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投稿日:2021年03月30日
ひとまず、擁壁解体の件は後日ルーフェンに相談すると口約束だけして、トワリスは、その場を後にした。
思いがけない再会に長居してしまったが、元々トワリスは、リリアナに居候の相談をしにやって来たのだ。
一緒に住めることにはなったが、荷物などはダナたちに預けたままだし、それらを運び込むことも考えると、日暮れ前には一度、城館に戻らなければならないだろう。
リリアナとハインツがいる食卓を見ると、二人は、向かい合った状態で、無言で俯いていた。
寡黙なハインツ相手でも、よく喋るリリアナのことだから、話題には事欠かないだろうと思っていたのだが、なにやら二人の間には、気まずい空気が流れている。
流石に初対面の二人を置いていくのはまずかったかと、慌てて戻ろうとすると、その前に、リリアナがトワリスの方に車椅子の向きを変えた。
慣れた手付きで車輪を動かし、彼女にしては珍しい無表情で、こちらに近づいてくる。
リリアナは、困惑するトワリスを連れて、店の隅に移動すると、警戒したように一度周囲を見回してから、そっと耳打ちをした。
「お、お、王子様だわ……」
「…………は?」
あのリリアナが、真顔で耳打ちなどしてくるものだから、一体何を言われるのだろうと身構えていたトワリスであったが、彼女の口から飛び出してきた言葉は、よく理解できないものであった。
聞き間違いかと思い、問い返すと、リリアナはもっと屈めと言わんばかりに、トワリスの袖を引っ張ってくる。
膝をついて目線を合わせると、座るハインツの方をちらちらと見ながら、リリアナは再び囁いた。
「王子様よ……私、王子様と出会ったの。これが恋、運命の出会いってやつなのね……」
「…………」
うっとりとした顔つきになったリリアナに、トワリスは、つかの間何も返せなかった。
はっきりと何を言っているのか聞こえたし、やはり聞き間違いではなさそうなのだが、リリアナの発言の意味が、さっぱり分からない。
逡巡の末、額に片手をあてると、トワリスはようやく口を開いた。
「……え、なに? 王子様って、何の話?」
本当のところ、なんとなく検討はついていたのだが、聞かずにはいられなかった。
リリアナが、もじもじと指先を動かしながら答える。
「トワリスとラッカさんたちが話してる間、折角だからと思って、ハインツさんに、苺のタルトを出したの。うちの新作でね、とっても美味しいのよ」
「う、うん……」
「そのタルト、結構大きいの。私なんか、半分でお腹一杯になっちゃうくらいなんだけど……。ハインツさんったら、五つも食べちゃって……」
「……うん」
「でね、その間、何も言わないから、食べ終わった後に、味はどうでしたかって聞いたの。そしたら、『美味しいね』って、小声で一言……」
「…………」
きゃっと短く声をあげて、頬を染めたリリアナが、恥ずかしげに両手で顔を覆う。
まるで絵に描いたような恋する乙女の反応に、トワリスは、唖然とするしかなかった。
振り返って食卓を見ると、確かにハインツの前には、空になった平皿が五枚、積み重ねられていた。
しかし、美味しいと感想を述べた割に、ハインツの顔色は悪く、店に来たときよりも、震えがひどくなっている気がした。
前後のやり取りを聞いていないので、断言は出来ないが、察するに、リリアナがタルトをどんどん持ってくるので、ハインツは断れなかったのではなかろうか。
リリアナは実際料理上手だし、店で出しているくらいだから、タルトが美味しいのは事実なのだろう。
だが、どんな大食漢でも、甘いものを大量に食べたら、普通は気分が悪くなる。
美味しくてうっかり沢山食べてしまっただけなら良いが、今のハインツは、無理にタルトを掻きこんだ結果、具合が悪くなっているようにしか見えなかった。
