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投稿日:2025年12月31日





 前を行く二人の姿を、シャルシスは、長らく睨みつけていた。
こうして並んで歩いているところを見ると、やはりルーフェンたちは、仲違いをしているわけではなさそうだ。
先程の会話からして、結局トワリスは同行するようだし、気まずい空気が流れているというのも、だんだん自分の勘違いではないかと思い始めた。
だって二人は、先程から肩が触れそうなほどの距離感で、何やらコソコソと話しているのだ。
しかもそれは、なんとなくだが、自分に関しての話題な気がする。
仲を取り持ってやろうという気遣いが空回り、トワリスから思わぬ説教を食らった挙句、今はほったらかしにされて、シャルシスは、ムカッ腹が立っていた。

 二人の内緒話が終わったところで、シャルシスは、ルーフェンたちにも聞こえるように、大きなため息をついた。

「……というか、トワリスは、結局おれたちに着いてくるのだな? あれほど長く言い争っていたのに、どう話がまとまったんだ?」

──瞬間、岩の凹凸に足をとられたトワリスが、勢いよく蹴躓けつまずいた。
咄嗟にルーフェンが手を伸ばすも、何を躊躇ったのか、指先は宙を掴む。
強打した膝を擦りながら、よろよろと立ち上がると、トワリスは、ぎこちない動きでシャルシスのほうに振り返った。

「ど、どう、とは……?」

「いや……おれも旅の一員なのだから、トワリスが加わることになるなら、事前に言ってくれても良かっただろう? いつの間にトワリスの同行が決まったのだ。おれとノイが荷の準備を進めている間に、二人で話し合っていた時か?」

「…………」

 光源に乏しい洞窟の中でも、トワリスの顔色が変わったのが分かる。
思わぬ狼狽ぶりを見せられて、シャルシスは戸惑った。
自分はただ、一人だけ事情を知らないのは不公平だから、説明しろと言っているだけだ。
なんとなく聞きづらい空気を無視して、強引に話を切り出したのは、先程の意趣返しも含まれているが。

 ルーフェンは、トワリスが歩けるかどうか確認してから、口を挟んだ。

「話し合いも何も、地上までは実質一本道だ。選択肢はないよ。わざわざ勝手の分からない別の道を行って、どちらか一方が土蛇の腹に収まりました、なんてことになったら笑えないだろう?」

 シャルシスは、訝しげに首を傾げた。

「じゃあトワリスとは、地上に出たら別れるのか?」

「いえ、同行します! 地上に出てからも!」

 シャルシスの問いに、トワリスは食い気味に答えた。
深掘りされたくない話ではあるが、ルーフェンに返答を任せて、やっぱり同行は許さない、なんてことになったら、先刻の決死の丸め込みが無駄になる。
いよいよ堪えきれず、ルーフェンから離れると、トワリスは、シャルシスの後ろに回った。

「ふ、普通に、説得しまして……同行することになりました。改めて、よろしくお願いします」

 聞き取りづらい、ぼそぼそとした声で、トワリスが答える。
シャルシスは、ますます訝しむような顔つきになると、ルーフェンとトワリスを交互に見遣った。

「説得したって、ルーフェンをか……? あれほどトワリスの同行に反対していたのに、どうやって説得したんだ?」

「…………」

 憎らしいほど真っ直ぐに、シャルシスは疑問をぶつけてきた。
先頭のルーフェンは、突き返された干し肉の包みを手で弄びながら、視線を逸らして歩き始める。
助け舟を期待したわけではない。
ルーフェンには、なんとも答えづらい質問だろう。

 にじんだ汗がこめかみを伝っていくのを感じながら、トワリスは、必死になって言葉を捻出しようとした。
まさか、告白して丸め込みました、なんて言えない。
かといって、何も答えなければ、余計に勘繰られることになるだろう。

 あんな感じの説得の仕方を、ぼかしつつ一言で表すならば、なんと言うべきか。
ルーフェンのことが好きだから、と言った言葉に、嘘偽りはない。
しかし、ああいう打ち開け方をすれば、ルーフェンがほだされてくれるのではないか、という打算的な思惑も、あったといえばあった。
トワリスはあの時、ルーフェンが拒絶しきれない可能性に賭けて、情に訴える作戦に出たのだ。
そう、言うなれば、あれは──。

