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投稿日:2021年05月01日
トワリスの心の中の葛藤を察したのか、ルーフェンは、苦笑混じりに言った。
「真面目なのは結構だけど、無理して飲み込まなくていいと思うよ。どうせ影で、悪どいことしまくってるんでしょ、天下のロゼッタ様はさ。まあ、侯爵令嬢としての生活は窮屈だろうから、その気持ちも分かるけど、あくまでトワリスちゃんは、善意で注意してたわけなんだし、そんなに気にしなくていいんじゃない?」
返答が予想外だったのか、トワリスは、目を丸くした。
しかし、すぐに俯いて、ゆるゆると首を振ると、膝上に置いた拳を、ぎゅっと握りしめた。
「い、いえ、気にします……。単に私の言い方が、悪かったって話で……。ロゼッタ様の身の安全が第一なのは勿論ですが、あくまで私は一臣下ですから、出すぎた行為や発言は非礼にあたるっていう自覚が、足りなかったんだと思います」
「そう? まあ、君がそう思うなら、いいんだけどさ。ただ、トワリスちゃんには、自分を曲げてほしくないなぁと思って」
思い詰めた様子のトワリスに、ルーフェンは、眉を下げた。
「俺も、色々余計なことを言ってしまって、ごめんね。トワリスちゃんみたいな子は、狡猾な奴等に利用されそうで、見てられなかったんだ。でも、だからって周りと同じく狡猾になって、自分を偽れだなんて、よく考えたら可笑しいよね。トワリスちゃんは、そのまっすぐさで、実際にここまで来ちゃったんだもんな」
呟くように言ってから、ふと、目を伏せる。
言葉の意味を図りかねて、難しい顔をしているトワリスに、ルーフェンは付け足した。
「要は、周りが何を言ってこようと、今後もトワリスちゃんは、トワリスちゃんらしく、そのまんまでいてほしいなぁってこと。大層なことを言えるほど、長い時間を君と過ごしてきたわけじゃないけど、トワリスちゃんは、今も昔も、根っこの部分は変わってないなって感じるし、これからも、変わらないでほしいと思うよ」
言い終わると、トワリスは、更に表情を固くしてしまった。
変わらないでいてほしいというのは、ルーフェンの本心であったが、どうやら彼女には、頷きがたい意見だったらしい。
かといって、何か言わねば、生真面目さ故に一人で思い悩んで、どんどん落ち込んでいきそうなので、やはりトワリスは、面倒臭い性格だと思う。
面倒臭いのに、ずっと見ていたいと思うようになってしまったのは、いつからだっただろうか。
五年前から、その気持ちはあったような気もするし、この七日間で、急速に芽生えた気持ちのような気もする。
トワリスは、また考え込むように下を向いて、しばらく押し黙ってきた。
だが、やがて、思い定めたようにルーフェンを見ると、その身を乗り出した。
「でも、変わらないと……強くなれません。私、もっと強い魔導師になりたいんです。出すぎたことだって思われるかもしれませんけど、召喚師様にも頼ってもらえるような……そういう存在に、本気でなりたいって思ってるんです」
思いがけず、熱のこもった声で言われ、見つめられて、ルーフェンは、思わずどきりとした。
また、あの瞳だ。五年前、魔導師になると告げてきた時と同じ、静かな迫力に満ちた、赤鳶の瞳──。
この目に捕らえられると、もう顔を背けられなくなってしまう。
不意に、炉で踊っていた炎が、ばちっと音を立てて爆ぜた。
トワリスの赤みがかった瞳は、炎の色とは違う赤であったが、ゆらゆらと揺れるその奥──芯の部分で放つ不動の光は、どこか似ているように見えた。
揺蕩う火影が、その頬を撫でる様を見つめながら、ルーフェンは、トワリスの腕を掴んで、引き寄せた。
「……それなら、やっぱり、アーベリトにおいでよ」
こぼれ出た言葉に、トワリスの目が、微かに動く。
言ってしまってから、自分が何を口走ったのか分かって、ルーフェンは、慌てて補った。
「ああ、いや、もちろん。前にも言った通り、無理強いするつもりはないんだけど……」
気まずくなって、目線をそらす。
乗り出していた体勢を戻し、俯くと、トワリスはどこかおかしそうに言った。
「……召喚師様も、なんだかんだで、根本は昔と変わらないですよね。だってこの前も、今も、命令だから来いって言えば、それで済む話なのに」
それからトワリスは、落ち着いた表情になると、再び黙りこんでしまった。
長い沈黙が続いて、徐々に、彼女の目の色が、色味のないものへと変わっていく。
トワリスは、一線引くと、遠くを見ているような、静かな顔つきになった。
「召喚師様は、私を心配してくださってるんですよね。……そのお気持ちは、とても嬉しいですし、未だに気にかけて頂いてるのは、光栄です。でも、実力不足のままアーベリトに行ったって、意味がないんです。私が目指しているのは、アーベリトで守られている獣人混じりじゃなくて、アーベリトを守る魔導師なんです」
「…………」
ここで、そうかと答えて、話を切り上げるのが正解だったのだろう。
そうすれば、現時点で、トワリスがアーベリトに来ることはなくなる。
頭では、そのことが分かっていたが、ルーフェンは躊躇ったように口を開きかけるだけで、なにも言うことができなかった。
ややあって、ため息をつくと、ルーフェンはぽつりと溢した。
「……そうじゃないよ」
顔を上げたトワリスが、怪訝そうに首を傾げる。
