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投稿日:2025年12月31日
南方部隊の魔導師六名を引き連れ、ジークハルトたちがノーラデュースの旧砦跡に到着したのは、ライベルクを発ってから、五日後の夕刻であった。
ここは、困窮したリオット族による隊商襲撃などが多発していた頃に、その牽制を目的として結成された、ルンベルト隊が拠点としていた場所だ。
ジークハルトの父オーラントも、かつてはこの砦で、リオット族監視の任についていた。
現在はリオット族の解放と都市部参入が進み、ルンベルト隊も解散になったため、この砦を利用する魔導師はいない。
しかし、ジークハルト一行が門前に馬を停めた時、その石積みの砦からは、確かに人の気配がしたのであった。
重厚な鉄門を抜け、四方を石壁に囲まれた広間に入っていくと、部屋の隅の方から、ぼそぼそと囁く話し声が聞こえてきた。
物見用の小窓から差し込む斜陽の下に、十数名の人影が佇んでいる。
引き攣った目元の皮膚を隠すように、頭まですっぽりと織布を被った彼女らは、リオット族の女子供たちであった。
「魔導師だ……」
「王都の魔導師だ」
「ここまで来た……」
口々に片言を呟きながら、女たちは、警戒したようにジークハルトたちを凝視している。
構わず近づいていくと、女たちは、子供を守るように内側に取り囲み、怯えた様子で身を寄せ合った。
ジークハルトは、外套をめくって腕章を見せると、静かに口を開いた。
「俺はジークハルト・バーンズ。シュベルテから来た宮廷魔導師だ。……貴女たちリオット族の長に、聞きたいことがある。案内を頼めるか」
「…………」
長ならば、話が通じるだろうと考えての申し出であったが、それに対して、女たちは何も答えなかった。
ハインツを含め、都市部に働きに出ているリオット族の男たちは、辿々しい物言いが目立つものの、普通に会話することができる。
しかし、目の前にいる女たちは、まともに言葉を発することができなさそうだ。
それが、単純な言語能力の問題なのか、それとも魔導師を前にした緊張や恐怖心からくる精神的な問題なのかは分からなかったが、とにかく、この場で何かを聞き出すことは難しいように思えた。
さて、どうしたものかと考え込んでいると、こちらを伺っていたリオット族たちの中から、一人の女が歩み出た。
「……長のラッセルは、ここにはいない。今は、砦から離れた洞の中で暮らしているわ」
敵意を隠した冷静な態度と、流暢な言葉遣い。
左目が潰れた、リオット族にしては小柄なその女は、毅然とした表情で一行の前に立ちはだかった。
ジークハルトは、女をまじまじと見つめてから、訝しげに尋ねた。
「ここにはいない? 貴女たちは、ノーラデュースで分かれて生活しているのか? というより、なぜリオット族の女子供がこの砦にいる」
一見関係がなさそうな会話内容からも、ルーフェンの居所に繋がる糸口が見つからないかと、女の言動を観察する。
リオット族が、ルーフェンを匿っていようがいまいが、いきなり「召喚師はどこだ」などと脅しても、必要以上に警戒されるだけだ。
多少遠回りな聞き方にはなるが、まずは、慎重に探りを入れていくべきだろう。
女は、少し間を開けてから、淡々と答えた。
「陽の高い時間帯だけ、避暑地として砦を使わせてもらっているの。ここなら暑さで干からびることはないし、ガルムの村も近いから、物資も調達しやすい。ただ、長は耄碌して、ろくに外を出歩けない。だから、洞の棲家に置いてきたわ。陽が沈んだら食料を調達し、私たちもその洞に戻る。最近はその繰り返しよ。私達リオット族は、若い者達が都市部で稼ぎ、子持ちや年寄りは、同胞が眠るこの地に残って生活している。……勝手に砦に居着いたことを怒っているなら、代表して謝りましょう。すぐに出て行くから、許してほしい」
「…………」
ジークハルトは、そんな彼女の様子を、
軽く頭を下げ、女が謝罪の意を示す。じっと見据えていた。
今のところ、女の言葉に疑わしい部分はない。
ノーラデュースの気候に慣れているリオット族といえども、酷暑の荒地で過ごし続けるのは堪えるのだろうし、体力のない子供を、日中だけでも屋内で休ませようと考えるのは、至極真っ当なことだ。
集まっている女子供たちが、異様なまでに狼狽えている点は気になったが、それも、魔導師の監視下に置かれていた一族の過去を思えば、当然の反応であった。
(ルーフェンがリオット族を頼るだろうという推測は、やはり浅慮だったか……? しかし、アレクシアの遠見によれば、ルーフェンが今ノーラデュースにいることは確かだ。リオット族が目的でなかったのだとしたら、奴は何故こんな荒地に来た……?)
