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投稿日:2025年12月31日






 緊急召集に応じ、トワリスが宮廷魔導師団の駐屯地へ戻ると、内議室には、既に王都常駐の面々が揃っていた。
長卓の上座には、団長ジークハルトが腰かけ、その左右に分かれて、ギール、アレクシア、ハインツ、ハブロの四人が座っている。
ハブロ・ノームは、普段は西方の産業都市カルガンに駐在している、齢七十近い最年長の宮廷魔導師だが、任務の報告に際して、居合わせたようであった。

 トワリスがハインツの隣に座ると、ジークハルトが、見計らったかのように口を開いた。

「皆、よく集まった。──早速だが、事態は急を要する。この場に来られない遠方勤務の者たちには、追って知らせることとし、事態の収集には、我々が直接当たる」

 差し迫ったジークハルトの口調に、ひりついた空気が場を満たす。
席から立ち上がると、ジークハルトは、卓に両手をついた。

「先刻行われた叙任式にて、召喚師ルーフェン・シェイルハートが、シャルシス殿下を斬りつけ、そのまま逃亡した。直後に防護結界を展開、騎士団が検問の設置を行い、現在、魔導士団が行方を追っている。まだ城下に潜伏している可能性が高いが、既に王都外に出た、もしくは検問を突破して出る可能性もゼロではない。アレクシアが正確な居場所を特定し次第、我々宮廷魔導師団も捕縛に向かう」

 黙って聞いていたトワリスとハインツが、ぎくりと身を強張らせる。
ジークハルトの近くに座っていたアレクシアは、面倒くさそうに息を吐いた。

「居場所を特定って……私の目は、そんなに便利なものではないのだけれど?」

「……いいから、しのごの言わずに探せ。今すぐに」

 取り付く島のない言い方をされて、アレクシアが肩をすくめる。
しかし、この場で内議を乱しても、仕方がないと思ったのだろう。
それ以上は、何も言わなかった。

 ハブロが、しわがれた手を挙げた。

「失礼、状況がよく飲み込めんのだが、一体何故そのようなことに? 叙任式というと……ほれ、あれでしょう。新入りをどうこうする式では。召喚師様が逃亡したという経緯が、全く分かりませんなぁ」

 茂った眉毛の下から、ちらりと覗いたハブロの目が、ギールに向けられる。
ジークハルトは、少し口籠もってから答えた。

「……ここからは私の憶測も入りますので、まだ口外しないで頂きたいのですが、どうやら、陛下がお倒れになったようです。その代理として、今回の叙任式には、シャルシス殿下が出席なさいました。殿下が仰るには、陛下はまだお目覚めにならぬとのこと。……療養に専念して頂くためにも、殿下は近々、ご自分が即位することになると予見したのでしょう。それに際して、叙任式の場で、モルティス・リラードを摂政役に任命しようとしたのです」

「……"しようとした"?」

 ハブロが首を傾げ、ジークハルトに聞き返す。
ジークハルトは、深く頷いた。

「ええ、しようとしましたが、正確には叶いませんでした。極度の緊張状態が続いたせいか、殿下が不調を訴えたので、式自体が中断されたのです。リラード卿は続行を訴えましたが、そこに召喚師が介入し、『無理に今、任命する必要はない』と進言しました。すると、殿下は『ひとまず摂政は立てずにおく』と。……おそらく、リラード卿が事前に、殿下に何かを吹き込んでいたのでしょうね。でなければ、あの王子が、性急に摂政を立てようなどと考えつくはずがない」

 ジークハルトは、込み上がってきた苛立ちを紛らわせるように、深くため息をついた。

「……問題は、ここからです。現体制の維持を宣言した殿下に対し、リラード卿が異議を申し立て、召喚師を告発しました。……一年前、審議にかけられ処刑されたはずのミストリアの次期召喚師を、秘密裏に逃していた罪で──」

「──ちょっ、ちょっと待ってください!」

 張り詰めた空気の中、突然、ガタンと何かの倒れる音が響いた。
ジークハルトに向いていた視線が、そろって音のした方へ動く。
動揺で椅子を倒し、勢いよく立ち上がったのは、扉近くに座っていたトワリスであった。

