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投稿日:2021年02月24日
結局、クラークの怒号から始まった会議は、ロゼッタの登場により、和やかな幕引きを迎えた。
とはいえ、毒を盛った犯人がまだ捕まっていない状況下で、何の対策もとらないというわけにはいかない。
ロゼッタのしばらくの外出制限と、彼女の周りを信頼のおける侍従のみで固めることを決めてから、クラークは、改めてトワリスが専属護衛を続けることを認めたのであった。
トワリスを連れ、自室に戻ったロゼッタは、自分が狙われたという事実に傷ついた様子もなく、ご機嫌であった。
どちらかというと、落ち込んでいたのは、トワリスの方だ。
ロゼッタに家政婦扱いされる日々が続き、油断して、結果、護衛対象を危険に晒してしまった。
これは、魔導師として恥ずべきことである。
確かにトワリスは、マルカン家に来てから、まだそれほど日数は経っていないし、そもそも正規の魔導師になってから、何の経験も積んでいないような新人である。
だが、そんなことは言い訳にならない。
トワリスが、ロゼッタに食事を持ってくる侍女を把握し、こういった事態を予測できていれば、防げたことなのだ。
鼻歌を歌いながら、長椅子に堂々と寝そべるロゼッタに、トワリスは、深々と頭を下げた。
「あの……ありがとうございました、かばってくださって。それから、申し訳ありませんでした」
頭をあげずに、ロゼッタからの返事を待つ。
ロゼッタは、手に取った本を適当に捲りながら、どうでも良さそうに答えた。
「別に、かばったつもりはありませんわ。貴女が外されたら、別の魔導師がまた専属護衛として、私に貼り付きに来るでしょう? そうしたら、自室での悠々自適生活が続けられなくなるじゃない。かといって、無闇に私の本性をばらしたくはないし。今のところ、トワリスと私の部屋の掃除係以外には、明かしていませんの」
トワリスの方を見ようともせず、ロゼッタは、足をぷらぷらと動かしている。
なんとなく、そんな理由だろうとは思っていたが、ロゼッタのおかげで、護衛を外されずに済んだのは事実だ。
ロゼッタとの生活は苦労も多いが、勤めを果たせないまま中途半端に辞めることになるのは、やはり悔しい。
頭をあげると、トワリスは、真剣な声で言った。
「……それでも、私の護衛としての自覚が、足りなかったんだと思います。今後は、気を引きしめて任務に勤めます」
「…………」
ロゼッタの視線が、ようやくトワリスに向く。
勢いをつけて長椅子から起き上がると、ロゼッタは、苦笑まじりに肩をすくめた。
「そんなに頑張る必要はなくってよ。貴女はただ、私の側にいればいいの。ロゼッタ・マルカンの近くには、常に護衛がいる……その事実だけで、お父様は安心するのよ。大事なのは、護衛がいるってことであって、それがどんな魔導師なのかは、どうでもいいの」
「え……」
ロゼッタの言葉に、思わず目を見開く。
悪意があるのか、ないのか、ロゼッタは可憐に微笑むと、言い募った。
「勿論、毒を盛るような輩は論外ですわよ? ただ、こちらに害を成さない魔導師なら、誰でも良いってこと。今回の件も、私とずっと一緒にいたトワリスが、毒を盛った犯人でないことは確かだし、そもそも、魔導師になったばかりの女の子が、それほど役に立つなんて、誰も期待していませんもの。だからお父様も、専属護衛を続けることをお許しになったのだと思いますわ。お父様は、とにかく誰でも良いから、娘の近くに護衛を置いて安心したいだけなの。だから、無駄に頑張る必要はないのよ。トワリスは、私の自由な生活を見過ごしてくれれば、それで良いの」
お願いね、と付け加えて、ロゼッタが片目を瞑る。
黙っているトワリスを扉の方に向け、ぽんっと背を押すと、ロゼッタは楽しげに言った。
