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投稿日:2025年12月31日







 ラッセルとノイの協力も得て、なんとかトワリスをなだめると、シャルシスは、改めて事の経緯を語った。
ルーフェンと共に、騎士や魔導師たちの目を逃れて、王都から脱出したこと。
地方の宿場に出てからは、商人や流れの芸人たちの荷馬車を利用して、検問を掻い潜ってきたこと。
そして、南方に出てからは、魔導師たちの警戒網が一層厳しくなったため、一度別れて、シャルシスはリオット族たちと地下で生活していたことなど。
話さねば、自分まで張り手を食らわされそうだったので、洗いざらい吐いた。

 一通り聞き終えると、トワリスは口を開いた。

「……つまり殿下は、ノーラデュースに来てからは、ルーフェンさんと別行動だったんですね? ただ、数日置きに情報交換のために会ってはいて、それが今日の約束だったから、待ち合わせの地下に来たら、私とルーフェンさんがいた、と」

「う、うむ、その通りだ」

 硬い岩の上に自主的に正座をして、シャルシスが頷く。
一応、気を鎮めてくれたらしいトワリスだが、その眼差しは氷のように冷たい。
ルーフェンに至っては、未だ鉤縄かぎなわで拘束されたままになっており、逃げられないようにとトワリスの隣に座らされている。
笑える状況ではなかったが、叩かれた頬を腫らし、大人しく手綱を握られているルーフェンを見るのは、なんだか愉快であった。

 シャルシスの後ろで、やりとりを静観しているラッセルとノイを見遣ってから、トワリスは、ルーフェンに視線を戻した。

「で、その間、ルーフェンさんは何をしてたんですか? まさか、貴方まで地下でリオット族に匿ってもらってたわけじゃないでしょう?」

 ルーフェンは、曖昧な返事をした。

「うん、でも、当たらずとも遠からずっていうか。野暮用を済ませたり、ノイちゃんたちに手伝ってもらって魔導師団の動向を探ってみたり、色々と。リオット族を巻き込みたくはなかったんだけど、ノーラデュースに来てから、想像以上に早く北上経路を塞がれちゃってさ。街にも追手が届いてたし、だからといって、日中に外なんかうろついてたら干からびちゃうだろう? 地下に詳しい彼らを頼る他なかったんだよ」

「…………」

 疑わしそうな視線を向けて、トワリスは、ルーフェンに顔を近づけた。
それ以外は何もやらかしてないだろうな、とでも言いたげである。
目を逸らしたルーフェンに、ノイが、見かねた様子で言った。

「私たちもずっと一緒にいたわけではないが、ルーフェンの言っていることは嘘ではない。ここ数日は、いざ魔導師と出会でくわしたらどう逃げるかとか、撒いた後の合流方法とか、そういったことを打ち合わせていたわ。まあ、こんなに早く追手がかかるとは思ってなかったし、私がボロを出してしまって計算が狂ったところはあるけれど、私たちはおおむねルーフェンの指示通りに動いただけで、巻き込まれたというほどの被害は被っていない。現に、こうして再会できたわけだしね」

 先のない右手首をさすりながら、ラッセルが付け加えた。

「王子を連れて来たと知った時は、流石に驚いたがのう。……慣れぬ者にとって、この地の環境は厳しかろう。しかし、水と食い物、奈落を生き抜く術さえあれば、夏場は日差しの届かぬ地下の方が過ごしやすい。かつては苦渋を味わったものだが、なんだかんだでノーラデュースは、リオット族の第二の故郷みたいなものじゃ。我らを頼ったのは、良い判断だったと思うぞ」

「そうね。魔導師と戦って勝てるような力はないけど、地下道を知り尽くしているのは、私たちリオット族の方だから」

 朗らかに笑ったラッセルに同調して、ノイも頷く。
二人の様子を見て、トワリスは、安堵するべきか、今後を危惧するべきか、複雑な思いで吐息をついた。

 元より、ルーフェンがリオット族を脅して従えたとは思っていないが、どちらにせよ、罪人を匿ったとなれば、リオット族も罪を問われるような事態になりかねない。
ジークハルトたちと共に、地上に残されたハインツのことも心配だ。
ラッセルやノイは、快くルーフェンに手を貸してくれたようだが、リオット族の未来を思えば、礼を言って済むという話ではなくなってくる。
今更、商会の反感を買って都市部で暮らしているリオット族を迫害したり、リオット族を捕獲するために危険な地下へ魔導師を送り込むことが、現実的な処罰方法とは思わないが、王族も召喚師もいない今の王宮で、どういった判断が下されるかは、トワリスにも分からなかった。



 リオット族の二人に向き直って、ルーフェンが微笑んだ。

「皆には、本当に助けられたよ。特にノイちゃんには、怖い思いをさせてしまってごめんね。あそこまで正確に居場所を特定されていたなんて、俺も予想外だったんだ。でも、じきに俺たちはノーラデュースを出るし、これ以上リオット族を付き合わせるつもりはないから、安心して」

