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投稿日:2025年12月31日






 暗闇に吸い込まれていく三人の背中を見送ってから、ルーフェンは、手近な岩場に腰を下ろした。
洞窟への入り口を挟んで、向かい側には、ヨークとギールが立っている。
岩壁に背を預け、ルーフェンはしばらく、張り出した岩の隙間から、微かに覗く朝日を見上げていた。

 随分と長い間、三人は黙り込んでいたが、ふと身動ぐと、ルーフェンが尋ねた。

「あのさ、君達って仲悪いの?」

「…………」

「……え、無視?」

「…………」

 一瞬だけ、ヨークとギールは目を動かしたが、話し出す気配はなく、すぐにルーフェンに視線を戻してしまう。
ルーフェンは、居心地が悪そうに座り直すと、苦々しい笑みを浮かべた。

「ねえ、こんな感じでノーラデュースまで来て、このまんま王都に戻るわけ? すっごい空気悪いんだけど……」

 構わず話を続けようとすると、ようやくヨークが口を開いた。

「わざわざ取り繕って、仲を深める必要性を感じませんね。私は元々、西方の宮廷魔導師ですよ。今回は、"手のかかる罪人"の移送のため、特例で中央に呼び出されただけです」

「西方って……ああ、カルガンの。道理で、名前しか聞いたことないと思った」

 ヨークの嫌味な物言いは気にしていない様子で、ルーフェンは、呑気に続けた。

「じゃあ、俺を王都まで送り届けたら、西方に戻るんだ。またカルガンに?」

「……そのつもりですが、何か? 宮廷魔導師に就任したばかりの数年──貴殿がアーベリトにいた頃は、私も王都にいましたがね。今の中央に戻る気はありませんよ」

「ふーん、どうして? 中央は"バーンズ卿"が取り仕切ってるから?」

「…………」

 眼鏡の奥で、ヨークの目に不快そうな光がよぎる。
唐突な問いかけに、ギールも、思わずギクリと顔を強張らせた。

 ヨークは、合流時からジークハルトたちに対し、やけに刺々しい態度を取り続けている。
そのことは、ギールも度々感じ取っていた。
そういう性格の男なのだと思っていたが、旧王都アーベリトに王位があった時は中央に所属していた、ということは、ヨークがシュベルテを離れたのは、ジークハルトが宮廷魔導師団に入った時期と重なる。
ギールの脳裏に、以前、遠方勤務の宮廷魔導師たちは滅多に王都に戻らないのだ、と語っていたトワリスの言葉が、不意に思い浮かんだ。

 はっとせせら笑うと、ヨークは眼鏡を掛け直した。

「邪推も甚だしいな、それで挑発しているつもりか? ……自分が今どんな立場に置かれているのか、"前召喚師様"はまるで分かっていらっしゃらないようだ」

 ルーフェンは、わざとらしく眉を上げた。

「挑発? そんなつもりはなかったんだけど、気に障ったんなら謝るよ。ただ君たち、さっきからずーっと喧嘩してるからさ。俺を処刑台送りにしようっていうなら、少なくとも、道中は仲良くしておいた方がいいんじゃない? お互いのことをよく知っておいた方が、協力しやすいだろ」

 からかうような口調で言われて、ヨークとギールの間に、ピリッとした空気が毛羽立つ。
唇の端を歪めると、ヨークは鼻を鳴らした。

「この状況で敵に助言とは、随分と余裕がありますね。しかし、まんまと拘束術にはまった今の状態で言われても、滑稽なだけですよ」

「あはは、そこを突かれちゃうと、何も言い返せないや」

 ルーフェンは、からからと笑った。

「まあ、君たちがそれでいいっていうなら、俺は構わないんだけどね。元、魔導師団を統括してた身としては複雑な気分だけど、指名手配犯としては、むしろ好都合だよ。現に、こうして君たちを二分できたわけだし」

「……なんだと?」

 ヨークは、洞窟への入口を一瞥してから、ルーフェンを見据えた。

 洞窟の先にシャルシスがいる、というのが嘘で、この誘導がルーフェンによる罠であることは、想定の範囲内である。
おそらく他の面々も、その可能性は予想して動いているだろう。
その上で、ジークハルトが洞窟へと入って行ったのは、他にシャルシスに繋がる手がかりがない、というのも理由の一つだが、罠だったところでルーフェンが逃げ出せることにはならない、という自信があったからだ。

 まず、リオット族の娘一人を人質にとっている時点で、こちらが優勢であるし、戦力を二分されたところで、ノイ一人では、ジークハルトとアレクシアを振り切ることなど不可能だ。
仮にルーフェンがノイを見捨て、暴挙に出たとしても、拘束術に嵌っている状態では、ヨークとギールに手出しはできない。

