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投稿日:2021年03月30日
かつてのレーシアス邸では、ルーフェンはよく図書室で事務作業を行っていたが、新しく建った城館では、召喚師用の執務室が造られていた。
召喚師用といっても、机と椅子、来客用の長椅子に、最低限の資料や書類が収まる程度の本棚が設置してあるだけで、特別感はまるでない。
それどころか、ロンダートやハインツが定期的に入り浸るような、気楽な溜まり場と化していたが、日中はその執務室を尋ねれば、ルーフェンに会える場合が多かった。
「へえ、あのハインツくんにねぇ……」
呟いてから、ルーフェンがくすくすと笑う。
その拍子に、机から滑り落ちた数枚の書類を拾いながら、トワリスは、深くため息をついた。
「全然笑い事じゃないんですよ。リリアナ、あれから帰る度に、今日のハインツはどうだったかとか、次はいつお店に来るのかとか、そんな話ばっかりするんです。挙げ句には、城館まで毎日お弁当を届けに行く、なんて言い出すし……」
ぶつぶつと文句を言いながら、トワリスは、そろえた書類を手渡す。
ルーフェンは礼を言うと、書類を受け取って、椅子に座り直した。
「そりゃあ確かに、出先でそんなことがあったなんて、ちょっと意外な展開だな。まあ、いいんじゃない? 応援してあげれば。ハインツくん、すごく良い子だよ」
応援するという言葉とは裏腹に、おかしくて仕方がないといった様子で、ルーフェンの口元は歪んでいる。
執務机のすぐ横に控えていたトワリスは、不服そうに顔をしかめて、吐息混じりにぼやいた。
「勿論、リリアナだって良い子ですよ。明るいし、女の子っぽいし……。ただちょっと、昔から思い込みが激しいというか、自分の中で盛り上がると、強引に相手を振り回すところがあるんです。初めて会った日も、ハインツが喜んでるって勘違いして、でっかいタルト五つも食べさせてましたし……。帰りがけ、ハインツがお腹痛いって言い出して、大変だったんですよ。流石にあの体格を背負えないですし、かといって根性で立って歩けとも言えず、お腹が冷えないように外套を貸して、しばらく私が背中をさすってたんです。……大通りのど真ん中で」
堪えきれなくなったのか、ルーフェンが、話の途中でぶはっと吹き出した。
背中を震わせ、涙をためながら、楽しげに笑っている。
一応、真剣に悩んでいるのに笑われて、腹立たしくなったが、ルーフェンを怒る気力もなく、トワリスはがっくりと肩を落としたのだった。
トワリスの予想通り、恋する乙女、リリアナの猛攻は激しかった。
小料理屋マルシェを訪れたあの日以来、リリアナは、朝起きてから夜寝るまで、ひたすらハインツの話をしてくるようになったのだ。
しかしトワリスとて、知り合ったばかりのハインツに、根掘り葉掘り質問できるほど話上手ではないし、ただですら無口の彼とは、まだ距離を測りかねている状態だ。
つまり、リリアナに提供できるハインツの話題など、現段階では何もないのである。
そんなトワリスに、情報収集を任せていては、らちが明かないと思ったのか。
ついに、ハインツとトワリスの分の弁当を携え、リリアナが城門前まで突撃してきたのが、昨日の昼頃の話。
ハインツを訪ねて、女性がやってきたという話は、自警団員──主に面白がって吹聴したロンダートを中心に、あっという間に城内に広まってしまった。
女ができたのかと囃し立てられ、混乱するハインツが可哀想で見ていられず、トワリスはやむを得ず、暴走するリリアナのことを各所に説明した。
他人の恋心など、言いふらすものではないと黙っていたが、あのリリアナのことだ。
先日も、自分からロクベルや近隣住民に、好きな人が出来たと嬉しげに話していたから、噂されたところで、気にも留めないだろう。
ひとしきり笑い終えると、ルーフェンは、険しい顔つきで立っているトワリスを見上げた。
