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投稿日:2025年12月31日
シャルシスは、素直に感心したが、意外にもルーフェンは、素っ気ない返事をした。
「──逆だね。君はただ、ファフリちゃんたちをサーフェリアに連れてきただけ。売国行為を働こうとか、ミストリアを利用しようといった思惑もなく、ただ単純に同情心から亡命させた。対して俺は、彼女たちを生かすことが、売国行為に繋がると分かっていて手を貸した。実際に陛下や教会を欺き、ミストリアでの召喚師継承を見逃した。つまり、実行犯は俺ってこと。もう分かってると思うけど、俺は召喚師制廃止の流れを作り出したかったんだ。そのために、ミストリアの一件を利用した。全て、俺が故意に起こしたことなんだから、君がどう動こうが結果は同じだった」
トワリスは、怪訝そうに首を振った。
「嘘です。──そういう意図もあったのかもしれないけど、それが全てだというのは嘘です。だって利用したかっただけなら、わざわざ教会の目を盗んでまで、私に『大丈夫だから心配しなくていい』なんて言って、ファフリたちを生かすようなことを仄めかす必要なかったじゃないですか。処刑を偽装した後だって、半年近くも匿う義理はなかったはずです」
「長く匿ったのは、ファフリちゃんに召喚術の才が完全に渡るのを待つ必要があったからだ。生かしてミストリアに帰しても、力が不完全なままで、前王に抗えなきゃ意味がない。彼女には、確実に父親から王位を簒奪してもらわなきゃならなかった。そのために、ファフリちゃんたちに信用されている君の協力が必要だった。だから、教会に反して二人を助けるつもりだと、それとなく伝えたんだよ。……俺は、君のことも利用していたってこと」
穏やかだったルーフェンの瞳に、ふと、暗い影がよぎる。
ぐっと拳を握って、トワリスは反論した。
「そういう言い方をするのは、悪ぶって、私を遠ざけたいからでしょう。利用しようとか、そんな回りくどいこと考えなくたって、事情さえ話してくれれば、私は最初から協力してましたよ。……昔も、今も」
「…………」
目を伏せると、ルーフェンは、小さくため息をこぼした。
「今も、って……何に協力するの。あわよくば連れ戻そうとしてたってことは、君は、召喚師制の廃止には賛同してなかったんだろう」
不意に、ルーフェンが冷ややかな口調になる。
トワリスは、戸惑ったように答えた。
「それは……分かりません。召喚師制を無くすことが正しいのか、そんな突拍子もないことをして、今後世の中がどう転ぶのか……。考えてみたけど、答えは出ませんでした。でも、そうしようと踏み切った貴方の思いを、否定する気にもなれません。ルーフェンさんがどんな思いでここまで来たのか、少しは知っています。だから、とりあえず今は、貴方が無事に生きていられるように、協力します」
「……言っておくけど、一緒には行けないよ」
「…………」
トワリスが、どう話を誘導していくつもりだったのか、ルーフェンには予想がついていたのだろう。
先に釘を刺されて、トワリスは言葉を詰まらせる。
ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。
「……俺は、王宮には戻らないし、旅に君を同行させる気もない。トワリス、さっきも言ったけど、君は魔導師団を抜けるべきじゃなかったし、俺を追うべきでもなかった。助けてほしいなんて頼んでないし、まず、協力するなんて簡単に言うべきじゃない。……そんなんだから、俺みたいなのに利用されるんだよ」
真っ直ぐに見つめてくるトワリスに対し、尚も目を伏せたまま、ルーフェンは嘆息する。
トワリスは、絞り出したような声で答えた。
「簡単になんて言ってませんし、納得している他人を頼ることは、利用とは言いません。私は、ルーフェンさんだから協力するって言ってるんです」
ルーフェンは、呆れた様子で返した。
「……君はそうやって、すぐに間に受けて、同情しようとする。……そもそも、それが俺の狙いだった、とか疑わないわけ? 自分は、最初から召喚師一族を盲信するように、都合よく俺に懐柔されてきたんじゃないか、とか」
思わぬ言葉に、トワリスは、険しく表情を歪めた。
「なんですか、それ。最初って、いつのことを言ってるんですか。私をアーベリトに呼んだ時から? それとも、私を拾った時から? ……そんなの、それこそ嘘です。初めて会った時、私は何の利用価値もない孤児だったじゃないですか。ルーフェンさんだって、あの時まだ十四、五でしょう? そんな子供の頃から、私を懐柔しようだなんて考えてたっていうんですか?」
