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投稿日:2025年12月31日






 魔力を宿し、魔剣と化した刀身をその場で振り下ろすと、ギールは、迸る炎の斬撃を放った。
岩壁ごとルーフェンを切り裂かんと、斬撃が地を走る。
しかしそれは、またしても出現した岩塊に阻まれた。

 激しくぶつかり合った岩と炎が、轟音を立てて崩れる。
同時に巻き上がった土煙にまぎれて、何かが目の前に滑り込んでくる。
ギールがそれを視認するよりも、突き上がってきた双剣の鞘が、片手剣を弾き飛ばす方が速かった。

「────っ⁉︎」

「下がって!」

 甲高い金属音と共に、アレクシアの鋭い声が耳朶じだを叩く。
ギールの頭巾を掴んで下がらせ、強引に前に出たアレクシアは、突っ込んできた人影に向かって、指先を動かした。

 宙を移動した複数の宝珠オーブが、人影を取り囲み、雷光を纏う。
だが、その雷撃を上回る反射速度で飛び上がった人影は、瞬く間に宝珠の包囲網を抜けると、アレクシアの前に躍り出た。

 赤褐色の残像が、眼前に迫ってくる。
それが、外套から覗くトワリスの髪だと確信した時には、アレクシアの視界から、彼女の姿は消えていた。
 
 すぐさま宝珠を呼び戻すが、もう遅い。
身を沈めたトワリスは、反応の追いつかないアレクシアの鳩尾みぞおちに、拳を一発叩き込んだ。

「……っ、の……っ、クソ女……っ!」

「──ごめん、アレクシア」

 うめき声を上げると、アレクシアは、身体をくの字に折り曲げ、その場で意識を手放す。
倒れかかった彼女を支え、地面に下ろすと、トワリスは、次いでギールに目を向けた。

 ギールは、懐に手を入れると、忍ばせてあった短銃に触れた。
ルーフェンに奪われた銃剣と比べ、射程や威力が劣るため、危急の事態にのみ使おうと隠し持っていたものだ。

 今、これを使うべきか否か──。
ギールは、決断ができないまま、うずくまってトワリスを睨んでいた。

 一時期、トワリスの下で任務をこなしていたから、彼女の剣筋の速さは知っている。
この場で短銃を取り出したり、間合いから脱しようとしたりしても、初動を勘付かれた瞬間に、一撃食らう羽目になるだろう。
最悪、秘匿していた手の内をただ明かすことになるのだと思うと、踏ん切りをつけることができなかった。

 ジークハルトたちが倒れ、既に窮地ではあるが、ここで最後の武器まで取り上げられてしまっては、いよいよ抗う術を失ってしまう。
アレクシアを気絶に留めたあたり、トワリスに明確な攻撃の意図はないのかもしれないが、それでも彼女は、召喚師側に加勢するつもりで来たのだ。
この場で殺されることになっても、最期に一矢報いる相手は、他でもないルーフェンでありたかった。

 先程、トワリスに弾かれた剣を探そうと、わずかに視線を動かした時。
うなじの毛が逆立つような寒気を感じて、ギールは振り返った。

 目の前に、巨大な岩が落ちてくる。
──否、岩ではない。岩膚の如く硬化した、巨大な人の手であった。

 反射的に受け身の姿勢を取るも、抵抗できず、ギールは地面に押し付けられた。
到底抗えぬ握力で首を掴まれ、一気に喉を締め上げられる。

「……っ、かは……っ」

 喉の奥が詰まり、脳天が暗くなる。
ややあって、ギールの身体から力が抜けると、ハインツは、ゆっくりと手を退けた。

 トワリスとハインツは、アレクシアとギールが完全に落ちていることを確認すると、そびえ立つ岩壁に向き直った。
ハインツが手を翳すと、岩壁は、ガラガラと崩れ落ちていく。
奥から姿を現したルーフェンは、逃げる素振りもなく、静かにその場に立っていた。

「……ようやく見つけましたよ」

 トワリスが声をかけると、ルーフェンが、伏せていた目を上げた。
鋭さはないが、その剣呑けんのんとした瞳が、近寄るなと訴えている。
込み上がってきた感情を言葉にできず、三人は、しばらくの間、向かい合って沈黙していた。

