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投稿日:2025年12月31日






 いつの間に眠っていたのだろう。
肩を揺すられて、シャルシスは、はっと目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったが、顔を上げた瞬間、頭を土台にぶつけて、すぐに牧草置き場の下に隠れていたことを思い出した。

 まだ寝ぼけ眼のシャルシスを見て、ルーフェンが言った。

「おはよ。……鼻からムカデ出てるよ?」

「えっ⁉︎」

 一気に覚醒したシャルシスが、フンッフンッと鼻を鳴らす。
しかし、鼻息と共に出てきたのは、牧草の粉だけであった。
からかわれたことに気づき、真っ赤になったシャルシスを見やると、ルーフェンは、くすくす笑った。

「目が覚めたみたいだね。よし、じゃあ行こう。そろそろ南門が開く」

 言いながら、ルーフェンは、飼料置き場の下から這い出した。
慌てて追いかけると、降り注ぐ強烈な朝日が、目に沁みこんでくる。
二人は、再び窓を使って貸馬車屋から抜け出すと、近くに寄せてあった台車の影に隠れた。

 屈んで、遠目に南門を伺っているルーフェンに、シャルシスは尋ねた。

「そろそろ南門が開くと言うのは、本当なのか? なぜ分かる」

 ルーフェンは、商人たちが集まり始めた南門を示した。

「昨日四門を封鎖してから、半日以上経ってる。ここらで一度開門しないと、調べる荷馬車が溜まっちゃうでしょ? それは、俺たちの隠れ場所を増やすことにもなる。王宮としては、中身を確認した荷馬車から、どんどん出してしまいたいはずだ」

 なるほど、と頷いて、シャルシスも南門を見る。
やはりルーフェンは、荷馬車に紛れて検問を突破するつもりなのだ。
色々と突拍子のない作戦を、相談もなく実行してきたルーフェンだが、この案には、シャルシスも異論はなかった。

 しかし、ふと眉をひそめると、シャルシスは言った。

「だが……緊急事態だぞ。開門せず、このまま四門の封鎖を続ける可能性もある。確かに、南門には商人たちが集まっているようだが、昨日みたいに、兵に文句を言っているだけかもしれん。もしそうだとしたら、見張りの多い検問近くに隠れ続けるのは、得策ではないのではないか? 今は我々が、新兵に扮していると想定されて、捜索の目が内部に向けられているのだろうが、直にそうではないと気づかれれば、のんびり飼料庫で寝ている場合ではなくなるぞ」 

 ルーフェンは、少し驚いたようにシャルシスを見た。
新兵に疑いの目がかかっていることに、シャルシスが気づいていたからだ。

 ルーフェンは、興味深そうに目を細めると、問い返した。

「……シャルシスくんが俺を追う立場だったら、そうしてた?」

 質問で返されるとは思わなくて、シャルシスは目を丸くする。
けれども、考えてみれば、本来はそうなっていたはずだ。
ルーフェンに解放された後、大人しく王宮に戻っていれば、きっと自分が国王の代理として、騎士団や魔導師団を指揮する立場になっていたのだ。

 といっても、結局は怖気付いて、モルティスやジークハルトなど、頭の切れる臣下たちに頼っていたかもしれない。
けれど、自分は叙任式で、摂政役はいらないとまで言ったのだ。
それではなから人任せにしようなんて、いくらなんでも虫が良すぎるだろう。

 少し考え込んでから、シャルシスは頷いた。

「……そう、だな。余だったら、真っ先に四門を封鎖して、そなたが見つかるまでは開けない。そうしたら、捜索に時間をかける余裕が出るからな。防護結界や検問を力づくで突破されない限りは、そなたを王都内に閉じ込めておくことができる」
 
 ルーフェンは、眉を上げた。

「でもそれだと、商人たちは納得しないだろうね。行商人の中には、足の早い品物を積んでいる人たちもいるし、一回の行商が潰れただけで大損害を被る人もいる。商人でなくても、定期的に出入りが必要な業者は沢山存在するだろう? この辺に積んであるゴミだって、どうしたって定期的に溜まるものだし、緊急ではないにせよ、ずっと捨てに行かずに放置するわけにはいかない。そういうことを生業にしている人達に対して、何の説明もなく突然『しばらく出入り禁止!』なんて言ったら、下手すりゃ暴動が起きるよ」

