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投稿日:2021年02月24日





 祭典に招待され、各街の権力者たちがハーフェルンに集まっていく中。
ルーフェンは、ほとんどの時間をマルカン邸で過ごしていたので、トワリスが彼と遭遇する機会は、想像以上に多くあった。

 婚約した間柄というだけあって、ルーフェンとロゼッタは仲睦まじいように見えたし、何より、領主クラークが、暇さえあればルーフェンを屋敷に呼んで、食事を共にしたり、街を案内したりしていたのだ。
ハーフェルンは、軍事面の大半を、召喚師率いるシュベルテの魔導師団に依存している街だ。
愛娘を差し出す父親としても、ハーフェルンの領主としても、やはり召喚師との繋がりは、後生大事にしていきたいのだろう。
基本的には、誰に対しても鷹揚で、人当たりの良いクラークであったが、ルーフェンには別格のもてなしを見せているのであった。

 結果的に、ルーフェンとクラークばかりが一緒にいることが多くなっていたので、「お父様ばかりずるい」と、ロゼッタが不満を爆発させるのに、そう時間はかからなかった。
トワリスを顎で使い、なんだかんだで悠々自適生活を楽しんでいたロゼッタであったが、四六時中部屋に籠っている生活が続き、鬱憤も溜まってきていたのだろう。
ある時、ロゼッタが、ルーフェンと二人きりで出掛けたいと言い出したのである。

 ロゼッタの願いであれば、どんなものでも二つ返事で叶えるクラークであったが、護衛もつけずに外出となると、流石にすぐには頷かなかった。
夕食に毒が混ぜられたのも、つい最近のことであるし、ロゼッタの命を狙う輩が、いつどこに潜んでいるのか検討がつかない。
まして今は、各街の要人たちが、ハーフェルンに集結しているような状態である。
平素より警備を強化しているとはいえ、ハーフェルン街内には、どんな危険が紛れこんでいるか分からないのだ。

 とはいいつつ、結局、折れたのはクラークの方であった。
自警団の目の行き届く市街地、そして、予め決められた場所にしか行かないという条件つきにはなったが、クラークは、ロゼッタが一日ルーフェンと外出することを許したのである。
他にもいくつか禁止事項を並べられたので、こんなに自由がきかないなんて嫌だと、ロゼッタは不貞腐れた。
だが、表向き彼女は、淑やかで大人しいお嬢様で通っている。
父親や臣下たちの前で、声をあげて駄々をこねるわけにもいかなかったらしく、ロゼッタは、渋々提示された条件を飲んだのであった。

(……だからって、なんで私が逢引に着いていかなくちゃいけないのさ……)

 ルーフェンとロゼッタの後ろ姿を見ながら、トワリスは、密かにため息をついた。

 クラークが出した条件の中には、トワリスの同行も含まれていた。
否、正確には、尾行である。
ロゼッタにばれることなく、二人を守るようにと、隠密行動をクラークから命じられたのだ。
クラークのことだから、念には念を入れ、トワリス以外の者にも尾行を命じているのだろう。
朝方、ロゼッタたちが屋敷を出発してから、昼時の現在に至るまで、どことなく複数人の気配を感じながら、トワリスは、二人の跡をこっそりと着けていたのであった。

 露店の並ぶ通りを散策し、一通り買い物を楽しんだらしいロゼッタは、賑わう市街を抜けると、街で最も大きな閘門こうもん橋へとルーフェンを案内した。
ロゼッタは今日一日で、街の各所をルーフェンに紹介するのだと息込んでいたが、中でも自慢したいと言っていたのが、最近拡張予定のあるハーフェルン運河であった。
その名の通り、ハーフェルンにおいて、主要に使われている運河であるが、そこにかかる閘門橋から見える海、そして街並みは、ロゼッタ曰く絶景なのだという。

 現在、運河を拡張させるにあたり、閘門橋周辺の一般人の立ち入りは禁止しているので、そこまで行けば、ルーフェンとロゼッタは実質二人きりだ。
昼頃には橋を登って、二人で夕暮れを見ながら、甘い時間を過ごすのだと、ロゼッタは何度もトワリスに話していた。

 最初、運河の拡張は、ロゼッタがクラークにおねだりしたのだと聞いて、娘の一言でそんな大事を決めてしまうなんて、金持ちの考えることはやはり分からないと、呆れたものだ。
しかし、ルーフェンのために念入りにお洒落をして、何日も前から逢瀬が楽しみだと頬を染めていたロゼッタは、純粋に意地らしく、どこか眩しく見えた。
同時に、そんな健気な婚約者がいながら、別の女性にも思わせ振りな態度をとるルーフェンに、つくづく腹が立った。
一護衛に過ぎないトワリスが、口を出すことではないと、重々承知している。
それに、ロゼッタはロゼッタで、詐欺と言えるくらい裏表が激しい性格なので、全面的に彼女の味方をしたいかと言われると、正直そうでもない。
ただ、一途に相手を想うロゼッタの気持ちが、どうしてか痛いほど理解できたので、ルーフェンのへらへらとした態度を見ていると、無性に怒りがわいた。

 婚約者がいる身の上で、他の女性にも手を出そうなんて、そんな浮わついた生活をするのは、召喚師としての沽券に関わると思う。
けれども、再会して以来、任務に集中できないほどルーフェンに腹を立てていたことが、自分でも意外であった。
他人の恋愛事情なんて、あまり気にしたことがないし、それこそトワリスは、こういった事柄に人よりも疎いと思っていたので、こんなに心が掻き乱されるなんて、自分が自分ではないような気がした。

 いつものように、頑張れ、頑張れと自分を奮い立たせてみても、まるで身が入らない。
尾行だって、本当はしたくないはずなのに、なんとなく二人のやりとりが気になって、見てしまう。
周囲の人々に正体がばれないよう、ルーフェンとロゼッタは、外套の頭巾を深くかぶって行動していたが、それでも、時折見える横顔から、二人の楽しげな雰囲気が伝わってくる。
その度に、トワリスの中で、苛立ちが募っていくのだった。

 橋の上までついていくと、気配を悟られてしまうので、トワリスは、石造りの階段に身を潜めて、ロゼッタたちの様子を伺っていた。

 階段の中程に腰かけていたが、この高さからでも、家々の合間を縫って緩やかに流れていく、水路の道筋が見渡せた。
道の代わりに水を敷き、大小様々な水路が、華やかな街中を縫って流れていく。
その様は、港湾都市ハーフェルンでしか見られない、特有の光景だ。
閘門橋の一番上まで登れば、その水路や運河が、やがて集まり、海へと流れ出ていくところまで見えるのだろう。

 閘門は閉じていたので、運河の水面は凪いでいたが、時折穏やかな風に波立っては、陽光を反射してきらきらと光っている。
夕陽が沈む頃には、色を変えて、一層輝くはずだ。
このまま閘門橋に留まれば、ロゼッタの言う通り、さぞ美しい光景が見られるに違いない。

 ふと見上げれば、澄み渡った青空が広がっていて、海の方から吹いてくる風は、濡れた潮の匂いがした。
命令とはいえ、こうして隠れて、微かに聞こえてくるルーフェンとロゼッタの会話に聞き耳を立てていると、胸の奥底に罪悪感が膨れ上がってくる。
よく晴れた春の日差しが、トワリスの後ろめたい気持ちを、くっきりと照らし出しているようだ。

 トワリスは、細く息をつくと、耳をそばだてながら、膝の間に顔を埋めたのであった。


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