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投稿日:2025年12月31日
第一章──岐路に立つ旅
第二話『牴牾』
「──クソッ!」
身を乗り出して眼下を見渡すと、ジークハルトは、バルコニーの手摺りに拳を打ち付けた。
斜陽が差し始めた庭園にも、周辺の屋根々々にも、ルーフェンとシャルシスの姿はない。
移動陣を使われたのは、明白であった。
身を翻して広間に戻ると、未だ身動きのとれない騎士や魔導師たちが、懸命に氷の足枷を砕こうとしていた。
ルーフェンが即席で放ったものとはいえ、魔術で作り出された氷層は、そう簡単には崩せない。
特に、魔術の使えない騎士たちは、自力で抜け出すことができず、まんまと足止めを食らっている状況であった。
「バーンズ卿! 早く召喚師を追え! 逃がしてはならぬ! 追えっ!」
下半身が氷漬けになり、上体だけを起こした体勢で、モルティスが喚いている。
ジークハルトは、その氷をルマニールで砕き、溶かしながら、淡々と返した。
「移動陣を使われました。奴が行き先をどこに指定したか分からない以上、追跡の仕様がありません。私の部下に遠見に長けた者がいますので、彼女に捜索させつつ、一旦体制を立て直しましょう。無策で追って捕まる奴ではありませんし、場合によっては、王子の御身が危険に晒される可能性があります」
「くっ……あの卑怯者め。殿下を拐かすとは……!」
忌々しげに舌打ちして、モルティスが呟く。
その間に、ジークハルトが氷の枷を溶かし切ると、モルティスは、よろよろと立ち上がった。
しかし、冷え切った脚に上手く力が入らないのか、すぐにその場に蹲ってしまう。
モルティスは、膝をついたまま魔導師たちを見て、苛立たしげに怒鳴った。
「何を手こずっておる! 魔導師ならば、さっさとこの氷を解かんか! 全員分だぞ!」
魔導師たちは、不快そうに顔を歪めたが、現状の打破が最優先だと判断したのだろう。
各々氷を溶かそうと、必死に魔術を行使している。
ジークハルトが、その作業を手伝っていると、自力で抜け出したらしいギールが、足速に近づいてきた。
「バーンズ団長、召喚師が移動陣を使ったところを、実際に見たのですか?」
「……いや、直接見たわけではないが。飛び降りた直後に姿を消したのだから、確実だろう」
はっきりと答えると、ギールは表情を曇らせた。
何を考えているのか、手元の銃剣を見て、じっと押し黙っている。
ジークハルトが、どうしたのかと問うと、ギールは顔を上げた。
「──いえ、ただ……召喚師は、おそらくまだシュベルテ内にいます」
「それは真か!」
驚いたモルティスが、声を上げて歩み寄ってくる。
ギールは頷くと、ジークハルトとモルティスに、銃剣を見せた。
「奴がバルコニーに飛び出す直前、胴を狙って撃ちました。手応えはあったので、少なくともかすりはしているかと。であれば、いくら召喚師と言えど、そう遠くへは飛べなかったはずです」
「お、おお、そうか! 上手くいったのだな……! よし、よくやった!」
「恐縮です。全ては、大司祭様のお力添えのお陰です」
勢いを取り戻したモルティスに対し、ギールは深々と頭を下げる。
ジークハルトは、二人が何を話しているのか分からず、訝しげに眉を寄せた。
「お力添え? 一体なんのことです?」
ギールは、ジークハルトに向き直った。
「先程私が撃った弾丸には、二つの細工がしてあったのです。一つは、弾丸に魔力を吸収する性質を持たせたこと。もう一つは、あえて弾頭を凹ませることで、着弾時に弾丸が肉を貫通せず、被弾者の体内に残るようにしたことです。移動陣を使われたということは、今回はかすった程度だったのでしょうが、しっかりと胴に当たっていれば、体内に残った弾丸が被弾者の魔力を吸収し続けることになるので、移動陣はおろか、魔術そのものを封印できたでしょう。……申し訳ありません。私が外さなければ、召喚師を逃さずに済んだのですが……」
悔しげに扉窓の方を睨み、ギールは唇を噛む。
ジークハルトは、一層険しい顔つきになると、首を横に振った。
「そうじゃない。リラード卿のお陰というのは、一体どういう意味だ? 俺は何も聞いていないぞ」
ギールに詰め寄ると、モルティスが口を挟んできた。
「何をいきり立つ必要がある、バーンズ卿。意味も何も、言葉通り、我々はレドクイーン卿に力を貸していたのだよ。召喚術さえ無効化する武器を作りたいという、彼の熱意を買ってな」
どこか白々しい口調で言って、モルティスは、ギールの肩に手を置く。
