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投稿日:2025年12月31日




第一章──岐路に立つ旅
第三話『激突』





「召喚師ルーフェン・シェイルハートは、神のご意志に背く邪悪な悪魔であった! 奴が生まれ落ちた日、大気は裂け、雷鳴が轟き、闇が空を覆った! その災異こそが凶兆! 悲劇の始まり、惨禍の前触れである! 召喚師一族は、何故生まれたのか? 呪え! 奴らを呪え……!」

 口々に叫びながら、列を成して行進していくイシュカル教徒たちを横目に、ジークハルトは、白く沸き立つ空を見上げた。
照りつける明昼あかひるの陽光が、じりじりと皮膚を焼く。
サーフェリアの南西、街としては最南に位置する城塞都市ライベルクは、初夏といえど、厳しい暑さに見舞われていた。

 召喚師ルーフェンと王子シャルシスが姿を消してから、約二月──。
王都の封鎖や各地での検問設置など、あらゆる策を講じて捜索を続けていたジークハルトたちであったが、未だ彼らの足取りを掴むことは出来ていなかった。
捜索範囲を王都外へと広げていくにあたり、大司祭モルティスは、已むを得ずルーフェンの逃亡を公表。
シャルシスが誘拐された件に関しては、国内の混乱を避けるため、という理由で公にはなっていないが、召喚師の失踪だけでも、世間に衝撃を与えるには十分な報となっていた。

 報が出回ったことで、地方での情報収集と捜査協力を願い出ることが可能になったが、一方で、それは争いの煽動に繋がる危険性も孕んでいた。
ルーフェンの不在を明かすということは、召喚師派と反召喚師派の衝突を助長することになりかねず、また、今後王都の没落を企てる者たちが、勢いづくことにも繋がっていくだろう。
現に、王都シュベルテの周辺や、リオット族に対する差別意識が強い南方では、反召喚師派であるイシュカル教徒たちの活動が激化している。
モルティスからすれば、同派の活発化は計算の内だったのかもしれないが、王都が第三勢力から狙われることについては、教会にとってもジークハルトら魔導師にとっても、脅威でしかない。
そういった危険を冒してまで、ルーフェンの失踪を公表したにも拘わらず、捜索が難航しているというのは、王宮にとっては由々しき事態であった。

 そんな折、状況が動いたのは、今から一月ほど前のことであった。
宮廷魔導師のアレクシアが、ルーフェンとシャルシスの二人が、南方のライベルクに立ち寄った姿を"た"のである。
視たと言っても、その時まだ中央部にいたジークハルトたちが追いつく頃には、もうルーフェンたちは南方を離れているかもしれない。
知らぬ者に信憑性を説明しづらいアレクシアの能力を理由に、南方常駐の全ての魔導師たちを動かすのも難しいだろう。
だが今は、他に手がかりが一切ない状況である。
藁にもすがる思いで、ジークハルトは、アレクシアとギールを伴い、城塞都市ライベルクへと足を向けたのであった。

 道中、ジークハルトたちは、南方を管轄する魔導師団の支部と連絡を取り合いながら、街や村──特に移動陣が設置されているような都市に、警戒態勢を敷かせた。
ジークハルトたちの南下と入れ違いで、ルーフェンたちが北上することを防ぐためである。
といっても、街道沿いを通らずとも北上はできるので、これは完璧な策ではない。
加えて、長期間検問を置くことで商団の巡りが滞ることになれば、ただですら水不足に陥りがちな南方地域が、やがて枯渇することになるだろう。
だが、ルーフェンたちとて生身の人間である。
酷暑の中、一度も街や村に立ち寄らずに旅を続けることはできないだろうし、シャルシスを連れているなら尚更、砂漠越えなど難しいはずだ。
北上するみちを塞げる間に、南方にルーフェンたちを追い詰め、捕縛する──ジークハルトたちには、そうする他ないのであった。

 ライベルクに到着すると、ジークハルトたちは、まず駐在所に立ち寄った。
ここで、西方カルガンを取り仕切っている宮廷魔導師の一人、ヨーク・ヴィルマンと落ち合うことになっている。

 ヨークは、先の内儀に出席していたハブロ・ノームの弟子で、元は呪術を専門とする研究者だ。
三十歳を超えてから宮廷魔導師に転身し、以降、十年近くハブロと共にカルガンの平穏を保ってきた。
王都には寄り付かない男なので、ジークハルトも、その人となりはよく知らない。
だが、これから相手にするのは、王子を人質にとったこの国の召喚師である。
今はとにかく、ルーフェンと対峙して戦力になる頭数が欲しかった。



