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投稿日:2025年12月31日







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 シュベルテにある三つの移動陣の内、東西に設置されている二つは、それぞれ東門の外と、西門の内側に展開している。
外郭に沿って防護結界を張られた以上、ルーフェンとシャルシスは、西門の移動陣に飛ぶことしかできない。
だが、幸いだったのは、東門よりも西門の方が、王宮から離れていることであった。
そのおかげで、ルーフェンたちが西門の移動陣にたどり着いた時、付近の警備の増員は追いついておらず、召喚師逃亡の報もまだ広まっていなかったのである。

 叙任式にて、魔導師たちが、ルーフェンの張った氷の枷を砕くのに苦戦したことも、伝達の遅れる原因になったのだろう。
元から西門に配備されていた兵たちは、突然の結界展開と緊急事態を知らせる鐘の音に驚き、続報を待ちながら、検問の設置を急いでいる状況であった。

 とはいえ、普段から厳重な警備がなされている大門は、鐘の音を合図に既に施錠され、その周囲は、何事かと構える門衛たちで固められていた。
加えて、西門の近くには、門外へと続く街道を見渡せる物見塔が建っており、数は少ないが、監視役の兵が高所で目を光らせている。
ルーフェンたちが飛んだ先の移動陣は、その塔の地下に設置されていた。

 物見塔の地下は、王宮にあった移動陣の間と似た造りをしており、階段を下っていった先に、煉瓦で囲まれた円形の小部屋が広がっている。
階段から差し込む窓明かりで、かろうじて室内の様子は窺えたが、直に日が暮れ落ちてしまえば、何も見えなくなるだろう。
階上の方からは、外で騒ぐ雑多な人々の声と、監視役の囁き声が、間断なく聞こえていた。

 地下の移動陣に到着した時、途端に軋むような痛みが全身に走り、シャルシスは、思わずその場で崩れ落ちた。
移動陣は本来、膨大な魔力を消費する故に、複数人の魔導師が協力して行使するものだ。
短距離間ではあるが、術者側の負担する魔力が十分でない状態で連続使用すれば、シャルシスのように経験のない者は特に、身体に大きな負荷がかかる。
突然の激痛に動転し、思わず叫びそうになったシャルシスであったが、咄嗟にその身体を支えたルーフェンが口を塞いだので、二人は事なきを得たのであった。

 シャルシスを地面に下ろすと、ルーフェンは、人差し指を唇に当てて、静かにするようと手振りで示した。
何の説明も受けず、二度目の移動陣を経験したシャルシスであったが、とにかく兵に見つかってはならない、という意識はあったのだろう。
物見塔にいる兵たちの気配を察すると、地面に這いつくばったまま、こくこくと頷いたのであった。

 ルーフェンは、シャルシスが握っていた装飾杖を手に取ると、階段の側の石壁に背をつけて、階上の気配を探った。
物見塔には、随所に監視窓が設置されており、螺旋階段を地上まで上がれば出口、更に上がっていくと、外郭の周辺を見渡せる最上部へと出る。

 時折聞こえてくる話し声からして、物見塔にいる兵士は二人。
相手をするには問題ない数だが、同時に見つかって、一方を倒している間に増援の合図でも送られたら厄介だ。
片や、彼らが最上部にいる隙に地上まで上がれば、気づかれずに物見塔から出られるかもしれないが、出口の先は西門の近くなので、すぐに別の警備に見つかるだろう。
召喚術でまとめて眠らせる、もしくは強引に防護結界を破壊する手もあるが、それでは時間がかかるし、騒ぎを起こした瞬間に居場所が割れるので、できればその方法は避けたかった。

 あまり悠長に悩んでいる暇はない。
叙任式で騎士や魔導師たちを足止めできたのは良かったが、ギールの攻撃を受けたせいで移動陣をすぐに使えず、予想外に時間を食ったのは、ルーフェンたちも同じである。

 ルーフェンが召喚師に就任してからは、認可内でしか移動陣の使用を許可してこなかったので、その扱い方をよく知らない魔導師は多い。
だが今、捜索の指揮を執っている内の一人であろうジークハルトは、かつてルーフェンと共に、何度も移動陣を使用したことがある。
設置場所は当然把握しているし、防護結界内にある西門の移動陣には、必ず追っ手を回してくるはずであった。

 彼はおそらく、ルーフェンたちが結界内にいる場合と、既に結界外にいる場合、両方を想定して動いている。
可能性として高いのは前者で、その予想通り、ルーフェンたちはまだ王都内にいる。
四門に検問を設置した現段階では、まず範囲の狭い城下、すなわち王宮内および城壁 (内郭)周辺を徹底的に捜索し、次に、今ルーフェンたちがいる一般の市街地、および外郭周辺に足を伸ばしてくるだろう。
実際には、最大数を動員して、ほとんど同時進行で探すはずなので、この西門周辺には、いつ追っ手が現れてもおかしくない。
しかし、この場を離れるといっても、四門が封鎖されている以上は、逃げ場がないのが現実である。
穏便に検問を掻い潜って逃げるならば、何らかの方法で居所を撹乱しながら、門が開くまでの時間を稼ぐしかなかった。

 ルーフェンはつかの間、目を細めて何かを考えていた。
だが、シャルシスが、心細げにこちらを見上げていることに気づくと、少し笑って、装飾杖で石壁を打った。

 軽い打音が塔全体に響き、ひそひそと話していた兵たちの声が止む。
少しの静寂の後、再び囁き声が聞こえてきたかと思うと、今度は、躊躇うような静かな足音が近づいてきた。
兵の一人が、音の正体を確かめに、階段を下りてきたのだ。

