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投稿日:2021年03月30日
トワリスが返事に迷っていると、ルーフェンが、見かねたように話題を変えた。
「そういえば、街境の擁壁の件だっけ? トワリスちゃんが、手伝いに行きたいって言ってたやつ」
「あっ、はい。そうです」
勢いよく答えて、トワリスが首肯する。
なんとなく、話しやすいルーフェンからハインツの情報を聞き出してしまったが、本人のいないところでこそこそと尋ねるのは、やはり気が引ける。
ルーフェンも、あまり踏み込んだ内容は教えてくれないだろうし、そもそも軽い気持ちで聞くべき話ではないだろう。
話題を変えてくれて良かったのかもしれないと、内心安堵しながら、トワリスは、店でのラッカとのやり取りを、ルーフェンに説明した。
「特別作業人数が少ないというわけではありませんし、もし他に火急の案件があるなら、そちらが優先で構いません。ただ、ラッカさんたちに頼んでいた擁壁の解体は、居住区拡大のための、言わば勅令ですよね? だったら、誰かしら城館勤めの人間を同行させたほうが、作業的にも効率が良いですし、指示の行き違いも少なくて済むと思うんです。今のところ、異動してきたばかりで、一番手隙の私が向かうのが妥当かと思いますが、リオット族のほうがこういった現場作業に向いてるということであれば、ハインツでも良いです。他に適任の魔導師がいれば、誰でも問題ありません。……どうでしょうか?」
手元に用意していたアーベリトの地図を広げ、市街地とリラの森との境を示しながら、トワリスは言った。
ルーフェンは、しばらく黙って、トワリスの話を聞いていたが、やがて、微かに目を細めると、答えた。
「うーん……ただここ、解体作業自体は終わってて、以降の作業は、急ぎではないんだよね。居住区拡大とは言っても、次の予定がはっきり決まってるわけじゃないし、どちらかというと、擁壁の老朽化が理由で解体をお願いしてたんだ。行ってみれば分かると思うけど、ここ、大した高低差ないし、単に昔の名残で、崩れかけの擁壁が残っていただけなんだろうね」
「えっ、そうなんですか?」
目を見開いたトワリスに、ルーフェンが頷く。
市街地の輪郭をなぞるように、地図上で指を動かしながら、ルーフェンは続けた。
「ここ数年で、アーベリトへの移住希望者が急増したから、居住区を広げたけど、正直、これ以上増やしたくはないんだ。分かってると思うけど、現状統治権は、アーベリト、シュベルテ、ハーフェルンの三街で役割分担をして担ってる。難民でも出たって言うなら、アーベリトの出番だけど、最近は内乱も起きてないから、そう多くはないし、単に王都だからっていう理由なら、今後はアーベリトへの移住は基本的に断ろうと思ってるんだ。……って、そう伝えてたんだけど、大工衆の人達、何も言ってなかった?」
「……聞いてないです」
素直に白状すると、ルーフェンは微苦笑を浮かべた。
「こういう行き違いは、誰かしらを行かせてたら起こってなかったかもね」と、そう付け加えて、肩をすくめる。
「そもそも、アーベリトが王権を握っていること自体が、一時的なものだしね。混乱を避けるために、中立のアーベリトが王権を預かっただけで、またシュベルテが王都として機能するようになれば、王位は返還する約束だ。誓約上は、シャルシス・カーライルが十五で成人するまで……あと九年も経ったら、王位は返すことになってる。ただ、それもあくまで予定に過ぎない。もっと早まるかもしれないし、後になるかもしれない。そんな状況で、大して財力もないアーベリトを無計画に拡大させていったら、いずれ破綻するのが目に見えてるでしょう? そろそろ今の形で、安定させたいんだ。別に、アーベリト単独でサーフェリアを統治しようなんて、そんな野望はないからね」
明るい声音で言って、ルーフェンはトワリスを見る。
トワリスは、真剣な表情で聞きながら、今度はサーフェリアの全体図を広げた。
「そこまで決まっているなら尚更、作業は急ぐべきではないですか? 擁壁の件は保留にするにしても、規模を現状で留めるなら、次は防御を固めないといけません。アーベリトは特に、魔導師の数も自警団員の数も足りていなくて、警備に回せる人数が少ないですから、今ある城郭に加えて外郭を増やすとか、少人数でも守り通せる緊急時の体制を整えるべきです。お金はかかるかもしれませんが、幸い、リオット族の力も借りられますし、アーベリトの面積であれば、二重、三重と外郭を増築しても、そう時間はかからないと思います。検問所の設置とか、他にも手はありますが、その程度では、真っ向からぶつかられた時に避難することしかできません。とにかく、何かしら対策をとらないと、今のアーベリトは、あまりにも……」
「……手薄、だよね?」
言いづらそうに口ごもったトワリスの言葉を、ルーフェンが拾った。
トワリスとて、アーベリトに来たばかりの身の上で、はっきりと王都の脆弱性を口に出すのは、躊躇っていたのだろう。
申し訳なさそうに頷いたトワリスに、ルーフェンは目尻を下げた。
「そう思うのも仕方がないよ、事実だしね。軍事においては、シュベルテと比べると特に、アーベリトは情けなるくらいの弱小都市だもん」
「いや、そんなあっさり認めるのもどうかと思いますが……」
事の重大性を全く理解していないような、明るい口調のルーフェンに、トワリスが眉を寄せる。
ルーフェンは、引き出しから取り出した羽ペンを、くるりと指先で回して持ち変えると、地図上のアーベリトを示した。
「でも、アーベリトの壁を増やすことはしない。理由は単純、それほど意味がないから」
「意味がない……?」
怪訝そうな顔で、トワリスが聞き返す。
ルーフェンは、地図上のシュベルテやハーフェルンを順に示して、言い募った。
「トワリスちゃんの言う通り、周辺が陸続きの都市なら、高い外郭の建造をすることで、守りを固められる。ただアーベリトの場合は、地形的にほぼ無意味なんだ。周辺に山が多いからね。特に南側なんかは、切り立った山ばっかりだし、東側の山は大して険しくないけど、そこを越えた先が海。警戒しなくて良いわけじゃないけど、侵入経路としてこの二方向が選ばれる可能性は低いし、選ばれたところで、大規模な奇襲はまず仕掛けられない。北西に広がるリラの森は、舗装された道も通ってるくらいだし、脅威になるような深さはないけれど、その先の北側にはハーフェルン、西側にはシュベルテが位置している。つまり、アーベリトを狙うなら、まずはこの二大都市を潰さなきゃいけないってこと。でも、ここら一帯は、シュベルテの魔導師団が常に厳戒体制を敷いているだろう? それすら打ち破って、アーベリトまで侵攻できる勢力なんて、今のサーフェリアには存在しないよ。まあ、シュベルテが裏切ったら、話は別だけどね。そうなったらそうなったで、アーベリトなんて、外郭の有無に関係なく、あっという間に滅んじゃうだろうし」
さらっと恐ろしい仮定を口にしながら、ルーフェンは、からからと笑った。
不吉な冗談に、トワリスは全く笑えなかったが、シュベルテの一部の人々が、アーベリトに対して不満を持っていることは、ルーフェンも知っているのだろう。
他所からの人員の移入、とりわけ軍部の人間をほとんどアーベリトに入れていないあたり、ルーフェンの他街への警戒心は、聞かずとも高いことが分かる。
だからこそ、アーベリトは人手不足に悩まされているわけだが、そんなルーフェンの考えも理解できていたので、ハーフェルンのようにシュベルテから魔導師を引き入れましょうと、安易に提案することはできなかった。
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