「……ちょっと……待ってください。ミストリアの次期召喚師を逃したって、なんで……」

 衝動的に口を挟んだだけで、反論の内容は考えていなかったのだろう。
トワリスは、それだけを呟いて、ジークハルトを凝視している。

 ジークハルトは、微かに目元を歪めた。

「問うまでもなく、お前が一番よく分かっているだろう。……処刑された焼死体から予想される体格が、あの次期召喚師たちとは合わなかったんだ。教会が問い詰めたところ、ルーフェンはあっさりと罪を認めた。理由としては、ミストリアとの和睦のためだと言っていたが……真意は分からん。少なくとも、教会側は他国との内通を疑っているし、我々魔導師団も、本人が外患罪を認めている以上、見過ごすわけにはいかない。結果、身柄を拘束しようとしたところ、奴は王子を人質にとった挙句、移動陣で逃亡した」

「…………」

 トワリスの顔が、みるみる青ざめていく。
俯いて、指の震えを抑えるように両手を組みながら、トワリスは尋ねた。

「……そんな……罪を認めたって、召喚師様が、はっきりそうだと言ったんですか? ミストリアの次期召喚師たちを、逃したと」

「ああ。教会の告発内容に偽りはないと、そう言っていた」

 首肯すると、トワリスの表情が一層強張る。
この反応からして、ルーフェンの逃亡は、トワリスやハインツにとって予期せぬことだったようだ。

 一連の事件で、ルーフェンが一体どこまで考えを巡らせていたのかは分からない。
だがジークハルトには、少なくとも教会に告発されるところまでは、彼の計算の内だったように思えた。
更に言うと、ミストリアの次期召喚師たちを生かしたこと自体が、教会に自身を告発させるための伏線だったのかもしれない。
そうでなければ、検死される危険を冒してまで、わざわざ処刑後の焼死体を教会に処理させる必要はなかったはずだからだ。

 もし、今起こっていることの全てが、召喚師制を廃するためのルーフェンの計画だったとしたら──。
満を持して動き出したのであろう、彼の策略を打ち壊すのは、容易なことではないだろう。
古くからルーフェンと親しいトワリスとハインツならば、あるいは、何か知っているかもしれないと思ったが、どうやらその当ては外れたようだ。

 トワリスたちが聞いていないとなると、おそらく、他にルーフェンの真意を確かめる手段はない。
けれども、そんな気はしていた。
彼は、親しいからこそ、二人には何も伝えずに行ったのだろうと。

 硬直しているトワリスとハインツを見ると、ジークハルトは、口を開いた。

「……トワリス、ハインツ。お前たち二人は、通常任務に当たれ。非常時とはいえ、宮廷魔導師が一斉に王都を空けるわけにはいかないからな。召喚師は、俺とアレクシアが追う。……ギール、お前も来い」

 名前を呼ばれて、ギールは「……わかりました」と冷静に返事をした。
おそらくジークハルトは、これ以上ギールを教会と接触させたくないのだろう。
しかし、如何なる理由であろうと、召喚師を討つ機会が与えられたことは、ギールにとっては都合の良いことであった。

 次いで、ジークハルトは、ハブロに視線を移した。

「ノーム老、貴方には、王室について頂きたい。しばらくカルガンを空けることにはなりますが、先程も申し上げた通り、王座が実質空席の状態です。召喚師も不在となった今、我々が王宮を離れている間に、教会が陛下に接触しようとするやもしれません。……杞憂であれば良いのですが、念のため」

 ふむ、と白い髭を撫でつけて、ハブロは頷いた。

「相分かった。なに、カルガンは心配ない。人手は足りておるでな。なんなら、我が不肖の弟子ヨークも呼び寄せよう。追跡する人数は多い方が良かろう」

「……助かります」

 ジークハルトは、椅子にかけてあったローブを羽織ると、アレクシアとギールを見た。

「話は以上だ。行くぞ、まずは城下を洗い出す」

「──はっ」

 返事をしたギールが、席を立って、ジークハルトの後ろを着いていく。
しかし、部屋を出ようとしたところで、ジークハルトは足を止めた。
トワリスが、行手を阻むように、目の前に立ちはだかったからだ。