 やがて、ふっと肩の力を抜くと、ルーフェンが口を開いた。

「……こんな風に、こぞって居場所を嗅ぎつけられるとは思わなかったよ。もしかして、俺の逃走経路、分かりやすかった?」

「…………」

 トワリスは、頭を振った。

「私達は、旧アーベリト跡から、しらみ潰しに探して南下してきたんです。もし、南方にいるんだとしたら、きっとリオット族を頼るだろうって、ハインツが。……それで、ノーラデュースに来たら、辿れるくらいの魔力の残滓ざんしを感じ取れたので、こんなのルーフェンさんと団長たちしかいないと思って、追いかけてきました」

 言いながら、トワリスは、前方で倒れているジークハルトとヨークに視線を移した。
安否は不明だが、とても軽傷には見えない。
ルーフェンが無事だった、という意味では間に合ったが、かつての仲間たちの惨状を見て、胸を撫で下ろす気にはなれなかった。
本当は、ジークハルトたちがルーフェンを見つけてしまう前に、両者の衝突を阻止したかったのだ。

 沈痛な面持ちの二人に、ルーフェンは、淡々と告げた。

「……まだ、生きてるよ」

「え……?」

 トワリスが聞き返すと、ルーフェンは、ジークハルトたちを目で示した。

「全員、まだ生きてる。でも、このままここに放置してたら、干からびて死ぬだろうね。……早く街に連れて行って、治療した方がいい」

「…………」

 トワリスは、苦しげに顔を歪めると、唇を震わせた。
どうして生かしたのか、とは聞けなかった。
答えを聞いたところで、ルーフェンに感謝する気にも、責める気にもなれないだろう。

 彼のことだから、あえて負傷者を生かしておけば、その救命のためにアレクシアたちが引き返せざるを得なくなると踏んで、わざと殺さなかったのかもしれない。
あるいは、情をかけてくれたのか、ただ単純に、とどめを刺し損ねた可能性もある。
何せ相手は、四人もの宮廷魔導師だったのだ。
ルーフェンとて、手加減をする余裕などなかっただろうし、非情にならざるを得ない場面もあっただろう。
ジークハルトたちの実力は、トワリスたちもよく分かっている。
平然と立ってはいるが、ルーフェンの血に汚れた出立ちを見れば、いかな戦闘があったのかは、なんとなく予想できた。

 言い置いて、背を向けたルーフェンを、ハインツが呼び止めた。

「ま、待って! ルーフェン」

「…………」

 振り返らずに、歩だけを止める。
ハインツは、躊躇いがちに続けた。

「ルーフェン、も、戻ろう……? 戻って、説得しよう。皆、生きてるなら、まだ間に合う」

「…………」

 ルーフェンは、小さく鼻を鳴らした。

「……何言ってる。ここまで来たら、俺はもう引き返せないよ。……君たちこそ、魔導師団を抜けたんだって? 悪いことは言わないから、戻った方がいい。俺は大丈夫だから」

 ハインツは、ピクリと巨躯を揺らした。

「な、何も、大丈夫じゃない。なんで、こんなこと仕向けるの? 魔導師団と、ルーフェンが、て、敵対するなんて、俺、そんなの嫌だ……」

 少し時間を空けてから、ルーフェンは、抑揚のない声で呟いた。

「……これは、俺の最後の悪あがきなんだ。邪魔をしないで」

 ハインツは、混乱した様子で聞き返した。

「わ、悪あがきって、なに……? 召喚師制を、な、なくすってこと? 召喚師術、悪いものだから……?」

「…………」

 こちらを見ようともしないルーフェンに、ハインツが、躊躇いがちに近づく。

「これしか、方法ないの? 力は、使う人次第。ルーフェンが、術、禁止にするんじゃいけない? 召喚師として、召喚師の在り方を、王宮で変えていくんじゃ、駄目?」

「……そんなの、理想論でしかないね。定まっている禁術は既にある。それでも使おうとする人間はいるし、俺がこのまま王宮に残っていれば、召喚術が一族にしか使えないという認識が覆るのも、時間の問題だよ」

「で、でも……っ」

 ぎゅっと自身の腰布を握り込むと、ハインツは、首を振った。

「り、理想論だって、不可能では、ないよ。諦めて、味方同士、戦って、こうやって憎み合う方が、ずっと変。ルーフェン、理不尽なこと、無理に納得して、受け入れる必要ないって、言った!」

「…………」

「憎しみ合うのは、いけないって、言った! 俺に託して、賭けてって、ルーフェンが言った!」

 震える語気を強めながら、徐々に距離を詰めていく。
ここは、見渡す限り一面の開けた荒地で、右手には、底の見えない大地の亀裂が走っている。
移動陣でも使わない限りは、逃げる場所も、隠れる場所もない。
そうと分かっているのに、繋ぎ止めるものがなければ、ルーフェンは再び姿を消してしまうのだろうという不安が、常に頭の中にあった。

