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投稿日:2021年02月24日





「……私やっぱり、アレクシアに賛同してラフェリオンの破壊に行きましたって、報告してくる」

 こちらを見ようとしなかったアレクシアが、振り返る。
心底呆れ果てた様子で息を吐くと、アレクシアは、トワリスの顔を覗き込んだ。

「今の話の流れで、どうしてそうなるのよ? それで合格を取り消されたら、貴女どうするのつもりなの?」

 トワリスは、アレクシアの蒼い瞳を見つめ返すと、頑なな態度で答えた。

「そうなったらそうなったで、しょうがないよ。来年、もう一度試験を受ける。……だって、やっぱりアレクシア一人に責任を押し付けるなんて、駄目だよ。私、アレクシアが何か企んでるんだろうなって、分かって着いていったんだもの。同罪だよ」

 アレクシアが、大きく目を見開く。
やりづらそうに顔を片手で覆うと、アレクシアは、再度盛大なため息をついた。

「同罪って……あのねえ、私は貴女たちと違って、どうしても魔導師になりたいわけじゃないの。だから、卒業試験の受験資格を剥奪されたからって、大した痛手じゃないわけ。分かる? 第一、貴女が馬鹿正直に上に報告にいったとして、私が感謝をするとでも思ってるの?」

 トワリスは、ふるふると首を振った。

「思ってないよ。私が合格取り消されたって、留置所に送られたって、アレクシアはどうせ、『馬鹿じゃないの? これだから獣女は短絡思考ね』くらいにしか思わないんだろうけど、それでも、私が納得いかないんだよ」

「…………」

 もはや返す言葉も思い付かないのか、アレクシアは、何も言わなくなってしまった。
トワリスもまた、唇を引き結んで黙っていたが、やがて、いつかのように、アレクシアに額を指で弾かれると、顔を上げた。

「……意味のない責任なんか感じてないで、魔導師になりなさいって言ってるのよ。なって、 街中でふんぞり返ってやりなさい。獣混じりの女魔導師なんて、皆びびって声もかけてこないわよ」

 言葉の意味を探るように、トワリスはアレクシアの表情を伺った。
アレクシアは、心底呆れたような顔をしている。

「私以外にも、女が入団してるなんていうから、どんな気狂いかと思っていたけれど、話してみれば、ただの真面目一直線だものね。あれだけ私に散々言われたのに、のこのこ間抜け面でやってきて、『同罪だから』なんてほざくんだもの。貴女みたいな馬鹿丸出しは、正義の味方に向いてるわ」

 トワリスは、怪訝そうに眉をしかめた。

「……それって褒めてるの?」

「褒めてるわよ。貴女ほどお人好しで、ろくな死に方をしなさそうな人間は、そうそういないって言ってるんだから」

「褒めてないだろ」

 呼吸をするように貶してくるアレクシアに、もはや感心さえ覚える。
それから、先程指で弾かれた額を擦りながら、トワリスはぽつりと問うた。

「……ねえ、さっき、どうしても魔導師になりたいわけじゃないって言ってたけど、それならアレクシアは、どうして魔導師を目指したの?」

 アレクシアの目の色が、微かに変わる。
閃く蒼をじっと見つめていると、やがて、アレクシアは口端を上げた。

「生まれに関係なくなれる職業で、一番成り上がれる職業って、何だと思う?」

 トワリスが何かを答える前に、アレクシアは続けた。

「私はね、魔導師だと思ったわ。だから目指したの。正義の味方なんて柄じゃないけど、英雄面すれば、きっと見える景色が変わる。魔導師になって、地位も名誉も手に入れたら、今まで私のことを指差して、異端だと蔑んできた連中が、途端に顔色を変えて頭を下げるのよ。魔導師様、魔導師様ってね。こんなに愉快なことって、他にある?」

 艶っぽく、一方でどこか子供のような、いたずらっぽい笑みを浮かべて、アレクシアは言う。
彼女らしい返答に、一拍置いて、トワリスは苦笑した。

「……動機が不純だね」

「言ってなさいよ。私は貴女みたいに、清廉潔白じゃないの」

 アレクシアは、吹っ切れたような声色で言った。
トワリスは、微かに眉を下げると、アレクシアから視線を外して、目を伏せた。

「……別に、私だって、清廉潔白なんかじゃないよ。他人を踏みつけたり、嘘ついたりするのは良くないって思うけど、綺麗事だけじゃ生きていけないっていうのも、分かってるつもり。自分一人生きるのだって、大変だもの。人助けしたり、国を守ることが、もっと難しいことくらい知ってる」

 言ってから、アレクシアに向き直ると、トワリスは手を差し出した。
眉を上げたアレクシアは、トワリスの顔と手を交互に見ると、訝しげに尋ねた。

「……なによ?」

 トワリスが、微苦笑する。

「別れの挨拶。……一応、ね。次、いつ会えるか分からないから」

 そう答えると、アレクシアは、付き合っていられない、とでも言いたげな表情で、トワリスを見た。
それでも、手を引っ込めずにいると、アレクシアは嘆息しながらも、その手を握ってくれた。

──と、次の瞬間。
その手を思いっきり引っ張ると、トワリスは、その懐に身を沈め、彼女を背負い投げした。
予想もしていなかった攻撃に、アレクシアは、いとも簡単に投げ飛ばされる。
着地したのは寝台の上だったので、大した痛みはなかったが、急に仕掛けられた衝撃で、心臓がばくばくと音を立てていた。

「ちょっ……っ、なにすんのよ!」

 思わず大声をあげて、トワリスの方を振り返る。
トワリスは、アレクシアから一本とった優越感に浸りながら、ぱんぱんと手を払った。

「お返し」

 その言葉に、アレクシアが目を見張る。
トワリスは、してやったりと笑った。

「異端だの、野蛮だの、気持ち悪いだの、今まで随分好き勝手言ってくれたじゃないか。正直今でも怒ってるけど、仕方ないから、今ので許してあげる」

「は、はあ……?」

 アレクシアの顔に、困惑の色が浮かぶ。
トワリスは、寝台の上で受け身をとったまま、唖然としているアレクシアの目線に合わせて、屈みこんだ。

「……アレクシアが良いって言ってくれるなら、私、一足先に魔導師になるよ。だから、アレクシアも来年、必ず魔導師になって。私達、全く気は合わないけど、共通点は沢山あるから、アレクシアも、きっと魔導師に向いてると思う。私達、異端同士、女同士、でしょ?」

 普段の姿からは想像もできないくらい、呆気にとられたような顔で、アレクシアは黙っている。
そんな彼女の額を指で弾くと、今度はアレクシアが、枕を投げつけてきた。

 ぼすん、と音をたてて、トワリスの顔面に枕がぶつかる。
落下した枕を、そのまま手で受け止めれば、姿勢を戻したアレクシアが、トワリスのことを見ていた。

「貴女と同じにしないでちょうだい。……これだから、獣女は嫌なのよ」

 憎たらしい口調で言って、それから、アレクシアは強気な笑みを浮かべる。
トワリスは、困ったように肩をすくめてから、つられたように笑ったのだった。


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