 ライベルク常駐の魔導師に案内され、堅牢な石造の駐在所へと入っていくと、ジークハルト一行は、奥の一室へと通された。
円卓が置かれているだけの狭い部屋で、長身の男が、窓の外を眺めて佇んでいる。
男──ヨークは、入室してきたジークハルトたちを見ると、懐から出した眼鏡をかけた。

「お初にお目にかかる、ヴィルマン卿。俺がジークハルト・バーンズだ。こちらは同じく宮廷魔導師の、アレクシア・フィオールと、ギール・レドクイーン。遅れて申し訳ない」

 そう言って、ジークハルトが礼をすると、ヨークは、訝しげに目を細めた。
そして、ジークハルトの後ろに立っているアレクシアとギールを一瞥してから、円卓の方へと向かった。

「……いえ、お会いできて光栄ですよ、バーンズ団長。改めまして、西方部隊のヨーク・ヴィルマンです。以後よろしく」

 固い声で言いながら、ヨークは、椅子を引いて着席する。
それに倣い、三人も円卓に着くと、ヨークが、早々に口火を切った。

「お話は大体伺っています。カルガンからここまでの街道沿いにも、何箇所か検問を敷いてきました。……が、北上経路を塞いだところで、封鎖区域がライベルク以南というのでは、あまりにも捜索範囲として広すぎますね。南方で召喚師一行が立ち寄りそうなところに、心当たりはあるのですか?」

 口調は丁寧ながら、まるでルーフェンたちを王都外に逃してしまったことを責め立てるような、刺々しい言い方であった。
むっとした顔になったギールを制して、ジークハルトが、円卓上に地図を広げた。

「心当たり、というほどではないが、一箇所、可能性が高い場所ならある。……ここだ」

「……ノーラデュース? ルンベルト隊の旧砦跡か」

 地図上を指し示して、ジークハルトは頷いた。

「この辺りには、都市部に参入しなかったリオット族たちが棲んでいる。彼らは元々、召喚師の傘下に入っていた一族だ。逃亡中のルーフェンが訪ねてきたら、迷わず匿うことを選ぶだろう。ルーフェンの姿がライベルクで確認されてから、かれこれ一月以上経っている。各所で情報が出回っている今、奴が南方で長期間の潜伏先を選ぶとすれば、ノーラデュース以外に考えられない」

「…………」

 ヨークはつかの間、冷たい目で地図を睨んでいた。
だが、ジークハルトに視線を移すと、口を開いた。

「……確かに、ライベルク以南に限定して考えれば、召喚師が癒着関係にあるリオット族を頼るだろう、というのは予想として堅いですね。しかし、我々四人全員が向かう動機としては、少し弱いのでは? これでノーラデュースに召喚師がいなかった、となれば、またライベルクに戻り、捜索範囲の見直しから始めて、大幅な時間浪費になるでしょう。その間、南方を封鎖し続けるというのは現実的ではありませんし、ここは、改めて居所を探る特定班と、ノーラデュースに向かう追跡班の、二手に分かれるべきではないですか?」

 ジークハルトは、小さく息を吐いた。

「貴殿の言うことも分かる。ルーフェンがノーラデュースにいるかどうかは、実際のところ賭けだ。リオット族を訪ねるだろう、などというのは、簡単に予想がつく行動だからな。俺も最初は、そんな見え透いた手段を奴がとるとは思えん、と考えていた。しかし奴は、今もシャルシス殿下を連れ歩いている。子供一人を連れての荒野超えで、誰かに頼らざるを得ない状況に追い込まれた可能性もある。そうでなくても、この酷暑の中で、あえてリオット族以外に当てのない南方に踏み入ったのには、何か理由があるはずだ。……希望的観測かもしれないが、他に手がかりがない以上は、そう予測して動くしかない。手分けをして、少人数で捕縛しようなんていうのは、それこそ召喚師を相手に、現実的ではないだろう」

 ヨークは、背もたれに寄りかかると、ジークハルトの顔をじっと見つめた。
一見、冷静に召喚師の動向を見極めようとしているように見えるが、その実、ジークハルトも焦っているだろう。
召喚師と王子の失踪などという異例の事態が起きてから、もう二月以上が経過したのだ。
召喚師側も、終わりの見えない逃亡生活に嫌気が差している頃だろうが、ジークハルトもまた、捜索を指揮する立場上、心身ともに相当追い詰められているはずだ。

