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投稿日:2021年03月30日
不意に肩を叩かれて、トワリスは振り返った。
色黒の男が、満面の笑みで立っている。
作業着姿からして、大工衆の者だろう。
五人で集まって、先程まで豪快に笑いながら食事をしていた客の一人であった。
「話の途中に邪魔をしてごめんよ。聞こえてきちまったんだが……君、トワリスちゃんなんだよな?」
「……はい、そうですが」
返事はしたものの、見覚えのない男の顔に、トワリスは目を瞬かせた。
関わりがあっただろうかと、記憶を巡らせてみるが、やはり思い出せない。
黙っていると、リリアナが首を傾げた。
「ラッカさん、トワリスと知り合いだったの?」
尋ねられると、ラッカと呼ばれた男は、白い歯を見せて笑った。
次いで、突然トワリスの肩に腕を回すと、ラッカはそのまま、自分が座っていた席の方へと、身体の向きを変えた。
「……な、なんですか?」
「まーまー、感動の再会なんだし、付き合ってくれよ。リリアナちゃん、ちょっと借りるよ」
「え、ええ。それは構わないけど……」
状況が読めないリリアナの承諾を得て、ラッカは、トワリスを誘導した。
ラッカと同じ、大工衆らしき男たちがつく食卓に連れていかれ、示されるまま、席の一つに腰を下ろす。
抵抗しようとも思ったが、リリアナの知り合いの客のようだし、感動の再会と言うからには、トワリスとこの男は、過去に会ったことがあるのだろう。
自分が単純に、忘れているだけかもしれないと思うと、拒否しづらかった。
男たちは、トワリスの前に、自分達が食べていた料理やら、酒やらを適当に取り分けて並べると、嬉しそうに口を開いた。
「いやぁ、まさかとは思ってたけど、こんなところで会うとはなぁ」
「その耳がなきゃ、分からなかったよ。会ったのって、何年前だっけ?」
微笑ましそうに言いながら、男の一人が、トワリスの頭をがしがしと掻き回すように撫でた。
五人全員の顔を、一人一人見つめてみたが、どうしても接点が思い出せない。
トワリスが戸惑っていることに、ラッカが気づいたのだろう。
顔を覗きこんで、ラッカはにやにや笑った。
「覚えてないかい? ひどいなぁ、俺たち、トワリスちゃんの命の恩人なのに」
「そりゃお前、俺らトワリスちゃんの前では名乗ってないだろう。忘れられてたって仕方ないさ、なあ?」
同意を求められて、トワリスは、いよいよ眉を寄せた。
命の恩人、という言葉が事実ならば、よほど深い関わりがあったに違いないが、そんな相手を、ここまで綺麗さっぱり忘れることなんてあるだろうか。
今までアーベリトで関わった全ての人間を覚えているかというと、流石に自信はないが、それにしたって、男たちの顔にも、ラッカという名前にも、全く記憶がない。
(ていうか、そもそも大工衆の知り合いなんて、私にはいないし……ん?)
その瞬間、トワリスは、あっと声をあげて、ラッカの方に振り向いた。
「あ、あの! もしかして、私が拾われたときの……?」
「おおーっ! そうそう! 思い出したか!」
男たちは、どっと一斉に笑い出したかと思うと、盛り上げるように拍手をした。
トワリスはかつて、絵師の元から逃げ出した際に、強風による空き家の倒壊に巻き込まれ、気絶していたところを、通りがかったルーフェンと大工衆に助けられた。
その時の大工たちこそが、ラッカたちだったのである。
あの時のトワリスは、意識が朦朧としていたし、ルーフェンに眠らされてすぐ、レーシアス邸に送られたから、その場にいた大工衆のことなんて、名前は勿論知らないし、顔も見ていたかどうか怪しいところだ。
これで思い出せと言う方が無理な話で、ラッカたちはそれを分かっていて、トワリスをからかったのだろう。
男たちがあまりに豪快に笑うので、つられてトワリスも笑むと、ラッカは満足げに唸った。
「俺たちも、驚いたんだぜ。昼食とってたら、リリアナちゃんと連れの会話に、トワリスって聞こえてきてさ。名前は召喚師様から聞いたことあっただけだったし、何せもう何年も前のことだから、気のせいかとも思ったんだけどよ。その耳を見て、絶対あの時の女の子だ! って確信したわけ」
トワリスは、面映ゆそうに眉を下げた。
「その節は、お世話になりました。一時期、アーベリトから離れていたんですけど、お陰様でまた戻ってきました。私もまさか、リリアナのお店でこんな再会を果たすなんて、思ってもなかったです」
男の一人が、口を開いた。
「俺たち、前までは職場が近かったから、ここの常連だったんだけどさ。最近はほら、市民街とリラの森の境に、擁壁(ようへき)があるだろう? そこの切り崩しに駆り出されてたから、なかなか来る機会がなくてな。今日はたまたま早上がりしたから、久々に行くかって話になって、リリアナちゃんに会いに来たんだけどよ。そうしたら、トワリスちゃんの顔まで見られたから、偶然って言うには出来すぎてるくらいだよなぁ」
他の男たちも同調するように頷いて、再び笑いが起こる。
トワリスは、話を聞きながら、感心したように息を吐いた。
「なるほど……アーベリトにはどんどん人が流れ込んできてるみたいですし、建設業の方々は大変ですよね。切り崩しってことは、もしかして、リラの森まで市街地を広げるんですか?」
ラッカが、こくりと頷いた。
