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投稿日:2021年03月30日







 執務室を出ると、長廊下の先を、二人の男が歩いていた。
薄暗いので、顔はよく見えないが、もしかしたら、先程部屋の前を通りすがった二人かもしれない。
目を凝らして見ると、二人の内、一人は自警団員で、もう一人は、魔導師用のローブを身に付けているようであった。

 アーベリトには、他にも何人か魔導師がいると聞いていたが、トワリスは未だ、ハインツとしか面識がない。
追いかけてまで挨拶するかどうか迷っていると、先方も、後ろを歩くトワリスの存在に気づいたらしい。
ふと足を止めると、自警団員の方が、手を振って近づいてきた。

「お、どうしたんだ? こんなところで。今日、夜番じゃないだろう」

 揚々と声をかけてきたのは、ロンダートであった。
燭台の炎しか光源がない暗がりでも、間近に寄れば、はっきりとその顔が見える。
先程までルーフェンと執務室にいたのだ、とは答えづらくて、トワリスは、別の言い訳を考えていた。
しかし、暗がりから顔を出した、もう一人の男を見た瞬間、言葉を失った。
その魔導師は、覚えのある金髪の青年だったからだ。

「サ、サイさん……?」

「えっ……トワリスさん?」

 そろって声を上げ、瞠目する。
ロンダートの傍らにいたのは、トワリスの同期であり、卒業試験を共にした魔導師──サイ・ロザリエス、その人だったのだ。

 サイとは、卒業前に禁忌魔術の件で揉み合って以来、一度も会っていない。
あの後トワリスは、すぐにハーフェルンに配属されて、魔導師団の本部を去ったので、彼がどこでどうしているかなど、全く知らなかったのだ。

 絶句する二人の顔を交互に見て、ロンダートが、ぽんっと手を打った。

「よく考えたら、そうか! トワリスちゃんとサイくんって、今年魔導師に上がってるから、もしかして同期? なぁんだ、じゃあ紹介するまでもないじゃんか!」

 真夜中によく響く声で言って、ロンダートが、二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。
サイは、乱された金髪を直すこともせず、まじまじとトワリスを見つめた。

「お、驚きました……。最近新しく来た魔導師って、トワリスさんのことだったんですね。すごい偶然というか、なんというか……」

 サイの瞳に浮かんでいた驚愕の色が、徐々に歓喜のものへと変わっていく。
禁忌魔術の件で言い合いになったことなど、もう忘れてしまったのか。
サイは、純粋にトワリスとの再会を喜んでいるようであった。

 一方のトワリスは、動揺の方が大きく、うまく笑みを返せなかった。
今でも、生きる魔導人形──ラフェリオンに魅入られ、取り憑かれたように机にかじりついていたサイの眼差しを思い出すと、寒気が背筋を走る。
サイは、ラフェリオンを追うことは、もう諦めたのだろうか。
気になったが、この場で尋ねて、話を掘り返したくはなかった。

 トワリスは、サイの顔を見上げた。

「……私も、驚きました。サイさん、アーベリトに配属されてたんですね。春頃まで勤務地を通達されていなかったようなので、てっきり、シュベルテに残るのかと思ってました」

 ひとまず、ラフェリオンの件には触れず、当たり障りのない返事をする。
すると、サイの表情が、突然曇った。

「あ、そ、そうなんです……。すみません。何の知らせも出していなくて……。怒ってますよね……?」

「怒る? なんでですか?」

 思わぬ謝罪をされて、トワリスが瞬く。
サイは、申し訳なさそうに俯いた。

「だって、トワリスさん、アーベリトに行くために、とっても努力してたじゃないですか。それなのに、私なんかが配属されてしまって……。言い訳になっちゃうんですけど、王都配属を命じられたとき、私は、トワリスさんを代わりに推薦しようと思ったんですよ。実力があって、アーベリト出身者故に思い入れもある分、私なんかより、絶対トワリスさんのほうが向いてますよって。ただ、その時にはもう、トワリスさんはハーフェルンに配属されていましたし、私も、いざお話を頂いたら、アーベリトに俄然興味が出てきてしまって……。アーベリトは、医療魔術に長けた街ですし、召喚師様もいらっしゃいます。シュベルテでは学べなかった、新しい魔術に出会えるんじゃないか……とか考え始めたら、楽しくなってしまって、気づいたら、辞令を受けていたんです。早急にトワリスさんにお詫びしなければ、という気持ちも勿論あったのですが、アーベリトに異動してすぐは、やはりバタバタしてしまって。完全に知らせを出す時期を失ってしまったんです。本当に、すみません……」