「そんなわけだから、早速お酒をくすねてきてちょうだい。厨房に入ってすぐ左の、一番下の戸棚に入ってますわ。在庫が切れてしまいましたの。私は自室から出ないようにってお父様から言われているから、これからはトワリスが、私の“楽しみ”を調達してくるのよ」
ぐいぐいとトワリスを扉まで押しやり、ロゼッタは、満面の笑みで手を振る。
強引に部屋から出されたトワリスは、しばらくの間、閉じた扉を呆然と見つめていた。
だが、やがて踵を返すと、うつむいたまま、厨房に向けて長廊下を歩き出した。
壁際の骨董品の埃を払っていた侍女たちが、声を潜めて、くすくすと笑い合っている。
しかし、ふとトワリスと目が合うと、彼女たちは真顔になり、何事もなかったかのように、はたきを振り始めた。
立ち働き、廊下を行き来する侍従たちの視線が、何故だか痛い。
誰かの声が聞こえる度、視線を感じる度、それらがすべて、自分に対して悪意を持って、突き刺さってくるように感じた。
屋敷の者達は、トワリスのことを、一体どう思っているのだろう。
得体の知れない獣人混じりで、役に立たない新人魔導師。
そんな分際で、突然マルカン家にやってきたと思ったら、大事なロゼッタの御付きを命じられるなんて、気に食わないと思われているだろうか。
それとも、大役を仰せつかったくせに、毒入りの夕食をあっさりと見逃すなんて、能無しだと馬鹿にされているだろうか。
侍女たちが笑っていた理由など分からないし、侍従たちだって、本当にトワリスのことを見ていたかなんて分からないのに、今は、全てが自分を指差して、嘲笑しているように思えた。
──大事なのは、護衛がいるってことであって、それがどんな魔導師なのかはどうでもいいの。
ロゼッタにそう言われたとき、今までの自分が、全て粉々になってしまったような気がした。
本当は、アーベリトに行きたかった。
けれど、クラークに「期待している」と言われたとき、この人は、自分の努力を評価してくれたのだと思って、すごく嬉しかったのだ。
クラークはきっと、一人の魔導師としてトワリスを見て、その能力を認め、ロゼッタの護衛を任せてくれた。
だからこそ、ハーフェルンでも頑張って行かねばと、心を奮い立たせようとした。
それなのに。
それ、なのに──。
トワリスは、勢いよく自分の頬を叩くと、ぶんぶんと首を振った。
(……余計なこと考えてないで、頑張れ、頑張れ……)
一つ深呼吸すると、トワリスは、歩調を速くした。
ハーフェルンの者達にどう思われていようと、やる気をなくして良い理由にはならない。
護衛としての自覚が足らず、毒の混入を許してしまったのは、覆しようのない自分の失態だ。
能無しの新人魔導師から脱却するには、結果を残して周囲を見返す、その方法しかないのだ。
これまでだって、挫けそうになることは幾度もあったが、そのたびに自分を叱責し、頑張れと言い聞かせて、どうにか踏ん張ってきた。
元々自分は、人としての生活もままならないような、無力な子供であった。
それが、走って、走って、脚が疲れてちぎれそうになっても、諦めずに走って、やっと、念願の魔導師になれたのだ。
なかなか認めてもらえないからと、こんなところで腐っているなんて、それこそ今までの自分を、否定する行為に他ならないだろう。
獣人混じりだと気味悪がられるなら、そんな印象が吹っ飛ぶくらいの、立派な魔導師になれば良い。
強くて、頼れて、いつかサミルやルーフェンにも認めてもらえるような、そんな魔導師になるのだ。
今までだって、沢山努力してきたのだから、これからだって、もっともっと走って行ける。
周囲から何を言われようと、まずは、ハーフェルンで精一杯、積み重ねていくのだ。
少なくともクラークは、期待していると言ってくれた。
ならば、その期待に応えることが、立派な魔導師への第一歩だろう。
