トップページへ
目次選択へ
投稿日:2025年12月31日
先に動いたのは、ルーフェンであった。
魔術の光を携えて、ゆっくりと、トワリスの方に近づいてくる。
意を決して、顔を上げると、ルーフェンが、驚いたように目を瞬かせた。
「……顔、どうしたの?」
「顔? え、何かついてますか?」
「いや……ついてるっていうか、一晩泣きじゃくりました、みたいな顔してるよ」
目と鼻が赤くなってる、と半笑いで指摘されて、トワリスは、ムッと唇を尖らせた。
てっきり髪について言われるだろうか、と身構えていたが、幸か不幸か、ルーフェンは気にしていないようだ。
トワリスは、大きくため息をついた。
「別に、泣いたわけじゃないですけど、さっきノイさんから、リオット族の昔の話とか、ハインツの話とか聞いたので……。こうやって、今は普通に暮らせるようになって良かったなぁ、と思っただけです」
「……ふーん? それで、感極まって泣いたんだ」
「だから泣いてはいません」
鋭く言い返して、ルーフェンをギロリと睨む。
それでもルーフェンは、含み笑いをやめなかったが、トワリスが拳を振り上げると、ようやく大人しくなった。
応酬が止まると、ルーフェンが岩壁にもたれて座ったので、トワリスもその隣に腰掛けた。
先刻の話の続きをしなければ、と思うのだが、いざ二人きりになると、何から切り出せば良いのか分からない。
トワリスは、不意に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。
「……ルーフェンさん」
「ん?」
「……あの時、なんて言おうとしたんですか?」
「あの時?」
トワリスは、ルーフェンの横顔を見つめた。
「ルーフェンさんが王宮からいなくなる前、最後に会った時です。ほら、駐屯地で、私とギールがいて……ルーフェンさん、私に何か話したいことがある、って言ってたでしょう」
「……言ったっけ、そんなこと」
曖昧な返事をして、ルーフェンが言葉を濁す。
トワリスは、しばらく答えを待っていたが、一向に返事が返ってこないので、堪えきれずに催促した。
「もしかして、今回の旅のこと、相談しようとしてましたか? ……ギールもいたし、勢いで突っぱねちゃったんですけど、よく考えたら、ルーフェンさんが二人で話したいことがある、なんて言うの珍しかったから。本当は、すごく大事な話だったのかなって……」
「…………」
ルーフェンは、少し間を空けてから答えた。
「あの時はただ、元気かなーと思って、顔を見に行っただけだよ。湿っぽいのは、柄じゃないしね」
「……へえ。じゃあ、本当に私たちには、何も言わずに失踪するつもりだったんですね」
「…………まあ、そうだね」
トワリスが刺々しく返すと、ルーフェンは、罰が悪そうに目を背けた。
「怒ってる?」
「別に。怒ってませんけど」
「……怒ってるじゃん」
「怒ってません! 怒る理由ないでしょう? 私たち、ただの上官と部下なんですから。誰かに悩みを打ち明けるかどうかなんてルーフェンさんの自由だし、何も言われなかったからって、私に怒る権利はありません!」
勢い余って立ち上がってから、トワリスは、もう一度その場に座った。
自分の言動を振り返り、いや、これは怒ってるな、と思い直す。
「すみません」と一言言い置いて、トワリスは、気を落ち着けるように深呼吸をした。
「……まあ、本音を言えば、ちょっとくらい相談してくれれば良かったのに、とは思いましたよ。長い付き合いですし、私やハインツは、ルーフェンさんが召喚師制を廃止にしようと決めた理由を知っています。今までもこれからも、その秘密を漏らしたりなんかしません。こっちの言い分ですけど、それくらいの信用は、あると思ってました。なのにこんな……何のお別れもなしに突然消えるなんて、あんまりです」
「…………」
ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。