 焦った口調で捲し立てながら、サイが、深々と頭を下げる。
トワリスは、そうして平謝りする彼の姿を、つかの間、ぽかんとした顔で眺めていた。

 確かに、サイがアーベリトに配属されたことは知らなかったが、そのせいで、彼がトワリスに負い目を感じていたなんて、思いも寄らなかった。
むしろトワリスとしては、配属されていたのがサイだと聞いて、納得したくらいである。
サイは、それだけ優秀で、王都に引き抜かれるにふさわしい訓練生だったからだ。

 基本的に、才覚が認められた新人魔導師は、シュベルテを中心とした、発展都市に回される傾向にある。
アーベリトは、極力外部から戦力を入れようとはしないので、そもそも新人魔導師を引き入れるのかどうかすら分からなかった。
だが、もし採るのであれば、時の王都としては当然、優秀な人材を採るだろう。
そして、その候補の中に、サイは絶対にいたはずである。
トワリスは、サミルやルーフェンと暮らした経験があるので、“信用できる”という理由から、アーベリトに選ばれる可能性はあった。
しかし、そういった身内贔屓を勘定に入れなければ、やはりサイには敵わない。
彼はそれだけ、トワリスの同期の中で、抜きん出た才能があったのだ。
そう考えれば、サイがアーベリトに配属されたのは、ある意味当然の結果と言えよう。
実力差があることは事実なのだから、羨ましく思うことはあれど、怒ったり、恨んだりする理由は一つもない。
ましてサイは、トワリスにとって、卒業試験を共に乗り越えた仲間だ。
謝ってほしいなどとは、全く思わなかった。

 トワリスは、戸惑ったように首を振った。

「や、やめてください。私、全然怒ってないですよ。単純に、実力のあるほうが選ばれた、ってだけの話じゃないですか。私だって、ハーフェルンに配属されたこと、サイさんに伝えてませんでしたし……気にしないでください」

「トワリスさん……」

 顔を上げたサイが、すがるような目で見つめてくる。
胸に手を当て、弱々しく息を吐くと、サイは、眉を下げて微笑んだ。

「良かった……それを聞いて、ほっとしました。トワリスさんのことが、ずっと気がかりだったものですから……」

 まるで長年の胸のつかえが取れたような、心底安堵した顔で言われて、トワリスは、思わず拍子抜けした。
アーベリトに配属されてからのサイが、ラフェリオンどころか、そんな些細なことをずっと気にしていたのかと思うと、なんだかおかしかった。

 訓練生だった頃から思っていたが、サイは、存外控えめな性格をしている。
彼ほどの才能があれば、多少は傲ってもバチは当たらなさそうなものだが、それでもサイは、いつだって謙虚で、自分の能力をひけらかすような真似は決してしなかった。

 話を聞いていたロンダートが、サイとトワリスの肩を叩いた。

「なんかよく分かんないけど、折角また会えたんだから、仲良くやっていこうや。こっちとしても、魔導師が味方に付いてくれるのは頼もしいしな! 俺たち自警団もいるし、力を合わせて、アーベリトを守ろうぜ!」

「はい、もちろん」

 陽気なロンダートに合わせて、サイが、明るく返事をする。
サイは、トワリスに向き直ると、穏やかな声で言った。

「また一緒に、頑張りましょうね」

 一瞬、卒業試験を頑張ろうと言ってくれた時の、サイの顔が脳裏に蘇った。
アレクシアと喧嘩をすれば慰めてくれて、作戦に行き詰まれば助言をしてくれた、あの当時と変わらぬ、優しい笑みであった。

(禁忌魔術のことは、いつまでも気にしてたって、仕方ないよね……?)

 そう己に言い聞かせながら、トワリスは、サイの言葉に頷く。
サイは、特に魔術に関して、知識欲が旺盛な人物である。
だから、未知への探求心から、一時的に禁忌魔術に興味を持ってしまっただけだ。
今ならまだ、そう信じていられるような気がしたのであった。



To be continued....


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