 ノイは、冷静な顔つきで首を振った。

「別に。私は襲撃されるくらい覚悟していたから、気にしなくていい。確かに、いきなり古い砦に乗り込んでくるとは思わなかったが、それだけ魔導師側も、必死にルーフェンを探していたということだろう」 

「ま、そうだろうね。今回の件で、もう俺は死んだってことにして、諦めてくれると有難いんだけど」 

 緊張感のないやりとりに、むっと唇を尖らせると、トワリスは口を挟んだ。

「言っちゃ悪いですけど、そりゃ、必死にもなりますよ。召喚師がいなくなったってだけでも問題なのに、殿下まで失踪したとなったら、国の一大事ですから」

 ビクッと反応したシャルシスに、トワリスは目を向けた。

「さっき、ご自分の意思で同行したって仰ってましたが、何故こんな時に王宮を出たんですか? この急場に王座を空けるなんて、ご無礼を承知で申し上げますけど、あまりにも無責任ですよ」

 はっきりと指摘されて、シャルシスは身をすくませた。

「……返す言葉もないな。ただ、この機を逃したら、二度と自由に王宮を出られることはないと思ったのだ。……無責任な行動をとって、すまなかったと反省はしている」

 シャルシスの萎縮した様子に、トワリスは、困ったように眉を下げた。

「なんでそこまでして、王宮を出たかったんですか? 私は叙任式に出席していなかったので、詳しい状況は存じてませんけど、ルーフェンさんが告発された時点で、既にバジレット陛下はご不調だったのでしょう? そんな状況で、どうして……」

「そ、それは……あのまま王宮にいても、余にお祖母様の代わりは務まらないと思ったというか、外に出て、自分なりに見識を広めるべきだと考えたというか……。い、言っておくが、お祖母様や臣下たち、シュベルテの民たちをないがしろにしようというつもりはないのだぞ。ただ、今は、その……」

 ごにょごにょと口ごもりながら、シャルシスは俯いた。
王宮を飛び出したことを、後悔してはいない。
だが、現状を客観視するたびに、倒れた祖母や民たちを放り出して来てしまったという罪悪感が、心に重くのしかかってくる。
何を答えたところで、結局は王座から逃げた言い訳にしかならないような気がして、シャルシスは、黙り込んでしまった。

 再び声をかけようとしたトワリスを、ルーフェンが遮った。

「シャルシスくんが既に指揮をとる立場だったんならともかく、まだ国王代理ってだけなんだから、ちょっと席を外したくらい問題ないよ。むしろ、王宮に一人残って事態を負いきれなくなった挙句、うっかり教会に決定権を託しでもしていたら、モルティスが正式に王家の補佐役を任される立場になってた。というか、教会の狙いはそれだったんだろう。わざわざ摂政役の配置を提案してたくらいだからね。でも、王家から正式に指名されない限り、まだ司祭連中は、仮の権力を握っているだけに過ぎない。つまり、まだこちらが実権を取り戻せる状態にあるってこと。明日すぐに都が滅びるわけでもあるまいし、あのまんま王宮に残って誰かに利用され続けるよりはいいだろう」

 トワリスは、顔をしかめた。

「統治権がどうとか、実際に政務に支障が出ているかとか、そういう話ではないでしょう。現王が病臥、次期王が失踪、この事態そのものが問題なんです。世間に知れ渡ったら、どんな騒ぎになるか……」

「だから、おおやけには発表されてないだろう? 騒動になることを覚悟で大々的に俺たちを捜索するか、混乱を避けるために秘密裏で捜索するかで、今のところ、王宮は後者を選んでる。要は、世間体を優先してるわけだ。大事な王子様が人質として誘拐されて、王宮の連中も気が気じゃないだろうけど、なんだかんだ二月は沈黙している。今後しばらくは、シャルシスくんの失踪が公表されることはないんじゃないかな」

「……それは、そうかもしれないですけど……」

 反論できずに、トワリスが閉口すると、ルーフェンは、シャルシスを一瞥した。
シャルシスは、居心地が悪そうに下を向いている。

 トワリスの懸念は尤もであったが、この逃亡生活を続けているうちに、ルーフェンは、王宮はシャルシスの失踪を隠し通すつもりなのだろう、と考えるようになっていた。
シャルシスの前で言えることではないが、現状、彼の価値は"唯一の正当な王位継承者である"という点にしかない。
当然、早急に保護するべき存在ではあるが、本当に重要なのはカーライルの名であって、シャルシス自身ではない。
バジレットがいよいよ崩御すれば、また話は変わってくるのだろうが、今のシャルシスは、為政者にとってあくまで象徴であり、盤上の中心に立たせておけば良い駒に過ぎないのだ。

