽物のラフェリオンを本物だったということにして、結果的に事件を解決したと、虚偽の報告をしました。……私は、その選択が間違っているとは思いませんが、それでも、嘘は嘘です」
次いで、ジークハルトの目を真っ直ぐに見ると、トワリスは続けた。
「納得がいかないことも、悔しいこともあります。だけど、何かを守れる人間になるためには、魔導師団の一員であることが、一番の近道になると思うんです。だから、失望してはいません。……というより、まだしたくありません」
「…………」
ジークハルトは、再び口を閉ざして、トワリスのことをじっと見据えていた。
しかし、不意に踵を返すと、扉の取っ手に手をかけて、振り向き様に言った。
「そこまで考えられるなら、まだ堪えておけ。気に食わないことがあるのは、よく分かる。だが、今のお前の立場でところ構わず噛みついたって、叩き潰されるのが落ちだ。……魔導師団は、俺が変える」
それだけ言うと、ジークハルトは、扉を開けて部屋の外へと出ていってしまう。
トワリスは、しばらくの間、ぽかんと扉の方を見つめていた。
胸の中にあった苛立ちがしぼんで、代わりに、僅かな羞恥心が込み上げてきた。
自分の発言は、間違いではないと思う。
だが、実力のない今の自分が、それをところ構わず訴えたって、ジークハルトの言う通り、一蹴されて終わりだろう。
冷静になれば分かることなのに、頭に血が昇ると、つい考えるより先に行動してしまうのが、自分の悪い癖だ。
そのことを、まだ会って間もないジークハルトに見抜かれたのが、なんだか恥ずかしかった。
アレクシアが、どこか呆れたように口を開いた。
「あの自信は、一体どこから来るのかしらね? あの人だって、まだ二十歳よ?」
寝台の上で、気だるそうに髪をいじるアレクシアに、視線をやる。
トワリスは、アレクシアの方を向くと、不思議そうに尋ねた。
「……アレクシア、バーンズさんとお知り合いだったんだね。アレクシアも、入団試験の時に会ったの?」
何気ない問いに、アレクシアが眉をあげる。
少し黙りこんだあと、やれやれと首を振って見せると、アレクシアは、大袈裟な身振り手振りをつけて答えた。
「その程度じゃないわ。もっと深ーい関係よ」
「えっ……」
トワリスの頬が、微かに赤くなる。
気まずそうに視線を背けると、トワリスはもごもごと口ごもった。
「ア、アレクシアって、しょっちゅうそんなことしてるの……?」
批判的な色を混ぜて、躊躇いがちに尋ねる。
アレクシアは、面白がっている様子で、くすくすと笑った。
「そんなことって?」
「いや、だから……。ゼンウィック常駐の、あのメレオンっていう魔導師の男の人とも、なんか、その……ただの友達って訳じゃなさそうだったし……」
「ただの友達じゃなかったら、どうだっていうのよ?」
聞いているのはこちらなのに、アレクシアは、質問ばかりで返してくる。
トワリスは、逡巡の末、一層顔を赤らめると、目線を床に落としたまま、呟いた。
「そ、そういうのは……あんまり、良くないと思う……」
瞬間、吹き出したアレクシアが、からからと高い声で笑い出す。
たじろいだトワリスを、ひとしきり笑って馬鹿にすると、アレクシアは言った。
「馬鹿ね、冗談に決まってるじゃない。本当に貴女って、いちいち真に受けるから面白いわ」
むっとしたトワリスが、アレクシアを睨み付ける。
未だ笑いを噛み殺しているアレクシアに、トワリスは反論した。
「真に受けてるわけじゃないよ! ただ、アレクシアは色々だらしないから……!」
そのまま説教を続けようとして、口を閉じる。
トワリスはそっぽを向くと、冷めた口調で返した。
「……なんか、思ったより元気そうだね。心配して損したよ」
アレクシアが、ふっと鼻を鳴らす。
「何よ、心配して来たわけ? 随分お優しいことね。あれだけ私に敵意剥き出しだったくせに」
トワリスは、口を尖らせた。
「……それとこれとは、話が別だろ。アレクシアがかばってくれたから、私とサイさんは正規の魔導師になれたわけだし……その、一応、お礼を言っておこうと思って……」
罰が悪そうに答えたトワリスに対し、アレクシアが、目を丸くする。
彼女は、毒気を抜かれた様子で、何度か目を瞬かせた。
