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投稿日:2021年05月01日





 混乱に乗じて、剣を抜いた四人の自警団員──刺客たちが、逃げようとする賓客たちに斬りかかった。
マルカン家に仕える、本物の武官たちも、応戦しようと身構える。
しかし、彼らが剣を交えるより速く、ルーフェンが遠隔から手を動かすと、その動きを準(なぞら)えるように、刺客たちの身体が宙に吹っ飛んだ。
壁で後頭部を打った者もいれば、吹っ飛んだ拍子に、剣が自らの身体に突き刺さった者もいる。
動揺して身をすくめる賓客の中で、四人の刺客たちは、呻き声をあげながら床に転がった。

「早く! 全員逃がせ!」

 ルーフェンが近くの魔導師に怒鳴り付けると、魔導師は、びくりと肩をすくませてから、慌てた様子で周囲に避難指示を出し始めた。
この際、クラークの思惑など、考慮してはいられない。
賓客にまで斬りかかっていたところを見る限り、今回の敵は、見境なく人を殺しても構わないと考えている。
そんな厄介な連中を逃がしたくない、という思いは確かにあるが、何人いるかも分からない刺客が一斉に動き出せば、ルーフェンとて即座には動けない。
このまま広間に閉じ込めておいて、人質でもとられるよりは、この場から全員逃がした方が、被害は最小限に抑えられるだろう。

 いよいよ、開いた大扉に向かって、賓客たちが走り出した、その刹那。
再び金具の弾ける鈍い音が響いたかと思うと、残っていた二つのシャンデリアが、地面に落下して砕け散った。
幸い、直下に人はいなかったが、蝋燭の炎が絨毯に燃え移って、一層人々の恐怖心を煽る。
自警団員たちが、咄嗟に火を消そうと集まってきたが、このような惨事に見慣れぬ大半の賓客たちは、腰を抜かしてうずくまるしかなかった。

 広間を照らすのは、心許ない燭台の光と、絨毯に燃え広がっていく貪食な炎のみ。
凄惨な絵図の中で、ルーフェンは、首謀者を見つけようと気配を探った。
シャンデリアが落ちた瞬間、魔力は感じなかった。
思えば、侍従に扮した刺客を仕留めたときだって、ルーフェンは、彼が魔力を使う前に気絶させたはずなのに、シャンデリアは落ちてきた。
つまりこれは、事前に仕掛けられていたことなのだ。
魔法陣を仕込んで、予備動作だけでシャンデリアが落ちるように細工をしていた、計画的犯行である。

 ルーフェンは、小さく舌打ちすると、フォルネウスを召喚しようと詠唱を始めた。
未だ潜んでいる刺客が、使用人として紛れているのか、賓客に扮しているのか。
また、この屋敷に、他にどんな小細工が仕組まれているのか、それすらも分からない。
こうなったら、フォルネウスの力で、全員の動きを封じたほうが手っ取り早いだろう。

 ルーフェンが、魔語を唱える、その時であった──。
不意に、視界に赤らんだ光が飛んだかと思うと、目の前で、燃え盛る火球が軌跡を描いた。
まるで巨大な鳥のように滑空したそれは、やがて渦を巻き、広間全体で炎のとぐろを巻く。
視界を覆う業炎は、一見規模の大きな魔術のように見えたが、何ということはない。
魔術を学んだ者であれば大抵が使えるような、簡単な幻術であった。

 劇団員の誰かが、刺客の動きを止めるために放ったのかと思ったが、そうではない。
炎を使ったこの幻術に、ルーフェンは、微かに見覚えがあった。

 視界の端で、木の葉が、ふわりと宙を舞った気がした。
熱風に巻き上げられたかの如く、軽やかに。そして、獣のようにしなやかに。
炎渦の上を揺蕩うそれは、まるで重力を感じさせない動きで、床を蹴り、抜刀して翻る。

