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投稿日:2021年03月30日





 ルーフェンの説明を聞きながら、トワリスは、アーベリトの地図に視線を戻した。

「だったら、外壁を増やす以外に、対策を考えないといけませんね。何にせよ、今のアーベリトは、東西の市門に二名ずつと、あとは交代で、自警団員を巡回させているだけじゃないですか。これじゃあ、何か起きたときに対応できる人数が少なすぎて、心許ないです。侵入者に気づいたところで、対抗できなければ意味がありません。せめて、巡回人数を増やして、応援要請があったらすぐに集まれるようにするとか……」

 考え込むように俯いたトワリスに、ルーフェンは、平然と答えた。

「ああ、それなら、皆に移動陣を使ってもらおうと思ってるんだよね」

「……はい?」

 耳を疑う内容に、トワリスは瞠目した。
移動陣とは、陣から陣へと瞬間移動できる魔法陣のことだが、これは、使うと膨大な魔力を消費するため、魔導師の多いシュベルテでも、ほとんど使われない特殊な魔術だ。
トワリスも、ハーフェルンからアーベリトに来るまでの道中で、初めて使ったが、ルーフェンがいなければ、魔力量が足りなくて使えなかった。
それを今、ルーフェンは、魔導師でもないアーベリトの自警団員に使ってもらおうと言ったのだ。

 トワリスは、意味が分からないといった様子で、首を捻った。

「いや、無理ですよ。自警団の方々は魔術が使えませんし、魔導師でも、一人じゃ魔力が足りないので出来ません。そもそも、アーベリトの移動陣って、リラの森に一ヶ所しかないでしょう。市内でどうやって使うんですか?」

 ルーフェンは、手元にあった書類を適当に選びとると、その裏に、羽ペンで移動陣を描き出した。

「俺なら、新しく移動陣を敷けるよ。といっても、昔に一度、サミルさんの魔力を目印に試しただけなんだけどさ。俺が描いた移動陣を皆に渡して、あとは使い方さえ理解してもらえれば、俺の魔力依存で、行使が可能になると思うんだよね。ほら、魔法具とか、ものによっては、使用者が制作者本人じゃなくても使えるでしょう? それを使うのと、同じような感覚かな。リオット族と鉱物資源の移送で、移動陣は散々使ってるし、少し応用すれば、上手くいくと思うんだ。ちょっと特殊な使い方をすることになるし、非常時以外に何度も使われたら、流石に俺も倒れるけど……。でも、これがあれば、魔力の有無に関係なく、誰でも一人で移動陣を使えるようになるよ」

 そう言いながら、ルーフェンは、ぺらりと一枚、書類を手渡してくる。
その裏に描かれた、流麗な筆跡──移動陣を見て、トワリスは、全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 ルーフェンは、召喚師なのだ。
勿論、そんなことは分かっていたが、今になって、改めてそのことを突きつけられたような気がした。
シュベルテの魔導師団には、多くの優れた魔導師がいたし、最前線で活躍する者の中には、歴史に名を残すような功労者もいた。
それでも、彼らが競う強力さとは“魔術をいかに使うか”であって、それらはあくまで、既存の枠内に収まることだ。
ルーフェンのように、従来とは違う使い方をしようなんて主張する者は、ほとんど見たことがなかった。
言い換えれば、新たな魔術を創造できるような存在こそが、召喚師なのかもしれない。

 トワリスの心境とは裏腹に、ルーフェンは、軽い口調で続けた。

「同じ人数でも、分散させると心許ないけど、移動陣があれば、どこにいたって一瞬でその場に駆けつけられるから、戦力を集中できるでしょう? しかも、俺の魔力依存だから、移動陣が使われた時点で、緊急時だってことが俺にも伝わる。今後移民を制限するなら、この城館と同じように、街全体に結界を張ってしまうのも手だけど、それだと、俺の不在時にアーベリトに誰も出入りできなくなるから、いくらなんでも、それは現実的じゃない。となると、皆の協力が必要にはなるけど、やっぱり移動陣が一番使いやすいと思うんだよね」

