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投稿日:2021年03月30日
「……で、なんでリリアナがいるわけ?」
低い声で尋ねると、トワリスは、出支度を整えたリリアナとカイルを睥睨した。
といっても、カイルに関しては、リリアナに無理矢理付き合わされているだけのようだ。
既に姉と揉めたのか、ほとほと疲れはてた顔つきで、石畳に転がる小石を蹴り飛ばしている。
今朝、朝食を一緒にとっていた際に、うっかりトワリスが、ハインツと共に城下視察に行くのだと口を滑らせると、リリアナが、一緒に行くと騒ぎだした。
もちろん、遊びじゃないからと断って、ちょっとした口論の末に、リリアナは家に残ったはずだった。
しかし、視察の準備をしてハインツと共に城館を出ると、なんとその門前で、リリアナとカイルが待ち構えていたのである。
今日行う城下の視察は、アーベリトに来てから、初めて任された外回りの仕事であった。
目的は、先日ルーフェンに頼まれた通り、市街地の警備配置場所の再検討と、ラッカたち大工衆の作業現場の訪問である。
それほど重要性の高い任務ではないものの、この五年間で身につけてきた力をルーフェンに見せつける時だと、朝から意気込んでいたのだが、その矢先にこれだ。
ため息が止まらないトワリスをよそに、リリアナは、満面の笑みで伸びをした。
「うーん、最近寒かったけど、今日は暖かくて、とっても良い天気だわ! 絶好のおでかけ日和ね!」
眩しそうに手を翳しながら、リリアナは、晴れた初冬の青空を仰ぐ。
柔らかな毛織りの上着に身を包んで、いつもより気合いを入れて洒落こんでいるあたり、ハインツのことを意識しているのが、丸分かりである。
一方、当のハインツは、相も変わらずトワリスの後ろで縮こまっていたが、以前と違うのは、リリアナに対し、明らかに怯えの色を見せるようになったことだった。
リリアナが弁当を持って突撃してきたあの事件以来、ハインツは、目に見えて彼女を避けるようになった。
無理もないことだと思うし、ハインツに非はないのだが、いかんせん彼は気弱で、拒否らしい拒否が出来ないので、リリアナの求愛は日々激化していくばかりである。
トワリスは、太陽に向けて翳されたリリアナの手を、勢いよく叩き落とした。
「言っておくけど、連れていかないよ。朝も断っただろ。これはお散歩じゃなくて、仕事なんだから」
きっぱりとそう告げて、リリアナに背を向ける。
そのまま大通りの方へと歩いていこうとすると、リリアナが声をあげた。
「待って待って! あのね、お散歩じゃないの。トワリスならそう言うと思って、私達も配達のお仕事を受けてきたのよ! ほら、ラッカさんたち、うちの常連さんでしょう? だから、マルシェ家お手製のお弁当を届けてあげようと思って」
「配達、って……」
まさかハインツと同行したいがために、そこまでしてきたのかと、呆れを通り越して感心する。
しかし、ここで引いてはならないと、表情を引き締めると、トワリスは振り返った。
「だったら、別行動ね。私達、大工衆の手伝いに行くのが本来の目的じゃないし、とにかく、着いてくるのは駄目だから」
「えぇ、どうして? もちろん、トワリスとハインツくんのお弁当も作ってきたのよ。忙しいって言っても、お昼ご飯を食べる時間くらいはあるでしょう? 一緒に食べましょうよ」
「駄目。第一、お店の方は大丈夫なの? ロクベルさん、一人になっちゃうじゃない」
「それなら大丈夫よ。おばさんも、事情を説明したら『将来の旦那さんのためなら仕方がないわね!』って、応援してくれたもの」
(ロクベルさん……)
意気揚々と後押しする店主の笑顔が容易に想像できて、トワリスは、ずきずきと痛み始めたこめかみを擦った。
そういえばロクベルは、リリアナとよく似た感性の持ち主であった。
トワリスは、堪えきれなくなった様子で、刺々しく言い放った。
「とにかく、駄目なものは駄目。魔導師の仕事には、守秘義務もあるし、場合によっては、危険なことだってあるんだから。言うことを聞いて」
リリアナが、ねだるように小首を傾げる。
「そんなこと言わないで、ね? お願い! 私、ハインツくんがお仕事してるところ、見てみたいのよ。働いてる男の人って、かっこいいじゃない? この気持ち、トワリスにも分かるでしょう?」