「ありえないって? それは、君が俺を見誤って、自分は善意で助けられたんだって思い込んでるだけだよ。……昔から、俺はそういう打算的な人間だった。獣人の血が混じった子供と聞いて、それが魔導師として注目を浴びるかどうかまでは分からなかったけれど、何らかの形で目立った存在になっていくとは予想してたよ。だから、シュベルテには渡さなかったんだ」
「……それなら、どうして最後まで騙そうとしないんですか。アーベリトが崩壊した時も、ミストリアの事件の時も、そして今も、貴方は事あるごとに、私を遠ざけようとしてる。こんなの、言ってることとやってることが矛盾してます。だって、本当に私を"利用できる駒"としか思ってないんだったら、巻き込まないように遠ざける意味なんてないでしょう」
「巻き込まないように、というより、もう巻き込む理由がないんだよ。君には十分、協力してもらった。……これまでありがとう」
「…………」
再び言葉を詰まらせて、トワリスは、唇を引き結んだ。
今更ルーフェンの悪態を鵜呑みにはしないし、同行したいと言ったところで、突き放されることは予想できていた。
だが、ここまで明確な拒絶を受けたことはなかったので、気後れしてしまった。
過去にもルーフェンには、ミストリアから戻った際に、他国の次期召喚師を連れ帰ってくるなんて、と責められたことがあるが、あの時は、なんだかんだで助けるつもりだという意思表示をしてくれていたので、心の底では、本心は違うのだろうと信じられた。
しかし、今回は違う。
トワリスが勢いで追ってきたことを、ルーフェンは、本気で咎めている。
否定されたところで、いきなり失踪したルーフェンのほうが勝手じゃないかという気持ちは変わらないので、トワリスも引く気はなかった。
けれど、こうも頑なな態度を取られると、何を反論すれば良いのか分からなくなる。
まず、ルーフェンを相手に、なんとか言いくるめようとしていること自体が間違いなのだろうが、説得を試みる以外に、どうすれば良いのか思いつかなかった。
唐突に二人の空気が険悪になって、シャルシスは慌てた。
自分は、ただトワリスが退団したことに驚いただけだったのだが、それがなぜ口論に発展してしまったのか。
もしかしてルーフェンは、トワリスが宮廷魔導師団からの回し者だと疑っているのかもしれない、とも思ったが、それにしたって、こんな風に分かりやすく撥ねつけるのは、彼らしからぬ拒み方だ。
それに、シャルシスには、トワリスがルーフェンを欺こうとしているようには見えなかった。
彼女の厳しい指摘には、最初こそシャルシスもたじろいだが、一方で、これだけ本気で心配して、怒ってくるような人が、嘘をついているとは思えなかったのだ。
二人の顔色を伺いながら、シャルシスは、恐る恐る口を出した。
「どうしたのだ、ルーフェン。何もそう、一方的に断ることもなかろう。余は、別にトワリスがついてきても構わぬぞ。お尋ね者同然の我々に、退団してまで加勢に参じてくれたのであろう。忠臣の鑑ではないか」
「……君は黙ってて」
勇気を出して意見したというのに、あっさりと一刀両断される。
しかし、こんな横暴な物言いのルーフェンは見たことがなかったので、怒りよりも驚きが勝った。
同時に、なんだか妙な言い争いだな、とも思った。
よくよく二人のやりとりを聞いてみれば、ルーフェンもトワリスも、相手を傷つけるような罵詈雑言を並べているわけではない。
むしろ、互いの立場を第一に守ろうとして、それ故に譲れぬ一線を、必死に突きつけ合っている。
本人たちが、そのことを自覚しているかは分からなかったが、このやりとりは、二人の間柄をさほど知らないシャルシスでも分かるくらい、想いのすれ違った論争であった。
揺らいでいた瞳を定めると、トワリスは、ルーフェンに向き直った。
「……仮に、そうだったとして……。今まで私が見てきたこと、感じてきたことが、全て召喚師制を無くすための布石だったのだとしても……。ルーフェンさんのしてきたことで、救われた人達がいることは事実です。遷都してカーライル王権を守ったのも、シュベルテの危機にセントランスを討って内戦を回避したのも、生き残ったアーベリトの人たちの居場所を作ったのも、全て貴方です。どういうつもり動いていたにせよ、その結果は変わりません。ミストリアの一件だって、私は、ファフリたちを殺していたら、解決に繋がったとは思えないです。生きて帰したから、今の形に収まった。……そういう意図を知らずに、やむなくとは言え教会側についた魔導師団に、私は残りたくありません。七年前のアーベリトで起こったことを、広めることはできないけど、でも、私は知ってしまっているから……。知っている者として、貴方を放ってはおけません」