「う、うむ。それはまあ……」

 言い淀んでから、シャルシスは、強気な顔になって首を振った。

「そこはやはり、理由を説明して分かってもらうしかあるまい。商人達も、召喚師や王子が行方不明となれば、納得せざるを得ないだろう。というか実際、何故この非常時に、民達が状況を理解していないのか分からん。どうして王宮は、ルーフェンと余が失踪したことを公表していないのだ。もう一晩も経っているのだぞ。モルティスたちが触れを出しているなら、もっと騒ぎになっているはずだろう。情報が市民街に広まり、街全体の目が敵となれば、我々は一歩も動けなくなっていた」

 そう言い切ってから、自分の言葉に違和感を感じて、シャルシスは口を閉じた。
あの気位の高いモルティスが、本当にそんなことをするだろうか、と思い直したからだ。

 極端な話かもしれないが、そもそも事の発端は、モルティスがルーフェンを告発したことだ。
すなわち、叙任式での出来事が広まれば、全ての原因はモルティスにあるとして、彼を責める輩が出てもおかしくはない。

 それに、このシュベルテの王都たる所以は、長年王位を担っているカーライル一族と、絶対的な武力を有する召喚師一族、双方が存在する点にある。
その両家──シャルシスとルーフェンが、同時にいなくなったとなれば、かつてないほどの混乱と不安が、王都を飲み込むことになるだろう。
そして、その噂が他街にまで広まれば、そこに付け込もうと、良からぬ事を企む勢力も出てくるはずだ。

 七年ほど前、現実にシュベルテは、セントランスに王位を脅かされたことがある。
そのセントランスと繋がっていた疑惑のあるモルティスが、他街への情報漏洩によって起こる可能性を、考慮しないとは思えなかった。

 シャルシスだって、王座を狙う不埒者が出るのが嫌で、バジレットが倒れたことを公表するのは、自分の心構えができるまで待ってほしいと思ったのだ。
モルティスも、召喚師と王子の逃亡を公にするのは、少し様子を見てからにしようと考えたのかもしれない。

 自分なりに思考をまとめてから、シャルシスは、訥々とつとつと呟いた。

「いや、今はまだ……一般には公表するべきではない、と考えるのが自然だな。我らの不在を、敵対する他街に悟られるのは危険だ。現段階では、様子を見つつ、とりあえず検問の強化だけに注力するべきなのかもしれない。逃げ出した余が言うことではないが……」

 それを聞くと、ルーフェンは微笑んだ。

「君はなかなか賢いね。……ただまあ、それが正解という訳ではないし、王宮がそう考えて公表を控えている、というのも、数ある推測の一つでしかない。騎士団や魔導師団も、馬鹿じゃないんだ。俺たちが捕まらないことに焦って、今日中にでも検問設置の理由を開示して、四門を完全封鎖する可能性もある。そうなると、君の言う通り、いよいよ厄介だ。だから、なるべく早く王都を脱出しないとね」

 不意に、ワクワクとした高揚感が込み上がってきて、シャルシスは、頬を紅潮させて頷いた。
まだ危機を脱したわけではないし、もちろん不安や緊張もある。
だが、自分の考え方を褒められたことが嬉しかったし、ルーフェンの話を聞いている内に、なんだか全て上手く行くような気がしてきたのだ。

 ルーフェンは、南門に視線を戻すと、言い募った。

「これもあくまで推測だけど、封鎖を解くなら、四門全てを同時に開くことはしないだろう。時間を分けて、一箇所ずつ開門する。そうした方が、警戒する場所を一つに絞れるからね。……まず、北門は貴族街で、普段から事前の申請がなければ開かない場所だから、優先度としては低い。東門、西門には通りたい商人が殺到しているから、彼らの怒りを買うまいと思うなら、最初に開けたいのはこの二門のはずだ。ただし──」

「東西門には移動陣がある上、使いたい人間が多い分、我らがその混雑に乗じる可能性が高い……と、王宮は見ているであろうな。実際、西門では物見兵が襲われた。東西門は、最も優先的に開門したい場所だが、最も念入りに警戒したいところでもある」