「…………」

 トワリスが答えずにいると、ルーフェンが首を傾げて、顔を覗き込んできた。

「……大丈夫? 他にも、何か心配ごとある?」

 問われて、はっと我に返る。
トワリスは、焦ったように首を振ると、渡された移動陣に目を落とした。

「……い、いえ、すごいと思います。私なんかじゃ、こんな案、絶対に考えられませんし……」

 思いがけず、卑屈な返答が口から飛び出して、トワリスは後悔した。
ルーフェンは、解決策を提示してくれただけなのに、これではまるで、トワリスが聞くだけ聞いて、勝手にいじけているようである。
しかし実際、ルーフェンの話を聞いていて、トワリスの心の内に芽生えたのは、感嘆よりも大きな不安であった。

 つかの間沈黙して、トワリスは、戸惑ったように俯いた。

「……ただ、それでいいのかな、と」

 ルーフェンが、不思議そうに瞬く。
その表情に、不快の色はなく、ルーフェンはただ、トワリスの真意が掴めずにいるだけのようだった。

 トワリスは、躊躇いがちに口を開いた。

「街全体に結界を張ろうとか、新しく移動陣を敷こうとか、そんなの、召喚師様だから出来ることじゃないですか。そんな規格外の案を出されると、私達は何も出来なくなってしまうというか……。失礼を承知で申し上げますが、アーベリトの自警団員の皆さんは、王都を守ってるんだっていう自覚が足りないと思うんです。別に、今の和やかな雰囲気が悪いってわけじゃないですけど、あまりにも危機感がないですし、はっきり言ってたるんでます。この手薄な警備体制に誰も疑問を持っていないみたいだし、警備中や巡回中ものんびりお喋りしてて、緊張感がまるでありません。その上、部屋も汚いし、食事もまともに作れないし、物も開けっぱなし置きっぱなしで、なんていうか、そういうだらけた空気が、この城館全体ににじみ出てるんです。私、アーベリトに戻ってきたとき、びっくりしたんですよ。城館が汚くて……」

「後半は関係ない気がするけど、なんかごめんね」

 あまり偉そうなことを言うべきではないと自制していたが、愚痴をこぼしている内に、口が止まらなくなった。
いつの間にか前のめりになって、ルーフェンに詰め寄っていたことに気づくと、トワリスは、拳を握りしめて、ゆっくりと身を戻した。

「……最初は、昔と変わってなくて良かったって思いましたけど、よく考えたら、五年も経ってるんですよ。むしろ、変わるべきじゃないですか。警備体制のことだって、本来なら、実際に任務につく自警団員の皆で考えないといけないことなのに、そんなこと、話題にすら出ず、結局全部召喚師様任せで……。こんなことで、本当にいいのかなって。……すみません。並ぶような代替案も出せないくせに、偉そうなことを言って……」

 ルーフェンから目線をそらして、うつむく。
アーベリトに来てから、蓄積していたものが、ぽろぽろとトワリスの口をついて出た。
ハーフェルンでは、乳母よりうるさいとロゼッタに注意されたくらいだし、トワリスだって、新参の分際で小言を言うなんて、生意気な真似はしたくない。
しかし、先程までの、まるで全てを請け負っているようなルーフェンの言葉の数々を聞いて、我慢していた不満が、つい爆発してしまった。
きっと誰かが言ってやらねば、アーベリトの平和ボケは治らないのだ。

 不満げに眉を寄せるトワリスを、ルーフェンは、しばらくじっと見つめていた。
だが、ややあって苦笑すると、肩をすくめた。

「……まあ、分かるよ、トワリスちゃんの気持ちは。俺も昔は、王都がこんな呑気でいいのかなぁって、少し焦ったし」

 同調しながらも、その口調は、トワリスをなだめるように落ち着き払っている。
目を伏せると、ルーフェンは、静かに続けた。

「だけど、その穏やかさが、アーベリトの良さでもあるんだよ。分厚い外郭が何重にも立ち並んで、武装した人間が道を闊歩しているような……そういう息苦しい空間を王都だというなら、俺はそんなもの、アーベリトに望んでない。王都になったからといって、今まで保ってきた平穏さを、捨てる必要はないんだよ」

 ルーフェンの瞳に、ふと、柔らかな光が浮かぶ。
その目を見た瞬間、トワリスは、何も言えなくなってしまった。
他でもないルーフェンが、アーベリトの現状を、これで良いと思っている。
トワリスは、そう確信した。


 アーベリトに戻ってきて、まだ数日しか経っていないが、その暖かさに触れれば触れるほど、トワリスの中に、同等の焦燥感も募っていった。
今のアーベリトは、ルーフェンがいることで成り立っている。
政の面で多大な影響を及ぼしているという意味でも、他勢力への抑止力になっているという意味でも、ルーフェンがいるから、アーベリトは無事でいられるのだ。

