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投稿日:2025年12月31日
しん、と一瞬、辺りが静まり返る。
耳を疑ったルーフェンが、訝しげに眉を寄せると、シャルシスは、今度は早口で捲し立て始めた。
「あ、足手纏いにはならぬ! これでも余は、騎士団でもやっていける剣の腕だと褒められたのだ。魔術も少しなら使える。それに、また先程のように囲まれても、余を人質にとれば逃げられるだろう。だから頼む、一緒に連れて行ってくれ!」
呆気にとられたのか、ルーフェンは、ぽかんとした表情で黙っている。
ぐんぐんと歩いていって、シャルシスが念押しするように顔を近づけると、ルーフェンは、鬱陶しそうに顔をそらした。
「えー……嫌です。……子供一人連れて逃げるなんて、絶対面倒だし」
シャルシスは、食い気味に反論した。
「だから、足手纏いにはならぬと言っておるだろう! 自分の身は自分で守るし、いざというときは、また人質として活用すれば良い!」
「人質が必要な場面に陥らないように、足手纏いは連れ歩かないって言ってるんですが?」
「なっ、さっき気が変わって、人質にするかもしれないと申したではないか!」
「ははぁ、案外生意気だなぁこの口は」
シャルシスの片頬をぐりぐりとつねって、よく回る口を黙らせる。
痛い痛いと呻きながら、その手を引き剥がすと、シャルシスは、赤くなった頬をさすった。
「そんな、お、怒ることないではないか! 余の頬が、伸びて戻らなくなったらどうするつもりだ」
恨めしげにぼやくシャルシスに、ルーフェンは、億劫そうに首を振った。
「怒るっていうか、呆れたんですよ。人質にしてほしいって、一体どんな嗜好です? 殺されたいんですか?」
「し、嗜好って、そんなわけがないだろう!」
シャルシスは、むっとした顔になると、ルーフェンに向き直った。
「そなたは、人質にとったからといって、余を殺すつもりなどないのであろう。まして、国家転覆など企んではおらぬ。そなたのことはよく知らぬが、この二つだけは確信したから、こうして頼んでおるのだ」
「はあ? 一体何を根拠に……」
シャルシスは、上着の袖をまくって、ルーフェンに腕を見せつけた。
「王の間からバルコニーに飛び出した時、割れた硝子片を大量に浴びたが、余は無傷だった。普通に考えれば、ありえぬことだ。そなたが庇ってくれていなければ、きっとこの腕は傷だらけになっていたに違いない。……それに、余は知っている。召喚術というのは、街一つ吹き飛ばすこともできる、強大な魔術だ。本物の召喚術は見たことがないが、かつてセントランスから襲撃された時のことを、よく覚えている。他国と通じて、サーフェリアを陥れることが目的なら、先刻も今も、召喚術を使って、我らを殺してしまったほうが手っ取り早いだろう。それなのに、回りくどく逃げようとしているということは、そなたの目的は、他にあるということだ。……そうだろう?」
「…………」
ルーフェンは、少し驚いたように瞠目して、シャルシスをまじまじと眺めた。
シャルシスは、挑むような顔つきで、ルーフェンの様子を伺っている。
彼の言っていることは、確信半分、鎌掛け半分といったところだろう。
シャルシスは、本当にルーフェンを信頼して言っているわけではなく、うまく丸め込んで、王宮から出ようとしているだけだ。
揺れている表情を見れば、その魂胆は見え見えだった。
しかし、それにしたって、怪我の状態や戦い方まで観察し、誘導尋問を仕掛けてくる度胸があるとは、正直意外である。
思えばシャルシスは、人質に取ったときも、なんとか逃げようと交渉を持ち出してきた。
育ちからして肝が細いとは思っていたが、頭の回転は速い方なのかもしれない。
ルーフェンは、微かに目を細めた。
「なるほど。……まあ、信じたいなら、そう思ってもらって結構ですよ。実際、俺は平和主義者なので、やれ殺し合いだの何だのと、そういう野蛮なことを好き好んでしようとは思いません」
そう言って、薄く微笑めば、シャルシスがびくりと肩を震わせる。
背筋が凍りつくような、冷たい微笑であった。
ルーフェンを巡る、数々の不穏な噂が脳裏に過って、シャルシスはごくりと息を飲んだ。
(ルーフェンは……余を試そうとしているだけだ。わざと脅すような振る舞いをして、覚悟を確かめているのだ。本当に余を殺そうなどとは、思っていないはず。……多分)
そう自らに言い聞かせて、怯んだ心を奮い立たせる。
シャルシスは、ルーフェンの反応を探りながら、慎重に言葉を選んだ。
「……余も、城の外のことを知りたいのだ。ずっと、こういう機会を待っていた。今を逃せば、きっと二度目は巡ってこないだろう。勿論、危険なことは重々承知している。だが、このままモルティスたちの元に戻っても、余は世間知らずなお飾りのままなのだ」