 トワリスは、扉に背をつけて、ジークハルトを見上げた。

「……私も、連れて行って下さい」

「…………」

 ジークハルトの目が、鋭く細められる。
威圧するようにトワリスを見据え、ジークハルトは、低い声で言った。

「聞こえなかったか? お前は、通常任務に当たれ」

「……いえ、アレクシアと交代させて下さい。……アレクシアなら、同行しなくても、召喚師様の居場所を探れるはずです」

 話を振られたアレクシアが、後ろでやれやれと首を振る。
頑ななトワリスに対し、ジークハルトは、眉間の皺を深くした。

「……トワリス、お前はどういうつもりでそこに立っているんだ。俺たちと共に召喚師を追って、いざ対峙した時、奴を殺せるのか?」

 トワリスの赤褐色の瞳が、ふっと揺れる。
唇を震わせ、横に首を振ると、トワリスは、かすれた声で答えた。

「……説得します。説得して、連れ戻します」

 ジークハルトは、苛立たしげに眉根を寄せた。

「話にならんな。仮に説得できたとして、何になる。連れ帰ったところで、奴が犯した重罪が消えることはない」

「──私なんです」

 声を被せるように、トワリスが告げる。
押し黙ったジークハルトに、一歩近づくと、トワリスは、言葉を重ねて言った。

「ミストリアの次期召喚師を……ファフリたちを生かしたのは、私なんです。彼女は、サーフェリアに害を成すつもりなんてありませんでした。だから、私の判断で助けて、ミストリアに帰しました。召喚師様は、それに手を貸してくれただけです。……売国行為を咎めると言うなら、私を罰して下さい」

「…………」

 仮に、トワリスの関与を明かしたとしても、処罰の対象が一人増えるだけだ。
そう反論しようとして、ジークハルトは口を閉じた。
屁理屈をこねても無駄なことくらい、トワリスも分かっているだろう。
それでも、食ってかからずにはいられない、彼女はそういう性格なのだ。

 ジークハルトの代わりに、ギールが口を開いた。

「トワリスさん、いい加減、目を覚まして下さい。召喚師の罪状は、それだけではないんですよ。奴は今までに、イシュカル教徒や旧王都の人々など、多くの罪なき人間を殺めてきました。あのような残虐な人物を、国の中枢に置いたままで良いわけがありません。今回だけでも、奴は守護者たる責務を放棄し、国家転覆罪に加え、シャルシス殿下を傷つけ大逆罪まで犯しました。これは到底、許し難いことです」

「…………」

 トワリスは、何かを必死に堪えるように、唇を噛み締めた。
小刻みに震える手が、剣帯の近くを彷徨っている。
その手を掴むと、ジークハルトは、小声で囁いた。

「……堪えろ。今お前が騒いでも、どうにもならないだろう。こうなった以上、もう覆しようがない。他ならないルーフェン自身が、そうなるように仕向けたんだ。冷静になれ。これはあいつが、望んでやったことだ」

 トワリスの目が、はっと見開かれる。
ジークハルトの顔をまじまじと見てから、トワリスは、顔をしかめた。

「望んでやった……? 貴方は、アーベリトで起こったことを知っているでしょう。知っていて、どうしてそんなことが言えるんですか? 今日起こったことが、本当にルーフェンさんの仕向けたことなのだとしたら、それは望んでやったのではなくて、そうせざるを得ない状況に追い込まれてたんですよ」

 ジークハルトの瞳に、苦々しい色が浮かぶ。
トワリスは、手を振り払うと、口調を強めた。

「バーンズ団長……私が魔導師になったばかりの頃にも、同じようなことを言っていましたよね。今のお前にはどうしようもない、だから堪えろって。……じゃあ聞きますけど、堪えたら、どうにかなるんですか? 冷静に考えた結果、貴方には何ができたんですか? セントランスから三街を守ったのも、最終的にアーベリトを救ったのも、獣人たちを王都から遠ざけたのも、全部、魔導師団じゃなかった! 私達全員、ルーフェンさんに守られてきたくせに、今更掌返ししないで……!」