 内心ほくそ笑みながらも、表情は崩さず、ヨークは尋ねた。

「疑問なのですが、召喚師は、なぜシャルシス殿下を連れ出したのでしょうね? 王族の誘拐など、無駄に罪を重くするような真似をするなんて、彼の真意が全く読めない」

 ジークハルトに代わり、ギールが、忌々しそうに口を挟んだ。

「当然、人質としての利用価値があるからですよ。殿下を盾にされたせいで、我々は思うように動けなかったんです」

「それは、王宮内での話でしょう。私が聞いたのは、"なぜ殿下を王都外に連れ出したのか"です。質問の意味を履き違えないで頂きたい」

 悪意のこもった切り返しに、ギールが眉を寄せる。
ヨークは、呆れたようにギールを見てから、ジークハルトに向き直った。

「逃亡する段階、つまり王宮内では人質として活用できても、潜伏中は、我々に見つからないこと、そして追いつかれないことを最優先するべき、と考えるはずです。にも拘らず、旅慣れしていない殿下を王都外で連れ歩くなんて、脚が遅れる原因にしかならないと思いますがね。私だったら、王宮を出た時点で殿下を解放し、後は単独で動きます」

 ギールが反論する前に、ジークハルトが淡々と返した。

「召喚師が殿下を連れ歩いている理由に関しては、俺たちも分からん。打算的な意味があるのだとしたら、情報の公開を遅らせるためだろうな」

「情報の公開? ……ああ、王宮側からすれば、殿下を奪われるような失態があったとは言い出しづらいだろうと。そういうことですか?」

 ジークハルトは、疲れたような表情で首肯した。

「現に教会は、王子の誘拐は公表しない方向で決定したからな。召喚師の逃亡については触れを出したが、こちらも王子のことを隠している手前、大々的には指名手配できていない。結果的に、世間の目は召喚師だけに向き、逃亡したのは子供連れではなく、一人きりだと思い込まれている。奴にとって、シャルシス殿下と行動を共にしていることは、動きづらくなる要因でもあるだろうが、それ以上に、良い偽装工作になっているのやもしれん」

 ヨークは、唸るように言った。

「それにしたって、偽装工作と言うには弱い気がしますがね。子供を連れることで民の目を欺きたいというなら、わざわざ殿下にせずとも、その辺で素性の割れづらい子供を買えば良い話だ。自分はいつでも殿下を殺せる立ち位置にいると、我々を挑発することを目的としているのか? あるいは逆上して、殿下の殺害そのものを目論んでいるのか……」

 考え込むヨークの呟きを、ジークハルトが遮った。

「それはない。殿下を殺したところで、ルーフェンには何の益もないし、告発された時点でも、逆上して冷静さを欠いている様子はなかった。第一、ライベルクを通過した段階では"二人と思しき姿"が確認されている。殺害目的だったなら、もっと早くに殺していたはずだし、挑発目的なら、表立って殿下の誘拐を仄かしてくるはずだ」

 眉をひそめると、ヨークは疑わしげな顔になった。

「──それ。その"二人と思しき姿"というのは、召喚師一行のことで間違いないのですか? そもそも、彼らが南下したという情報そのものが怪しいと、聞いた時から疑っていたのですよ。隊商すら避けて通る夏場のノーラデュースに逃げようなどと、追っ手側も追跡に苦心するという利点を差し引いたって、自殺行為だとしか思えない。召喚師が殿下を生かし続けるつもりで誘拐したと仮定するなら尚更、南は避けるべきでしょう」
 この問いには、アレクシアが嫌味っぽく答えた。

「召喚師と王子の二人が、ライベルクの"ターニア亭"という安宿に立ち寄っていたのは確かよ。ターニア亭の店主にも、確認が取れているわ。ライベルクでその姿を視てから、私たちは、二人を南方に追い込むような形で、王都から北上経路を塞いで南下してきたの。だから現状、彼らがノーラデュースの近辺に潜伏している可能性は高い。でも、貴方のご心配通り、断言はできないわね。検問も絶対ではないし、時間をかければかけるほど、退路を見出されて捜査網を突破される確率は上がっていくわ。つまり、こんなところで長々と管を巻く貴方に付き合っている暇はないってこと。お分かり?」

 先程から続くヨークの尋問が、気に入らなかったのだろう。
皮肉たっぷりの笑みを浮かべて、アレクシアは鼻を鳴らす。

 ヨークは、眉を寄せると、アレクシアの容姿に無遠慮な視線を投げかけた。

「フィオール卿……お噂はかねがね。不確かなまま動いて予測を外す方が、大幅な時間浪費になると思い、このように申し上げているのですがね。貴女はよほど、ご自分の力に自信をお持ちのようだ。何の術式を施すこともなく、遠方にいる人物を視認できる魔術など、見たことも聞いたこともありませんが。……貴女の持つ"遠見えんみ"の魔術とは、一体どのようなものなのです?」