「…………」
少し間を空けてから、ルーフェンは、静かに答えた。
「……魔導師団の動き方に納得できなくて、現状を憂う気持ちがあるなら、尚更君は残るべきだった。一応言い訳をさせてもらうけど、俺だって、全くの考えなしに王宮を出たわけじゃないんだ。……今回の件で、長年召喚師一族の名を掲げていた魔導師団は、言わば象徴を失ったことになる。告発された俺に批難が集まれば、当然、それは魔導師団への不信感にも繋がっていくだろう。結果として、水面下で対立していた教会勢力が優位に立ち、実権を握るようなこともあるかもしれない。……でも教会は、召喚師制を無くそうとはしても、魔導師団を完全に潰すような真似はしない。なぜなら彼らは、元が軍部の人間ではないからだ」
「…………」
トワリスが聞きたいのは、こんな答えではないのだろう。
そうと分かっていながら、ルーフェンは言い募った。
「軍部としての実力は、魔導師団の方が圧倒的に上だ。シュベルテをサーフェリア最大の軍事都市と言わしめる所以は、召喚師が籍を置いているからではなく、由緒ある世俗魔導師団がその歴史を築いてきたからだ。教会はきっと、その実績を無視できない。実際モルティスは、七年前のセントランスの襲撃で、負傷した魔導師たちを宮殿から排した時、離反した魔導師に限っては何人も引き入れてるし、ミストリアとの争いが想定された時も、まず魔導師団を招集しようとした。つまり教会は、魔導師団に対して、あわよくば王権に対して優位に立ちたいが、まだ歴史の浅い騎士修道会だけでは、軍部を担えるとは思っていない。となれば、今後考えられるのは、軍部の再編。召喚師一族に代わる象徴を作り上げて、その組織を教会が吸収。魔導師団を実働部隊として傘下に入れようとする可能性が高い。そして、その象徴は考えるまでもなく、宮廷魔導師団ってことになる」
「…………」
「……じきにモルティスは、宮廷魔導師団を召喚師一族に代わる存在として、麾下に据えようとするだろう。おそらく教会は、魔導師団の指揮権も掌握した上で、体よく軍政を君たちに押し付ける算段だ。でもその結果、現段階の軍部の上層に、宮廷魔導師団が入り込めることに変わりはない。これは、動き方次第では、魔導師団が地位を再確立させる機にもなる。つまり、召喚師制なんてなくても、これまでと同じように、騎士団と魔導師団が並び立った状態にすることも不可能じゃないってことだ。……かつて、解体寸前まで追い込まれた魔導師団を、若手を中心に再蜂起させたジークハルトなら、きっとやれる。でも、独力では難しい。だから、トワやハインツくんは、俺のことなんて忘れて、宮廷魔導師団に残るべきだった」
「…………」
トワリスは、目を合わせようとしないルーフェンから、ついに視線を落とした。
詭弁を交わしたいわけじゃないと、お互いに分かっている。
けれどもルーフェンは、トワリスを思いとどまらせようとして、反論しようのない尤もな理屈をこねている。
そこに反発したって、正論と感情論の不毛なぶつかり合いが起こるだけだ。
胸の底には、もどかしい熱が蓄積しているのに、頭の中は、どこか別の場所で思考しているかのように冷静で、トワリスも、淡々と答えを組み上げるしかなかった。
トワリスは、ぽつりと呟いた。
「なんだか……夢みたいですね」
「……夢?」
聞き返してきたルーフェンに、トワリスは、不安定な眼差しを向けた。
「だって、信じられないです。長い歴史の中で、当たり前に存在していた召喚師制が、ルーフェンさんの代で、本当に終わるかもしれない。その後継になり得るのが、バーンズさんの率いる宮廷魔導師団で、そこに私も含まれているなんて、やっぱり信じられないですよ。……女で、半獣人の孤児だなんていう出自を思えば、想像できない未来です」
肯定的な言葉を返してきたのが、意外だったのだろう。
ルーフェンは、つかの間押し黙ったが、すぐに首を振った。
「夢じゃないよ。正直、俺も君が魔導師団に入ったって知った時は冷や冷やしたものだけど、今はそんな風に思ってない。特殊な生い立ちを跳ね返して魔導師になったのも、ミストリアに渡って帰ってくるなんて例のないことをやり遂げたのも、全部君の力だ。……良い意味で、想像もしていなかった未来を現実にしてみせるっていうのは、今、弱い立場に立っている人達にとっての希望になるよ」
「…………」
