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投稿日:2021年03月30日
もうすぐ秋も終わる頃だというのに、暖かな日差しが射し込んで、王都は麗らかな空気に包まれていた。
かつて、トワリスが住んでいた頃のアーベリトは、質素な石造の建物が並び、耳を澄ませば、近隣の森から鳥の鳴き声が聞こえるような、落ち着いた雰囲気の街であった。
しかし、現在のアーベリトは、ロンダートの言う通り、大きく様変わりしており、賑わう人々の活気に溢れていた。
商店の並ぶ大通りでは、親に買い与えられたのであろう菓子を片手に、子供たちが駆け回っている。
店先に揃う品々も、各街と手を結んだ影響か、五年前に比べれば多種多様であった。
ハーフェルンを思うと、やはり華やかさには欠けるものの、清潔感のある白亜の家々には、至るところで地方旗が掲げられている。
遷都を祝う三色の旗が、晴れた空にたなびく様は、鮮やかで美しかった。
「あの……ハインツさん? くん?」
「……ハインツ」
「じゃあ、ハインツ」
足を止めると、トワリスは、ふと背後に佇むハインツを見た。
まるで行き交う人々から隠れるように、ハインツは、トワリスを盾に小さくなっている。
しかし、その巨大な体躯が、トワリスの身一つで隠せるわけもないので、ほとんど無意味だ。
トワリスは、微かにため息をつくと、呆れたように言った。
「案内役として来てくれたんですよね? 私についてくるんじゃなくて、先導してくれませんか?」
「……ご、ごめんなさい」
怒られたと思ったのか、ハインツは、泣き出しそうな声で謝ると、その場にしゃがみこむ。
トワリスは、もう一度ため息をつくと、やれやれと肩をすくめた。
城館を発って、街に下りてからというもの、ハインツは、終始びくついていた。
客を呼び込む商人の声にすら怯え、走る回る子供とぶつかりそうになった時なんかは、驚きの余り、トワリスの身長の高さまで跳んだ。
通りすがるどの町民よりも大きな図体をしているくせに、情けない及び腰で、トワリスの影に隠れながら、おどおどと歩いている。
その様は、自然と人の注目を浴びることになり、おかげでトワリスも、目深に外套をかぶる羽目になった。
獣人混じりであることは、普通に歩いていれば、案外気づかれないものだが、挙動不審な巨漢と一緒となると、話は別である。
トワリスは、リリアナの家の住所を確認しながら、もはや案内役とは名ばかりのハインツと共に、好奇の視線の中を進まねばならないのであった。
人混みをはずれ、かつてのレーシアス邸があった大通りをまっすぐ南に進むと、低い木柵に囲まれた、趣のある一軒家が見えてきた。
記憶とは少し違う気もしたが、玄関口に置かれた立て看板を見た瞬間、トワリスは、ここがリリアナの家だと確信した。
その看板には、“小料理屋マルシェ”と書かれていたのだ。
小料理屋の中には、それなりに客がいるのか、こもった笑い声が聞こえてくる。
赤い屋根から突き出した煙突からは、白煙と共に、香ばしい匂いが風に乗って漂ってきていた。
外套を脱ぎ、ハインツと共に、小料理屋の前で立ち尽くしていると、視界の端で、人の気配が動いた。
店の裏手から出てきた少年が、水桶を持って、こちらをじっと見ている。
年の頃は、七、八歳といったところだろうか。
トワリスは、少年の赤髪と、昔の面影がある悟った顔つきを見て、微かに目を見開いた。
「……カイル? カイルでしょう?」
トワリスが声をかけると、カイルは眉をひそめた。
トワリスの腰の双剣と、その後ろで萎縮しているハインツをじろじろと見ながら、カイルは、怪訝そうに一歩引いた。
「どうして俺の名前を知ってるの? あんたたち、誰? お客じゃないの?」
敵意丸出しの口調に、ハインツが、びくりと肩を震わせる。
トワリスは、ハインツの前に立つと、慌てて首を振った。
「ああ、えっと……いきなり話しかけて、ごめん。そりゃあ、カイルは覚えてないよね……。私、お姉さんのリリアナの知り合いで、トワリスって言うんだけど。名前だけでも、聞いたことない?」
「…………」
リリアナの名前を出せば、信じてもらえると思ったが、カイルの表情は、一層歪むばかりであった。
胡散臭そうにトワリスたちを見て、一度水桶を地面に置くと、カイルは鼻をならした。
「聞いたことがあったら、なんだっていうの? 姉さんの知り合いだろうが、知り合いじゃなかろうが、剣を持ってる奴を店に入れるつもりはないよ。そこのデカブツ仮面とか、見るからに怪しいし!」
びしっと指をさされて、ハインツが更に縮こまった。
年端も行かぬ少年に、まだ十四とはいえ大男が言いくるめられる様は、なんとも滑稽なものであったが、カイルの物言いは、確かに的を射ている。
トワリスは、双剣を剣帯から抜くと、木柵に立て掛けた。
「怖がらせて悪かったよ。でも、本当に怪しい者じゃないんだ。武器を持ってたのは、私が魔導師だからってだけで──」
「嘘つけ! アーベリトはルーフェンが守ってるから、魔導師はほとんどいないんだ! 街の警備は自警団がしてるんだぞ! お前は偽物だ!」
「なんで召喚師様のこと呼び捨て!?」
思わず叫んでから、論点が違うと思い直す。
到底子供とは思えない弁才と度胸に、たじろぎつつも、間違いなく彼は、リリアナの弟のカイルだと再確認した。
トワリスがマルシェ姉弟と出会った当初、カイルはまだ二歳であったが、その当時から彼は、年齢に似合わぬ落ち着き具合と賢さも持つ子供であった。
実際、アーベリトはルーフェンの意向で、他所から少数しか魔導師を引き入れていなかったし、街の巡回を担当していたのは主に自警団員なので、城下に魔導師が来るはずがない、というカイルの発言は正しいのだ。
さて、強引に押し入ってはカイルを怯えさせてしまうだろうし、どう説得したものかと、困り果てたトワリスであったが、その心配は、取り越し苦労に終わった。
騒がしいカイルの声を聞いて、駆けつけたのだろう。
トワリスと同じ年頃の、赤髪を二つに結った女が、戸口に現れたのだ。
車椅子を器用に操り、扉を開けて出てきた女は、カイルを見やり、そして、ハインツとトワリスの方を見ると、大きく瞠目した。
「リリアナ……」
ぽつりと、トワリスの口からこぼれ出る。
リリアナは、一瞬何を言われているのか分からない、といったような呆然とした顔をしていたが、やがて、その緑の瞳を揺らすと、唇を震わせた。
「……ト、トワリス?」
まるで幽霊でも見たかのような物言いに、思わず苦笑する。
トワリスは、こくりと頷くと、表情を緩ませた。
「うん、そうだよ。……ただいま、リリアナ」
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