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投稿日:2021年02月24日





 少女の気を引けそうな話題を考えながら、ルーフェンも、つかの間黙り込んでいた。
だが、ふと何か思い付いたように座り直すと、人差し指を手燭に向けた。

「眠れないなら、少し遊ぼうか?」

 ひょいっと人差し指を動かして、少女の方に向ける。
すると、その瞬間、手燭の炎が分散して、少女の目の前に、ぽっと火の玉が現れた。

「……!」

 少女が瞠目して、固まる。
一瞬、怖がらせてしまったかと焦ったが、少女は、単に驚いただけのようだった。

 人差し指を動かせば、その動きに合わせて、ゆらゆらと火の玉が揺れる。
少女の目が、興味深そうにそれを追っているところを見て、ルーフェンは、思わず笑いそうになった。
彼女の姿が、まるで格好の遊び道具を見つけたときの動物のようだったからだ。

 笑いを噛み殺しながら、浮かぶ火の玉を消すと、ルーフェンは、椅子から立ち上がった。
そして、少女が握る手燭の炎を、包むように両手で囲むと、唱えた。

「──其は空虚に非ず、我が眷属なり。主の名はルーフェン……」

 詠唱が終わるのと同時に、手燭の炎が一気に燃え盛り、部屋全体が明るくなる。
少女は一瞬、全身が炎に包まれたような錯覚に陥ったが、不思議と熱さは感じなかった。

 増幅した炎が、鳥の形を象って、ルーフェンの周りを滑空する。
ルーフェンの肩に止まってから、炎の鳥は弾けるように消えてしまったが、少女はしばらく、飛散した火の粉に魅入っている様子であった。

「面白いでしょ? 簡単な幻術の一種だよ」

 少女の顔を見つめて、ルーフェンがにこりと笑う。
次いで、部屋の引き出しから紙と羽ペンを取り出すと、ルーフェンはそれらを少女に見せた。

「君もやってみる? 簡単な魔術だし、使うと周りが明るくなる。また暗い場所が怖くなったら、この魔術を使えばいいよ」

 少女の目に、微かに光が宿る。
しかし、すぐに暗い表情に戻ると、少女は首を横に振った。

「……魔術……使え、ません」

 小さな声ではあったが、再び少女が返事をしてくれたことに驚いて、ルーフェンが瞠目する。
ルーフェンは、表情をやわらげると、穏やかな声で返した。

「できるよ。君にも、人間の血が入ってるんだから。魔力って言うのは本来、誰にでもあるものなんだ。魔術が使えるか、使えないかは、その扱い方を知っているか、知らないかの差なんだよ」

「…………」

 こちらを見上げてきた少女に、頷いて見せる。
ルーフェンは、紙にさらさらと魔法陣を描くと、それを少女に差し出した。

「最初は、うまく魔力を一ヶ所に集中させられないだろうから、魔法陣を使うといいよ。魔法陣っていうのは、簡単に言うと、ここから魔力を放出させますよっていう、目印みたいなものなんだ」

 説明しながら、少女が持つ手燭の下に、魔法陣が描かれた紙を敷く。
膝の上に置かれた魔法陣を凝視して、少女は、その紙面を指でなぞった。
インクで描かれた円の中には、三角形やら、読めない文字やらが、規則的に並んでいる。

 興味津々の少女に、ルーフェンは続けた。

「あとは、呪文だね。呪文を唱えることで、具体的にどんな現象を起こしたいのか、炎に指示できるんだ。魔法陣も呪文も、慣れちゃえば必要なくなるけど、あったほうが成功率は高くなる。分かった?」

「…………」

 少し難しい話をしてしまっただろうか、というルーフェンの予想に反して、少女は、こくりと頷いた。
ここ数日、ほとんど口を開かなかったため、もしかしたら少女は話せないのかもしれない、とさえ思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
返事もしてくれるし、ルーフェンの言っていることも、少女はちゃんと理解できているようだった。

 炎の鳥のおかげで、ルーフェンに対する嫌悪感や恐怖心が薄れたのか。
一心にこちらに耳を傾ける少女に、ルーフェンは言った。

「じゃあ、蝋燭の炎に集中して。俺の真似して、唱えてみて。──其は、空虚に非ず、我が眷属なり」

「……そは、くうきょに、あらず、わが、けんぞく、なり」

 辿々しく繰り返す少女に合わせ、ルーフェンは、ゆっくりと告げた。

「主の、名は──……」

 ルーフェンから、手燭に視線を移して、少女は口を開いた。

「──トワリス……」

 ぱっと炎が眩く散ったかと思うと、部屋全体に火の粉が舞って、二人の上に降り注ぐ。
触れても熱くない、きらきらと光る幻の火の粉は、まるで雪の粒のようだった。

 掌を広げ、火の粉を掴み取ろうとする少女に、ルーフェンは満足げに言った。

「形にはならなかったけど、まあ、最初はこんなものだよ。これだけでも、十分綺麗でしょ、トワリスちゃん?」

 ルーフェンの方を見上げて、トワリスが首肯する。
しかし、うっかり名前を言ってしまったことに気づくと、トワリスははっと手で口をふさいだ。

 ルーフェンは、苦笑した。

「名前、言いたくなかった?」

「…………」

 押し黙ったまま、トワリスは、警戒した様子でルーフェンを睨んだ。
魔術を教えてくれた、と言えば聞こえはいいが、呪文詠唱にかこつけて、名前を言わされたような気もする。