熱いものがこみあがってきて、鼻の奥が、つんと痛んだ。
今、ルーフェンが言ったことは、たとえトワリスを引き返させるための虚言だったとしても、最高の賛辞だった。
これまで走り抜けてきた道のり、全てを肯定してくれる言葉。
──少し前までだったら、そんな風に素直に喜べただろう。
トワリスは、頭を振ると、再び顔を上げた。
「……従来の統治体制が変わる、その一助になれるってことは、一人の魔導師として、光栄なことだと思います。私は人より不器用ですし、そう簡単にはいかないでしょうけど……でも、だからこそ、私みたいなのが宮廷魔導師団の一員として足掻いていると知って、生まれは関係ないんだって希望を持てる人が増えたら、それは、とても誇らしいことです」
「…………」
「……私じゃなくて、ルーフェンさんの思う、私の誇らしい生き方です」
見開かれたルーフェンの目を、トワリスは見つめた。
「召喚術の存在を歴史から葬るには、確かに、こういう方法をとるしかなかったのかもしれません。当代の貴方が罪人として疎まれて、その力を求められなくなれば、いずれこの世から、召喚師一族の記憶は消えていくんでしょう。でも私は、ここでルーフェンさんとの思い出を無かったことにして、王都に戻ったら、これから先、一生後悔します。この国にとっての最善は分かりませんし、勢いで魔導師団を抜けたのが正解だったかも分かりません。だけど、貴方のしてきたことを"罪"の一言で片付けて、このまま抹消するなんて嫌です。他の誰が、ルーフェンさん本人が良いって言っても、私は嫌です。もしそんなことをしたら、仮に宮廷魔導師団に戻れたとしても、私、絶対に胸を張って生きていけません」
「…………」
まくしたてたトワリスの勢いに気圧されたのか、ルーフェンからの反論は、そこで途切れた。
重苦しい静寂が、つかの間、場を支配する。
口出しできずにいたシャルシスは、頻繁に視線を動かして、二人を交互に見遣った。
沈黙しているにも関わらず、ルーフェンとトワリスの間には、未だ入り込めない空気が漂っている。
この居た堪れない時間は、一体いつまで続くのだろう。
そう考えていると、不意に、傍にいたラッセルが、石杖を支えにゆっくりと立ち上がった。
「……盛り上がっているところ悪いが、おぬしら、少し休んだらどうじゃ。土砂まみれ、血まみれで、ひどい格好じゃぞ。衣も食べ物も、地上ほど豪勢なものは置いていないが……替えの外套、水と燻製肉くらいなら用意できる。ああ、肉といっても土蛇じゃなく、以前商隊から買ったものだから、安心すると良い。……ほれ、若君、怪我が大したことないなら、運ぶのを手伝っておくれ」
半ば強制的に割り込んで、ラッセルは、ルーフェンの背を杖先で小突き、暗がりに続く横穴へと誘導していく。
ルーフェンは、一瞬トワリスのほうを見たが、すぐに視線をそらすと、「それ、ちゃんと最近買ったやつだよね?」と軽口を叩いて、ラッセルについて行った。
二人の姿が見えなくなると、ノイが、トワリスの肩に手を置いた。
「……貴女、なにか薬は持ってる?」
トワリスは、我に返って振り向いた。
「薬……? あ、いや、荷物はほとんど地上に放り出してきてしまって……」
「そう。なら、私たちの倉庫に、使えそうなものがないか見てくる。それまで、水場で待っていて。その腕の傷、しっかり洗わないと、後で膿んでくるわ」
「…………」
ノイに指を差されて、トワリスは、自身の両腕に視線を落とした。
痛みは自覚していなかったが、ジークハルトの魔術によって受けた傷が、何箇所も開いている。
包帯代わりに巻かれていた布の切れ端に、赤く血が滲んでいた。
覗き込んだシャルシスは、痛そうだな、と呟いて、顔を歪めた。
「シャルシス、彼女を甕のあるところまで案内してやってくれ。いつもの洞じゃなくて、西側の、奥から三番目の場所よ。あそこの水は、まだ新しくて飲めるやつだから」
「う、うむ! 承知した」
ノイに言われて、勢いよく返事をする。
シャルシスは、トワリスに向き直ると、努めて明るい声を出した。
「こっちだ、トワリス。この先は暗いが、余を見失うなよ。リオット族の地下の住処は、部屋が沢山あってすごく複雑なのだ。慣れるまでは、絶対に迷うからな」
平然と名前を呼ばれて、驚いたのだろう。
トワリスが目を丸くして、シャルシスを見つめる。
何か間違ったかと焦りの色を見せると、トワリスは、小さく微笑んで、首を振った。
「……分かりました。二人とも、ありがとうございます」
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