「……はあ? お礼? 貴女、一体どこまでお人好しなのよ。私がサイとトワリスを巻き込んだのは事実なんだから、変な罪悪感を感じてるんじゃないわよ。分かってる? 私、貴女たちのことを勝手に視て、それを脅しの材料に使ったのよ」
トワリスは、真剣な表情になると、アレクシアを一瞥した。
「それだけ、ラフェリオンに会いたかったってことだろ。奪われたヴァルド族の目が、どうなったのか、どうしても確かめたかったから……」
どこか申し訳なさそうに言って、トワリスが俯く。
これ以上、アレクシアの過去に関わる話を、するべきじゃないと気遣っているのだろう。
しかし、無理に話題をそらすのも不自然だから、必死に当たり障りのない言葉を探しているようだ。
分かりやすいトワリスの反応に、アレクシアは、大きくため息をついた。
「辛気くさい顔して、鬱陶しいわね。……あのね、本当は、ヴァルド族なんて存在しないのよ」
「えっ」
思いがけない言葉に、トワリスが瞠目する。
アレクシアは、寝台から腰をあげると、ぐっと背筋を伸ばした。
「西の一部に伝わる伝承にね、ヴァルド族と呼ばれる、透視と予知の能力を持った一族が出てくるの。彼らが実在していたのかどうかは、分からないわ。私は、その名前を語った、偽物ってこと」
随分と簡単に明かされた真実に、トワリスが頭を捻る。
怪訝そうに眉を寄せると、トワリスは、アレクシアに詰め寄った。
「ど、どういうこと……? じゃあ、ラフェリオンに話してたことは、全部嘘だったの? アレクシアの目には、特殊な力なんてないってこと?」
アレクシアは、隣部屋であるトワリスの自室と、この部屋とを隔てる木壁を指差すと、小さく首を振った。
「嘘はついてないわ。私には、壁を隔てた向こうの景色でも、山一つ向こうの景色でも、普通は見えないはずのものが視える。だから、貴女が昨晩、どんな寝相だったかも知ってるわ」
「……私、真面目な話をしてるんだけど」
半目で睨んで、ふざけるなと訴える。
トワリスの鋭い視線に、アレクシアは、ふふっと笑って、肩をすくめた。
「真面目に話すほどでもない、下らない能力ってことよ」
次いで、トワリスの横を通りすぎると、アレクシアは背を向けて、淡々と言い募った。
「見えないはずの景色が見えたからって、何になるっていうの? 別に、見たいと思った景色が、自在に見えるわけじゃないの。意図せず、急に頭に流れ込んでくるのよ。だからって、声が聞こえるわけじゃないから、映った相手が何を話しているかなんて分からない。直接干渉できるわけでもない。ラフェリオンの術式だって、そう。近づかなきゃ見えないような小さなものは、私にだって見えない。こんな能力、何の役に立つっていうのよ。役に立たない力なんて、異端扱いされる理由にしかならないわ。……せめて予知能力でもあれば、伝承に伝わるヴァルド族みたいに、神聖視されたんでしょうけれどね」
「…………」
アレクシアの声色が、微かに暗くなったような気がした。
トワリスは、続きを聞いて良いのか迷いながら、小さな声で尋ねた。
「……それで、ヴァルド族の名前を語ることにしたの?」
アレクシアは、壁の一点を見つめたまま、返事をした。
「言い出したのは、私の姉よ。元々、私達姉妹には、大した力なんてなかったのに、伝承にあるヴァルド族の末裔だとでも言えば、周囲は皆、自分たちのことを崇拝するだろうって。姉は、透視だけでなく、予知能力もあるだなんて嘘をついて、周りを騙し続けたの。結果、一時的に注目は集めたけれど、悪目立ちして、魔導人形の材として目をつけられた。十四の時に、ブラウィン・エイデンに眼球を奪われて、そのまま死んだわ。……笑えるでしょう。自分でついた嘘のせいで、惨めに死んだのよ。善良で正直に生きたって、ろくな人生にはならないけれど、他人を騙して欲深く生きたって、結果は同じなのね」
皮肉めいているような、冷たい口調であった。
アレクシアが話し終えると、薄暗い部屋の中に、静けさが戻ってくる。
ややあって、決心したように拳を握ると、トワリスは、はっきりとした声で言った。
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