 食い気味に答えてきたシャルシスに、ルーフェンは首肯した。

「そういうこと。だから俺たちは、最初に開くのは南門だ、というていで動いてきたし、そうなるように陽動もしてきた。勿論、この予想が大外れする可能性もある。一旦検問を離れて、身を隠すのも手だ。でも、ここは思い切って賭けに出たほうが、成功した時にかっこいいでしょ?」

 挑発的な顔になったルーフェンに、シャルシスも、気づけば笑みを返していた。
成功した時にかっこいい、だなんて、そんな子供っぽい理由。
昨日のシャルシスが聞いていたら、この状況で何を馬鹿なことを言っているんだと、呆れ返っていたことだろう。
しかし、今は不思議と、そんな風には思わなかった。
王都から出る、その瞬間が近づいていると思うと、心の底に眠っていた何かがむくむくと膨らんで、理性や冷静さを取っ払っていったのだ。

 シャルシスは、興奮した様子で口を開いた。

「では、隠れる荷台を決めねばならんな! ほどほどに大きくて、兵が調べづらい程度に積荷が多い馬車が良い。それでもって、これは今日中に王都から出さねば、と思われるような品物で……」

 となると、やはり時間が経つと腐ってしまう、食料品を積んだ荷馬車が良いだろうか。
それとも、急ぎで重要な郵便物が紛れていそうな輸送便か。あるいは──。

 ぶつぶつと呟きながら、周囲に放置されている荷馬車を吟味していると、不意に、ルーフェンが肩を叩いてきた。
振り返ると、にっこりと笑みを深めたルーフェンが、自分たちの隠れている荷馬車を指差していた。

「ちょうど条件に合致する荷馬車があるよ。南門には来たのは、そもそもこれが狙いだったんだ」

 そう告げられて、改めて貸馬車屋に横付けしてある台車を眺めると、シャルシスは、先程までの興奮が嘘だったかのように、さっと青くなった。
どうやら、一晩馬小屋で過ごしたせいで、鼻が馬鹿になっていたらしい。
だが、昨夜ルーフェンがひっくり返していた樽の中身を思い出せば──否、思い出さなくても、周囲にブンブンと飛んでいる蝿を見れば、目前の荷馬車の積荷内容はわかる。
これは、集めた馬糞を、外の堆肥場に捨てに行くための荷馬車だ。

 シャルシスは、じりじりと後ずさった。

「こ、これに隠れるつもりか……? 冗談だろう。中身は馬糞だぞ? 余にウンコに浸かれと言うのか⁉︎」

 ルーフェンは、こともなげに台車に乗り込むと、馬糞の詰まった樽を避け、車体前方に載せてある木箱を確認した。
そして、シャルシスの方を見ると、哀れむような視線を向けてきた。

「えぇ、シャルシスくん……そこまでするの? 別にいいけど、降りた後はしばらく近寄らないでね。台車には、馬用の水樽とエサ箱も積んであるから、俺は、エサ箱の中に隠れるよ」

「余もそうするに決まってるだろう‼︎」

 思いがけず、馬糞と同伴すること自体は了承したような言い方になって、シャルシスは頭を抱えた。
ウンコに浸かる、なんていうのは、勿論本気ではない。
シャルシスが言いたかったのは、馬糞と一緒に王都を出るなんてそもそも反対だ、ということだ。
それなのに、どうしてエサ箱で妥協するような流れになっているのだろう。
生まれて初めての冒険、その門出のお供が馬糞と乾草なんて、そんな悲しいことがあるだろうか。
──いや、そういう問題でもないが。

 言いたいことが渋滞しているのか、シャルシスは、ぱくぱくと魚のように口を開閉させている。
一方のルーフェンは、エサ箱に入っている乾草を、窓から飼料庫に投げ入れて減らすと、潜伏の準備を整えた。

「よし、じゃあ乗り込もう。正午の鐘が聞こえても、南門が開く気配がなければ、一度立て直す。その時は、俺が木箱を三回連続で叩くから、そうしたら出てきて。それ以外は、何があっても声を立てちゃ駄目だし、木箱から出てもいけないよ。良いね?」