 それに、王位継承者たちが次々と不審死を遂げた十四年前、シュベルテでは、カーライル王家は呪われているのではないか、という噂が立った。
所詮は噂に過ぎず、実際は前召喚師シルヴィアが企てた計画殺人だったわけだが、それによって起こされたアーベリトへの遷都に、不満を抱いていた王都民は少なからず存在した。
十四年という年月は、それらの記憶を風化させるには短い。
今、現召喚師が次期王を拐かしたなどという触れが出されれば、再び王宮に不信感を抱く民は増えるだろう。
長く続いてきたカーライル王家の名を利用したい王宮側の人間にとって、それは何より避けたい事態のはずであった。

 トワリスが黙ったところを見計らって、シャルシスは、ずっと聞きそびれていたことを尋ねた。

「……トワリス。そなたは、やはり余を連れ戻しに来たのか? ノイから、ルーフェンが魔導師たちと遭遇したと聞いたが、それはそなたのことか。二人とも、ひどい怪我をしているようだが……」

 改めて、ルーフェンとトワリスの格好を見て、シャルシスは眉を歪ませた。
光源が磨石の灯りしかなく視界が悪いことと、ルーフェンが平然と喋っていることから、さほど気にしていなかったが、よく見ると、二人は血で汚れきっている。
明らかに争った後のようなのに、こうして隣り合って話しているので、不思議に思ったようだった。

 トワリスが返事をする前に、ルーフェンが答えた。

「彼女は宮廷魔導師だけど、別に俺を殺しに来たわけじゃない。追手の魔導師たちはもう追っ払ったから、気にしないでいいよ。怪我も大したことない」

 軽い調子で、ルーフェンが汚れた袖をヒラヒラと振る。
シャルシスは、ほっと胸を撫で下ろした。

「そうか、ならば良いのだが……。なんというか、そなたは体格が良いわけでもないのに、意外に頑丈だな。前も大怪我をした割には、すぐ治っていただろう」

「そう? まあ、召喚師様だからね。元だけど」

「馬鹿を言え。頑丈さに召喚師かどうかは関係なかろう」

 冗談っぽく言ったルーフェンに、シャルシスが呆れたように笑う。
その安心しきった表情を見て、トワリスは、虚を突かれたような心地になった。

 頻繁に謁見していたわけではないが、シャルシスのことは、王宮内で何度か見かけたことがある。
基本的にバジレットのそばに控えていて、何かを発言することもなく、常に緊張した面持ちで俯いていた印象だ。
かといって、内気というわけでもなく、稽古事や座学には積極的に取り組んでいると聞いていたから、あまり感情を表に出さないのは、祖母に似た真面目で厳格な性格ゆえなのだと思っていた。

 しかし、先程の「ルーフェンに同行したのは自分の意思だ」という発言から察するに、シャルシスにとって、王宮での生活は好ましいものではなかったのかもしれない。
だとすれば、この逃避行が、シャルシスを抑圧された環境から解放し、年相応の表情を引き出したのだろうか。
さして考えずとも、少年らしい、日に焼けたあどけない顔が、王都からの道程を物語っているような気がした。

 強引にでも、今の彼を王宮に連れ戻すことはできないのだろうな、と悟ると、トワリスは深くため息をついた。

「さっきまで、事情によっては、ルーフェンさんや殿下を連れ戻そうとも考えてましたよ。といっても、この場でお二人を説得するのは難しそうなので、これ以上は何も言いませんが。私は、もう宮廷魔導師団を退団……というか、啖呵を切って抜けてきてしまったので、もはや個人的に動いているだけの一般人ですしね」

「えっ……宮廷魔導師団を抜けた? なぜだ?」

 驚いた様子で、シャルシスが目を丸くする。
理由を問われて、トワリスは、ちらりとルーフェンを見た。
彼の真意をちゃんと聞きたかったからだ、とか、心配だったからだ、なんていう私情は、言葉に出すと押し付けがましいし、本人を前に言うのは憚られる。

 少し逡巡した後、トワリスは、静かに言った。

「……納得できなかったんです。今回、ルーフェンさんが教会に告発されたのは、昨年保護したミストリアの次期召喚師たちを、処刑したと偽って秘密裏に生かしていたことが原因です。でも、あの件は私が発端ですし、彼女たちを生かすべきだと主張していたのも私です。元凶の私が、素知らぬ顔で魔導師団に残って、手助けをしてくれただけのルーフェンさんを処罰しようなんて、出来るわけありません」

 シャルシスは、ぱちぱちと瞬いて、トワリスを見つめた。
確かにトワリスは、ミストリアの一件に深く関わっていた魔導師だが、今回、告発されたのはルーフェン一人だ。
本人も罪を認めているし、トワリス自身の保身を考えれば、そのまま宮廷魔導師団に籍を置いておくべきだっただろう。
それでも責を感じて退団し、ここまでルーフェンを追ってくるとは、見上げた忠誠心である。


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