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投稿日:2021年05月01日







 専属護衛を外され、トワリスが一般の魔導師と成り下がった以上、ルーフェンが彼女と話せる機会は、もうほとんどないと思っていた。
屋敷に仕える魔導師の業務といえば、警備と巡回が主である。
実績を積んで位が上がれば、要人警護につくこともできようが、トワリスのような新人魔導師は、本来クラークやロゼッタに近づくことも許されない立場だ。
まして、ルーフェンのような賓客とは、互いを見かけることはあっても、接する機会など普通はない。
大事な会談の場に居合わせるようなこともないし、基本的には屋敷外を警備したり、街の治安を守るのが仕事なのだ。

再びルーフェンが会いに行けば、多少言葉を交わすことはできるかもしれない。
だが、そんなことを繰り返していては、周囲の者たちに怪しまれるだろうし、会ったところで、トワリスに言うべきことなどない。
五年前の会話を思い出したよ、なんて、伝えるべきではないし、伝えたところで、それがなんだという話だ。
君に魔導師は向いてないてないんじゃないか、なんて冷たい一言を放っておいたくせに、今更慰めの言葉をかけるなんて、トワリスも混乱するだろう。
結局、あの夜以降、次にルーフェンがトワリスを見かけたのは、祭典一日目の、マルカン邸の大広間であった。

 ハーフェルンの祭典では、初日に開会式と称して、クラークが、各街の要人たちを集め、大広間で食事会を催すことになっていた。
この祝宴には、次期召喚師であった頃に、ルーフェンも何度か参加している。
充満する香水の匂いに息が詰まるし、召喚師と聞いて、飽きもせずにまとわりついてくる者たちの話に耳を傾けるのは、いつだって億劫であった。
ここ数年は、常にロゼッタが隣にいるようになったので、話しかけてくる女は多少減ったが、それでも、息つく暇のない程度には、誰かしらが声をかけてくる。
こちらとて、いちいち真面目に受け答えをするわけではないので、苦痛というほどではない。
ただ、自分を含めた誰も彼もが、似たような貼り付けの笑みを浮かべ、互いの腹を探り合っていているのかと思うと、馬鹿馬鹿しいような、自嘲的な気分になるのであった。

 広間の各所に配置された、自警団員や魔導師の中に、トワリスは、ぽつんと混じっていた。
祝宴が始まってから、彼女のことを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
トワリスは、毅然と背筋を伸ばし、己の職務を全うしようと、固い表情で守るべき要人たちを見つめている。
昔は、あれだけルーフェンに着いて回っていたのに、今はこちらのことなど、気にもかけていない様子だ。
格下げされて、普通なら気分が腐りそうなところを、警備の任を言い渡されて、生真面目に実行しているのだろう。
厳つい男たちに混じって、真っ直ぐに立つ小柄な少女の姿は、どこか痛々しく見えた。

「……ねえ、召喚師様。珍しく、浮かないお顔。どうされたの?」

 ぼうっとトワリスを見つめていると、不意に、横合いから可愛らしく声をかけられた。
振り返ると、華やかに着飾ったロゼッタが立っている。
絹糸のような茶髪を美しく結い上げ、可憐な深緑のドレスに身を包んだ彼女には、微笑むだけで、周囲に花が咲いたような、艶やかな魅力があった。

「いや、なんでもないよ」

 如才なく笑ってみせれば、ロゼッタの顔が、嬉しそうに綻ぶ。
しかし、一瞬探るような目付きになると、ロゼッタは、賑わう食卓のほうを一瞥した。

「まあ、本当? それなら良いのですけれど……。お食事もほとんど召し上がっていないから、ご気分でも優れないのかと思いましたわ」

 言いながら、スカートの裾を持ち上げて、ロゼッタは、ルーフェンの隣に並ぶ。
それから、同じようにトワリスのほうに視線をやると、事も無げに呟いた。

「ここ最近、ずーっとあの子のことを見てますわね」

 その言葉に、ルーフェンは、思わずどきりとした。
あの子、というのが、トワリスのことを指しているのは明白である。
確かに、最近トワリスのことを気にかけてはいたが、端から見て分かるほど、露骨に態度に出ていただろうか。