「……君たちのことは、信用してるよ。……ただ、今から王宮を離れる、なんて打ち明けたら、絶対止めてくるか、着いていくって言うだろうと思ったから、何も話さなかっただけだよ」
トワリスは、勢いよくルーフェンのほうに振り返った。
「それはそうですよ! 危険な旅です。一人で行くなんて言われたら、反対するに決まってます。……むしろ、どうして着いていっちゃいけないんですか? 一緒に行ったところで、役に立たないと思ったんですか? それとも、私たちのことを、巻き込みたくなかったからですか?」
ルーフェンは、乾いた笑みをこぼした。
「……そうだ、って言ったら、納得して帰ってくれる?」
「…………」
定まらないルーフェンの返答に、トワリスは、表情を曇らせた。
正直、何を聞かされたところで、やはりここでルーフェンと別れて王都へ戻ろう、とはならないだろう。
だが、理解したいという気持ちはある。
周囲を巻き込みたくないとか、召喚術の秘密を万が一にでも漏らしてはならないとか、理由がなんであれ、何も告げずに一人で去ったのは、ルーフェンなりの覚悟の表れだ。
だから、どんな心情を告白されようとも、それが彼の本心なら、その考えに理解を示したい。
逆に、ルーフェンがトワリスを帰らせる目的で、嘘を言おうとしているなら、それがどんな説得力のある言葉でも、丸め込まれる気はなかった。
トワリスは、強い決意を瞳に宿して、ルーフェンを見つめた。
「納得できるかどうかは、ちゃんとした答えを聞かないと分かりません。とにかく、そんなに私に帰ってほしいなら、本当のことを教えてください。どんなことでも、それがルーフェンさんの本音なら、受け止めて、理解したいとは思ってます。……私だって、いろんな覚悟して、貴方のことを追ってきたんです。勝手にやったことですけど、それはお互い様です。このまま何の理由も説明されずに、方便を並べられて、帰ったほうが君のためだとか言われても、絶対納得しません。意地でも着いていきますからね」
「…………」
ルーフェンは、目を伏せると、深いため息をついた。
面倒でしつこい奴だと、呆れられているのだろうか。
同行を許さない理由を吐けと迫ってはいるものの、鬱陶しいからだと明確な拒絶を受けたら、今度こそ上手く言い返せるか分からない。
それでもトワリスは、頑固な顔つきで、ルーフェンを見つめ続けていた。
ルーフェンは、随分と長く沈黙していたが、ふと顔を上げると、観念した様子で答えた。
「……巻き込めない、とは思ったけど、役に立たないから来なくていい、とは思ったことないよ。……むしろ、一緒についてきてくれないかって、ずっと誘おうか迷ってた」
「……えっ? そうなんですか?」
思わぬ答えに、トワリスが瞠目する。
ルーフェンは、一瞬だけトワリスを見て、再び目を逸らした。
「さっきのも、半分嘘。俺がいなくなる前に、駐屯地で会った時。……陛下が倒れて、教会がいよいよ俺を告発しようと動いているのは分かっていたから、叙任式の日に、王宮を出ることになるだろうと予想してた。だから、君やハインツくんに会いに行ったんだ。最後に、元気でねって、挨拶しておこうと思って」
「────……」
ああ、やはりそうだったのだ。
あの時、ちゃんと引き留めて、ルーフェンの話を聞いていれば──。
そう思った途端、強い後悔が込み上げてきて、トワリスは顔を歪めた。
「げ、元気でねじゃないですよ……。そんな……誘おうか迷ってたんなら、なんでそう言ってくれなかったんですか。あんなふざけた感じじゃなくて、もっと真剣な態度で、話したいことがあるって言ってくれてたら、私だって……」
ルーフェンは、困ったように眉を下げた。
「真剣な態度で……なんて言えば良かった? 召喚師の責任を放棄して、罪人として王都を出るから、魔導師を辞めて一緒に来てほしいって? 魔導師団とは敵対関係になって、殺し合いになる可能性もあるけど、それでも、俺の方を選んで、仲間と戦ってくれって? ……言えるわけない」
「…………」
トワリスの目が、大きく見開かれる。