トワリスは、ルーフェンの否定の意味が分からないようであったが、正直なところ、ルーフェン自身も、よく分からなくなっていた。
同情心からアーベリトに誘われているのだと勘違いして、落ち込むトワリスの誤解を解きたいだけなのだと思いたかったが、それだけではないような気もしていたのだ。
ルーフェンは、諦めたように吐息をつくと、穏やかな声で言った。
「ごめん、そうじゃない。言葉足らずだったな……。今、アーベリトにおいでって言ったのは、君のことが心配だからってわけじゃない。君に来てほしいから、言ってるんだよ」
トワリスが、瞠目する。
ルーフェンは、その目を見つめ返した。
「祝宴の場で戦う君を見たとき、本気ですごいと思った。俺じゃ、誰が侵入者なのか的確に見抜けなかったし、素早く動けたのも、君だからこそだと思う。魔術を使ったからって、誰でもあんな風に動けるわけじゃない。白状すると、今まで、君があんなに強いと思ってなかったんだ」
「…………」
ルーフェンは、トワリスの腕を掴む手に、力を込めた。
「五年前に言ってくれたこと、ちゃんと思い出したよ。俺たちに甘えて、アーベリトで暮らすんじゃなくて、サミルさんたちにとって必要な人間になって、帰ってきたいんだって、そう言ってたでしょう? ……もう十分だよ。君はそこらの魔導師よりもずっと強いし、何より信頼できる。……だから、俺と一緒に、アーベリトを守ってくれない?」
言っている最中、トワリスは、ただ大きく目を見開いて、ルーフェンの言葉に耳を傾けていた。
言い終えた後も、まるで石像のように硬直して、ルーフェンのことをじっと見つめていたが、やがて、ふと、その目に不安定な光が揺らいだと思うと、トワリスの頬に、ぽろっと涙が伝った。
「えっ……」
ぎょっとして、今度はルーフェンが硬直する。
トワリスは、自分でも驚いたように涙を拭うと、すんっと鼻をすすった。
「……本当ですか」
呟いてから、ルーフェンを見る。
トワリスの頬に、もう雫は流れていなかったが、強く擦った目には、まだ涙が滲んで、潤んでいた。
「嘘だったら、刺しますよ」
「刺っ……こんな時に嘘つかないよ……」
それを聞くと、再び涙腺が緩くなったのか、トワリスは、下を向いた。
何度も瞬き、それでも堪えきれなかったものは拭いながら、トワリスは、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「……私、まだまだなんです。全然、まだ駄目なところが沢山あって……だけど、そう言ってもらえると、すごく嬉しいです……。嬉しい……」
涙が溢れている間、トワリスは、決して顔をあげなかった。
声を漏らすこともなく、ただ、擦りすぎて赤くなった瞼に、袖口を押し当てている。
しばらくは、すすり上げるように、呼吸を震わせていたが、大きく息を吸うと、トワリスは、ゆっくりと顔をあげた。
「……こんなこと、言うつもりなかったんですけど……祝宴の時、実はわざと派手な魔術を使って、大袈裟に動いたんです」
言いながら、もう一度、鼻をすする。
それから、泣き笑いするように顔を歪めると、トワリスは言った。
「召喚師様に、かっこいいところを見せたかったので」
「──……」
トワリスのこんな顔は、見たことがなかった。
余計なお世話だと憤慨している顔も、不満げに眉間に皺を寄せているところも、緊張した仏頂面も見たことはあったが、どこか彼女らしく、不器用に眉を下げて笑う、こんな表情は、知らなかった。
今更になって、トワリスの腕を握っていたことに気づいて、ルーフェンは、狼狽えて手を離した。
行き場を失った手が、妙に熱い。
喉がからからで、絞り出した声が、やけに掠れていた。
「いや、えっと……本筋がそれたけど、今のは、哀れみで君をアーベリトに誘ってるわけじゃない、って話ね。実際にアーベリトに来るかどうかは、君に任せるよ。前にも言ったけど、俺やサミルさんへの恩義でアーベリトに来ようと思ってるなら、そんなの気にしないで、本当にやりたいことをやればいいし……」
何かを誤魔化すかのように、早口で捲し立てる。
ずっと腕に触れてしまっていたので、途中でトワリスに殴られると思ったが、殴られなかった。
トワリスは、首を横に振った。
「恩義ですよ。……恩義ですけど、それが、私の意思でもあるんです」
柔らかい声で言って、トワリスが、破顔する。
困ったように笑んだ彼女の表情は、いつもよりあどけなく、無防備に映った。
「召喚師様たちにとっては、助けてきた大勢の内の一人でも、私にとっては、お二人が全てだったんです。だから、召喚師様が望んでくださるなら、今すぐにでもアーベリトに行って、恩返しをしたいです。それが、私の目標で……やりたいことだったんです」
音を立てて揺れる炉の炎が、トワリスの濡れた目を、煌めかせている。
本当にそれで良いのかと、再度問おうとして、やめた。
思い直されても、後戻りできる気がしなかったし、これ以上は何を言っても、トワリスの意思は、揺らがないだろうと思った。
心臓の音が、やけに近くで聞こえる。
共に過ごしたいなどと望んではいなかったはずなのに、トワリスが自ら、自分の隣を選んでくれたのだと思うと、途端に、息苦しいような喜びが、胸を締め付けてきた。
その気持ちを、認めざるを得なくなったのは、思えば、この瞬間だったのかもしれない。
To be continued....
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