 アレクシアは、蒼い目を細めた。

「魔術じゃないわ、生まれつきの特殊体質みたいなものよ」

「ほう、特殊体質ときましたか。興味がありますね。では現在、召喚師一行が一体どこにいるのか、お聞かせ頂いても?」

「あら、ごめんなさい。残念ながら、そう自由自在に国中を見渡せるようなものじゃないのよ。そんなに便利な能力なら、貴方の汚点や恥も見抜いて、この場で晒すことが出来るのだけどね。今後、視えたら聞かせて差し上げるわ。きっと、自分で舌を噛み切りたい気分になるわよ」

「やめろアレクシア」

 ジークハルトが、アレクシアの頭を軽く叩いて、応酬を中断させる。
一つ咳払いすると、ジークハルトは、ヨークに向き直った。

「失礼、気にしないでくれ。こいつはこういう性格なんだ。……が、アレクシアの能力は本物だし、信頼性は保証する。時間がない、というのも理解してもらいたい。貴殿は、召喚師一行がノーラデュースにいなかった場合を憂慮しているようだが、改めて居所を特定しようとしたところで、ルーフェンたちを確実に捕捉することなどできないだろう。むしろ俺は、可能性が高い、と言える今が好機だと考えている。思うところはあるだろうが、召喚師の追跡に協力するつもりがあるのなら、命令だと思って俺に従って頂きたい」

「…………」

 ヨークは長い間、不愉快そうに歪めた顔で、ジークハルトを見つめていた。
しかし、わざとらしく溜息をこぼすと、眼鏡をかけ直して言った。

「召喚師が失踪したこの非常時に、本部からの要請を拒むわけがないでしょう。協力するつもりは、当然ありますよ、元々これは、ノーム師からのご依頼ですしね。……なに、ろくな根拠もなく南下しようというなら、私は反対だと言いたかっただけです。それなりの確信を持って、召喚師一行の潜伏先をノーラデュースだと言うなら、私もその可能性に賭けようじゃありませんか」

 次いで、窓の外を一瞥してから、ヨークは席を立った。

「……今は陽が高い。出発は、日没からでよろしいですね。それまでは、各自しばしの休息ということで」

 一方的に話を切り上げると、ヨークは、そのまま部屋を出て行ってしまう。
ギールは、その横柄な態度に不満を募らせている様子であったが、口には出さず、自らも腰を上げた。

「僕は馬の手配をしてきます。他に何か入用のものはありますか?」

「……いや、荷物は極力軽い方が良い。馬はカヤクの雌馬にしてくれ。頑丈で暑さに強い」

「承知しました」

 ジークハルトに敬礼し、ギールも、足速に退室する。
アレクシアは、扉が閉まったことを確認すると、詰まっていた息を吐き出した。

「レドクイーンの鼻垂れも大概だけど、あのヨーク・ヴィルマンとかいう男も、ろくな奴じゃないわよ。連れて行かない方がいいんじゃない?」

 ジークハルトは、ため息混じりに首を振った。

「お前が挑発するようなことを言うからだろう。ガキじゃあるまいし、いちいち噛み付くな」

 アレクシアは、ふんぞり返って蒼髪をかき上げた。

「失礼ね、先に挑発してきたのはあっちよ。ああいう勘違い野郎は、下手に出たって付け上がるだけなんだから、従順なフリして見せる必要なんてないじゃない。はあ、余裕のない中年オヤジって、どうしてあんなにみっともないのかしら」

「…………」

 言って聞かせるのは諦めた様子で、ジークハルトは黙り込む。
しばらくの間、ジークハルトは、円卓に肘をついて何かを考え込んでいたが、ややあって立ち上がると、小声で返した。

「ヴィルマン卿の敵意は、あるとするならば、魔導師団に対してではなく俺に対してだ。……団の総意が召喚師と王子の捜索にある内は、何ら問題はない。お前も、今は召喚師の追跡に集中しろ」

「……問題はない、ねぇ。ふーん……」

 冷めた口調で答えて、アレクシアは肩をすくめる。
ジークハルトは、眉を寄せてアレクシアを見たが、椅子にかけていたローブを羽織ると、何も言わずに部屋を出たのであった。


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