 一歩、ハインツから離れると、ルーフェンはようやくこちらを見た。
そして、小さく息をこぼすと、静かな声で言った。

「今の俺には、そんな綺麗事、もう言えない」

「…………」

 どこか寂しげな色を浮かべて、ルーフェンが微笑する。
ハインツは、鉄仮面の奥で、ぐしゃぐしゃに顔を歪めた。
その一言で、もうルーフェンの決意を変えることはできないのだと、悟るしかなかった。

 トワリスは、何も言えずに、二人のやりとりを見つめていた。
ルーフェンの覚悟も、ジークハルトたちの立場も、ハインツの願いも、それぞれ理解できる。
ただ、ルーフェンの真意を聞きたいという思いで飛び出してきたが、もはや、自分がどの立場に立っていたいのか、分からなくなっていた。

 わずかに傾き始めた陽光が、地の輪郭をなぞって照りつける。
何か、伝えるべきことがあるはずなのに、胸の奥が焼けるように熱くて、うまく言葉が出てこない。

 長い沈黙の末に、ハインツが、口を開こうとした時。
その呼吸音をかき消して、何かが、爆ぜるような音が響き渡った。

「────……っ!」

 ルーフェンの胸部を、黒い鈍光が貫く。
衝撃が留まり、体内で破裂すると、鮮やかな赤色が、目の前で飛沫をあげた。

 這いつくばったギールの短銃から、細く硝煙が伸びている。
魔力を練り上げるような予備動作も、気配も、一切感じなかった。
──そうだ、彼が使うのは、魔術ではないのだ。

「ルーフェンさん……!」

 地を蹴ると、トワリスは、ルーフェンの元に駆け出した。
横をすり抜けて行った彼女の気配に、ハインツも我に返る。
振り向いて、二発目を撃とうとしているギールに気づくと、ハインツは、彼を取り押さえようと飛びかかった。

 ルーフェンの肢体が、ゆっくりと傾いていく。
支えようと、トワリスが手を伸ばすと、次の瞬間、強烈な一撃が横薙よこなぎに襲いかかってきた。

「────っく……!」

 咄嗟に抜刀してそれを受けるも、力負けして、吹っ飛ばされる。
トワリスを押し退け、ルーフェンに穂先を向けたのは、満身創痍のはずのジークハルトであった。

 全霊の魔力をルマニールに込めると、ジークハルトは、力無く倒れたルーフェンに狙いを定めた。
凝縮された風の渦をまとい、ルマニールが鋭利に光る。
──これは、ギールが作り出したチャンスだ。
今を逃せば、二度とルーフェンを討てる機はないだろう。

 トワリスは、瞬時に跳ね起きると、ジークハルトの背めがけて跳躍した。
察知したジークハルトが、振り向き様に切り付けてくる。
それを屈んで避け、懐に飛び込むと、双剣を抜いたトワリスの腕から、ぱっと血が散った。
──風だ。
直接刃を交えたわけでもないのに、ルマニールから発せられた風のうねりが、外套を刻み、皮膚を裂き、一つに編み込んでいた髪をらす。

 構わず逆手に持った剣を振り上げると、紙一重で後退したジークハルトが、今度は体重を乗せて突き込んできた。
双剣を十字に交差させて払い、穂先を弾く。
だが、阻んだはずの槍撃を突き抜け、再び鋭い風圧が襲いかかってきた。

 前に出した腕に、細かい裂傷がいくつも走って、耐え難い痛苦と熱が広がった。
近づくことすら躊躇われる、殺人的で鋭利な魔力。
この風を伴った一撃を、胴に突き込まれれば、人の形を保っていられるかも分からない。

 刃を直接交わすのは危険だと悟ると、トワリスは、一方の剣を両手に持ち替え、横に跳んで身を捻った。
ジークハルトは、咄嗟に防御の姿勢をとろうとしたが、間に合わない。
振り抜かれた剣撃が、ジークハルトの籠手こてを叩き、鈍い音が鳴り響いた。

 左手を打たれた衝撃が、骨にまで届く。
だが、ジークハルトは、ルマニールを落とさなかった。
籠手を狙わなければ、腕を斬ることも出来ただろうに、そうしなかったのは、トワリスの甘さだ。