ロゼッタ一人守れないようでは、アーベリトに行ったって、きっと何もできない。
自分の最終目標は、召喚師の右腕になって、サーフェリアの人々を守れるようになることなのだから──。
(守れるように、か……)
ふと、五年ほど前、アーベリトのサミルの屋敷で、刺客に襲われた時のことを思い出した。
国王の暗殺を謀り、入り込んだと思われる黒装束の男達。
あの時、たったの十五だったルーフェンは、まるで虫でも踏み潰すかのように、簡単に刺客たちを殺してしまった。
その光景を見て、当時は恐ろしさに立ち尽くすことしか出来なかったが、今なら、恐怖以外の感情も抱けると思う。
きっと、時に非情にならなければ、誰かを守ることなど出来はしないのだ。
(……守るっていうのは、多分、私が思う以上に大変なことなんだよね)
それこそ、普段は優しかったルーフェンが、残虐で冷徹な空気を纏ってしまうほどに──。
トワリスがアーベリトを去ってからも、あんな風にサミルは、誰かに狙われるような毎日を送っているのだろうか。
領主の娘というだけで、ロゼッタも毒を盛られたりするのだ。
一国の主ともなれば、より多くの者に狙われ、死を間近に感じるような生活をしているかもしれない。
サミルを守るルーフェンだって、きっとそうだ。
誰かを守るというのは、誰かを傷つけ、殺すことと同じだ。
傷つければ傷つけただけ、それと同等の恨みと憎しみが、己に返ってくる。
たったの十五歳で、そのことを理解していたルーフェンは、一体どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。
そしてこれからも、何度自分の気持ちを踏みにじって行くのだろう。
あれから、もう五年経った。
トワリスは十七歳になったし、ルーフェンは、二十歳になっているはずだ。
トワリスにとっては、激動の五年であったが、ルーフェンにとっては、どんな五年だっただろう。
サミルもルーフェンも、慌ただしく、忙しい日々を過ごしてきたに違いない。
けれど、願わくば、あんな風に死の恐怖に晒されるような出来事には、遭っていなければ良いなと思う。
そんなことを考えながら、吹き抜けの廊下に差し掛かったとき。
不意に目の前に、ぼんやりとルーフェンの姿が浮かんできた。
ひゅう、と中庭を抜ける一陣の風に、さらりと揺れる、銀色の髪。
日の光を反射して、ちかちかと煌めく緋色の耳飾りは、紛れもない、サーフェリアの召喚師である証だ。
ルーフェンは、長い睫毛を伏せて、中庭の噴水を覗きこんでいる。
陶器のような白い肌も、透き通った白銀の瞳も、どこか神秘的な空気を纏ったその風貌は、昔と全く変わっていない。
しかし、目前にいるルーフェンは、トワリスの記憶の中にいる少年の姿ではなかった。
背も高くなり、鼻筋もすっと通った、青年のルーフェンであったのだ。
五年も会っていないのに、妙に明瞭な想像である。
どこか憂いげな瞳で佇んでいるルーフェンを、トワリスは、長い間、浮かされたように眺めていた。
やがて、ルーフェンが振り返ったかと思うと、その白銀の瞳と、ぱちりと目が合う。
縫い止められたように動かないトワリスを見て、ルーフェンは、微かに表情を綻ばせた。
「俺に、何か用?」
穏やかな声をかけられて、思わず、どきりと心臓が跳ねる。
同時に、大きく目を見開くと、トワリスは、目にも止まらぬ速さで、長廊下の柱に隠れた。
(……え? えっ、本物……?)
一度頬をつねってみてから、柱に隠れたまま、ルーフェンを一瞥する。
不思議そうに首をかしげるルーフェンを見て、それが自分の想像などではなく、本物のルーフェン・シェイルハートであることを確信すると、トワリスは、驚愕のあまり言葉が出なくなった。
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