 叫んでから、トワリスは、後悔したように口をつぐんだ。
この場でジークハルトを責めたって、事態は何も変わらない。
彼には何の責任もないし、第一ジークハルトは、宮廷魔導師団の団長という立場上、私情でルーフェンを見逃すわけにはいかないのである。

(だけど……私は……)

 トワリスは、ぐっと拳を握った。
大半の人々は、ルーフェンが身の内に抱えているものなど知らないし、知ってはいけない。
仮にその一端を垣間見ていたとしても、国家転覆罪と大逆罪の疑いがかかった以上、ルーフェンを庇うことはできない。
理解はしている。だが、それでも──。
トワリスには、引くことなどできなかった。

 黙って俯いているトワリスを見下ろして、ジークハルトが、静かに尋ねた。

「……選べ。このまま宮廷魔導師として、俺に従うか。……それとも、離反者として、逆賊に堕ちたあいつを追うのか」

 縄で締め上げられたような息苦しさが、胸の奥から迫ってきた。
これに答えたら、もう後戻りはできない。
魔導師として、必死に駆けてきた日々が、不意に、頭の中に噴き上がってきた。

 どくりどくりと、心臓が脈打っている。
トワリスは、定まった瞳をジークハルトに向けると、やがて、一呼吸置いて、言った。

「今まで……ありがとうございました」

 それだけ言うと、トワリスは、背を向けて部屋を出ていった。

「ト、トワリス……!」

 慌てたハインツが、席を立って、扉の方へと駆けていく。
その背を呼び止めると、ジークハルトは、厳しく言い放った。

「ハインツ! お前もだ。出て行くなら、トワリスを連れ戻せ。戻らなければ、離反者として見なす」

 びくりと肩を揺らしたハインツが、ゆっくりと振り返った。
鋭く睨みつけると、ハインツは、怯えたようにジークハルトを見つめ返して、それから、他の面々にも目を移していく。
しばらくの間、ハインツは、そうしておろおろと視線を彷徨わせていたが、ややあって、きゅっと唇を引き結ぶと、頭を下げて、同じく部屋を出ていった。

 勢いよく開かれた扉が、跳ね返って閉まると、内儀室に沈黙が広がった。
ざわざわと揺れる葉擦れの音が、やけに迫って聞こえてくる。
夕風が出てきたのだろう。
窓の外に見える壁掛けの軍旗が、忙しなく風に靡いていた。

 ふと、ハブロが手を持ち上げると、床に伸びていた細い影が分裂して、扉の下をヒュッと抜けていった。
ジークハルトが横目で見ると、ハブロは、指先をちょいちょい、と動かした。

「二人を追跡するかね? まだ捕捉できる範囲におるぞ」

「…………」

 ジークハルトは、嘆息すると、首を振った。

「……いや、結構。俺たちは俺たちで、召喚師を追いましょう」

 ジークハルトの答えを聞くと、ギールが眉を寄せた。

「追跡するべきでしょう。あの二人が、あれほど召喚師と深く繋がっているとは、知りませんでした。行く先を辿れば、召喚師の潜伏先が分かるかもしれません。あるいは、召喚師の方から接触してくる可能性もあります」

「それはない」

 間髪入れずに否定してきたジークハルトに、ギールは、怪訝そうに口を閉じた。
どうにも納得がいかない、という顔で、こちらをじっと見つめている。

 ジークハルトは、ゆるゆると首を振ると、もう一度否定した。

「……追うだけ無駄だ。あの二人は、何も知らない。……そういう奴なんだ」

 それから、昔の記憶を辿るように、ふっと目を伏せる。

 不意に、少年だった頃のことが、脳裏に蘇った。
ジークハルトの父オーラントや、王位継承者たちを手にかけたシルヴィアを失脚させようと、ルーフェンが、アーベリトを出て行った時のことだ。

 当時、十四だったルーフェンは、明らかな母への殺意を抱きながら、口では「様子を見る」と言って、今は亡きサミルに何も伝えず王宮に行った。
その後ろ姿を、自分がどんな思いで見送っていたのかまでは、はっきりとは覚えていない。
けれども、その頃のルーフェンの目が、危うい色を浮かべて、爛々と光っていたことだけは、今でも鮮明に思い出せるのであった。


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