リリアナは顔をあげると、緑の瞳を輝かせながら言った。
「美味しいね、って……そう言ったのよ。あんなに強そうな見た目で、うまい、とか、いける、とかじゃなく、美味しいねって……。しかも、ちょっと吃りながら! きっと奥ゆかしい方なんだわ。ハインツさん、素敵……!」
目を開けたまま、今にも夢の世界に旅立ってしまいそうなリリアナに、トワリスは、内心頭を抱えた。
一度思考が暴走し始めた彼女を、容易に止めることができないのは、過去に一緒に暮らした経験から、トワリスもよく分かっている。
勿論、本気でリリアナが恋をしたというならば、何も言わずに応援してやるのが、親友としての勤めだろう。
だが、ここまでの道中で分かった通り、ハインツは尋常でない人見知りで、見た目に反して内気な性格のようだ。
トワリスとて、知り合ったばかりでこんなことを言い切るのは気が引けるが、ハインツには、絶対に恋愛なんて早い。
そんな彼に、暴走したリリアナが強引に迫れば、きっと事態はこじれまくるだろう。
そして、その面倒な恋路に巻き込まれるのは、おそらくトワリスなのだ。
一つ咳払いをすると、トワリスは、何事もなかったかのように立ち上がった。
「……まあ、頑張って。それじゃあ私達は、城館に戻るから──」
「待って!」
叫んだリリアナが、すかさずトワリスの腕を掴む。
獣人混じりでも振りほどけない、凄まじい力で引き留められて、トワリスはたじろいだ。
「ちょっ、離して! 荷物が城館に置きっぱなしなんだって」
「そんなの、後で取りに行けばいいじゃない。お願い、協力して! このまま帰ったら、私とハインツさん、今後接点がなくなっちゃうわ!」
リリアナの懇願に、トワリスは、渋々抵抗をやめた。
このまま二人で騒いでいたら、再び客たちの注目を集めかねない。
周囲の視線を気にしながら、トワリスは再度屈むと、小声で答えた。
「協力ったって、何をすればいいのさ。大体、ハインツとはさっき会ったばかりだろ。それなのに、す、好きだとか、恋だとかって……」
リリアナは、むっと眉を寄せると、トワリスの両頬を手で挟んだ。
「恋に時間は関係ないのよ! まず、ハインツさんにまたお店に来てくれるよう、それとなくお願いしてほしいの。あと、ハインツさんの好きな食べ物とか、趣味とか、色々知ってることを教えてちょうだい!」
トワリスは、苦々しい表情になった。
「そんなの、自分で聞けばいいだろ……。教えてって言われても、何も知らないし。私もハインツとは、今日会ったばっかりなんだってば。知ってることといえば、十四歳のリオット族で、召喚師様付きの魔導師ってことくらいで……」
「十四歳!? まあ……年下だったの。じゃあハインツさんじゃなくて、ハインツくんね」
嬉々として情報を紙に書き出そうとするリリアナに、トワリスは、密かにため息をついた。
「いや、そうじゃなくて……。十四歳だよ?」
「うん? ええ、そうね。ハインツくんが二十歳になったら、私、二十三歳ね!」
「…………」
そう言われると、確かに大した年齢差ではないな、と思い直して、トワリスは押し黙る。
リリアナは、煮え切らないトワリスの態度に、不満げに頬を膨らませた。
「なによ、応援してくれないの? さっきから、なんだか乗り気じゃなさそうじゃない。……はっ、まさか、トワリスもハインツくんのことを!?」
「いや、違う。それは違うけどさ……」
否定をしてから、今度は隠すことなく、深々と嘆息する。
リリアナの扱いには慣れているつもりであったが、久々にその猛進具合を目の当たりにすると、やはり着いていけない。
諦めたように口を閉じたトワリスの肩を、がしりと掴むと、リリアナは、上機嫌な様子で言った。
「とにかく! 共通のお友達であるトワリスが頼りだから! よろしくお願いね……!」
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