険しい表情を変えずに、ジークハルトは首を振った。
「この砦は、もう魔導師団の所轄ではない。俺たちがノーラデュースに来たのは、別の理由だ。リオット族の長に……いや、長でなくても、話せるなら君で良いのだが、少し聞きたいことがある」
「聞きたいこと? ……王都の宮廷魔導師が、一体何を?」
顔を上げた女が、怪訝そうに眉を動かす。
ジークハルトは、慎重に言葉を選びながら、静かに尋ねた。
「──召喚師、ルーフェン・シェイルハートの行方について、何か知らないか?」
「…………」
女の後ろで、他のリオット族たちが息をのむ音がした。
だが女は、動揺することなく、鋭い右目でジークハルトを見上げている。
少しの沈黙の末、女はため息混じりに答えた。
「……私たちは、何も知らない。彼が失踪したという噂自体、つい最近になって耳にした。召喚師様とは、七年前のアーベリト没落以降、疎遠になってしまったし、もう何年も連絡を取っていないわ」
ジークハルトが、次の言葉を吟味していると、ヨークが横から口を出した。
「念のため忠告しておきますが、虚偽を返答した場合は、貴女方リオット族も罰せられることになりますよ。無論、この場にいる者達だけではありません。都市部に住むリオット族も含め、一族全員です。……彼の召喚師は、今や売国行為を働いた大罪人と成り下がった。それを庇おうとすれば、どうなるのか……言わずとも分かりますね。ものはよく考えてから、口にした方が良い」
「…………」
明らかな脅迫に、女のこめかみを汗が伝う。
ぐっと拳を握ると、女は顔をしかめた。
「そんなことを言われても、知らないものは知らないのだから、他に答えようがない。お前たちこそ、よく考えてから物を言え。我々リオット族は、貴方たちと同じ人間よ。一般市民を一方的に脅迫し、かつてのように迫害したことが明るみに出れば、商人連中に目をつけられて、困るのは魔導師団の方だ」
食ってかかるように反論してきた女を、ヨークは、不愉快そうに睨みつける。
しかし、それに対しては何も言わず、振り返ると、ヨークは、そばで控えている魔導師たちに声をかけた。
「──行け、砦内をくまなく探すのだ」
「はっ!」
敬礼した魔導師たちが、素早く散って、広間から四方に伸びる通路へと走っていく。
細々とした追加の指示を出しながら、その場を離れたヨークの姿を、女は、強張った顔つきで見つめていた。
ふと、女の拳が震えていることに気づくと、ギールが口を開いた。
「……貴女、名は何と言うのです?」
はっと我に返った女が、ギールの方を見る。
警戒を強めたような顔になると、女は、短く返事をした。
「……私は、ノイ」
ギールは、深く頷いた。
「ノイさんですね。……僕は、同じく宮廷魔導師の、ギール・レドクイーンと言います」
「レドクイーン……?」
「ええ、そうです。武器商家の。……昔、リオット族の皆さんに、大変お世話になりました」
驚いた様子で、ノイが大きく目を見開く。
ギールは、彼女の前に立つと、ちらっとヨークの方を一瞥してから、囁くように言った。
「そう怯えないで下さい。先程あの男は、リオット族の立場を脅かすような言い方をしましたが、それは魔導師団の意図するところではありません。我々は当然、貴女方の今後の地位も守りたいと考えています。ですが、ルーフェン・シェイルハートが、大罪人であることは事実です。奴の肩を持つような行為が発覚すれば、蔵匿罪に問わざるを得ない。決して、貴女方がリオット族だからということではなく、裁くべき罪を見逃すことは出来ないから、このように言っているです。……本当に、召喚師のことは、何も知らないのですね?」
「…………」
ノイは、血の気のない表情で、ギールの暗緑の目を見つめていた。
ギールの瞳には、差別意識に囚われない、確固たる正義の意思が宿っている。
しかし、その奥にある爛々とした光は、かつてリオット族を追いやった魔導師たちの眼光と、どこか似た鮮烈さを持っているような気がした。
ノイは、目を伏せると、ゆるゆると首を振った。
「……知らない。本当に」
「そうですか……」
残念そうに返事をして、ギールは嘆息する。
次いで、ジークハルトとアレクシアの方を向くと、ギールは言った。
「召喚師は、もうどこかへ移動してしまったのでしょうか? 五日前までノーラデュースにいたのは、確かなのですよね、アレクシアさん」
「……ええ。ま、ノーラデュースのどこなのかは分からないけど。私が視たときは、洞窟のようなところにいたわ」
アレクシアは、興味がなさそうに答える。
ギールは、顎に手を当てると、考え込むように俯いた。