 シャルシスは、ごくりと唾を飲むと、思わず手で口を塞いだ。
こっそりと地上に上がって物見塔を出れば、最上部の兵たちとは鉢合わせなかっただろうに、ルーフェンは、どうしてわざわざ気づかれるような真似をしたのだろう。
ルーフェンは、兵たちを殺すつもりなのだろうか。
あるいは、もし兵たちがこの場所を他に知らせたら、あっという間に塔が包囲されて、ルーフェンが殺されてしまうのだろうか。
今から、そんな死闘が始まるのかもしれないと思うと、胃の辺りがぎゅっと縮むように痛んだ。

 一歩、一歩と下ってくる足音に、抜刀する音が混じる。
やがて、階段の方から、鋭利に光る剣先が覗いたが、ルーフェンは動かない。
総毛立つような緊張が、場の空気を支配していた。

 ついに、兵の片足が小部屋に踏み込んだ瞬間──。
ルーフェンは、素早く兵の右手首を引っ掴むと、腕を捻り上げて、剣を叩き落とした。
刃が石床の上で跳ね、やけに大きな金属音がこだまする。
声が上がる前に兜を剥ぎ、その口に装飾杖を突っ込むと、ルーフェンは、兵を室内に引きずり込んで押し倒した。

「──っんが、ご……っ」

 喉まで杖を押し込まれて、兵が苦しげに呻く。
兵はしばらく、まなじりを裂いてもがいていたが、やがて、ルーフェンがしーっと指を唇に押し当てると、がくがくと頷いて、大人しくなった。

 基本的に、近接戦闘に発展しづらい監視役は、経験の浅い訓練兵や下級兵が担っている場合が多い。
下りてきたこの兵も、顔を覗いてみると、まだ二十になっているか、いないかというくらいの若い男であった。

「おい! 大丈夫か⁉︎」

 金属音を聞きつけたのか、階上にいたもう一人の兵が、大声で呼びかけてくる。
ルーフェンは、落ちた剣を拾い上げ、それを組み敷いている男の首に突きつけると、そっと屈んで、耳打ちをした。

「誤魔化して、今から戻ると伝えて。従えば殺しはしない。……分かるね?」

 ひっと息を吸った男が、必死になって頷く。
ルーフェンは、にこりと笑むと、ゆっくりと杖を引いた。

 男は、怯えた目でルーフェンを見上げながら、階上に向けて叫んだ。

「……っだ、大丈夫だ! 地下に、ネ、ネズミが出たみたいで……っ、今から戻る……!」

「そうか……? ならばいいが……」

 異様に震えている声を怪しんだのか、階上の兵は、訝しげに返事をしてくる。
ルーフェンは、男に剣を突きつけたまま、階上の様子を窺っているようだったが、兵が下りてこないことを悟ると、剣を翻し、その柄で男のこめかみを殴った。

 ガンッ、と鈍い音がなって、震えていた男の身体が脱力する。
ルーフェンは、男が気絶したことを確認すると、剣を持って、静かに階段を上がっていった。

 シャルシスは、息をするのも忘れて、目の前で動かなくなった男を凝視していた。
だが、階上から争うような音が聞こえてくると、ハッと階段の方を見上げた。
ルーフェンと残りの兵士が、上で揉み合っているのだ。

 争う音といっても、悲鳴や剣戟音けんげきおんは聞こえず、こもったような足音が激しくなっただけだ。
事態を知らなければ、さして気に留めないような音だし、まして騒がしい外の人間には、一切勘づかれていないだろう。
それでも気が気でなくて、シャルシスは、探るように煉瓦に手をかけると、よろよろと立ち上がった。

 しばらくして、急に静かになったかと思うと、大きな影のような塊が、階段から滑り落ちてきた。
それが、胸当てや兜を剥がれた兵士の身体だと分かった瞬間、シャルシスは後ずさった。
死んでいるのだろうか、と思うと、近くで顔を見るのが恐ろしく、その場から動けなかった。

 続いて、階段から下りてきたルーフェンは、兵から取り上げた装備一式と剣を床に転がすと、最初に気絶させた男の甲冑も、手早く脱がせ始めた。
そして、二人分の装備をまとめて移動陣の上に集めると、どこかへと飛ばしてしまう。
てっきり、この甲冑を着て兵士に変装するのか、と思っていたのだが、ルーフェンの意図は、別にあるようであった。

「こ、殺したのか……?」

 今更になってシャルシスが問うと、ルーフェンは、兵たちの身体を背中合わせにしてから、答えた。

「殺してないよ。彼らには、ここで襲われたって証言してもらわないと」

 シャルシスは、訝しげに眉を寄せた。

「……そんなことをされたら、我らが西門にいるとばれてしまうのではないか?」

「それはもう手遅れだよ。直にここにも追っ手が来る」

「…………」

 思わず黙り込んで、聞き耳を立てる。
ルーフェンの言っていることは腑に落ちなかったが、直に追っ手が来るなどと言われて、質問を繰り返す余裕はなかった。

 次いでルーフェンは、自身の上着を脱ぐと、その袖などを使って、兵たちの手足を縛り合わせた。
そして、シャルシスにも上着を脱ぐよう言うと、ボタンなどの装飾を取り、生地を割いて兵たちに猿轡さるぐつわとして噛ませていく。
分厚い上着の上からでも、目に見えて出血していたルーフェンは、薄着になると、全身どす黒く染まった異様な姿をしていたが、心なしか王宮内にいた時よりも動作が軽く、痛みも感じていないように見えた。


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