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投稿日:2025年12月31日
* * *
ルーフェンとシャルシスが西区で家宅侵入し、南区に向かっていた頃──。
駐屯地を飛び出したトワリスとハインツは、真っ先に、ヘンリ村近くの山荘へと向かった。
もはや廃屋ともいえるその無人の屋敷は、ルーフェンが気に入って、時折出入りしていた隠れ家のようなものだ。
逃走したルーフェンが、防護結界を抜けている確証はなかったし、ジークハルトたちと足並みを揃えて、城下を探索しても仕方がない。
魔導師団側が知らず、トワリスたちだけが知っている場所で、ルーフェンが立ち寄りそうなところは、この山荘の他に思い当たらなかった。
宮廷魔導師の権限を剥奪されなかったのを良いことに、腕章を提示して検問を突破すると、トワリスとハインツは、シュベルテの東門を抜けた。
ヘンリ村は、ここから山一つ越えた先にあるので、距離としてはそう遠くない。
しかし、初春の夕暮れは短く、王都を出た時には、遠くの山稜から覗いていた夕陽が、山を登り切る頃には、すっかり薄闇に飲み込まれていた。
視界が徐々に暗くなっていく中。
休まず山道を走ってきたトワリスたちは、山荘が建っていた場所に到着して、思わず絶句した。
そこにあったのは、風に晒されて冷え切った、無残な焼け跡だったからだ。
この辺りには、他に建物など建っていない。
黒焦げになって積み重なった瓦礫は、間違いなく、探していた山荘の残骸であった。
息を整えながら、トワリスが呆然としていると、その後ろで、ハインツが呟いた。
「ル、ルーフェンが……やった、のかな」
おずおずと焼け跡に近づくと、ハインツは、瓦礫の一部を持ち上げて、中を覗き込んでいる。
すん、と空気の匂いを嗅いでから、トワリスは頷いた。
「ほとんど煙の臭いがしない……。多分、かなり前にルーフェンさんが燃やしたんだ。この場所は、特定の人間しか近づけないし、この屋敷だけが、綺麗に燃えてるもの」
「……かなり前、って、いつ?」
「分からない。……少なくとも、昨日よりは前だよ」
「…………」
瓦礫を元に戻したハインツが、言葉を失った様子で、その場に立ち尽くしている。
ハインツの言いたいことは、よく分かった。
分かっていたが、改めて口に出すと、受け入れ難い事実が現実として迫ってきそうで、二人とも、しばらく沈黙していた。
ルーフェンは、この山荘に何かを隠していた。
それが何かまでは、トワリスもハインツも知らなかったが、この屋敷には、ルーフェンの不在時に誰かが近づいても存在が認知されないよう、結界まで張られていたくらいだ。
よほど重要な何かが、この山荘には眠っていたに違いない。
それを事前に焼き払っていた、ということは、やはりルーフェンは、自分が追われる身になると分かっていたのだろう。
だから、予めこの山荘を燃やして、隠していたものを隠滅したのだ。
そしてそれは、もう二度とこの場所には帰ってこない、という意思表示であるようにも思えた。
ひんやりとした夜風が、さらりと髪を撫で、木々の間をすり抜けていく。
その冷たさを感じながら、トワリスはふと、数日前、最後にルーフェンに会った時のことを思い出した。
フラフラと駐屯地に現れたかと思いきや、くだらない雑談だけをして、「元気でね」と言い残していったルーフェン。
そういえばあの時、彼は、二人で話したいことがある、と言っていた。
話とは、一体なんだったのだろうか。
もし頷いていれば、自分が王都から去るつもりであることを、話してくれていたのだろうか。
トワリスもハインツも、数日前にルーフェンに会っていたが、あまりにいつも通りの態度だったから、その後いきなり彼が姿を消すなんて、予想もしていなかった。
不意に、視界の端で小さな光が揺れて、トワリスとハインツは、はっと身構えた。