「良くない!」

 すかさず反発すると、シャルシスは激しく首を振った。

「余はまだ、この馬車に乗るなんて一言も言ってないぞ! 絶対、ぜーったい乗らぬからな!」

 ルーフェンは、駄々っ子を見るような目になった。

「もーわがまま言わないの。ほどほどの二頭立て馬車で、放置したら臭くなっていく一方だから、早く捨てに行きたい積荷。今の俺たちには、うってつけの荷馬車じゃん」

「いや、むしろ何故そなたは嫌じゃないのだ……。確かに、条件的には良いのかもしれんが、なんか……なんか違うだろう!」

──その時だった。
突然、貸馬車屋の方から物音がしたかと思うと、出入口の方に、馬を連れた中年の男が現れた。
商人ではなく、労働者階級の身なりをしたその男は、まっすぐにこちらへと歩いてくる。
まさか、この荷馬車の持ち主だろうか。
どうしよう、と身構えたのも束の間、シャルシスは、ルーフェンに抱き上げられて、荷台の横合いから、エサ箱に放り込まれた。

 木箱内で、咄嗟に膝を抱えた姿勢になると、続けてルーフェンが、頭から乾草を押し込んでくる。
俯けば、なんとか呼吸することはできたが、硬い乾草の茎が肌に刺さって、チクチクと痛かった。

 最後にふたをして、ルーフェン自身も隣の木箱に身を隠すと、ほどなくして、馬蹄の音が側までやってきた。
馬を台車に繋いでいるのだろう、ガチャガチャと金具に革紐を通す音が聞こえてくる。
慌てて隠れたので、気付かれたのではないかとドキドキしていたが、男はエサ箱など気にも止めず、二頭の馬を荷台に繋ぎ終えたのであった。

 やがて、鞭の音が鳴ったかと思うと、ゆっくりと馬車が動き始めた。
最初は、一台分の駆動音しかしなかったが、次第に、車輪の音があちこちから重なり始めて、周辺が騒がしくなってくる。
複数の荷馬車が、南門に集まってきたのだ。

(み、南門が開かれるのか……?)

 木箱の側面に耳をつけて、外の様子を伺う。
いろんな話し声が聞こえていたが、中でも厳しい、兵士らしい太い声が近づいてきたかと思うと、シャルシス達の乗っている荷馬車が、その場で停車した。

「止まれ、止まれ! そこの者、通行許可証を出せ」

「……あ。へ、へえ……どうぞ」

 御者の男が下りて、兵士に許可証を提示する。
それから少しして、荷台にがグラッと揺れたので、シャルシスは硬直した。
積荷を調べるために、兵士が荷台に乗り上げてきたのだ。

 兵士は、樽の蓋を少し開いては閉じ、開いては閉じを、繰り返しているようだった。
だが、蝿のたかった臭い樽など、仕事とはいえ開けたくないのだろう。
全ての樽を調べる気は失せたらしく、早々に荷台から下りて、御者の元へと戻る。

 兵士は、最終確認として、荷台の外から水樽を揺らした。
そして、シャルシスが入っているエサ箱の上に手を置くと、御者に尋ねた。

「これは……水とエサか。他には、何も載せていないな?」

「へえ、誓って。お好きなだけ調べて頂いて結構でさあ」

 気弱な御者を、兵士は全く疑っていない様子であったが、念のため確かめておこうと思ったのだろう。
木箱の蓋をずらして、中を覗き込んでくる。

 頭上から光が差してきて、シャルシスは、思わず息を止めた。
なんとか手指の震えを止めようと拳を握り、祈るように目をつぶる。
頭上には乾草が被さっているので、パッと見ただけでは分からないはずだが、箱の中に手を突っ込まれたら一巻の終わりだ。
そうでなくても、少しでも動いたら見つかる、その恐怖が、余計に手足を震わせたのであった。

 不意に、頭上がかげった。
兵士の手が、詰め込まれている乾草に触れようとした──その刹那。
遠くから、別の声が響いてきた。

「おーい、この辺は昨夜、何度も調べた! 次行くぞ! 東門に増員要請だ!」

「……了解した!」

 迫っていた手が止まり、木箱の蓋が閉じられる。
兵士は、御者に許可証を返すと、急いだ様子で言った。

「このまま進んで、列に並べ。後は門衛の指示に従い、門が開いたら、速やかに出ろ」

「へ、へい、分かりやした。……あのぅ、やっぱり昨日、何かあったんで?」

「お前達には関係ない。いいから、早く行け!」

 御者からの質問を撥ねつけ、兵士は、足速に去っていく。
しかし、門前で足止めを食らった者達からすれば、関係ないと一蹴されるのは、釈然としないだろう。
兵士の足音が遠くなった頃に、御者とは違う、こそこそとした声が聞こえてきた。

