トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年08月03日





 ヴァレイは、椅子の背もたれに身を預けると、口を開いた。

「ジークハルト、お前、宮廷魔導師になって、もう一年経つか。いくつになった」

「……二十一です」

「そうか……若いな」

 ぽつりと呟いて、ヴァレイは嘆息する。
ジークハルトが眉を寄せると、ヴァレイは、その表情を見て、小さく笑った。

「そう睨むな、悪かった。別に馬鹿にしたわけじゃない」

 次いで、笑みを消すと、ヴァレイは真剣な顔つきになった。

「……お前、宮廷魔導師団を背負う覚悟はあるか」

 ジークハルトの目が、微かに見開かれる。
返事を待たずに、ヴァレイは言い募った。

「宮廷魔導師は、言わば国の懐刀だ。君の父上のように、遠征経験を見込まれる場合もあるが、基本的には、旧王家のすぐ側で奉ずることになる。個々の能力も勿論重要だが、何よりも大切なのは、濁らぬ慧眼(けいがん)だ。団を背負うならば、シュベルテという限られた場所においても、常に正しく世の全体像を見ることができねばならない。……お前に、それが出来るか」

「…………」

 ジークハルトは、ヴァレイの顔を見つめたまま、しばらく沈黙していた。
その目を見つめ返しながら、ヴァレイは、静かな声で続けた。

「……私には、出来なかったよ。結果が今のシュベルテだ。お前は知らぬだろうが、六年前、前王エルディオ様が崩御なされた時から、既に騎士団では、シャルシス殿下の即位を望む声が上がっていた。表向きの理由は、正統な血筋を持つ者が王位継承にはふさわしい、というものであったが、それだけではないだろう。幼子を王座に座らせることで、その後ろ楯となり、政に介入することが、彼らの真の目的だったに違いない。バジレット様も、当然そのことには気づいておられただろうし、公は、シュベルテがそういった政権争いの渦中に置かれることを、何よりも恐れていたからこそ、遷都の道をお選びになったのだ。私も当時は、どのような方法をとったところで苦肉の策でしかないと、事態を見守っていた。遷都が決まったとき、民たちの不満や騎士団の怒りが、旧王家や召喚師一族に向くことも予想はできていたが、見えていたのはそこまでであった。結果が出てからでは何とでも言えるが、あの時から、騎士団の動向に目を光らせておくべきだったのだろうな。水面下で、大義の一致した騎士団と教会が民を巻き込み、その勢力を伸ばすとは、予想できていなかった。今に至るまで、私は一体何をしていたのだろうと、悔やまれるよ」

 ヴァレイは、瞳に苦々しい色を浮かべた。

「騎士団長、レオン・イージウスは狡猾な男だ。野望が打ち砕かれた以上、旧王家に媚びる必要はなくなったし、教会とも結託したというなら尚更、遷都を押し進めた召喚師様のことも恨んでおろう。彼らが今後、どう動くかは分からないが、勢力拡大を成功させた後に、やることといえば一つだ。……何かが起こる前に、イージウス卿は討つべきなのかもしれん」

 ジークハルトは、顔をしかめた。

「しかし……教会を支持する民が多いのも、また事実です。イージウス卿を止めるべきだというご意見には同意ですが、相手が民意を盾にすれば──」

「──分かっている。民意に反すれば、悪になるのはこちらだ。だからお前に、宮廷魔導師団を背負う気はあるか、と問うているのだよ。反召喚師派の掃討に躍起になって、魔導師団自体が暴挙に出ては本末転倒だ。……反逆者を名乗るなら、私一人で十分だろう」

「…………」

 ジークハルトは、再び口を閉じて、ヴァレイのことをじっと見つめていた。
彼は、魔導師団を去るつもりなのかもしれない。
魔導師団との関係を断ってから、単身で反逆の罪を負ってでも、レオン・イージウスを止めようと考えている。
無謀な策だが、誰かがやらねば、それ以外に方法がないとも思えた。
ヴァレイに、自棄になっている様子は見られない。
徐々に崩壊を始めたシュベルテの未来を見通して、その考えに至るしかなかったのだろう。

 ジークハルトは、何かを決意したように、目の光を強めた。

「……もし、本当にそれしか道がないなら、私が団を抜けましょう。ストンフリー団長、貴方は魔導師団に必要です」

 ヴァレイは、首を横に振った。

「いいや、今後の魔導師団に必要なのは、私のような老耄(ろうもう)した人間ではなく、お前のような若い魔導師だ」

「ですが──」

 反論しようとしたジークハルトの言葉を、ヴァレイは手で制した。
それから、息を吐き出すと、ヴァレイは、もう一度首を振った。

「……もう、この話は終わりにしよう。突然、責任を押し付けるような言い方をして、すまなかったな。私もまだ、具体的な策があるわけではないのだ。まあ、今は気負わず、少し考えておいてくれ」

 穏やかな口調で言ったヴァレイに、ジークハルトは、無言で抗議をした。
今のヴァレイの言葉は、おそらく嘘だ。
彼の心は、既に定まっているように思えた。

 睨むような鋭い視線を投げてくるジークハルトに、ヴァレイは、眉を下げた。

「やはり、今こんな話をするべきではなかったな。明日から、花祭りだ。良くも悪くも、賑やかになるぞ。不遜な輩まで騒ぎ出さぬよう、我々は気を引き締めねばなるまい」

 言いながら、立ち上がると、ヴァレイは部屋の窓を押し開けた。
真夜中の涼やかな秋風が、窓からそよそよと吹き込んでくる。
その風に乗って届く、祭典前の空気に酔った喧騒に、ジークハルトは、しばらく耳を傾けていたのだった。


- 98 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数125)