「しつこい! ほら、行くよハインツ!」
強制的に話を中断させ、トワリスは踵を返す。
ハインツは、戸惑ったようにトワリスの後を追ってきたが、このまま道端にリリアナを放置するのは、気が引けたのだろう。
怖々としながらも、横目にちらちらとリリアナの方を見ている。
一部始終を黙って見ていたカイルは、遠ざかっていくトワリスたちを一瞥すると、リリアナの車椅子の握りを取った。
「姉さん、帰るよ。だから言ったじゃないか、きっとトワリスは頷かないよって」
「…………」
冷たい態度で諭しながら、カイルは、車椅子の向きを帰路へと変えた。
店で再会したときは素性を怪しまれたものの、カイルとトワリスは、既に互いの良き理解者となっていた。
トワリスがリリアナたちと再び住み始めて、まだ日は浅いが、マルシェ家で一番のしっかり者がカイルだということは、同居一日目で確信していたし、カイルもまた、興奮すると手のつけられない叔母と姉の制御役として、トワリスを認めてくれているらしい。
年齢も性別も違う二人であったが、カイルとトワリスの間には、なんとも言えぬ絆と信頼感が形成されていたのだった。
カイルがついているならば、帰り道も心配ないだろう。
そう思って、トワリスが歩く速度をあげようとした──その時だった。
「うわぁぁあんっ! トワリスのばかばかっ! いけず! けち! 頑張ってお弁当作ったにぃいいっ!」
突然、離れていても耳に突き刺さるような、リリアナの泣き声が響き渡った。
傍らにいたハインツが、びくりと肩を震わせる。
まさか往来で号泣されるとは思わなかったのか、これには、冷静沈着なカイルも焦っている様子だ。
城館前とはいえ、決して人通りが少ないわけではないので、視線を気にしながら、早く泣き止むようにと姉に言い聞かせている。
一瞬、立ち止まろうとしたトワリスは、しかし、振り返らずに足を速めた。
考えてみれば、一度断ったのに特攻してきたリリアナが悪いし、これ以上付き合ってやる道理はない。
ここで引き返したら、リリアナを甘やかすことにもなるし、押し付ける罪悪感がないわけではないが、ここは姉の扱いに長けたカイルに、後始末を任せるのが得策である。
足早に歩いていくトワリスの側に寄ると、ハインツが、小声で呟いた。
「ト、トワリス……泣いてる、リリアナ……」
どうしよう、どうしようと呟きながら、ハインツは、視線を彷徨わせる。
その弱々しい態度に、トワリスは、微かな苛立ちを覚えた。
勿論、ハインツを責めるのは、門違いだと分かっている。
だが、リリアナがここまで過激な行動に出ている原因は、ハインツにもあるのだ。
彼が、明確な拒絶の意思を見せれば、リリアナだって、多少は自重するはずなのである。多分。
トワリスは、冷たい声で言った。
「いいよ、放っておいて。ここで構ったら、絶対ついてくるから」
「だけど、リリアナ、こっち、見てる……」
「いいから、無視して。早く仕事を終わらせよう」
「で、でも……」
足早に歩くトワリスを追いかけながら、ハインツは、ごにょごにょと口ごもる。
その情けない様に、いよいよ堪忍袋の緒が切れたのか、ふと足を止めて振り返ると、トワリスは大声で叫んだ。
「だったら! ハインツが行って慰めてくればいいだろ! そういう曖昧な態度をとるから、リリアナも期待するんだよ! いつまでも私の後ろに隠れてないで、嫌なら嫌ってはっきり言えばいいじゃないか……!」
瞬間、弾かれたように顔をあげると、ハインツは凍りついた。
ややあって、ぷるぷると震え出したかと思うと、見開かれた左目から、大粒の涙が溢れ出す。
鉄仮面の隙間から染み出して、次々と頬を伝う雫を拭いながら、ハインツは、消え入りそうな声で言った。
「……ご、ごめんなさ……っ」
「…………」
遠くから、駄々をこねるリリアナの泣き声が聞こえてくる。
その慟哭が、ハインツのものと合わさって、トワリスの頭の中で、しばらく反響していた。
つかの間、真顔で立ち尽くしたあと、目の前で鼻をすすっている大男を見ると、トワリスは、頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「ああっもう! だからってなんでハインツまで泣くの──っ」
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