 運河に飛び込んでいった彼女を見たときと、同じ感覚だ。
一人、別の時間を生きているような──そんなトワリスの動きには、きっと、何人たりとも追い付けない。

 炎の幻術を使ったのが、トワリスであることは分かったが、その狙いまでは読めず、ルーフェンは、ただ瞠目して立っていた。
舞台下を業炎が包んだことで、刺客たちは、攻撃の手を止めざるを得なくなったはずだ。
しかし、この程度の幻術では、そう長くもたないし、標的が見えず、攻撃ができないのはこちらも同じである。
幻術が解ければ、再び戦闘が始まるだろう。
炎の明るさに視界を焼かれ、目が眩んで動けなくなるのは、ほんの一瞬程度。
けれど、その一瞬こそが、トワリスにとっては、十分な時間稼ぎなのであった。

 宙で一転し、壁に着地したトワリスが、その脚に魔力を込めた瞬間──。
身を踊らせていた木の葉は、一閃、矢の如く炎渦を切り裂いた。

 電光石火で駆け抜けた刃は、人々の目に、どう映ったのだろう。
吹き抜ける突風か、あるいは、地上に迸る稲妻か。
ぶわりと火の粉を散らし、尾を引くように紅鳶をたなびかせながら、トワリスは、縦横無尽に敵を薙ぎ倒していく。

 幻術が解け、人々の視界が元に戻った頃には、広間に八人の身体が転がっていた。
空気が、未だにびりびりと震えている。
トワリスが、潜んでいた刺客たちを峰打った瞬間は、速すぎて認識できなかった。
倒れた刺客のすぐそばにいた者でさえ、ただ、すり抜ける風を感じただけだ。

 双剣を鞘に納める、鍔(つば)鳴りの音が響く。
身を低くしていたトワリスは、すっと立ち上がると、唖然としている自警団員たちを見回して、言った。

「早く捕まえてください。気絶させただけです」

 我に返った自警団員たちが、慌てた様子で、気絶した刺客たちを取り押さえる。
意識を取り戻しても動けぬように拘束され、広間から引きずり出されていく刺客たちを見て、ようやく生きている実感が湧いてきたのだろう。
賓客たちは、徐々に周囲の者たちの安否を確認しながら、口を開き始めた。

 夢でも見ているような思いで、舞台に立ち尽くしていたルーフェンは、ふと、名前を呼ばれたような気がして、振り返った。
今までどこに隠れていたのか、ロゼッタの肩を抱いたクラークが、壇上に上がってくる。
クラークは、呼びつけた魔導師に、燭台の炎を強めるように命じてから、次いで、ざわめく大広間を見渡した。

 落下したシャンデリアが三つ、床に砕け散っており、広間の至るところに、血痕が残っている。
だが、おそらくその血は刺客たちのもので、見たところ、怪我をして動けなくなっている賓客はいない。
大事にはなったが、被害は最小限と言える状況であった。

 クラークは、さっと両手をあげると、賓客たちに呼び掛けた。

「皆様! マルカン家頭首、クラークでございます!」

 青ざめていた賓客たちの視線が、舞台上のクラークに注がれる。
クラークは、大袈裟な身振り手振りをつけながら、演技がかった口調で語った。

「とんだ不埒者共が入り込んでいたようで、誠に申し訳ございませんでした! お怪我はございませんでしたか? 今、屋敷の医術師たちを呼んでおります。もしお怪我をなさった方がいらっしゃいましたら、早急に手当てをさせて頂きますので、この場でお知らせください!」

 クラークの声かけに、手を挙げた者はいなかった。
賓客たちは、強張った顔で、しばらく事態を飲み込むのに精一杯の様子であったが、騒ぎの割に負傷者がいないのだと分かると、緊張が解けてきたようだ。
見知った者同士で集まりながら、幾分か落ち着いた表情になった。

 クラークは、拍手をした。

「いやはや、流石は各領の中枢を担う皆様! 不遜な輩が騒ぎを起こそうとも、これしきでは動じぬ、肝の据わった方々ばかり! 本日は、折角の宴の席でございます。別のお部屋をご用意致しますので、仕切り直しと行きたいと存じますが、いかがでしょうか?」

 都合の良いクラークの言葉に、賓客たちが、ざわりとどよめいた。
大した被害がなかったとはいえ、急場の後に部屋を変えて飲み直そうなどと、とても責任者の台詞とは思えない。
召喚師の同席や、警備の増員を計算に入れ、結果的に怪我人を出さなかった点は評価すべきかもしれないが、言ってしまえば、そもそも刺客の侵入を許したこと自体が、クラークの落ち度なのだ。