「……い、色仕掛け、的な、ことをして……」

 そう答えた途端、今度は、前方のルーフェンが盛大に噴き出した。
かじっていた干し肉の欠片が、喉に詰まったのだろう。
激しくむせ返って、岩壁に腕をつく。

 面食らったシャルシスは、咳き込むルーフェンを一瞥してから、トワリスに愕然とした目を向けた。
 
「い、色仕掛け……? ……トワリスが?」

「せっ、正確には違いますよ! 言葉の綾というか、強いて言うなら、それが近いかなって思っただけで……!」

 ブンブンと手を振りながら、トワリスが否定する。
その頭から爪先をまじまじと見つめて、シャルシスは首をひねった。

 色仕掛け、という言葉をそのまま受け取るなら、トワリスがルーフェンを誘惑して、旅に同行する言質を取った、ということになる。
しかし、今のトワリスは、お世辞にも色っぽい格好をしているとは言えない。
まず、帯刀しているし、身に纏っているのは、リオット族から譲ってもらった、ボロ切れ同然の外套だ。
ルーフェンも同じく、とても身綺麗とは言えない状態だし、平然と動いてはいるが、魔導師たちとの戦いで怪我も負っているはずだ。
そうでなくても、ここは人喰い大蛇がうろつく地底である。
どんな妖艶な美女であっても、この条件下で、そういう雰囲気に持ち込むのは難しいだろう。

 だが、現にルーフェンはトワリスの同行を許しているわけだし、二人の間に、何かがあったことは確かだ。
シャルシスは、トワリスのことはまだよく知らないが、ルーフェンが意外と強情で、なんやかんやで我を通す頑固者であることは知っている。
そのルーフェンが、逆に丸め込まれて意見を変えてしまうなんて、よほどのことがあったに違いない。

 あまりそんな風には見えないが、もしやトワリスは、何やらすごい手練手管の持ち主なのだろうか。
あるいは、この二人は、いつ人喰い大蛇が襲ってくるかわからない、そんな危機的状況の方が燃える的な、そういう趣味嗜好なのだろうか。
そういえば、奈落に降りてきた二人を迎えに行った時、トワリスがルーフェンを縛って踏みつけていたが、状況の割に楽しそうだった気もする。
もし、ルーフェンたちがそういった特殊な好みで結びついた関係性なら、その二人に挟まれて旅をするのは、なんかちょっと嫌である。

 悶々と考えているシャルシスの思考が、あらぬ方向へ走り始めたことを察知したのだろう。
ようやく咳を治めると、ルーフェンは、シャルシスの肩をガシッと掴んだ。

「いや、君が想像しているようなことは何もないからね? トワは色仕掛けなんてできないから……」

「……それ、どういう意味ですか」

 トワリスが、ピクリと眉を動かす。
一方のシャルシスは、ほっと表情を緩めた。

「そ、そうか! まあ、そうだろうな。ルーフェンの方がたぶらかしたならともかく、トワリスは、そんな不埒なことをするようには見えない」

「俺ならともかくって……失礼だな。俺だって、トワにそんなことしてないよ」

「どの口が言う。以前、芸者の女を引っ掛けて、四輪荷馬車ワゴンに泊まらせてもらったことがあっただろう。野宿を回避できたのは有り難かったが、正直、あの押し切り方はどうかと思ったぞ」

 笑い混じりに言って、シャルシスが胸を撫で下ろす。
元々、同行者が増えることには反対していなかったが、その相手が、男を籠絡ろうらくするような悪女となると、やはり身構えてしまう。
命を預け合う冒険の仲間は、まず第一に、信頼できることが必須条件だ。
トワリスは、言い方がきつくて怖い時もあるが、基本的には、律儀で裏表のない印象である。
彼女が、本当にその印象通りの人柄で、腕も立ち、かつルーフェンの傍若無人な振る舞いをいさめてくれる存在なら、仲間として何の問題もない。
シャルシス的には、むしろ大歓迎であった。

 誤解が解けて安堵したルーフェンは、しかし、背筋が凍るような冷たい視線を感じて、はっと振り返った。
トワリスが、不機嫌そうな顔で、こちらを睨んでいる。
何かまずいことを言っただろうか、と会話を思い起こしてから、ルーフェンは、慌てて彼女に向き直った。

「あっ……えーっと、違うよ? 芸者を引っ掛けたっていうのは、ちょっと身分を偽って、一晩匿ってくれるようにお願いしただけ。相手の女の子を、泣かせるようなことした訳じゃないからね?」

 言いながら、一歩近づくと、対するトワリスは一歩下がる。
そっぽを向くと、トワリスは、刺々しい口調で言った。

「別に……宿に泊まれなくて、仕方なくそうしたんでしょう。わざわざ説明されなくても、ちゃんと分かってますよ」

「……う、うん……? あの、仕方なかったってのは、そうなんだけどね。宿場に着いたら、魔導師たちが警戒網を張っててさ。野宿でも良かったんだけど、その時は、王宮を出てから休みなしだったもんだから……」