「可愛い女の子に迫られるなんて羨ましい……と言いたいところではあるけど、城館まで来られちゃうのは、確かに困るね。ハインツくんの好みの女の子は、慎ましくて淑やかな子だって、リリアナちゃんに伝えてみたら? そうしたら、少しは大人しくなるかもよ。実際ハインツくんは、強引に迫られたら萎縮しちゃうだろうし」
ルーフェンの提案に、トワリスが、なるほどと頷く。
そのまま、トワリスがじっと顔を見つめてくるので、ルーフェンは首を傾げた。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
トワリスは、首を振ってから、辿々しい口調で尋ねた。
「召喚師様とハインツって、仲良いですけど、いつからお知り合いなのかな……と思いまして。私が昔、屋敷にお世話になっていたときは、まだハインツはいなかったですよね? 他のリオット族は、商会で働いているとお聞きしたので、どうしてハインツだけ城館にいるのかな、と……」
言いながら、ルーフェンの表情を伺う。
聞いて良いものなのかどうか分からず、今まで黙っていたが、本当は、ずっと気になっていたことだった。
ルーフェンは、ハインツのことを、まるで側近のように連れていることが多かった。
リオット族は、ルーフェン自らが王都に引き入れた一族だから、信頼できるという理由で、手元に置いているのは分かる。
しかしハインツは、一族由来の地の魔術は使えても、言ってしまえば、魔導師団に所属しているわけでもない、ただの一般人だ。
事務官としての教養があるわけでもなさそうだし、加えて、あの気弱な性格とくれば、お世辞にも、城館仕えの魔導師に向いているとは言えない。
何故ルーフェンが、彼をそばに置いているのか、常々不思議に思っていたのだ。
もし特別な理由があるのだとしたら、聞かない方が良いだろうかと躊躇っていたが、ルーフェンは、あっけらかんと答えた。
「ハインツくんと知り合ったのは、俺がノーラデュースに行った時だから、えーっと……六年くらい前かな。でもしばらくは、リオット病の治療で病院にいたから、城館に来たのは最近だよ。俺が誘ったんだ。彼は商会にいるより、俺たちの近くで、魔導師の仕事をしていた方が良さそうだったから」
ルーフェンの言葉に、トワリスは瞬いた。
魔導師の仕事をしていた方が良さそう、ということは、つまり、魔導師としての適性がある、という意味だろうか。
ここ数日のハインツを見る限り、決してそうは思えなかったが、ルーフェンが言うのだから、彼には特殊な才能があるのかもしれない。
トワリスの疑問を汲み取ったのか、ルーフェンは眉をあげた。
「ハインツくんに、魔導師は向いてないと思う?」
そう問われて、はっと顔をあげる。
嫌味な言い方になってしまっていたかと、慌てて首を横に振ると、トワリスは否定した。
「い、いえ、すみません。そういう意味じゃないんです。ただ、彼はなんというか……控えめな性格みたいなので、魔導師として城館にいるのが、ちょっと意外で」
慎重に言葉を選びながら告げると、ルーフェンは苦笑した。
それから、つかの間考え込むように目を伏せて、呟くように言った。
「まあ、向いてるか向いてないかで言ったら、向いてないよね。俺も、ハインツくんの希望次第では、無理にこの城館に留まるよう言うつもりはないんだ。彼には、日がな石細工でも作っていられるような、のんびりした生活のほうが合ってると思うし」
「……石細工?」
トワリスが聞き返すと、ルーフェンは頷いた。
「そう。ハインツくん、ああ見えて器用なんだよ。石をうまい具合に削ったり、形を変えたりして、花とか生き物とか作るの。初めて見たときは、びっくりしたなぁ。……俺がアーベリトに呼んでからは、作らなくなっちゃったんだけどね」
言い終えると、ルーフェンは、少し困ったように眉を下げた。
まるで、ハインツを城館仕えにしたことを、後悔しているような言い方であった。
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