 しかし、賓客たちの苦言を待たずに、クラークは続けた。

「皆様に怖い思いをさせてしまい、このようなことを申し上げるのは大変恐縮なのですが、実は、以前から無法者が紛れ込んでいることには、気づいておりました。一時は祝宴の中止も検討いたしましたが、遠路遙々お越しくださった皆様や、この祭典を心待ちにしていたハーフェルンの民たちの期待を裏切るわけにはいかないと、警備を強化した上で、開催した次第でございます。包み隠さずに言えば、これを機に、私を狙う一派を掃討することも目的の一つでした。ですがどうか、誤解をしないで頂きたいのです。私には決して、皆様を危険に陥れようなどという意図はございませんでした。むしろ、敵の刃をこの場で一手に引き受けたことが、今後の皆様の安全に繋がると考えております。なぜなら私には、この祝宴でいかなる有事が起ころうとも、絶対に皆様をお守りできるという自信があったからです。何せ今回は、我が国の守護者様もご出席なさっていたのですから!」

 突然、満面の笑みのクラークに肩を抱かれて、ルーフェンは眉をあげた。
いきなり何を言い出すのか狸じじい、と悪態をつきたくなったが、自分に向けられた賓客たちの顔つきを見て、すぐにクラークの言わんとすることが分かった。
つい先程まで、不満と疑念で一杯だった賓客たちの目の色が、明らかに変わっていたのである。

 クラークは、鷹揚に言い募った。

「祝宴を中止にして、私を引きずり出す好機を失えば、敵はハーフェルンのどこで、いつ、誰を襲っていたか分かりません。それでは、こちらとしても防ぎようがないというもの。ですから、あえて例年通り祝宴を開くことで、敵の目をこの私と、屋敷に集中させたのです。私は迷いました……いかに有効な策とはいえ、屋敷内に奴等を招き入れれば、皆様を恐ろしい目に遇わせてしまうのではないか、と。けれどその時、召喚師様が仰って下さいました。『土地を治める立場の者同士、街の安全を最優先したいという想いには、きっと皆も理解を示してくれるだろう。万が一の時は、この私も手を貸しますから』と。事実、召喚師様はお言葉通り、瞬く間に不埒者共を倒してしまいました! 被害といえば、まあ、合わせて屋敷一つ分の値は下らない、このシャンデリアでしょうか」

 クラークの冗談に、足元で砕け散っているシャンデリアを見て、賓客たちの間から苦笑が起こる。
クラークは見事、その口八丁で、今回の騒動は不測の事態などではなく、あくまで自分の掌の上で起こったことだったと言ってのけたのだ。

 ルーフェンは、刺客が紛れ込んでいるかもしれない、なんて話を事前に相談された覚えはないので、全てはクラークの作り話である。
しかし、賓客たちに語っていたように、さも召喚師の手柄だと言わんばかりに告げられれば、ルーフェンも嫌な気分にはならないはずだと、クラークはそう見越して発言しているのだろう。
一度軌道に乗りさえすれば、流暢な口ぶりで事を運べるのが、この男の特徴である。
調子良く回る舌に、水を差してやりたい気持ちもあるが、今更賓客たちの不安を煽って雰囲気を悪くするほど、ひねくれてはいない。

 肩をすくめたルーフェンを、笑顔で一瞥してから、クラークは賓客たちに向かって言った。

「さあさあ、お部屋の準備が整ったようなので、今宵の出来事を肴(さかな)に、一層祭典を盛り上げてやろうという方は、是非ご準備を! なぁに、また怪しげな輩が潜んでいたとしても、我々には召喚師様がついております。……なんて、これ以上我が屋敷を壊されては、いくら私でも身上(しんしょう)が潰れてしまいますから、二度はありませんがね」

 再び、賓客たちの間に、笑い声が湧く。
警備が不十分だったために、襲撃されたと信じこんでいた賓客たちは、全てがクラークの計画の内だったと知り、今ではすっかり安心しきった様子だ。
先程まで青ざめ、立つこともままならなかった彼らは、ざわめきながら腰を上げたのだった。


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