ぐっと拳を握って、シャルシスは言い募った。
「王座に座っていても、各地の情報は入ってくるだろう。だがそれは、必ずしも真実ではない。我が国の本当の姿も知らず、歪曲された報告を聞いているだけでは、王族としての責務は果たせぬのだ! 先刻、そなたは言ったな。『我々は、あまりにも"外の世界"に対して無知です』と。……本当に、その通りだと思う。余は何も知らない。だから教えてくれ。そなたは知っておるのだろう? サーフェリアが──いや、この世界が、どのように存在しているのかを」
そう言い切ると、シャルシスは、凄むような顔つきになった。
断ったら、今度は脅しに移行するつもりなのかもしれない。
連れて行ってくれなければ、この場で叫んで臣下たちを呼ぶぞ、と騒ぐシャルシスの姿が、何故だかルーフェンには、手にとるように想像できた。
シャルシスの言葉に、嘘はないのだろう。
だが、その根底にあるのは、逃げたいという願望なのかもしれないと、ルーフェンは思った。
一時的でも良いから、王城の外に出てみたい。
王族としての責務、息苦しさから解放されたい。
そういった、人には言えぬ願望を、尤もらしい理由だけを掲げて、叶えようとしているのだ。
必死にルーフェンを言いくるめようとするシャルシスを見ている内に、不意に、ガラド・アシュリーのうんざりした顔が、記憶の底から蘇ってきた。
ガラドは、アーベリトが王都になる前に、ルーフェンの世話を焼いていた当時の政務次官だ。
あの時──十四年前、リオット病の治療法について知るため、こっそりアーベリトに行こうとした時。
ルーフェンは、なんと言ってガラドを説得したんだったか。
確か、シャルシスと似たような、生意気で尤もらしいことを言った気がする。
召喚師として、自分が守るべき人々をこの目で見たいから、街に下りたいだとか、なんだとか。
ルーフェンはシャルシスと違い、表情には出さなかったが、守るべき人々を云々、なんてことは微塵も思っていなかったので、あの言葉は完全なる嘘だった。
案の定、ガラドには「要は城下に下りたいだけでしょう」と怒られ、内心舌打ちした記憶がある。
それでも粘った結果、許可は取れたが、護衛に宮廷魔導師のオーラントをつけられて、次はどう撒こうか、などと思索を巡らせていたものだ。
無言を否定ととったのか、焦りが滲んできたシャルシスの表情を見て、ルーフェンは、微かに苦笑を浮かべた。
ガラドと同じように、要は逃げたいのだろう、と言おうとして、やめた。
多分、言っても無駄だと思ったからだ。
偶然にも、あの時のルーフェンは十四歳で、今のシャルシスも十四歳。
この年の頃は、自分が子供だという自覚はあったが、一方で、周囲の大人が思うほど子供ではない、と唇を尖らせていた。
否定したところで、シャルシスはまた別の切り返しをしてくるだけだ。
上から押さえつけられるほど、余計に反発して歯向かってくる。
少なくとも、かつての自分ならそうしていた。
(……こんな状況だけど、案外俺にも、余裕があったんだな)
ルーフェンは、小さく息をつくと、過去の記憶を胸にしまった。
子供一人、いかに反抗してこようと、無視して置き去りするのは簡単だ。
邪魔をしてくるようなら、それこそシャルシスの言う通り、力でねじ伏せてしまうのが手っ取り早いのだろう。
だが、シャルシスに対して、そういうことをする気にはなれなかった。
地上の方から、金属同士が擦れ合う音と、差し迫った男たちの声が聞こえてきた。
それらは徐々に近づいてきて、やがて、この石室の入口あたりで立ち止まる。
シャルシスは、意を決したように、ルーフェンの左腕にしがみついた。
「余も連れて行け! でないと、大声で叫ぶぞ」
定まった目でルーフェンを見つめ、シャルシスは、最後の賭けに出る。
予想通りの脅し文句に、ルーフェンは、思わず笑いそうになった。
シャルシスを見やってから、ルーフェンは、石床の移動陣へと視線を移した。
"やはり"、魔力の回復速度が遅い。
だがここから、同じシュベルテ内の西門に飛ぶくらいならば、もう十分だろう。
階段を駆け下る、複数の足音を響いてくる。
意地でも諦めないと、全身で意思表示している子供に目を戻して、ルーフェンは言った。
「あとで泣き言いっても、知らないよ」
シャルシスが、ぎゅっと顔をしかめる。
その顔を見て、昂然と笑むと、ルーフェンは移動陣を踏んで、シャルシスを引き寄せた。
「絶対、後悔することになるからね」
To be continued....
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