暗がりに揺れる人影が、ガサガサと茂みをかき分けながら、こちらに近づいてくる。
咄嗟に剣に手をかけると、人影は、慌てたように声を上げた。
「ま、待った! 俺だよ!」
「……カイル!」
剣から手を引いて、ハインツと同時に構えを解く。
夜闇から姿を現したのは、ヘンリ村に住むリリアナの弟、カイルであった。
カイルは、茂みから抜け出して、角灯を掲げると、トワリスとハインツを交互に見た。
「びっくりした……トワリスとハインツがいると思って近づいてきたら、いきなり剣構えるんだもんな。斬って捨てられるかと思ったよ」
「ご、ごめん。こっちからだと、茂みの影に隠れて、よく見えなかったんだ」
トワリスが謝ると、カイルは、安堵したように息を吐く。
しかし、すぐにいつもの小生意気な態度に戻ると、何気なく山荘の焼け跡を見て、言った。
「ま、いいや。ちょうど良かったよ、二人とも。ルーフェンから預かってるものがあるんだ。渡したいから、暇ならうちに来て。ちょっと相談したいこともあるし……」
何気なく飛び出したルーフェンの名前に、トワリスとハインツが、大きく目を見開く。
トワリスは、勢いよくカイルの肩を掴むと、立て続けに問うた。
「預かってるものって……ルーフェンさんに会ったの⁉︎ いつ! 何を預かったの!」
がくがくと肩を揺さぶられて、カイルは、目を白黒させた。
ルーフェン逃亡の報は、ヘンリ村には届いていないのだろう。
なぜ二人が過剰に反応しているのか、カイルには、理解できていない様子であった。
トワリスの手をばしばしと叩いて止めると、カイルは、戸惑ったように答えた。
「が、外套だよ! 三日くらい前に、トワリスに返して欲しいって、ルーフェンが訪ねてきたんだ。ただ、受け取ったはいいものの、やけに重い外套だなーと思って調べてみたら、大金と手紙が包まれててさ。俺も姉さんも驚いちゃって……。どういうつもりなのか聞こうと思って、ここ数日、ずっとルーフェンのことを探してるんだ。だけど、例の如くどこにいるのか分からないし、幽霊屋敷はいつの間にか燃えてるし……もうトワリスたちに相談するしかないと思って」
「……外套と、お金と、手紙……」
反復して呟きながら、トワリスは、石のように動かなくなった。
カイルの顔をじっと見つめて、何やら考え込んでいる。
外套と聞いて、すぐにはピンと来なかったが、確か、最後に会った時、顔も隠さず出歩くルーフェンに、トワリスは自分が使っていた外套を被せた。
返して欲しいというのは、おそらくそれのことだろう。
だが、あの外套は任務のために用意した安物で、わざわざリリアナとカイルを介してまで、返すような代物ではない。
そんなことは、古臭い見た目からして、ルーフェンも判断がついたはずだ。
となると、外套というのは建前で、重要なのは金と手紙の方なのだろう。
剥き出しで大金など持っていっても、リリアナたちが戸惑うだろうと思ったから、ルーフェンは、外套を口実に使ったのだ。
トワリスは、肩を握る手に力をこめると、カイルに尋ねた。
「手紙……手紙には、なんて書いてあったの?」
カイルは、首を横に振った。
「し、知らない。大金に添えてあって、トワリスやハインツ宛かもしれないし、勝手に見ない方がいいって姉さんが言うから、俺たちは見てないよ」
「…………」
黙り込んだトワリスとハインツは、何やらただならぬ雰囲気で、再び思案顔になる。
そんな二人を眺めながら、カイルは、困惑した口調で言った。
「とにかく、何があったのか知らないけど、気になるならうちに来てよ。手紙も金も、手をつけずにとってあるからさ」
言いながら、トワリスの手を外して、カイルは下山道を角灯で照らす。
トワリスとハインツは、互いに顔を見合わせると、ややあって、頷いたのであった。
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