「……なんでも、商人殺しの殺人鬼がうろついてるらしいよ。西区で豪商を刺して、金を盗んで逃げたんだって。そんでさ、昨夜は東門の方で、飴売りが不相応にも金貨なんて持ってたみたいでさ。兵士さんが問い詰めたら、乞食のガキからもらったとか、なんとか……」

 おそらく、近くにいた別の荷馬車の持ち主が、話しかけてきたのだろう。
御者は、怪訝そうに返事をした。

「金貨? なんで飴売りや乞食が、金貨なんてものを……」

「だから怪しいんだろう! もしかしたら殺人鬼が、ガキに金を握らせて、ぼや騒ぎでも起こさせようとしたんじゃないかって噂さ。そんで、その混乱に乗じて、雲隠れしようとしたんじゃないか、とかね。おかげで東門は、ちょっとした騒ぎになってるよ。兵士さんが、もう今日は開門しないだなんて言うから、俺ぁ慌てて南下してきたんだよ」

「はぁ……怖いねぇ。まあ、そういう輩は、金持ち連中を狙うから、俺らみたいなのとは無縁だろうけども」

 最後には笑い話になって、別れの挨拶をすると、二人の御者は、それぞれの荷馬車に乗り込んだ。
しばらくして、再び鞭の音が響き、荷馬車が動き始める。
その時になって、ようやく詰めていた息を吐くと、シャルシスは、安堵したように肩の力を抜いた。

 車輪の音を聞きながら、シャルシスはふと、西区付近で金のボタンを渡した、スリの少年のことを思い浮かべた。
商人殺しの殺人鬼なんてものは知らないが、飴売りが持っていた金貨というのは、きっとシャルシスの釦のことに違いない。
詳しい背景はさておき、あの少年は、ルーフェンからもらった釦を、代金代わりに飴売りとやらに渡したのだ。

 豪商が刺されただの、子供にぼや騒ぎを起こさせようとしただのという噂は、根も歯もない憶測が一人歩きして、尾鰭背鰭せびれおびれがついた結果だろう。
ともあれ、これで疑いの目は東西門に集中し、南門が開門することになったわけだから、ルーフェンの陽動は成功したことになる。
彼がとってきた一つ一つの行動は、少し怖いくらいに綺麗に組み合わさって、あっという間に、王都脱出までの道筋を作ってしまったのだ。

 シャルシスは、そっと顔を上げて、隣のエサ箱に潜んでいるルーフェンを透かし見た。
お互い宮殿で暮らしてきた二日前までは、飄々とした上っ面の奥に、底知れない冷酷さを抱えた男だと思っていた。
しかし、そのルーフェンが、自分と同じように馬のエサ箱に入ってるのだと思うと、なんだか不思議だった。
掌上で転がすように王宮側の動きを推測して見せたルーフェンと、汚い土台下や荷馬車に平然と乗り込んでは笑う、子供のような彼の姿が、同一人物には思えなかったからだ。

 ガッタン、と荷馬車が大きく揺れて、その後すぐに、ガラガラと車輪が滑らかに加速し始めた。
ついに、南門を通り過ぎた。
そして、街道に出たのだと悟ると、収まっていた高揚感が、再び込み上がってきた。

 ルーフェンからは、エサ箱が三度叩かれるまでは出るなと言われていたが、シャルシスは、好奇心に負けて、ほんの少しだけ蓋を浮かした。
細い線状の光が走り、もう少し蓋を押し上げると、荷台に積んである樽が目に入る。
それらの隙間から、南門とシュベルテの街並みが覗き、その更に奥に、高く聳え建っている王宮が見えた。
十四年間、ずっと暮らしてきた場所が小さくなっていく様を眺めているのは、夢を見ているような、現実味のない気分だった。

 蓋を閉め、乾草の中に潜り込むと、シャルシスは、一人で頬を緩めた。
冒険らしくなってきただろう、というルーフェンの言葉が、脳裏に蘇る。
荷馬車の中は臭いし、エサ箱の中も居心地が悪かったが、心の底に長らく沈澱していた不安や恐怖は、知らぬ間に、王都の中に置いてきたようであった。


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