「ああ、その予定らしいぜ。まあ、おかげで食うには困らなくなったよ」
「もうちょい同業が増えてくれると、有り難いんだがなぁ。俺たちだけじゃあ、どうにも手が回らん」
大袈裟な身振り手振りで言いながら、男の一人が、首をこきこきと鳴らす。
トワリスは、面食らったように眉をあげると、男たちを見回した。
「手が回らんって、まさか、ラッカさんたちだけで請け負ってるんですか?」
果実酒を呷って、ラッカが否定した。
「俺たちだけって、この五人ってことか? あはは、流石にそれはないさ」
言葉を継いで、別の男が言う。
「確かに、仕事量の割には人数少ないけど、大規模な工事をやろうって時には、リオット族なんかが力を貸してくれるよ。トワリスちゃんもほら、そこのあんちゃんを見りゃあ分かるだろ? リオット族ってのは、たくましい奴ばっかりで、馬や牛なんかよりもよっぽど力がある。今は採掘の方を手伝いに、南のガラムの方に行っちまったらしいだけど、あいつらのおかげで、擁壁の解体も、ほとんど終わってんだ。俺たちがやらないといけないのは、残りの後片付けと、測量だな」
「馬鹿、それが大変なんだろうが。あーあ、明日からまた一日中仕事かぁ。せめて帰ったときに、美味しい手料理を振る舞ってくれるかみさんでもいたらなぁ」
ぼやく若い男を叩いて、周囲の大工衆たちは、考えたくないからそれ以上は言うなと、ふざけた口調で叱責した。
そろって突っ込みを入れる仕草や、茶化すような空気から、切迫した雰囲気は感じなかったが、大変なのは本当なのだろう。
考えたくないと言いつつも、それからしばらく、男たちは愚痴をこぼし合いながら、酒をちびちびと舐めていた。
シュベルテなどの大都市では、建設業などの危険が伴う業務には、基本的に魔導師が介入する。
特に大規模な建設に乗り出す場合は、人力より魔術で資材の運搬などを行った方が、圧倒的に効率が良く、安全に済ませられるからだ。
とはいえ、重量のある石材や木材を移動させるには、膨大な魔力が必要になるため、一口に介入するといっても、大人数の魔導師が必要になってしまう。
それに、魔導師が立ち入ったからといって、建設業における専門家が、職人階級の者たちであることに変わりはないし、そもそも、それだけ多くの魔導師を保有している都市など、シュベルテとセントランスくらいなものだ。
地方では多くが人力、ないしは牛馬に頼って作業を進めているし、それを思えば、リオット族の力が借りられるアーベリトは、まだ負担の軽い方だと言えるのかもしれない。
しかし、そんなアーベリトに魔導師として着任することになったトワリスとしては、地方都市と並べられる王都の現状を、看過するわけにはいかないのであった。
ひとしきり話し終えた男たちに、トワリスは、ふと唇を開いた。
「あの……確約はできませんが、よかったら、お手伝いしましょうか」
男たちの視線が、トワリスに集中する。
トワリスは、はきはきとした口調で続けた。
「新参なので、進捗具合など詳しく把握できていなくて申し訳ないのですが、居住区の拡大目的ということであれば、その仕事は勅令(ちょくれい)で行っていることですよね。だったら、上は手を貸す義務があります。擁壁の解体は終わったとのことなので、リオット族を呼び戻す必要はないと思いますが、その他の作業も、大工衆の方々への負担が大きいようなら、こちらでお手伝いしたほうが能率も上がります。アーベリトも魔導師が一切いないというわけじゃないですし、もし召喚師様から許可が頂ければ、私もお力になれるかもしれません」
魔導師らしいことを格好良く言ってのけたつもりであったが、男たちの反応は、いまいちであった。
ぽかんとした表情で互いに顔を見合せ、再びトワリスの方を見ると、ラッカが突然、ぶっと吹き出した。
「なんだよ、一丁前なこと言うようになりやがって! ついこの間まで、野猿みたいだったくせに!」
ラッカの発言を皮切りに、他の男たちも、げらげらと笑い出す。
酒が入っているせいもあるかもしれないが、乱暴に頭を撫でられて、トワリスはむっと眉を寄せた。
「真面目な話をしたのに、からかわないで下さいよ」
「悪い悪い、なんてったって、天下の魔導師様だもんなぁ」
「そうだぞ、猿なんて言ったら失礼だろう」
何がそんなに面白いのか、軽口を叩きながら、男たちは顔を赤くして笑い続けている。
魔導師様、魔導師様と囃し立てるその口調は、明らかに子供をあやすときのそれだ。
確かに、ラッカたちからすれば、トワリスは凶暴で世間知らずな子供という印象が強いのかもしれない。
しかし、魔導師になったのは事実なのだから、少しぐらいは、今の姿に目を向けてくれても良いだろう。
トワリスはつかの間、無言でラッカたちのことを睨んでいたが、それでも、彼らの勢いは止まらないと悟ると、やれやれと肩を落とした。
酔っぱらいを相手に拗ねたところで、明日にはけろっと忘れられていそうだし、この程度で刺々しく口を出して、彼らの陽気な食事会に水を差すのは忍びない。
トワリスは元々、酒を飲んで騒ぐような場は得意ではなかったが、無駄なようで大切なこの穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのにと願う気持ちも、胸の奥にあった。
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