 再び口を利いてくれなくなったトワリスに、ルーフェンは肩をすくめた。

「そんなに怒らないでよ、ごめんね。別に無理矢理名前を聞き出したかった訳じゃないし、呼ばれたくないなら、呼ばないよ」

 これ以上距離を詰めるのは得策ではないと、ルーフェンが一歩引く。
トワリスは、しばらく口を閉じて、ルーフェンの動向を伺っていたが、やがて、手燭を宮棚に置き、膝を抱え込むと、小さな声で言った。

「名前は……。……どの一族の出かを示す、大事なものだから、人間には教えるなって。……お母さんが、言ってたらしくて」

 お母さん、という言葉に、ルーフェンが顔をあげる。
このままトワリスに話を聞いていけば、その母親であろう女性の獣人について、詳しく聞けるかもしれない。

 本当にトワリスは、人間と獣人の間に生まれた、混血の娘なのか。
トワリスの母親は、どのようにして獣人の国ミストリアから、人間の国サーフェリアに渡ってきたのか。
気になる点は、いくつもある。

 表情から笑みを消すと、ルーフェンは尋ねた。

「君のお母さんは、ミストリアからサーフェリアに渡ってきたところを捕らえられ、奴隷にされた。君は、そんなお母さんと、人間の男の間に生まれた子供……。これは、本当のことなの?」

 はっと目を見開いて、トワリスがルーフェンを見る。
急に身を乗り出すと、トワリスは勢いよく捲し立てた。

「お母さんの、こと、知ってるんですか! 人狼族、なんです! 脚に、赤い木の葉の、刺青があって、髪色は私と同じ、赤褐色で、それから、えっと……!」

 なんとか母親の情報を伝えようと、必死に言葉を探し出す。
徐々に涙声になりながら、トワリスはルーフェンに詰め寄った。

「私、お母さんのこと、全然覚えてないんです。生まれて、すぐ、引き離されちゃったみたいで……! でも、お母さんと一緒にいたっていうおばさんが、お母さんの言葉とか、特徴とか、色々教えてくれたから、私、それを手掛かりに、お母さんのこと──」

「ちょっ、ちょっと待った、落ち着いて」

 思わず口をはさんで、ルーフェンが制止をかける。
突然話し始めたトワリスに、ルーフェンは慌てて首を振った。

「申し訳ないんだけど、俺も、君のお母さんのことを直接知ってる訳じゃないんだ。ただ、違法取引された奴隷の中に、獣人──つまり君のお母さんがいたっていう話を聞いただけで……。出来ることなら、もう少し詳しく調べてあげたいところだけど……君のお母さんは、十一年前に亡くなっている。探し出すことはできない」

「──……」

 不意に、トワリスの瞳が、ゆらりと揺れる。
体勢を戻して、身を縮めると、トワリスの目から、涙があふれ始めた。

「……やっぱり、死んじゃってたんだ……」

 せり上がってきた熱い痛みを堪えるように、トワリスが息を詰まらせる。
嗚咽を漏らしながら、泣き声を上げ始めたトワリスに、ルーフェンは、何も言えなくなった。

 母親が生きていると信じ続けたって、いずれ真実を知れば、結局悲しむことになる。
だから、母親の死を知らせることは、ある意味優しさのつもりであった。
それでも、こんな風に泣かれてしまうと、罪悪感を感じざるを得ない。
きっと、彼女にとって母親は、肉親であるのと同時に、人間しかいないこのサーフェリアの中で生きる、唯一の同胞だったのだ。

(……そう、だよな。普通、母親が死んでたって聞いたら、悲しむよな)

 母親の死を打ち明けるにしても、もうちょっと言い方を考えれば良かったかもしれない。
母親の死を嘆く感覚なんて、ルーフェンはあまり感じたことがなかったから、つい無遠慮な発言をしてしまった。

 慰めの言葉をかけようにも、泣かせたのは自分なので、今更どうすれば良いのか分からない。
ルーフェンは、躊躇いがちにトワリスに手を伸ばすと、言った。

「……探し出すことはできないけど……もうちょっと、色々調べてみるよ。君のお母さんのこと……。何か分かったら、絶対に君に伝える。……だから、泣かないで」

 そっと背を擦るも、トワリスはなかなか泣き止まない。
ルーフェンは、表情を曇らせたまま、しばらく押し黙っていたが、やがて、もうそっとしておいた方がよいと思ったのだろう。
手燭の炎を強めると、トワリスから手を引いた。

「夜遅いから、もう寝た方がいいよ。手燭は、ここに置いておくからね。何かあったら、言って。俺でもいいし、俺じゃなくても、誰かはこの部屋の近くにいるようにするから」

「…………」

 すすり泣きながら、トワリスが膝の間に顔を押し付ける。
ルーフェンは、彼女の様子を伺いながら、言った。

「まずは、ゆっくり休んで。落ち着いたら、また話そう」


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