 じっとこちらを見上げてくるロゼッタに、ルーフェンは、肩をすくめた。

「……そうかな? まあ、トワリスちゃんは、五年前までアーベリトで引き取ってたから、なんとなく、上手くやってるかなって気になりはするね。……結局彼女のこと、この屋敷に魔導師として置くつもりなの? 倒れたあと、すぐに屋敷の警備に回ってたみたいだけど」

 誤魔化しついでに、以前ロゼッタが、トワリスには休暇を申し渡した、と嘯(うそぶ)いていたことを指摘する。
遠回しな言い方だったが、通じたらしく、ロゼッタは、むっと頬を膨らませると、ルーフェンから顔を背けた。

「それは誤解ですわ、召喚師様。立場は問わないから仕事に復帰したいって言ったのは、トワリスのほうですもの。私は、もう少し休むよう勧めましたのよ。でもあの子が、大丈夫だって聞かないから……」

 ぷりぷりと怒った様子で、ロゼッタが腕を組む。
その言葉も、疑わしいところではあったが、仕事に復帰すると言って聞かないトワリスの図も容易に想像できたので、それ以上は何も言わなかった。

 意外にも、ロゼッタの口ぶりからして、トワリスを屋敷に置き続けることには、クラークも反対していないらしい。
となると、今後もトワリスは、魔導師としてマルカン家に仕えるのだろうか。
ルーフェンとて、トワリスの意思を無視して、無理矢理魔導師をやめさせようとは思っていない。
しかし、あんな風に思い詰めた調子でマルカン家に居続けても、いずれまた、トワリスに限界が訪れるのは目に見えている。

 アーベリトにおいで、と。あの誘いに乗ってくれたなら、昔のように、守ってやれたのに。
五年前、トワリスは、サミルやルーフェンにとって必要な人間になるために、魔導師を目指すのだと言っていた。
もし本当に、その気持ちを原動力にこれまで一途に走り続けてきたのだとしたら、見上げた根性である。
しかし、正直なところ、今のアーベリトには、中途半端な実力の魔導師なんて、いてもいなくても同じだ。
むしろトワリスは、見ていて危なっかしいから、平和な街中で安全に暮らしていてくれたほうが、こちらも精神的に助かるといえよう。

 思えば、トワリスが魔導師になるだなんて言い出した時に、はっきり反対すれば良かったのだ。
自由に生きようと、ようやく一歩を歩み出せた彼女を、見守ってみたかった。
かといって、賛同した記憶もないが、所詮は幼い少女の夢物語だと、完全に侮っていた。
あの時、ちゃんと止めていれば、こんなに気を揉まずに済んだのだろうか。
少なくとも、体格の良い男たちと肩を並べ、いつ命を落とすかも分からぬような生活を送る羽目には、ならなかったかもしれない。

 今のトワリスには、きっと何を言っても聞き入れてはくれないだろう。
彼女が傷ついて、立ち上がれぬ程ぼろぼろになる前に、手を差し出してやりたいが、そんな手は、恐らく振り払われて終わりだ。
その頑なさに、何度いらいらさせられた事か、もう分からない。

 釈然としない思考のまま、しかし、終始突っ立っているわけにもいかないので、ルーフェンは、ロゼッタに付き合って、賑わう貴族たちの輪に入った。
見知った顔もいたし、遠方から来た初対面の者もいたが、どれも大して変わらない、蠢く絵のように見える。
聞いたことのあるような、ないような名前を挙げられても、忘れてしまった話題を振られても、笑顔で適当に相槌を打っていれば、大概はうまく受け流せた。
けれど今日ばかりは、意識が別のところにいって、上手く立ち振る舞うことができない。
煌びやかに彩られた広間で、埋もれてしまいそうなトワリスの姿が気になって、笑みすらちゃんと浮かべられているか分からなかった。


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