 ジークハルトが、ヨークの手腕を信用しているかどうかはともかく、拘束術という呪術の性質自体は、疑いようがないだろう。
自ら許諾して受ける拘束術は、力技で解けるものではない。
術者を第三者に殺させるか、術に消費する魔力そのものを枯渇させるくらいしか解術方法はないが、そんな成功例をヨークは聞いたことがないし、そも術にかかっているルーフェン本人では、抵抗する手段など一つもないのだ。

 上がりたての訓練生じゃあるまいに、術式を見れば、拘束術が自力解術できないということくらい分かる。
では、先程からのルーフェンの挑発には、一体何の意味があるのか。
ハッタリ、もしくはヤケを起こしたとして受け流すのが妥当だが、こんな状況下で敵の神経を逆撫でても、ルーフェンには何の利点もないだろう。

(まさか、シャルシス殿下の身柄を、再び交渉材料にする気か? ……いや、だとしたら我々に見つかった時点で、話を出したはずだ。あえて拘束術にかかる理由などない、思考を乱されるな。召喚師側がやむを得ず拘束され、追い詰められているのは確かだ。動揺しては相手の思う壺になる……)

 真意の窺えない銀眼を睨み、ヨークは、つかの間考え込んでいた。
しかし、考えがまとまらない内に、傍らにいたギールが割って入った。

「わざわざ忠告せずとも、貴様が少しでも不審な動きを見せたら、僕が止めてやる。王宮ではかする程度だったが、この至近距離だ……次こそは絶対に当てるからな」

 険しい口調で言いながら、ギールが、ルーフェンに銃口を向ける。
筒の先に刃が取り付けられた武器──銃剣を見遣って、ヨークは、呆れたように息を吐いた。

 見慣れぬ武器なので、詳しい性能はヨークには分からなかったが、彫られている術式や構え方を察するに、簡単な飛び道具の一種だろう。
遠距離でも撃ち出せる魔法具は、近接で素早く繰り出す魔術に自信がない者や、身一つでは魔術を撃てない、魔力が少ない者が使いがちな武器だ。
その凡才さで、宮廷魔導師にまで上り詰めたことは評価に値するが、なるほど、所詮は未熟な若者らしい。
ギールはどうやら、ルーフェンに対し特別な恨み持っているようだったが、それにしたって、感情的な言動が目に余る。

 ルーフェンは、飄々とした声で答えた。

「それ、撃たれた後に思い出したんだけど、銃ってやつでしょ。名前は忘れちゃったけど、昔、レドクイーン商会の当主から聞いたことがあるよ。……彼って、もしかして君のお父さん? それともお祖父さんかな」

「…………」

「叙任式の時、それのせいで大変だったんだよ。俺、王宮から逃げた後は、一気にノーラデュースの移動陣まで飛ぶつもりだったのにさ。君に撃たれたおかげで、ここに来るまで二月もかかっちゃった。……撃ったとき、魔術は使わなかっただろう? どういう絡繰からくりがあるの?」

 ギールは、嘲るような吐息をこぼした。

「貴様に教えるわけがないだろう。十四年前、レドクイーン家の当主としてリオット族雇用の契約を結び、アーベリトの崩壊に巻き込まれて死ぬ最期まで、その任を果たしていたのは僕の父だ。父はかねてから、獣用の猟銃に目をつけていた。剣と組み合わせ、魔力不要の構造を造り、魔術発動のための予備動作を無くせるように改造したのは俺だ。全て、貴様に復讐するために作り上げた……!」

「…………」

 話していく内に、ギールの目つきが鋭さを増していく。
少し間を置いてから、その怒りを煽るように、ルーフェンは言った。

「そりゃ光栄だね。……でも、いいの? 俺を殺したら、君は団長命令に背いたことになる」

「……殺しはしない」

 不意に、銃口が傾いて、ルーフェンの足に狙いを定める。
ギールは、銃剣を持ち直した。

「そう簡単に、殺すつもりはない。あくまで、逃げようとする貴様を足止めするだけだ。足を撃たれれば、歩くことはできないだろう。……腕でもいいな。腕が使えなければ、指先で魔法陣を描くことができなくなる」

 抑えきれない激情が、ギールの全身から滲み出ている。
今すぐにでも発砲しかねないギールの様子に、ヨークは、仕方なく制止をかけた。

「やめろ、分かりやすい挑発に乗ってどうするんです」

 ギールの腕を掴み、無理矢理銃剣を下ろさせる。
ヨークは、二人の間に立つと、座っているルーフェンを見下ろした。

「この状況で、一体何を企んでいるんです? 言っておきますが、両腕を斬り落としたとしても、拘束術は解けませんよ」

 ルーフェンは、眉を下げた。

「企んでるなんて、人聞きが悪いなぁ。俺はただ、黙ってジークくんたちの帰りを待つのは退屈だから、二人と話そうと思っただけだよ。……ていうか、仮に術が解けるって言われても、両腕を斬り落とすなんて絶対嫌だし」

 緊張感のないルーフェンの態度に、ヨークは、やりづらそうに表情を歪める。
その横で、血走った目を向けてくるギールに、ルーフェンは、微かに口端を上げたのであった。


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