「この時期にノーラデュースを転々とするなんて自殺行為ですから、どこかしらに定住して身を隠していると思ったんですがね。まさか奴は、リオット族と同じように、避暑に洞なんかを利用して、移動しながら生活しているんでしょうか」
意見を求めるように、ジークハルトを見る。
対して彼は、ただ黙って、リオット族たちに視線を据えていた。
リオット族たちは、居心地が悪そうにその視線を受け、身を縮こまらせている。
ややあって、すっと目を細めると、ジークハルトはノイに近づいた。
「……貴女達に、意見を聞きたい。召喚師が誰に頼ることもなく、このノーラデュースで一月以上も身を隠しながら生活するのは、実際のところ、可能だと思うか?」
落ち着いた、しかし威圧感がある低い声で問われて、ノイは一歩後ずさる。
こくりと息を呑んでから、ノイは答えた。
「……正直、難しいでしょう。夏のノーラデュースには、水場すらない。何日も過ごすなら、食料を近くの村で入手したり、通りすがりの商隊を襲ったりして奪うしかないけれど、今は貴方たちが各地に検問を設置しているから、ルーフェン"たち"にはそれができない。加えて、洞で暑さを凌ぐといっても、ここらにある洞は、ほとんどが土蛇の古巣よ。まず場所を把握していなければ辿り着けないし、偶然見つけても、それが使われている巣だったら、自分たちが餌食になって終わり。土蛇は滅多に地上に出てこないから、仕留めるには巣穴の中で殺さないといけない。でも、崩れやすい巣穴の中で動き回れば、最悪こちらも生き埋めになる。古巣を見極め、時には狩り、その場所を行き来しながら暮らせるのは、長年ノーラデュースにいる私たちだからこそ出来ることだもの」
「……なるほど」
何か確信を得たように、ジークハルトが目の奥が光る。
アレクシアは、そんな彼を訝しむように見ていたが、すぐにその狙いを察すると、やれやれと肩をすくめた。
ジークハルトは、尚も質問を続けた。
「では、裂け目の底はどうだ?」
「裂け目の底……? 私たちが追いやられていた、奈落のこと?」
「そうだ。あそこなら、追手はかかりづらいだろうし、地下深くだから暑さもしのげるだろう」
ジークハルトの不躾な尋ね方に、ノイは、苛立たしげに口調を荒くした。
「落ちたこともないくせに、知ったような口をきかないで! 追手がかからないとか、暑さがしのげるとか、それ以前の問題よ。あそこは、一切の陽の光が差し込まない、その名の通り"奈落の底"なの。リオット族ですら、あそこで生活していたときは、毎日のように死人が出ていた。普通の人間が、生きていけるわけがない」
ジークハルトは、冷静に言い募った。
「だがルーフェンは、十四年前に実際に奈落へとたどり着き、リオット族と生活を共にしたのだろう。確か、あれも夏頃だったはずだ」
ノイは、つかの間口ごもってから答えた。
「あの時は……私たちが生活基盤を築いていた場所に、運良くルーフェンが落ちたから助かったのよ。共に来ていた魔導師が、食料や薬類も持ち込んでいたし、滞在したのも数日だった。だけど、今は状況が違う。地上との行き来が可能な土蛇の通り道も変わっているだろうし、私たちの生活痕も、流石に残ってはいないでしょう。地盤沈下の影響で構造も変わり、特に深部は、地下迷路のようになっているはず。リオット族だって、今は行って帰ってこられるか分からない」
「そうか……ならば、そんな過酷な場所で長期間隠れ住むのは、やはり難しいということだな。──まして、旅慣れない子供まで同行しているとなると、奈落に逃げ延びようなどという考えは命取りだと」
「……ええ。奈落どころか、このノーラデュースでの生活ですら、かなり難しいでしょう。捜索する場所を、もう一度考え直した方が──」
ノイが言いかけた、その時だった。
突然、ルマニールを発現させたジークハルトが、その刃先を滑らせるように振りかぶった。
「────っ!」
咄嗟に避けようとしたノイが、足をもつれさせて、その場で転倒する。
ジークハルトは、倒れ込んだ彼女の喉元に刃を突きつけると、広間中に響くような大声で叫んだ。
「おいルーフェン、出てこい! いつまで逃げ回るつもりだ……!」
鋭い声が広間に反響し、一拍置いて、静寂が訪れる。
駆け戻ってきたヨークや魔導師たちが、広間に再集結すると、ノイは、動転した様子でルマニールの柄を掴んだ。
「く……っ、どういうつもりだ! 槍をどけろ!」
必死に刃先を押し返そうとするも、ルマニールはびくともしない。
普通の剣や槍ならば、リオット族の握力をもってすれば砕け折れるが、ルマニールは、ジークハルトによって創り出された魔槍だ。
力任せに対するだけでは抗えぬ、圧倒的で鋭利な魔力が、首筋の皮一枚を裂いたような感覚がした。
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