 ジークハルトは、痺れる左手をそのままに、右手でトワリスの片腕を掴んだ。
力任せに引き寄せると、体勢を崩したトワリスが、前につんのめる。
その隙をついて、彼女の背に穂先を向けるが、突き下ろすのと同時に、視界がぶれた。
掴まれた腕を支点に、身をねじり上げたトワリスが、ジークハルトのこめかみを踵蹴かかとげりをしたのだ。

「────……っ!」

 脳が揺れて、思わずよろける。
不安定な姿勢から放たれたために、蹴りにさほど威力がなかったのは幸いだ。
まともに一発食らっていたら、ジークハルトは、昏倒させられていただろう。

 一方のトワリスは、緩んだ手中から抜け出すと、後方に下がって膝をついた。
先程ルマニールがかすった背や、風に切り裂かれた腕の傷から、のろのろと血が溢れ出している。
一つ一つは深い傷ではないが、一度うずくまると、手足に力が入らなくなってしまった。

 トワリスの攻撃が止むと、ジークハルトは、再びルーフェンの方へと身体を向けた。
短時間打ち合っただけで、異様に息が弾み、焼けた喉から血の味が込みあがってくる。
一歩進むたびに、四肢が千切れるように痛み、全身が悲鳴をあげた。
あと一撃──ルーフェンにとどめを刺す。それで限界だ。
今の自分に、トワリスやハインツの相手をする余力はない。

 ルーフェンの元に辿り着くと、ジークハルトは、その肢体を見下ろした。
胸部を真っ赤に染め、瞑目めいもくしているルーフェンは、穂先を構えても、ぴくりとも動かない。

 これから、この男を刺し貫くのだと思うと、今まで見まいとしていたものが、はっきりと姿を現した。
それは、憎しみとも怒りとも少し違う──けれど、思考全てを一色に染め上げてしまうほどの、醜悪で、苛烈な感情だった。

「────っ」

 声にならない叫びを上げて、ジークハルトは、ルマニールを突き下ろした。
この衝動的な一撃に、もはや、魔導師としての誇りはない。
制止をかけるトワリスの悲鳴も、ジークハルトには聞こえてはいなかった。

 風を伴った刃が、ついに、ルーフェンの心臓を捉えた刹那。
横合いから、大槌で殴られたような衝撃がきて、ルマニールの穂先が狂った。

 突進してきたハインツが、ジークハルトに殴りかかる。
ここで引いてなるものかと、咄嗟に踏ん張ると、ハインツの拳がもろに入った。
巨石に押し潰されるような重圧が、全身にのしかかる。
みしみしと肋骨が軋みをあげ、やがて、砕き折れる音がした。

「──ぐっ……!」

 ルーフェンから逸れた刃が、威力を保ったまま、地面を穿うがつ。
瞬間、足場に亀裂が走り、崩落した瓦礫が、大地の裂け目へと吸い込まれていった。

 勢い余って、ジークハルトともつれるようにして転んだハインツは、慌ててその場から退き、落ちまいと地にしがみついた。
だが、人形の如く横たわっていたルーフェンの身体は、瓦礫に巻き込まれて、宙に投げ出される。
ハインツは、慌てて手を伸ばしたが、指先が袖口に触れただけで、掴むことは叶わない。
ルーフェンは、奈落の底に誘われるまま、闇へと落ちていった。

「────……っ!」

 トワリスは、考えるより先に、渾身の力で地を蹴った。
呼び止めるハインツの声は、崩壊音にかき消されて届かない。
もう一度、瓦礫を蹴って伸ばしたトワリスの手に、一切の迷いはなかった。

 冷たい手を掴み取って、その胸に飛び込む。
ルーフェンの身体を抱きこんだトワリスは、その体温の低さと血臭に、思わず目を熱くした。

 ジークハルトの攻撃は免れたが、ルーフェンは、ギールの銃弾を胸部に受けている。
どれほど出血すれば、致命傷となり得るのか、トワリスはよく分かっていた。

 二人の身体が、奈落の底へと消えていく。
地面の崩落が治まると、ハインツは、裂け目の縁へと走り寄り、暗闇を見下ろした。
二人の姿は、もうどこにも見えない。
大地の裂け目ノーラデュースは、瓦礫の落下音すら聞こえないほどに、深くて光のない場所だ。
ハインツは、はっと息を詰まらせると、その場で膝を折った。

「そ……そんな……」

 震える声で呟き、呆然と深淵を見つめる。
ぐっと拳を握り締めると、ハインツは、二人の名を叫んだのであった。



To be continued....


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