喉の奥が震えて、息が詰まった。
もし、ルーフェンが一緒に来てほしいと言うなら、トワリスは、迷わず着いて行っただろう。
だが、ジークハルトやアレクシアたちを殺すことができるか、と問われれば、今でも頷くことはできない。
ルーフェンの本心に対し、この場で嘘を返すことは、トワリスには出来なかった。
何も言えずにいると、ルーフェンが、ふっと笑みをこぼした。
「……正直、嫌になっただろう」
「え……?」
ルーフェンは、感情を抑え込んだような、平坦な口調で続けた。
「俺が、追ってきた宮廷魔導師たちを殺そうとしているところを見て。……正直、失望しただろう。今まで自分が尽くしてきた召喚師は、ああいうことを、平然とやる人間なんだなぁって」
トワリスは、慌てて首を振った。
「し、してないです! あれは、仕方ないことだったって分かってます! だってああしなきゃ、ルーフェンさんが殺されてたかもしれないじゃないですか」
「嘘だよ。仕方ないことだって、自分に言い聞かせてただけだ。本心では、どうしてこんなことをしたのかって、俺を責めたかっただろう。……そういう顔してた」
「…………」
トワリスは、もう一度首を振ったが、否定の言葉は出てこなかった。
ようやくたどり着いた荒野で、血にまみれたルーフェンを見つけた時、自分は、どんな顔をしていただろう。
その足下で、倒れているジークハルトたちを見た時、自分は、まず何を思ったんだろう。
間に合わなかった、という絶望感だけが頭を支配して、それ以外の感情は、はっきり自覚していなかった。
もしかしたら、ルーフェンを責めたい気持ちも、どこかにはあったかもしれない。
だが、それを言うなら、ジークハルトたちを責めたい気持ちだってあったし、何より、後手に回るしかない自分を責めたい気持ちが強かった。
ルーフェンは、細く吐息をついて、岩壁に背を預けた。
「……君とハインツくんが駆けつけてきた時、はっきり言って、最悪だ、と思ったよ。本当は、もっと上手くやれるはずだったんだ。ノーラデュースで追手に追いつかれたのがまず想定外だったし、仮に出会しても、場所が砦でなければ、リオット族を巻き込むこともなかった。ジークくんたちに捕まった後も、どうにかして言いくるめて、逃げる予定だった。俺だって、彼らと殺し合いをしたかったわけじゃない。でも結局、交戦する羽目になって……よりにもよって、一番見られたくないところを、君たちに見られた」
「…………」
どくどくと、心臓が脈打っている。
何か言わなければ、と思うのだが、言葉が浮かばない。
黙り込んでいるトワリスを見て、肩をすくめると、ルーフェンは、ゆっくりと目を閉じた。
「……トワ、俺はさ……多分、君が思っているよりずっと狭量で、余裕のない人間なんだ。この国を守りたいなんて、一度も思ったことはないし、召喚術の才は継いでいても、誰も彼も助けられるような大きな器は持ち合わせてない。……サミルさんに出会って、初めて誰かの役に立ちたいって思ったけど、実際は、何か一つを成し遂げるのに精一杯で、いろんなことを犠牲にしてきた。君は、その結果救われた人もいる、って言ってくれるけど、それは、引き換えにした犠牲の数を知らないから言えることだ。この際だから白状するけど、アーベリトが王都になってから、俺は、いろんな火種を潰してきたんだ。遷都に反対していた勢力は勿論、他にも不安要素になりうる奴は見逃すまいとしていたし、部外者は一切入れなかった。我ながら、必死すぎて笑えるよ」
「…………」
トワリスの脳裏に、かつて三街に宣言布告をしてきた、軍事都市セントランスでの出来事が蘇った。
当時、あらゆる逆風に晒されながらも、戦力を持とうとしなかった王都アーベリトが、なぜ一度も侵略されなかったのか。
もちろん、シュベルテと協力関係にあったから、というのは大きいだろうが、他にも思い当たる節は多々ある。
- 44 -
🔖しおりを挟む
👏拍手を送る
前ページへ 次ページへ
目次選択へ
(総ページ数102)