ギールは、モルティスに同調して、こくりと頷いた。
「一年前、教会の命でミストリアに渡ったトワリスさんが、"ハイドット"……でしたか? そのような名前の、魔力を吸収する鉱石で作られた武具を持ち帰ったでしょう。そちらを大司祭様が管理なさっていたので、提供して頂いたのです。召喚師に向けて撃った弾は、そのハイドットの武具から作ったものです。数に限りはありますが、先程も申し上げた通り、当てられれば召喚術を阻止できます」
ギールの発言に、ジークハルトは目を見張った。
口ぶりからして、彼は随分と前から、教会と関わりを持っていたようだ。
おそらく、故意に隠されていたのであろう両者の関係を知って、ジークハルトは、内心穏やかではなかった。
七年ほど前、セントランスから襲撃を受けた際に、魔導師団は、イシュカル教会により解体寸前にまで追い込まれたことがある。
といっても、そのことに教会が関与したと明言されていたわけではないのだが、証拠がないだけで、当時からいる魔導師の大半は、教会に対し懐疑的だ。
ジークハルトも、その内の一人であった。
魔導師団と騎士団とで、サーフェリアを守る二大勢力を築いた今。
ジークハルトの立場からでは、表立って魔導師たちの思想の自由や、使用する武具を制限することはできない。
だが、大司祭が召喚師を告発する、その機会を見計らったかのように、部下から召喚術を無効化できる武具など提示されてしまうと、その関係性に、何か作為的なものを感じられずにはいられなかった。
曇った顔のままのジークハルトに、モルティスは言い募った。
「とにかく、君の優秀な部下のおかげで、召喚師はまだ王都内にいる可能性が高い。そうと分かれば、こんなところで立ち話をしている場合ではないのではないかね? 早急な対処をお願いしたい」
「…………」
ジークハルトは、ぐっと拳を握って、モルティスを睥睨した。
だが、この場で言い争っている場合ではない、という彼の主張は正論だ。
込み上げてきたものを堪えると、ジークハルトは、助け起こした魔導師の一人に言った。
「今すぐ本部に戻り、事態を報告。至急、防護結界を展開させろ。警備隊は四門に検問を設置、厳戒態勢を敷け」
魔導師は、慌てて敬礼すると、切り立った氷を避けながら駆けていく。
モルティスも、ちらほらと解放され始めた騎士たちを見やると、厳しい口調で指示を出した。
「シャルシス殿下の誘拐については、まだ口外するな! 混乱を避けるため、城下に噂が広まる前に、必ず探し出せ! 見つかり次第、王子は保護、召喚師の生死は問わぬ! あの血濡れの悪魔を、絶対に逃すな!」
「──はっ」
騎士たちは、そろって返事をすると、順々に広間を出て行った。
自らも駐屯地へ向かおうと、ジークハルトがルマニールの発現を解いた時。
不意に、近づいてきたギールが、小声で囁いた。
「……団長、どうかお許しください」
返事はせず、怪訝に目を細める。
ギールは、落ち着き払った態度で続けた。
「貴方が教会に対し、不信感を抱いていることは存じております。必要以上にリラード卿と接触すれば、魔導師団の者達から睨まれることになるだろう、ということも。……ですが、我々魔導師団と騎士修道会、もといイシュカル教会が目指すところは同じ、我が国の平和です。であれば、過去の遺恨など捨て去り、今は手を取り合うべきではないでしょうか?」
「…………」
ジークハルトの前に回ると、ギールは、深く頭を下げた。
「宮廷魔導師団に入れて頂いたばかりの身でありながら、独断で動いてしまったことに関しては、この場で謝罪いたします。ただ、ご理解頂きたい。この国を正すためには、まず、腐敗の元となった召喚師一族を廃さねばならず、そのためには、教会と協力関係を築くのが最善と判断したのです。……私は、イシュカル教徒ではありません。しかしながら、敬虔に祈る人々が平穏に暮らせる世を作りたい、という意味では、教会に仕える騎士たちと同じなのかもしれません。今回、私がリラード卿に助力を乞うたことに、それ以外の意味はありませんので……どうか、お許しください」
言葉を重ねると、ギールは口を閉じ、もう一度礼をした。
謙虚な姿勢は崩していないものの、これは、一歩も引く気はない、という意思表示だ。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、去って行くギールの後ろ姿を、ジークハルトは、じっと見つめていたのであった。
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