「ええ、それで、手段を選んでられなかったんですよね。……この話、もう終わりで良いですか? さっさと先に進みましょう、時間の無駄です」

「…………」

 まだ弁解を続けようとするルーフェンをバッサリと切り捨てると、トワリスは、歩みを速めて、男二人を追い抜かした。
ルーフェンが、いかに器用に追手を欺き、死線を掻い潜ってきたかなんて、そんな話は聞きたくなかった。
どうせ自分は、色仕掛けもろくにできないような、不器用な女である。
自覚はしているし、進んで誰かを騙すような真似をしたいわけでもないが、改めてルーフェンから「トワは色仕掛けなんてできない」と断言されると、魅力がないと言われているようで腹が立つ。
トワリスが不機嫌になった理由は、そこにあった。

 ズンズンと早歩きしていくトワリスを眺めながら、ルーフェンは、内心動揺していた。
てっきり、潔癖なトワリスのことだから、「一般人を騙して利用するなんて!」と怒ってくるかと思ったのだが、不機嫌な理由はそれではないらしい。
だとすれば、一体なにが彼女の神経に触ったのだろう。
もう一つ、浮かんできた別の可能性に、ルーフェンは、口元を手で覆った。

(……まさか、嫉妬した、とか……?)

 思いがけず膨らんできた驚きと嬉しさに、慌てて思考を振り払う。
自分を好きだとは言っていたが、トワリスの好意は、どちらかというと親愛に近いものだろう。
本人がどのように自覚しているのかは分からないが、嫉妬や執着を伴うような恋情とは、少し違うように感じる。

 トワリスには、以前も「婚約者がいながら他家の令嬢たちに愛想良く接するなんて不誠実だ」と叱られたことはあったが、それだって嫉妬ではなく、軽薄さに対する本気の嫌悪だった。
以降、トワリスに異性との付き合い関係で執着された覚えはない。
相手が見知らぬ芸者の女なら、尚更だ。
彼女の言う"好き"は、おそらくその程度である。
本気になるな、余計な期待はすまいと、ルーフェンは自分自身に言い聞かせた。

 トワリスの跡を追いながら、シャルシスは、後ろを歩くルーフェンの様子をチラチラと伺った。
今、一瞬だったが、彼の珍しい姿を見た気がする。
トワリスに女を引っ掛けたと知られて、ルーフェンが、焦っていたように見えたのだ。

(なるほど、そういうことか……)

 思わずにやけそうになって、シャルシスは、表情を引き締めた。
これで、トワリスが説得を"色仕掛け"だと表現したことにも、なんとなく合点がいく。
いかに雰囲気のない場所でも、恋人に「着いて行きたい」とお願いされれば、うっかり意見を変えてしまうこともあるだろう。
ルーフェンも人間だったのだな、と思うと、一つ彼の弱みを握れたような気分になった。

 同時に、少しだけ罪悪感が込み上がってきて、シャルシスは眼前のトワリスを見た。
ルーフェンには、今まで散々振り回されてきたので、からかい返してやりたい気持ちもある。
だが、彼が芸人一座の四輪荷馬車ワゴンを利用したのは、元はと言えば、シャルシスが熱を出したのが原因だ。
それを、不純な動機で女を引っ掛けた、とトワリスに誤解されてしまうのは、流石にルーフェンに申し訳ない。

 シャルシスは、早歩きしながら、トワリスの背に向かって声をかけた。

「トワリス、先程の話だが、少し補足をさせてくれ。ルーフェンが宿場で芸者の女に声をかけたのは、おれが体調を崩したからだ。おれが熱を出して、休む場所を探していたら、酔っ払いに絡まれている女がいた。それを助けたら、お礼をしてくれると言うので、彼女らが寝泊まりしている四輪荷馬車ワゴンを貸してもらったのだ。まあ、そうなるよう誘導した、みたいなところはあったが、それ以外のことは何もなかったぞ。翌朝も、一座に迷惑がかからないよう、夜明けと同時に出発したし、少しだが金も置いてきた」

 だからトワリスが心配するようなことは何もない、安心しろ、と力強く訴える。
だがトワリスは、安堵の色を見せるどころか、冷淡な声で返してきた。

「いや、さっきから分かってるって言ってるでしょう。各地を転々としている一座なら、関わってもこちらの足が付きづらいですし。うまく利用できて良かったですね」

「う、うむ……うん」

 トワリスは、一瞬振り返って返事をした後、またすぐにスタスタと歩いて行ってしまう。
これまでのシャルシスたちの道程など興味がない、とでも言いたげな態度である。
てっきり、ルーフェンの不貞を疑って機嫌が悪くなったのかと思ったのだが、勘違いだったのだろうか。


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