  レーシアス邸に引き取られた子供の頃から、突然王都となったアーベリトの人々が、ルーフェンを頼りにしている場面は、何度も何度も見てきた。
当時は、召喚師だから当てにされているのだとしか思わなかったが、今のトワリスの目に映るのは、サミルとルーフェンという、たった二本の軸でかろうじて支えられた、危うい王都の姿であった。
あと十年以内に、アーベリトは王位を返還するわけだから、その期間だけならば、自分が表立って守ればいいと、ルーフェンはそう考えているのだろうか。
あるいはただ、王都になったからといって、アーベリトに殺伐とした内情を抱えさせたくないという、その一心なのかもしれない。
どちらにせよ、この召喚師ありきの生温い現状を、トワリスは、良しとは思えなかった。

 不服そうに沈黙してしまったトワリスを見て、ルーフェンは、少し困ったように眉を下げた。
それから、小さく吐息をつくと、打って変わった、飄々とした声で告げた。

「でも、トワリスちゃんがこうやって、一緒に対策を考えてくれるのは有り難いよ。ほら、召喚師って、魔導師団の総括者みたいな扱いされてるけど、俺は現状シュベルテから離れてるし、運営は向こうに任せっきりだからね。やってることと言えば、報告書読んでるくらいだし、シュベルテで実際に警備体制とか見てきたトワリスちゃんが、色々指摘してくれるのは助かるかな」

 彼がどこまで見通しているのかは分からなかったが、その言葉はまるで、トワリスの心情を察したかのようであった。
ルーフェンが席を立って、再度、アーベリトの地図を指し示す。

「ちょうど良い機会だから、他に警備を配置した方が良い場所を、俺の代わりに、トワリスちゃんが目星つけてきてよ。市門だけっていうのは、確かに心許ないなって前々から思ってたんだよね。巡回経路も、君の意見が入ったら、穴が見つかるかもしれないし、城下を巡って、他にも気づいたことがあったら教えて。そのついでに、ハインツくんを連れて、ラッカさんたちの手伝いに行っても良いし。さっき予定は決まってないって言ったけど、擁壁付近も、使い道があるなら使いたいから。ね?」

「…………」

 にこりと笑って、ルーフェンがトワリスを見る。
トワリスも、その顔を見つめ返したが、その綺麗な笑みからは、ルーフェンの考えは読み取れなかった。

 アーベリトの地図を一瞥してから、トワリスは、ぽつりと尋ねた。

「……私がそれをしたら、召喚師様、本当に助かりますか?」

 ルーフェンが、わずかに目を丸くする。
少しの間、二人で見つめ合ってから、ルーフェンは微かに目元を緩めると、頷いた。

「もちろん。最近、城館に籠りきりになったり、よそに呼ばれたりして、アーベリトの街中を見られる機会も減ってきたからさ。それもあって、トワリスちゃんをハーフェルンから呼んだし、俺の代わりに、君が動いてくれると、すごく助かるよ」

「…………」

 まるで、トワリスの望みを、そのまま形にしたような言葉。
トワリスは、一瞬迷ったように視線を動かしたあと、「分かりました」と、一言だけ返事をした。

 目の前に立ちはだかる、優しくて綺麗な壁に邪魔をされて、ルーフェンの明確な真意は伺えない。
けれど、これだけは分かった。
おそらくルーフェンは、誰の助けも必要としていないのだろう。

(……悔しい)

 そんな思いが、ふつふつと、胸の奥に沸き上がってくる。
きっと彼にとっては、アーベリトにいる全ての人間が守るべきもので、口では助かるなんて言っていても、心の底では、トワリスのことを当てになる存在だなんて思っていない。
ルーフェンの下にさえつければ、何かしら役に立てると考えていたが、きっと、そんなのはただの思い上がりだったのだ。

 もっと頼ってほしいと、自信を持って言えないことが、とても悔しかった。
今のトワリスでは、何もかもが及ばない。
召喚師ありきのアーベリトの現状を憂いているが、ではトワリスが代わりに王都を背負って立てるのかと尋ねられれば、答えは否である。

(……もっと、強くならなきゃ)
 
 トワリスは、ルーフェンに礼をして退室すると、階下へと繋がる長廊下を歩きながら、腰の双剣を強く握ったのだった。


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